シドの国

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世界ギルド 境界の門

第10話 新たな世界

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~質素な宿屋~

「朝だっっっ!!!」

 薄暗かった部屋を、縫針の様に鋭く尖った朝日が微睡まどろみを突き刺した。まだ僅かにうごめくだけの2つの毛布の塊は、太陽を嫌って低いうめき声を漏らす。

「朝だぞ2人ともっ! 起きろっ!!」

 ただ1人元気なラルバが布の塊を鷲掴み持ち上げる。無理やり掘り起こされた幼虫の様に体を縮こまらせたバリアとラデックは、太陽に照らされ目を強くつぶる。

「……おはようラルバ」

 ラデックは一言だけ挨拶を返してのそのそと洗面所へ歩き出すが、バリアは取り上げられた毛布をつかんで抗議する様に引っ張る。

「眠い……」
「バリア! 起きろ! 朝だぞ朝朝~っ!!」

 再び毛布を剥ぎ取られ、ラルバに不満げな視線を送る。

「昨日も散々寝てたじゃないの! 寝過ぎは体に毒!」
「……昨晩寝れなかった」
「……ごめん」

 毛布が優しくバリアに被せられた。

「ラデック!ラプー!支度をしろ!」

 勢いよく上着に袖を通して足を鳴らし玄関へ向かう。

「イチルギを迎えに行くぞ」

 洗面所から出てきたラデックがラルバの腕を引く。

「ラルバ。あまり期待はするな」
「……わかっている」

 ゆっくりと掴まれた腕をほどき、玄関の扉に手をかける。

「お邪魔しま~す」

 ラルバが扉を開けた瞬間に、イチルギがすれ違うように部屋に入ってきた。目を丸くしているラルバとラデックを他所に、イチルギは眠っているバリアの横へ腰掛ける。

「……いいのか?」

 最初に口を開いたのはラデックだった。イチルギは少し困った様な顔で足を組み直す。

「仕方ないもの。まさか本当に負けるとは思ってなかったし……。でも条件付き」
「条件? ゲームそのものが条件だったろう」

 むすっとした顔でラルバが抗議する。

「わかってるわよ。それは悪かったわ。でもね、アナタ達についていく上でどうしても必要なことなのよ」

 不機嫌なラルバを「聞くだけ聞こう」とラデックが制止する。

「……私が抜けた後はライドル中将に私の権限を譲渡しようと思ってるんだけど、その露払いを手伝って欲しいの」
「中将が後釜とは、なんというか……」
「他はみんな歳を食っただけのお飾りだから」

 イチルギが窓を開けて身を乗り出す。

「あっちに塔が建ってるの見える?」

 ラルバとラデックがイチルギと入れ替わり身を乗り出す。地平線と雲が混じる霞の奥に、微かに建造物らしき影が揺らいでいた。

「見えない」
「むぅ……あれか。先が膨らんでるやつ」
「アレが気がかりなのよ」

 イチルギが持ってきた地図を机に広げる。

「今この国は二つの勢力に分かれているの。一つが“保守派“。もう一つが”改革派“。二勢力合わせても国民の2割程度だけどね。」

 ラデックが地図を覗き込む。

「……どこの国もそんなもんだろう」
「問題なのは改革派のうちの過激派。彼らは差別や問題意識を事あるごとに煽って、派閥に属さない人間を焚きつけて暴動を起こしてるの」
「……どこの国もそんなもんだろう」
「その過激派の大多数、それと改革派の半分があの塔の建っていた国の移民なの」
「どこの国も……」
「だから困ってるんじゃないの!!」

 遮ってイチルギが若干苛ついた声を荒げる。

「それに! 一番問題なのはココが世界ギルドってこと! あの国は世界ギルド以外の殆どの国と同盟を結んでるの! 世界の秩序を保つ筈の世界ギルドが一方的な統治なんてしたら他の国からの信用がなくなるの!!」
「そうか」

 依然として淡白な反応をするラデックに、イチルギは呆れたように脱力して項垂うなだれる。

「ライドル中将がノイジーマイノリティを上手く操れるとは思えないし……私はこの国でやれることは全部やるから、アナタ達にはあの国へ行って無力化してきて欲しいのよ。筋書きは世界ギルドを巻き込まなきゃなんでもいいわ」

 力なくベッドに座り込むイチルギに、ラデックがコーヒーを差し出す。無力化という単語に反応したラルバは、窓から頭を引っ込めて興奮気味にイチルギに詰め寄る。

「聞いた限りでは相当な悪だろうな! 弱者を騙ったお涙頂戴の姑息な籠絡ろうらく! 気に入った!!」
「そこまでは言ってないけど……いや、そうかな……」
「無力化はどこまでが“無力化”だ? 相手の規模は? 大逆無道の数々! その詳細が知りたい!」

 爛々と目を輝かせて詰め寄るラルバに、イチルギが鬱陶しそうに顔を歪ませる。

「行けばわかるわよ。というより私もそこまで把握してない」
「もう一つ! お前……本当に私たちの仲間になるつもりはあるのか?」
「ん?」
「私たちがやるだけやった後にとんずらでもしたら……そのライネル中将とやらがミートパイになって国民に振る舞われることになるやも知れんぞ」
「逃げないわよ。っていうかもう退陣するって届出とどけでちゃったし、街へ出ればその話で持ちきりよ」

 イチルギは鞄をラデックに放り投げて「後よろしく」と手を振り立ち去ってしまった。

「むむむ……。いかんせん信用ならんな……ラデックが必要以上に不安を煽るからだぞ!」
「今は警戒するに越したことはない……ん、これはあの国の書類か……それとラルバの身分証明書?」
「ああ、昨日イチルギに頼んだやつだな。ラデックのも作るか?」
「いや、俺は昨日作ってきた……氏名“ラルバ・クアッドホッパー”? このクアッドホッパーってのはどっから出てきたんだ」
「え、名前欄の後半って埋めなくて良かったのか?わからなかったから近くにいた奴のを書き写したんだが」
「……黙っておいた方がいいかもな」


~賑やかな城下町~

 壁の至る所にイチルギの写真が一面にプリントアウトされた記事が貼られており、どの記事にも”イチルギ総裁、電撃退陣”と大見出しで書かれている。街行くものは皆その話題を口にしており、やれ陰謀だのなんだのと好き勝手な憶測を飛ばしている。

「これだけ話題になっていれば”実は嘘でした”なんてことはできないだろうな」

 ラデックが数社の号外新聞を見ながら呟く。

「さて、どうだか。油断は禁物だ」

 ラルバは露店で買ったケバブを頬張りながら不満そうに咀嚼そしゃくする。

「寝袋、水筒、調理器具……」
「飯なんか街で食えばいいだろう」
「何日かかると思ってるんだ。使奴は平気でも俺とラプーが餓死する」

 一行は塔のある国への準備に勤しんでいた。ラデックの買う必需品にラルバがことごとくダメだしをしながら商店街を右往左往する。

「結構買ったな……魔袋またいを新調した方がいいな。もういくらも入らない」
「中身を出せばいい。無駄遣いするな」
「無茶を言うな……それに金の心配ならいらない。宝が思いの外高く売れたからな。贅沢しなければ4人で一生暮らせるほどある」
「だぁから言っているんだ!全部現金に変えよって……!金銀財宝は悪党の垂涎すいぜんの的!釣り人が餌を食べてどうする!」
「無駄遣いはしない」

 2人の会話を耳にしていたゴロツキ数人が目尻を下げて忍び寄る。1人がゆっくりとラデックの腰の魔袋またいに手を伸ばす。が、一瞬で粉々に粉砕され後ろに回ったラルバに羽交い締められる。

「私が求めているのは世界を滅ぼす悪の大魔王であって、お前のような人も殺せんようなチンケなコソ泥に興味はない。治療代やるからどっか行け」

 口の中に金貨を突っ込まれた男は泣きながら人混みを駆け抜けていった。

「それこそ無駄遣いじゃないのか」
「ん?………………しまった」
「治療代どころか、アレで魔袋またいもテントも新調できたと言うのに……」
「よしラデック!買い物の続きだ!バリアおいでーアイス買ったげようねぇ」

 ラデックはアイスの屋台に向かう2人を見つめ、少し考え事をする。程なくしてアイスを手に持ったラルバが戻ってきた。

「どうしたラデック。指名手配の快楽殺人鬼でもいたか?」
「いや……ラルバ。そのアイス買うとき、なにか言われたか?」
「ん?「オマケするから今晩どうか」って聞かれた」
「変だ」
「お前冗談も分からんのか……?本当にアイスのオマケ如きで体を売る奴がいるか……」
「違う。周囲の反応だ」

 ラデックは早足で人混みを抜け出して物陰に身を移す。

「なんだ。なにがだ」
「普通使奴の白い肌は異端だ。人造人間なんぞ到底世に出せない非人道的な代物。一般社会にとっては怪物そのもの」
「酷い言われようだ……」
「でもこの街で白い肌や角にも黒い白目にも言及されたことはない。周りの人間は皆「それが当たり前」って顔で素通りする」
「イチルギの政策かなんかじゃないのか?じゃなきゃ使奴があの地位にはいないだろう」
「人間の常識は数年で変わるものじゃない。例えイチルギが俺たちが脱走する10年前に自由の身になっていたとしても異常だ。それと……」

 人混みの中を白い肌の女性が歩いているのが見えた。

「……私以外の使奴もいるな」
「盗賊の国でも見かけた。見間違いだと思っていたが……アレは使奴じゃない」

 ラデックが自分の鎖骨を突いてから白い肌の女性を指す。ラルバが目を細めると、白い肌の女性の鎖骨に縫い痕が赤黒くついているのが見えた。

「使奴は傷が治るとき真っ黒に変色する。正確には傷がある程度まで達した場合だが……縫い痕は間違いなく変色する。でも彼女は普通の傷痕のように赤くなっている」
「それがなんだというんだ」
「それに、女性が多いと思っていたがそれだけじゃない。皆ラルバとバリアの格好に驚かないどころか、過剰な肌の露出をいとわない」
「私の格好変だったのか……?普通の黒スーツだと思っていたのに……」

 ラルバが困惑した表情で自分の上着をめくる。

「普通スーツは自分の体に合わせて作るだろう。胸で上着のボタンが留められないなんて非常識にも程がある。バリアのスカートもスーツにしては短すぎる」
「何故もっと早く言わないのだ……」
「都会へ来たらまず2人の服を買おうと思っていたんだが……必要はなさそうだな」

 街ゆく女性たちの多くは肌を過剰にさらけ出し、下着や局部のシルエットが見えることに特別な意識を持っているようではなかった。男達もその過激な扇状的姿に特別な感情を抱いている様子はなかった。あまりに常識外れた光景を見て、ラデックは少し考えた後に重たく口を開く。

「この世界は……俺が思っていた以上に普通じゃないのかもしれない」
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