3 / 74
使奴の国
第2話 盗賊の国
しおりを挟む
~盗賊の国~
公開処刑の当日、ラルバは簀巻きからは解放されたが、両手を後ろに縛られて鉄球付きの足枷を引き摺りながら街道を歩かされていた。
「ほら、いい匂いがするだろう?」
横で槍を携えた女が、持っていた食べかけの骨付き肉をラルバの目の前でゆらゆらと振る。
「んあっ!」
ラルバは噛みつこうとするが、ひょいっと躱され空をガチンと噛む。同時に肉を見せびらかした女は首を前に突き出したラルバに横から肘打ちを入れた。
「誰がやるかバァーッカ! ハハハッ! 」
満足そうに肉を齧り、ラルバの脛に踵で後ろ蹴りを入れてからさっさと歩いていってしまった。
ラルバは牢屋から歩かされてここまで来るのに、既にもう3人もの盗賊達に似たような嫌がらせを受けていた。後ろで手錠から伸びた鎖の端を持つ女はニヤニヤと薄ら笑いを浮かべながら黙っている。三歩進めばゴミを投げられ、十歩進めば水をかけられ、もう少し進めば先ほどと同じようにからかわれる。
それでもラルバは歯を食いしばり俯いて、自らの足で広場へ設置された処刑台へ向かわなければならない。
処刑台は既に多くの盗賊達でごった返しており、ラルバが到着するや否や大声を浴びせた。
「遅ぇーぞデカ女ぁーっ」
「早く死ぬとこ見せてくれー!」
「ずぶ濡れじゃねぇかよ! 水遊びは楽しかったかぁーっ?」
「お前らあんま虐めんなよー! 泣いちまうぞー!」
これから人が死ぬというのに猿のように手を叩いて喜んだり、山盛りのポップコーンをバリボリと貪る奴や露店を出す者。処刑はもはやこの国の一大イベントになっており、ラルバは小さく「悪党が」と呟き目を細めた。
処刑台まで登らされると目の前に一本の縄でできた輪っかが差し出され、首にかけられた。
「今からこれをゆっくりと引き上げる。ゆっくり、ゆっくりとな」
ここまで連れてきた看守の女がジェスチャーを交えてラルバに説明する。
「するとお前の首はゆーっくりと締まっていき、想像を絶する苦しみと、想像を絶する痛みの中死んでいく。死んでいく、のだが」
処刑台の周りを杖を持った女達が取り囲む。
「回復魔法でなんとか生きながらえさせてやろう。するとどうなるか。いっちばぁん辛い苦しみが、もぉーっと続くんだ。なんせ瀕死のお前を8人がかりで蘇生するんだからな。因みに今までの最高記録は22分だ。頑張って生き延びてくれよ? あっちで賭けもやってるんだ」
満足そうに話し終えると看守役の女は処刑台から降りてハンドルに手をかける。女がゆっくりとハンドルを回すと縄が少しずつ上昇してラルバの頸動脈を少し押しつぶした。
「あーそうそう」
女はハンドルから手を離し、ラルバの正面に立ってひらひらと紙を振る。その写真にはラデックの顔がハッキリと映されていた。
「この男、助けに来ないから」
「なっ……!?」
ラルバは目を見開いて写真を見つめた。
一瞬の間を置いて広場は大爆笑に包まれた。至る所から罵倒や指笛、手を叩いて笑う声が湧き上がり広場に反響する。
「あの男ねぇ、昨日忍び込んできて牢屋の鍵を盗もうとしたもんだからね、ひっ捕らえたんだよ」
ラルバは小さく「嘘だ」と呟いた。喧騒にかき消されたかと思えたが、看守の女にはしっかり聞こえていた。
「それがねぇホントなのさ。で、尋問してやろうかと思ったんだけどイイ事思いついちゃって」
少し思い出し笑いをして女は下を向く、そしてそのまま上目遣いで――――
「ウチらの財宝を少し渡してさ”何もなかったことにしてあの女を見捨てれば持って帰っていいよ”って言ったんだよ。そしたらちょっと渋ったから、倍に上乗せしてあげたのさ。その瞬間手からあぶれた金貨も拾ってすっ飛んで行ったよ! 途中でポロポロ宝石を落としては拾い落としては拾い! まったく情けない男だね!」
ラルバは何度も何度も何かを呟いてから堰を切ったように大地が揺らぐ程に吼え、それを掻き消すように再び会場は爆笑と歓声の渦に呑まれた。
「そんじゃお別れが済んだところでバイバーイ!!」
看守の女がハンドルをくるくると回すと、縄が締まりラルバの体はゆっくりと宙に浮き始める
ラルバは足をバタつかせて首を掻き毟った。杖を持った回復役の女達は詠唱を始め、ラルバはより一層身を激しく振るう。会場は拍手喝采で罪人の旅立ちを祝い、出店の一つでは絶命までのカウントダウンタイマーが動き始めた。
タイマーが28分を示したところでラルバ動きを止めた。看守の女が槍でラルバの肩を貫くが、虚な瞳が動くことはなかった。
「タイムはー……28分56秒!!!」
会場は再び拍手に包まれ、あちこちからラルバを褒め称える声や罵声が聞こえる。
「よく頑張ったなねーちゃん! 大往生だよ!」
「アンタのおかげで賭けに大勝ちできた!! ありがとよーっ!」
「ふざけんなクソ女ーっ! 何でもっとはやく死なねぇんだクソがーっ!」
「燃やせ燃やせーっ! 焚いちまえーっ!」
看守の女はハンドルを回しラルバを下ろす。
「さーてさて、あのまま糞尿垂れ流しにするのもいいが、せっかくの美形だ。剥製にしようか装飾にしようか……」
うつ伏せになったラルバの首の輪を解き表向きにしようと転がすと、恐らくは死体であったはずの殺意と目が合った。
「御丁寧にどうも」
ラルバは看守の女が何かをするより早く口を掴み、顎を握り砕いた。そのまま振りかぶり天高く放り投げる。群衆は理解が追いつかないまま投げられた何かを見上げ、落下してきた人型が地面にぶつかり血飛沫になるまで呆けた顔が剥がれることはなかった。
「殺せ!!!」
誰のものかもわからぬ雄叫びを合図に、群衆は各々得物を構えラルバに向かっていく。
ラルバはそれを嘲笑うかのように群衆へ走り出し、千切っては投げ千切っては投げ――文字通り盗賊達の腕や脚がもぎ取られ宙を舞った。盗賊達がいくら斬りつけようが刺そうが燃やそうが、曲芸師のようにしなやかで竜の様に強靭な身体に傷がつく事はなく、怒り心頭に発した群衆の心が折れ雄叫びが悲鳴と命乞いに変わるのに、そう時間はかからなかった。
「たーんたーんたーんたたーん、たーんたたーんたたーんたー」
ラルバはメルヘンな曲調の歌を口ずさみながら、倒れ呻き声を上げている盗賊達の首に縄で作られた輪っかをかけていく。
「や、やめ、てくれ」
盗賊が輪を外そうとするが、粉砕された手では上から撫でることが最大の抵抗だった。
「たーん、たーん、たーんたたーん」
そのままご機嫌なラルバは全ての盗賊の首に輪をはめ、その反対側に長く伸びた縄の端を持って大きく跳ね、洞窟の天井につけたフックに一本一本通していく。盗賊達の呻き声が段々と悲哀に満ちたものになっていく様子は、ラルバの加虐心を余計に焚きつけた。
「さてさて皆様大変長らくお待たせいたしましたぁ……」
ラルバは先程自分が釣られていた処刑台に立ち、全方向で散らばっている盗賊達のに向け、紳士の様に何度も丁寧にお辞儀をする。
「皆様の首に繋がれました縄は、天井に刺さったフックに通して反対側は宙ぶらりんの状態。ここに摩訶不思議な術で大岩を繋げてご覧にいれましょう。すると皆様はゆるりゆるりと吊り上げられ、まるで召されるかのように天高く昇っていくのです」
盗賊達が必死に首の輪を外そうともがき、粉々に潰された手から砕けた骨が飛び出て首を引っ掻いた。
「それでは皆様準備はよろしいですか? お飲み物はご用意なされましたか? トイレはお済みですか? ショーの間のおしゃべりはご遠慮ください。一世一代の大合唱! どうか拍手でお迎えください!」
誰に向けたわけでもない前口上を意気揚々と述べ、胸の前で手を組み勢い良く左右へ弾く。ラルバの足元がひび割れ”ひっくり返り“そのひび割れは中空を伝って広がり、まるで景色が壁に描かれた絵画であったかの様に剥がれ落ち、洞窟はあっという間に古びた石畳と星々が煌めく満天の空に包まれた。ラルバが指先をくるくる回すと、どこからともなく岩が湧いて縄の先にぶら下がる。縄の反対側に括られていた盗賊の1人は重みでゆっくり吊り上げられ、苦しみに人ならざる断末魔を上げる。
「いっせーのーでっ」
ラルバが指揮者の様に両手を振ると、次々に岩が現れ縄にぶら下がり始める。盗賊達が大絶叫を星空に響かせると、そのけたたましい不協和音にラルバはうっとりとした表情を浮かべ踊り出した。
数分もせずに盗賊達は1人残らず吊られ動かなくなったが、ラルバは目を閉じて微笑みながらくるくると踊り続けた。
「いやあ面白かった! またやろう!」
満天の空は“ひび割れガラガラと崩れ落ちて“消え去り、元の静まりかえった洞窟に戻ったが、宙に浮かぶ盗賊達は変わらず屍のままであった。ラルバはぐるりと見回し「ウンウン」と満足そうに頷いた後、無人になった屋台からフライドチキンを一本手に取り出口へと歩き出した。
「あ、あのっ! あのっ!」
家の中からラルバを呼ぶ声がした。みすぼらしい男が足枷をガリガリと引きずって窓から顔を出す。
「あ、あいつら死んだんですか?」
「あ? ああ、お前も仲間か?」
男はブンブンと首を振る。
「まっまさか! 俺は奴隷でっ……ああ神様っ……まさかこんな日が来るなんて……!」
男の呟きを聞いた別の家の奴隷が「まさか」と窓から盗賊達を見上げる。次第に他の家から足枷をつけた奴隷達がゾロゾロと出てきて歓声をあげる。
「た、助かった……助かったんだ!」
「こんな生活もう終わりだ! 終わったんだ!」
「やった! やった! 生きててよかった!」
洞窟はあっという間に奴隷達の喜びと祝福で埋め尽くされた。ラルバは近寄ってきた奴隷達に感謝を述べられ、手を握られて上下に激しく振られる。
「ありがとう! ありがとう救世主様!」
「鬱陶しいから離せ」
ラルバは握られた手を乱暴に振り解き、拍手で讃える群衆の間をぶつかりながら強引に進んでいく。
「ありがとう! ありがとう!」
「あなたは神様だ!」
「救世主様! 救世主様!」
洞窟中に響き渡る歓声に、ラルバは眉を顰め呟いた。
「私にどうしろというのだ」
盗賊の国の出入り口である巨大な亀裂の前で、ラデックは3本目のタバコに火をつけようとしていた。
「ん、おかえり。どうだった?」
「楽しかった!!」
そこへ戻ってきたラルバが満面の笑みで万歳をする。
「そりゃあよかった」
ラデックが「どっこいせ」と腰を上げると、ポケットから宝石がコロコロと転がり落ちる。
「そういえばラデック、昨晩捕まったらしいな」
ラデックは宝石を拾いながら答える。
「ん?ああ、その方がラルバは喜ぶかと思って」
「いい働きだ! 褒めて遣わす!」
「ありがたきしあわせー」
大きく胸を張るラルバに、ラデックは跪いてお辞儀をする。
「だが、天井にフックつけて縄を用意するくらいなら俺がやった方がよかったんじゃないのか?」
ラルバは「チッチッチ」と舌を弾きながらしたり顔で指を振る。
「姦計を捏ね繰り回しながら何も知らない悪党共を眺めるのも……また醍醐味なのだよ」
「じゃあ俺行く必要なかったんじゃ……」
「簀巻きにされるのは1人じゃ無理だ」
ラデックは昨晩、脱走後に牢屋であぐらをかいて寝ていたラルバを元どおり簀巻きにし、丁寧に牢屋の施錠をして鍵を返却していた。盗賊達は鍵返却時のラデックを見て「牢屋の鍵を盗もうとしている」と勘違いし捕らえていた。
「まあお陰で”助けに来た仲間が裏切って絶望する侵入者”を演じることができて満足だ。金もたんまり稼げたし! コレ幾らになるんだ?」
ラルバはラデックからひったくった宝石を太陽に透かす。
「さあ、物価が分からないからなんともいえないが……1、2年は平気で暮らせるんじゃないのか」
「金は大切だ。悪党を呼ぶ幸せの笛だ。無駄遣いするなよ」
ラルバは宝石をラデックの腰袋に詰めると、眉間に皺を寄せてギラっと睨んだ。
「わかった……ところで」
ラデックがラルバの足元を指差す。
「その男は誰だ?」
ラルバの足元には小柄な中年の男が縄で拘束されていた。
「こいつか?こいつは私の後に処刑予定だった情報屋のラプーだ」
縄をぐいっと引くとラプーの丸々とした顔の肉が上にぎゅっと絞られるが、声は一言も発さない。
「どっかのクソ無能天然猿の案内では頼りないので連れてきた。どっかのクソ無能天然猿より役に立つだろう」
「どっかのクソ無能天然猿は別に博識というわけではない」
ラデックはしゃがんで小柄なラプーに目線を合わせる。
「情報屋か……何を知ってる?」
「何でも知ってるだ」
ラプーは間の抜けた声と表情で淡白に答えた。
「例えば?」
「2人のことも知ってるだ。第二使奴研究所レベル1技術者ラデック。第二使奴研究所56番被験体ラルバ」
ラルバとラデックは顔を見合わせた。
【情報屋 ラプーが加入】
公開処刑の当日、ラルバは簀巻きからは解放されたが、両手を後ろに縛られて鉄球付きの足枷を引き摺りながら街道を歩かされていた。
「ほら、いい匂いがするだろう?」
横で槍を携えた女が、持っていた食べかけの骨付き肉をラルバの目の前でゆらゆらと振る。
「んあっ!」
ラルバは噛みつこうとするが、ひょいっと躱され空をガチンと噛む。同時に肉を見せびらかした女は首を前に突き出したラルバに横から肘打ちを入れた。
「誰がやるかバァーッカ! ハハハッ! 」
満足そうに肉を齧り、ラルバの脛に踵で後ろ蹴りを入れてからさっさと歩いていってしまった。
ラルバは牢屋から歩かされてここまで来るのに、既にもう3人もの盗賊達に似たような嫌がらせを受けていた。後ろで手錠から伸びた鎖の端を持つ女はニヤニヤと薄ら笑いを浮かべながら黙っている。三歩進めばゴミを投げられ、十歩進めば水をかけられ、もう少し進めば先ほどと同じようにからかわれる。
それでもラルバは歯を食いしばり俯いて、自らの足で広場へ設置された処刑台へ向かわなければならない。
処刑台は既に多くの盗賊達でごった返しており、ラルバが到着するや否や大声を浴びせた。
「遅ぇーぞデカ女ぁーっ」
「早く死ぬとこ見せてくれー!」
「ずぶ濡れじゃねぇかよ! 水遊びは楽しかったかぁーっ?」
「お前らあんま虐めんなよー! 泣いちまうぞー!」
これから人が死ぬというのに猿のように手を叩いて喜んだり、山盛りのポップコーンをバリボリと貪る奴や露店を出す者。処刑はもはやこの国の一大イベントになっており、ラルバは小さく「悪党が」と呟き目を細めた。
処刑台まで登らされると目の前に一本の縄でできた輪っかが差し出され、首にかけられた。
「今からこれをゆっくりと引き上げる。ゆっくり、ゆっくりとな」
ここまで連れてきた看守の女がジェスチャーを交えてラルバに説明する。
「するとお前の首はゆーっくりと締まっていき、想像を絶する苦しみと、想像を絶する痛みの中死んでいく。死んでいく、のだが」
処刑台の周りを杖を持った女達が取り囲む。
「回復魔法でなんとか生きながらえさせてやろう。するとどうなるか。いっちばぁん辛い苦しみが、もぉーっと続くんだ。なんせ瀕死のお前を8人がかりで蘇生するんだからな。因みに今までの最高記録は22分だ。頑張って生き延びてくれよ? あっちで賭けもやってるんだ」
満足そうに話し終えると看守役の女は処刑台から降りてハンドルに手をかける。女がゆっくりとハンドルを回すと縄が少しずつ上昇してラルバの頸動脈を少し押しつぶした。
「あーそうそう」
女はハンドルから手を離し、ラルバの正面に立ってひらひらと紙を振る。その写真にはラデックの顔がハッキリと映されていた。
「この男、助けに来ないから」
「なっ……!?」
ラルバは目を見開いて写真を見つめた。
一瞬の間を置いて広場は大爆笑に包まれた。至る所から罵倒や指笛、手を叩いて笑う声が湧き上がり広場に反響する。
「あの男ねぇ、昨日忍び込んできて牢屋の鍵を盗もうとしたもんだからね、ひっ捕らえたんだよ」
ラルバは小さく「嘘だ」と呟いた。喧騒にかき消されたかと思えたが、看守の女にはしっかり聞こえていた。
「それがねぇホントなのさ。で、尋問してやろうかと思ったんだけどイイ事思いついちゃって」
少し思い出し笑いをして女は下を向く、そしてそのまま上目遣いで――――
「ウチらの財宝を少し渡してさ”何もなかったことにしてあの女を見捨てれば持って帰っていいよ”って言ったんだよ。そしたらちょっと渋ったから、倍に上乗せしてあげたのさ。その瞬間手からあぶれた金貨も拾ってすっ飛んで行ったよ! 途中でポロポロ宝石を落としては拾い落としては拾い! まったく情けない男だね!」
ラルバは何度も何度も何かを呟いてから堰を切ったように大地が揺らぐ程に吼え、それを掻き消すように再び会場は爆笑と歓声の渦に呑まれた。
「そんじゃお別れが済んだところでバイバーイ!!」
看守の女がハンドルをくるくると回すと、縄が締まりラルバの体はゆっくりと宙に浮き始める
ラルバは足をバタつかせて首を掻き毟った。杖を持った回復役の女達は詠唱を始め、ラルバはより一層身を激しく振るう。会場は拍手喝采で罪人の旅立ちを祝い、出店の一つでは絶命までのカウントダウンタイマーが動き始めた。
タイマーが28分を示したところでラルバ動きを止めた。看守の女が槍でラルバの肩を貫くが、虚な瞳が動くことはなかった。
「タイムはー……28分56秒!!!」
会場は再び拍手に包まれ、あちこちからラルバを褒め称える声や罵声が聞こえる。
「よく頑張ったなねーちゃん! 大往生だよ!」
「アンタのおかげで賭けに大勝ちできた!! ありがとよーっ!」
「ふざけんなクソ女ーっ! 何でもっとはやく死なねぇんだクソがーっ!」
「燃やせ燃やせーっ! 焚いちまえーっ!」
看守の女はハンドルを回しラルバを下ろす。
「さーてさて、あのまま糞尿垂れ流しにするのもいいが、せっかくの美形だ。剥製にしようか装飾にしようか……」
うつ伏せになったラルバの首の輪を解き表向きにしようと転がすと、恐らくは死体であったはずの殺意と目が合った。
「御丁寧にどうも」
ラルバは看守の女が何かをするより早く口を掴み、顎を握り砕いた。そのまま振りかぶり天高く放り投げる。群衆は理解が追いつかないまま投げられた何かを見上げ、落下してきた人型が地面にぶつかり血飛沫になるまで呆けた顔が剥がれることはなかった。
「殺せ!!!」
誰のものかもわからぬ雄叫びを合図に、群衆は各々得物を構えラルバに向かっていく。
ラルバはそれを嘲笑うかのように群衆へ走り出し、千切っては投げ千切っては投げ――文字通り盗賊達の腕や脚がもぎ取られ宙を舞った。盗賊達がいくら斬りつけようが刺そうが燃やそうが、曲芸師のようにしなやかで竜の様に強靭な身体に傷がつく事はなく、怒り心頭に発した群衆の心が折れ雄叫びが悲鳴と命乞いに変わるのに、そう時間はかからなかった。
「たーんたーんたーんたたーん、たーんたたーんたたーんたー」
ラルバはメルヘンな曲調の歌を口ずさみながら、倒れ呻き声を上げている盗賊達の首に縄で作られた輪っかをかけていく。
「や、やめ、てくれ」
盗賊が輪を外そうとするが、粉砕された手では上から撫でることが最大の抵抗だった。
「たーん、たーん、たーんたたーん」
そのままご機嫌なラルバは全ての盗賊の首に輪をはめ、その反対側に長く伸びた縄の端を持って大きく跳ね、洞窟の天井につけたフックに一本一本通していく。盗賊達の呻き声が段々と悲哀に満ちたものになっていく様子は、ラルバの加虐心を余計に焚きつけた。
「さてさて皆様大変長らくお待たせいたしましたぁ……」
ラルバは先程自分が釣られていた処刑台に立ち、全方向で散らばっている盗賊達のに向け、紳士の様に何度も丁寧にお辞儀をする。
「皆様の首に繋がれました縄は、天井に刺さったフックに通して反対側は宙ぶらりんの状態。ここに摩訶不思議な術で大岩を繋げてご覧にいれましょう。すると皆様はゆるりゆるりと吊り上げられ、まるで召されるかのように天高く昇っていくのです」
盗賊達が必死に首の輪を外そうともがき、粉々に潰された手から砕けた骨が飛び出て首を引っ掻いた。
「それでは皆様準備はよろしいですか? お飲み物はご用意なされましたか? トイレはお済みですか? ショーの間のおしゃべりはご遠慮ください。一世一代の大合唱! どうか拍手でお迎えください!」
誰に向けたわけでもない前口上を意気揚々と述べ、胸の前で手を組み勢い良く左右へ弾く。ラルバの足元がひび割れ”ひっくり返り“そのひび割れは中空を伝って広がり、まるで景色が壁に描かれた絵画であったかの様に剥がれ落ち、洞窟はあっという間に古びた石畳と星々が煌めく満天の空に包まれた。ラルバが指先をくるくる回すと、どこからともなく岩が湧いて縄の先にぶら下がる。縄の反対側に括られていた盗賊の1人は重みでゆっくり吊り上げられ、苦しみに人ならざる断末魔を上げる。
「いっせーのーでっ」
ラルバが指揮者の様に両手を振ると、次々に岩が現れ縄にぶら下がり始める。盗賊達が大絶叫を星空に響かせると、そのけたたましい不協和音にラルバはうっとりとした表情を浮かべ踊り出した。
数分もせずに盗賊達は1人残らず吊られ動かなくなったが、ラルバは目を閉じて微笑みながらくるくると踊り続けた。
「いやあ面白かった! またやろう!」
満天の空は“ひび割れガラガラと崩れ落ちて“消え去り、元の静まりかえった洞窟に戻ったが、宙に浮かぶ盗賊達は変わらず屍のままであった。ラルバはぐるりと見回し「ウンウン」と満足そうに頷いた後、無人になった屋台からフライドチキンを一本手に取り出口へと歩き出した。
「あ、あのっ! あのっ!」
家の中からラルバを呼ぶ声がした。みすぼらしい男が足枷をガリガリと引きずって窓から顔を出す。
「あ、あいつら死んだんですか?」
「あ? ああ、お前も仲間か?」
男はブンブンと首を振る。
「まっまさか! 俺は奴隷でっ……ああ神様っ……まさかこんな日が来るなんて……!」
男の呟きを聞いた別の家の奴隷が「まさか」と窓から盗賊達を見上げる。次第に他の家から足枷をつけた奴隷達がゾロゾロと出てきて歓声をあげる。
「た、助かった……助かったんだ!」
「こんな生活もう終わりだ! 終わったんだ!」
「やった! やった! 生きててよかった!」
洞窟はあっという間に奴隷達の喜びと祝福で埋め尽くされた。ラルバは近寄ってきた奴隷達に感謝を述べられ、手を握られて上下に激しく振られる。
「ありがとう! ありがとう救世主様!」
「鬱陶しいから離せ」
ラルバは握られた手を乱暴に振り解き、拍手で讃える群衆の間をぶつかりながら強引に進んでいく。
「ありがとう! ありがとう!」
「あなたは神様だ!」
「救世主様! 救世主様!」
洞窟中に響き渡る歓声に、ラルバは眉を顰め呟いた。
「私にどうしろというのだ」
盗賊の国の出入り口である巨大な亀裂の前で、ラデックは3本目のタバコに火をつけようとしていた。
「ん、おかえり。どうだった?」
「楽しかった!!」
そこへ戻ってきたラルバが満面の笑みで万歳をする。
「そりゃあよかった」
ラデックが「どっこいせ」と腰を上げると、ポケットから宝石がコロコロと転がり落ちる。
「そういえばラデック、昨晩捕まったらしいな」
ラデックは宝石を拾いながら答える。
「ん?ああ、その方がラルバは喜ぶかと思って」
「いい働きだ! 褒めて遣わす!」
「ありがたきしあわせー」
大きく胸を張るラルバに、ラデックは跪いてお辞儀をする。
「だが、天井にフックつけて縄を用意するくらいなら俺がやった方がよかったんじゃないのか?」
ラルバは「チッチッチ」と舌を弾きながらしたり顔で指を振る。
「姦計を捏ね繰り回しながら何も知らない悪党共を眺めるのも……また醍醐味なのだよ」
「じゃあ俺行く必要なかったんじゃ……」
「簀巻きにされるのは1人じゃ無理だ」
ラデックは昨晩、脱走後に牢屋であぐらをかいて寝ていたラルバを元どおり簀巻きにし、丁寧に牢屋の施錠をして鍵を返却していた。盗賊達は鍵返却時のラデックを見て「牢屋の鍵を盗もうとしている」と勘違いし捕らえていた。
「まあお陰で”助けに来た仲間が裏切って絶望する侵入者”を演じることができて満足だ。金もたんまり稼げたし! コレ幾らになるんだ?」
ラルバはラデックからひったくった宝石を太陽に透かす。
「さあ、物価が分からないからなんともいえないが……1、2年は平気で暮らせるんじゃないのか」
「金は大切だ。悪党を呼ぶ幸せの笛だ。無駄遣いするなよ」
ラルバは宝石をラデックの腰袋に詰めると、眉間に皺を寄せてギラっと睨んだ。
「わかった……ところで」
ラデックがラルバの足元を指差す。
「その男は誰だ?」
ラルバの足元には小柄な中年の男が縄で拘束されていた。
「こいつか?こいつは私の後に処刑予定だった情報屋のラプーだ」
縄をぐいっと引くとラプーの丸々とした顔の肉が上にぎゅっと絞られるが、声は一言も発さない。
「どっかのクソ無能天然猿の案内では頼りないので連れてきた。どっかのクソ無能天然猿より役に立つだろう」
「どっかのクソ無能天然猿は別に博識というわけではない」
ラデックはしゃがんで小柄なラプーに目線を合わせる。
「情報屋か……何を知ってる?」
「何でも知ってるだ」
ラプーは間の抜けた声と表情で淡白に答えた。
「例えば?」
「2人のことも知ってるだ。第二使奴研究所レベル1技術者ラデック。第二使奴研究所56番被験体ラルバ」
ラルバとラデックは顔を見合わせた。
【情報屋 ラプーが加入】
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
貴族令嬢の身代わりでお見合いしたら気に入られて輿入れすることになりました
猫男爵
ファンタジー
マルセ王国の貴族エルナンド伯爵家の令嬢アンセリーナに仕える侍女パンナは、我儘なアンセリーナに毎日手を焼いていた。人嫌いのアンセリーナは自分の社交界デビューとなるパーティーの開催を嫌がり、パンナがアンセリーナに扮してパーティに出ることになる。そこで王国の大貴族、「四公」の一つであるサンクリスト公爵家の嫡男ボナーと出会ったパンナは彼に気に入られ、縁談の話が持ち上がってしまう。アンセリーナは相手が低身長であるということを理由に見合いを嫌がり、娘にはやたら甘いエルナンド伯爵もそれを咎めようとしない。だが格上の公爵家からの話を無下に断るわけにもいかず困り果て、見合いの場で粗相をして相手から断らせようと提案するが、プライドの高いアンセリーナはそんなことは出来ないと言う。そこで伯爵はまたもパンナを娘の身代わりに見合いさせる。貴族の社交マナーなど知る由もないパンナなら向こうが呆れて断ると踏んだのだ。アンセリーナの評判を落とすことになるとパンナは固辞するが、親バカの伯爵は娘を嫁にやるくらいなら評判を悪くして手元に置いておきたいと言って強要する。渋々見合いに行かされたパンナは思いっきり粗相をして縁談を破棄させようとするが、刺客に襲われるという思いもしない事態が起こり、ボナーをかばったパンナはさらに彼に気に入られてしまう。求婚されたパンナはやむを得ず身代わりであることを打ち明けるが、ボナーはそれでもかまわないと言い、伯爵と共謀して実家を騙し、パンナをアンセリーナと偽って婚約を発表。庶民の出でありながらパンナは公爵家に輿入れすることになってしまった。思いもよらない事態に困惑するパンナだったが、公爵家、そして王家に渦巻く陰謀に巻き込まれ、ボナーと共に波乱の人生を送ることになっていくのだった。
異世界複利! 【1000万PV突破感謝致します】 ~日利1%で始める追放生活~
蒼き流星ボトムズ
ファンタジー
クラス転移で異世界に飛ばされた遠市厘(といち りん)が入手したスキルは【複利(日利1%)】だった。
中世レベルの文明度しかない異世界ナーロッパ人からはこのスキルの価値が理解されず、また県内屈指の低偏差値校からの転移であることも幸いして級友にもスキルの正体がバレずに済んでしまう。
役立たずとして追放された厘は、この最強スキルを駆使して異世界無双を開始する。
世界渡りの神
月夜桜
ファンタジー
本作品は、基本的に、転生者サイドである〝転〟から始まるナンバリングと、神(救助者)サイドである無印のナンバリングで構成されています。
ある日、妹神と街中を歩いていた主人公。
突然、足下に出現した魔法陣を回避したのはいいものの──
ある日の学校。生徒達が昼食を食べている時、突如として極光が発生し、教室を包み込む。極光が収まり、目を覚ますとそこは、大理石で出来た見覚えの無い部屋だった──
注意:本作品はフィクションです。実際の人物・団体・事件等とは、一切関係ありません。また、本作品及び本作品内の表現は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
⚠This is a fictional story. It has nothing to do with the actual person, organization, incident, and so on. In addition, the expression in this story don't admit or recommend acts that violate the law.
箱庭?のロンド ―マリサはもふ犬とのしあわせスローライフを守るべく頑張ります―
彩結満
ファンタジー
気が付けは、マリサ(二十八歳独身)は、荒れ地に佇んでいた。
周りには木が一本のみで、何もない。
ここにいる記憶がまるでないマリサは狼狽える。
焦ってもらちが明かないと、まずは周辺の探索と、喉の渇きを癒すための水場を探しに歩き出したマリサだった――。
少しして、ここが日々の生活の癒しにやっていた箱庭ゲームの世界の中だとわかり、初期設定の受信箱にあるギフトで、幸運にもS級の犬型魔獣を召喚した。
ブラック企業で働いていた現実世界では、飼いたくても飼えなかった念願の犬(?)シロリンとの、土地開拓&共同生活と、マリサがじわじわと幸せを掴んでいく、そんなのんびりストーリーです
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
序盤で殺される悪役貴族に転生した俺、前世のスキルが残っているため、勇者よりも強くなってしまう〜主人公がキレてるけど気にしません
そらら
ファンタジー
↑「お気に入りに追加」を押してくださいっ!↑
大人気ゲーム「剣と魔法のファンタジー」の悪役貴族に転生した俺。
貴族という血統でありながら、何も努力しない怠惰な公爵家の令息。
序盤で王国から追放されてしまうざまぁ対象。
だがどうやら前世でプレイしていたスキルが引き継がれているようで、最強な件。
そんで王国の為に暗躍してたら、主人公がキレて来たんだが?
「お前なんかにヒロインは渡さないぞ!?」
「俺は別に構わないぞ? 王国の為に暗躍中だ」
「ふざけんな! 原作をぶっ壊しやがって、殺してやる」
「すまないが、俺には勝てないぞ?」
※ カクヨム様にて、異世界ファンタジージャンル総合週間ランキング40位入り。1300スター、3800フォロワーを達成!
先読みスキルで無双する最強交渉人の快適セカンドライフ ~傲慢勇者パーティの下請けから転職した俺は、優雅に愛娘とグルメ旅に出ます~
なっくる
ファンタジー
「アレン、お前はもうクビだ! 民家のタンス漁るのにいちいち交渉とか、この偉大な勇者様には面倒なんだよ!」
34歳のお人好しな男アレン。
そんなアレンには相手が”欲しい物”が先読みできる凄腕交渉スキルがあった。勇者パーティが民家のタンスで取れる「メダル」を漁る際の事前交渉の下請けをしていたが、手間を嫌った勇者に追放されてしまう。「メダル」は勇者の武器回復や大技で使うんだが……俺抜きで取れなくなっても知らんぞ。
アレンを追放した勇者たちは思い知ることになる。円滑な事前交渉無しにタンスや壺を漁ると、住民から恨みを買いまくることを(当り前です)!
「くそっ! メダルが足りない! 武器も直せない!」
窮地に陥った勇者パーティは逆転を目指しSランクダンジョンに挑むも、メダルが足りないせいで敵を倒せずにパーティはどんどん崩壊していく。
先読みスキルを使い、稼げることに気づいたアレンは物々交換で巨万の富を築く。もう満足したので優雅にセカンドライフを楽しむべく、”宝箱設置人”というお気楽ジョブに転職。かわいい獣人族の少女を奴隷商から救って養女にし、快適1LDK魔法コテージを購入すると、仕事兼趣味の諸国漫遊のんびりグルメ旅行に出発した!
俺はかわいい愛娘を甘やかしまくり、美味しいグルメを堪能していたが、ふとしたきっかけで手に入れた”腕輪”により、俺のスキルがどんどん進化していき……これじゃまるで”未来予知”じゃねーか。
娘とともに王国最強親子になってしまうぞ?
苦境に陥った勇者の暴走をきっかけに……王国上層部と魔王軍?を巻き込んだ大騒動に発展していくのだが……
「本当にミアを買ってくれてありがとね!」
「ふふ、頼りにしてるぞ……俺のスキルもあるし、俺たちが王国最強親子だ」
俺はかわいい愛娘を優しく抱きしめる……そうそう、俺はこんなのが良いの!
※4~6話ごとにアレン達の冒険、グルメなスローライフ、ざまぁのお話が続きます!お手軽にお楽しみください!
※他サイトでも掲載予定です
辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~
雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
他作品の詳細はこちら:
『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】
『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】
『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる