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使奴の国
第2話 盗賊の国
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~盗賊の国~
公開処刑の当日、ラルバは簀巻きからは解放されたが、両手を後ろに縛られて鉄球付きの足枷を引き摺りながら街道を歩かされていた。
「ほら、いい匂いがするだろう?」
横で槍を携えた女が、持っていた食べかけの骨付き肉をラルバの目の前でゆらゆらと振る。
「んあっ!」
ラルバは噛みつこうとするが、ひょいっと躱され空をガチンと噛む。同時に肉を見せびらかした女は首を前に突き出したラルバに横から肘打ちを入れた。
「誰がやるかバァーッカ! ハハハッ! 」
満足そうに肉を齧り、ラルバの脛に踵で後ろ蹴りを入れてからさっさと歩いていってしまった。
ラルバは牢屋から歩かされてここまで来るのに、既にもう3人もの盗賊達に似たような嫌がらせを受けていた。後ろで手錠から伸びた鎖の端を持つ女はニヤニヤと薄ら笑いを浮かべながら黙っている。三歩進めばゴミを投げられ、十歩進めば水をかけられ、もう少し進めば先ほどと同じようにからかわれる。
それでもラルバは歯を食いしばり俯いて、自らの足で広場へ設置された処刑台へ向かわなければならない。
処刑台は既に多くの盗賊達でごった返しており、ラルバが到着するや否や大声を浴びせた。
「遅ぇーぞデカ女ぁーっ」
「早く死ぬとこ見せてくれー!」
「ずぶ濡れじゃねぇかよ! 水遊びは楽しかったかぁーっ?」
「お前らあんま虐めんなよー! 泣いちまうぞー!」
これから人が死ぬというのに猿のように手を叩いて喜んだり、山盛りのポップコーンをバリボリと貪る奴や露店を出す者。処刑はもはやこの国の一大イベントになっており、ラルバは小さく「悪党が」と呟き目を細めた。
処刑台まで登らされると目の前に一本の縄でできた輪っかが差し出され、首にかけられた。
「今からこれをゆっくりと引き上げる。ゆっくり、ゆっくりとな」
ここまで連れてきた看守の女がジェスチャーを交えてラルバに説明する。
「するとお前の首はゆーっくりと締まっていき、想像を絶する苦しみと、想像を絶する痛みの中死んでいく。死んでいく、のだが」
処刑台の周りを杖を持った女達が取り囲む。
「回復魔法でなんとか生きながらえさせてやろう。するとどうなるか。いっちばぁん辛い苦しみが、もぉーっと続くんだ。なんせ瀕死のお前を8人がかりで蘇生するんだからな。因みに今までの最高記録は22分だ。頑張って生き延びてくれよ? あっちで賭けもやってるんだ」
満足そうに話し終えると看守役の女は処刑台から降りてハンドルに手をかける。女がゆっくりとハンドルを回すと縄が少しずつ上昇してラルバの頸動脈を少し押しつぶした。
「あーそうそう」
女はハンドルから手を離し、ラルバの正面に立ってひらひらと紙を振る。その写真にはラデックの顔がハッキリと映されていた。
「この男、助けに来ないから」
「なっ……!?」
ラルバは目を見開いて写真を見つめた。
一瞬の間を置いて広場は大爆笑に包まれた。至る所から罵倒や指笛、手を叩いて笑う声が湧き上がり広場に反響する。
「あの男ねぇ、昨日忍び込んできて牢屋の鍵を盗もうとしたもんだからね、ひっ捕らえたんだよ」
ラルバは小さく「嘘だ」と呟いた。喧騒にかき消されたかと思えたが、看守の女にはしっかり聞こえていた。
「それがねぇホントなのさ。で、尋問してやろうかと思ったんだけどイイ事思いついちゃって」
少し思い出し笑いをして女は下を向く、そしてそのまま上目遣いで――――
「ウチらの財宝を少し渡してさ”何もなかったことにしてあの女を見捨てれば持って帰っていいよ”って言ったんだよ。そしたらちょっと渋ったから、倍に上乗せしてあげたのさ。その瞬間手からあぶれた金貨も拾ってすっ飛んで行ったよ! 途中でポロポロ宝石を落としては拾い落としては拾い! まったく情けない男だね!」
ラルバは何度も何度も何かを呟いてから堰を切ったように大地が揺らぐ程に吼え、それを掻き消すように再び会場は爆笑と歓声の渦に呑まれた。
「そんじゃお別れが済んだところでバイバーイ!!」
看守の女がハンドルをくるくると回すと、縄が締まりラルバの体はゆっくりと宙に浮き始める
ラルバは足をバタつかせて首を掻き毟った。杖を持った回復役の女達は詠唱を始め、ラルバはより一層身を激しく振るう。会場は拍手喝采で罪人の旅立ちを祝い、出店の一つでは絶命までのカウントダウンタイマーが動き始めた。
タイマーが28分を示したところでラルバ動きを止めた。看守の女が槍でラルバの肩を貫くが、虚な瞳が動くことはなかった。
「タイムはー……28分56秒!!!」
会場は再び拍手に包まれ、あちこちからラルバを褒め称える声や罵声が聞こえる。
「よく頑張ったなねーちゃん! 大往生だよ!」
「アンタのおかげで賭けに大勝ちできた!! ありがとよーっ!」
「ふざけんなクソ女ーっ! 何でもっとはやく死なねぇんだクソがーっ!」
「燃やせ燃やせーっ! 焚いちまえーっ!」
看守の女はハンドルを回しラルバを下ろす。
「さーてさて、あのまま糞尿垂れ流しにするのもいいが、せっかくの美形だ。剥製にしようか装飾にしようか……」
うつ伏せになったラルバの首の輪を解き表向きにしようと転がすと、恐らくは死体であったはずの殺意と目が合った。
「御丁寧にどうも」
ラルバは看守の女が何かをするより早く口を掴み、顎を握り砕いた。そのまま振りかぶり天高く放り投げる。群衆は理解が追いつかないまま投げられた何かを見上げ、落下してきた人型が地面にぶつかり血飛沫になるまで呆けた顔が剥がれることはなかった。
「殺せ!!!」
誰のものかもわからぬ雄叫びを合図に、群衆は各々得物を構えラルバに向かっていく。
ラルバはそれを嘲笑うかのように群衆へ走り出し、千切っては投げ千切っては投げ――文字通り盗賊達の腕や脚がもぎ取られ宙を舞った。盗賊達がいくら斬りつけようが刺そうが燃やそうが、曲芸師のようにしなやかで竜の様に強靭な身体に傷がつく事はなく、怒り心頭に発した群衆の心が折れ雄叫びが悲鳴と命乞いに変わるのに、そう時間はかからなかった。
「たーんたーんたーんたたーん、たーんたたーんたたーんたー」
ラルバはメルヘンな曲調の歌を口ずさみながら、倒れ呻き声を上げている盗賊達の首に縄で作られた輪っかをかけていく。
「や、やめ、てくれ」
盗賊が輪を外そうとするが、粉砕された手では上から撫でることが最大の抵抗だった。
「たーん、たーん、たーんたたーん」
そのままご機嫌なラルバは全ての盗賊の首に輪をはめ、その反対側に長く伸びた縄の端を持って大きく跳ね、洞窟の天井につけたフックに一本一本通していく。盗賊達の呻き声が段々と悲哀に満ちたものになっていく様子は、ラルバの加虐心を余計に焚きつけた。
「さてさて皆様大変長らくお待たせいたしましたぁ……」
ラルバは先程自分が釣られていた処刑台に立ち、全方向で散らばっている盗賊達のに向け、紳士の様に何度も丁寧にお辞儀をする。
「皆様の首に繋がれました縄は、天井に刺さったフックに通して反対側は宙ぶらりんの状態。ここに摩訶不思議な術で大岩を繋げてご覧にいれましょう。すると皆様はゆるりゆるりと吊り上げられ、まるで召されるかのように天高く昇っていくのです」
盗賊達が必死に首の輪を外そうともがき、粉々に潰された手から砕けた骨が飛び出て首を引っ掻いた。
「それでは皆様準備はよろしいですか? お飲み物はご用意なされましたか? トイレはお済みですか? ショーの間のおしゃべりはご遠慮ください。一世一代の大合唱! どうか拍手でお迎えください!」
誰に向けたわけでもない前口上を意気揚々と述べ、胸の前で手を組み勢い良く左右へ弾く。ラルバの足元がひび割れ”ひっくり返り“そのひび割れは中空を伝って広がり、まるで景色が壁に描かれた絵画であったかの様に剥がれ落ち、洞窟はあっという間に古びた石畳と星々が煌めく満天の空に包まれた。ラルバが指先をくるくる回すと、どこからともなく岩が湧いて縄の先にぶら下がる。縄の反対側に括られていた盗賊の1人は重みでゆっくり吊り上げられ、苦しみに人ならざる断末魔を上げる。
「いっせーのーでっ」
ラルバが指揮者の様に両手を振ると、次々に岩が現れ縄にぶら下がり始める。盗賊達が大絶叫を星空に響かせると、そのけたたましい不協和音にラルバはうっとりとした表情を浮かべ踊り出した。
数分もせずに盗賊達は1人残らず吊られ動かなくなったが、ラルバは目を閉じて微笑みながらくるくると踊り続けた。
「いやあ面白かった! またやろう!」
満天の空は“ひび割れガラガラと崩れ落ちて“消え去り、元の静まりかえった洞窟に戻ったが、宙に浮かぶ盗賊達は変わらず屍のままであった。ラルバはぐるりと見回し「ウンウン」と満足そうに頷いた後、無人になった屋台からフライドチキンを一本手に取り出口へと歩き出した。
「あ、あのっ! あのっ!」
家の中からラルバを呼ぶ声がした。みすぼらしい男が足枷をガリガリと引きずって窓から顔を出す。
「あ、あいつら死んだんですか?」
「あ? ああ、お前も仲間か?」
男はブンブンと首を振る。
「まっまさか! 俺は奴隷でっ……ああ神様っ……まさかこんな日が来るなんて……!」
男の呟きを聞いた別の家の奴隷が「まさか」と窓から盗賊達を見上げる。次第に他の家から足枷をつけた奴隷達がゾロゾロと出てきて歓声をあげる。
「た、助かった……助かったんだ!」
「こんな生活もう終わりだ! 終わったんだ!」
「やった! やった! 生きててよかった!」
洞窟はあっという間に奴隷達の喜びと祝福で埋め尽くされた。ラルバは近寄ってきた奴隷達に感謝を述べられ、手を握られて上下に激しく振られる。
「ありがとう! ありがとう救世主様!」
「鬱陶しいから離せ」
ラルバは握られた手を乱暴に振り解き、拍手で讃える群衆の間をぶつかりながら強引に進んでいく。
「ありがとう! ありがとう!」
「あなたは神様だ!」
「救世主様! 救世主様!」
洞窟中に響き渡る歓声に、ラルバは眉を顰め呟いた。
「私にどうしろというのだ」
盗賊の国の出入り口である巨大な亀裂の前で、ラデックは3本目のタバコに火をつけようとしていた。
「ん、おかえり。どうだった?」
「楽しかった!!」
そこへ戻ってきたラルバが満面の笑みで万歳をする。
「そりゃあよかった」
ラデックが「どっこいせ」と腰を上げると、ポケットから宝石がコロコロと転がり落ちる。
「そういえばラデック、昨晩捕まったらしいな」
ラデックは宝石を拾いながら答える。
「ん?ああ、その方がラルバは喜ぶかと思って」
「いい働きだ! 褒めて遣わす!」
「ありがたきしあわせー」
大きく胸を張るラルバに、ラデックは跪いてお辞儀をする。
「だが、天井にフックつけて縄を用意するくらいなら俺がやった方がよかったんじゃないのか?」
ラルバは「チッチッチ」と舌を弾きながらしたり顔で指を振る。
「姦計を捏ね繰り回しながら何も知らない悪党共を眺めるのも……また醍醐味なのだよ」
「じゃあ俺行く必要なかったんじゃ……」
「簀巻きにされるのは1人じゃ無理だ」
ラデックは昨晩、脱走後に牢屋であぐらをかいて寝ていたラルバを元どおり簀巻きにし、丁寧に牢屋の施錠をして鍵を返却していた。盗賊達は鍵返却時のラデックを見て「牢屋の鍵を盗もうとしている」と勘違いし捕らえていた。
「まあお陰で”助けに来た仲間が裏切って絶望する侵入者”を演じることができて満足だ。金もたんまり稼げたし! コレ幾らになるんだ?」
ラルバはラデックからひったくった宝石を太陽に透かす。
「さあ、物価が分からないからなんともいえないが……1、2年は平気で暮らせるんじゃないのか」
「金は大切だ。悪党を呼ぶ幸せの笛だ。無駄遣いするなよ」
ラルバは宝石をラデックの腰袋に詰めると、眉間に皺を寄せてギラっと睨んだ。
「わかった……ところで」
ラデックがラルバの足元を指差す。
「その男は誰だ?」
ラルバの足元には小柄な中年の男が縄で拘束されていた。
「こいつか?こいつは私の後に処刑予定だった情報屋のラプーだ」
縄をぐいっと引くとラプーの丸々とした顔の肉が上にぎゅっと絞られるが、声は一言も発さない。
「どっかのクソ無能天然猿の案内では頼りないので連れてきた。どっかのクソ無能天然猿より役に立つだろう」
「どっかのクソ無能天然猿は別に博識というわけではない」
ラデックはしゃがんで小柄なラプーに目線を合わせる。
「情報屋か……何を知ってる?」
「何でも知ってるだ」
ラプーは間の抜けた声と表情で淡白に答えた。
「例えば?」
「2人のことも知ってるだ。第二使奴研究所レベル1技術者ラデック。第二使奴研究所56番被験体ラルバ」
ラルバとラデックは顔を見合わせた。
【情報屋 ラプーが加入】
公開処刑の当日、ラルバは簀巻きからは解放されたが、両手を後ろに縛られて鉄球付きの足枷を引き摺りながら街道を歩かされていた。
「ほら、いい匂いがするだろう?」
横で槍を携えた女が、持っていた食べかけの骨付き肉をラルバの目の前でゆらゆらと振る。
「んあっ!」
ラルバは噛みつこうとするが、ひょいっと躱され空をガチンと噛む。同時に肉を見せびらかした女は首を前に突き出したラルバに横から肘打ちを入れた。
「誰がやるかバァーッカ! ハハハッ! 」
満足そうに肉を齧り、ラルバの脛に踵で後ろ蹴りを入れてからさっさと歩いていってしまった。
ラルバは牢屋から歩かされてここまで来るのに、既にもう3人もの盗賊達に似たような嫌がらせを受けていた。後ろで手錠から伸びた鎖の端を持つ女はニヤニヤと薄ら笑いを浮かべながら黙っている。三歩進めばゴミを投げられ、十歩進めば水をかけられ、もう少し進めば先ほどと同じようにからかわれる。
それでもラルバは歯を食いしばり俯いて、自らの足で広場へ設置された処刑台へ向かわなければならない。
処刑台は既に多くの盗賊達でごった返しており、ラルバが到着するや否や大声を浴びせた。
「遅ぇーぞデカ女ぁーっ」
「早く死ぬとこ見せてくれー!」
「ずぶ濡れじゃねぇかよ! 水遊びは楽しかったかぁーっ?」
「お前らあんま虐めんなよー! 泣いちまうぞー!」
これから人が死ぬというのに猿のように手を叩いて喜んだり、山盛りのポップコーンをバリボリと貪る奴や露店を出す者。処刑はもはやこの国の一大イベントになっており、ラルバは小さく「悪党が」と呟き目を細めた。
処刑台まで登らされると目の前に一本の縄でできた輪っかが差し出され、首にかけられた。
「今からこれをゆっくりと引き上げる。ゆっくり、ゆっくりとな」
ここまで連れてきた看守の女がジェスチャーを交えてラルバに説明する。
「するとお前の首はゆーっくりと締まっていき、想像を絶する苦しみと、想像を絶する痛みの中死んでいく。死んでいく、のだが」
処刑台の周りを杖を持った女達が取り囲む。
「回復魔法でなんとか生きながらえさせてやろう。するとどうなるか。いっちばぁん辛い苦しみが、もぉーっと続くんだ。なんせ瀕死のお前を8人がかりで蘇生するんだからな。因みに今までの最高記録は22分だ。頑張って生き延びてくれよ? あっちで賭けもやってるんだ」
満足そうに話し終えると看守役の女は処刑台から降りてハンドルに手をかける。女がゆっくりとハンドルを回すと縄が少しずつ上昇してラルバの頸動脈を少し押しつぶした。
「あーそうそう」
女はハンドルから手を離し、ラルバの正面に立ってひらひらと紙を振る。その写真にはラデックの顔がハッキリと映されていた。
「この男、助けに来ないから」
「なっ……!?」
ラルバは目を見開いて写真を見つめた。
一瞬の間を置いて広場は大爆笑に包まれた。至る所から罵倒や指笛、手を叩いて笑う声が湧き上がり広場に反響する。
「あの男ねぇ、昨日忍び込んできて牢屋の鍵を盗もうとしたもんだからね、ひっ捕らえたんだよ」
ラルバは小さく「嘘だ」と呟いた。喧騒にかき消されたかと思えたが、看守の女にはしっかり聞こえていた。
「それがねぇホントなのさ。で、尋問してやろうかと思ったんだけどイイ事思いついちゃって」
少し思い出し笑いをして女は下を向く、そしてそのまま上目遣いで――――
「ウチらの財宝を少し渡してさ”何もなかったことにしてあの女を見捨てれば持って帰っていいよ”って言ったんだよ。そしたらちょっと渋ったから、倍に上乗せしてあげたのさ。その瞬間手からあぶれた金貨も拾ってすっ飛んで行ったよ! 途中でポロポロ宝石を落としては拾い落としては拾い! まったく情けない男だね!」
ラルバは何度も何度も何かを呟いてから堰を切ったように大地が揺らぐ程に吼え、それを掻き消すように再び会場は爆笑と歓声の渦に呑まれた。
「そんじゃお別れが済んだところでバイバーイ!!」
看守の女がハンドルをくるくると回すと、縄が締まりラルバの体はゆっくりと宙に浮き始める
ラルバは足をバタつかせて首を掻き毟った。杖を持った回復役の女達は詠唱を始め、ラルバはより一層身を激しく振るう。会場は拍手喝采で罪人の旅立ちを祝い、出店の一つでは絶命までのカウントダウンタイマーが動き始めた。
タイマーが28分を示したところでラルバ動きを止めた。看守の女が槍でラルバの肩を貫くが、虚な瞳が動くことはなかった。
「タイムはー……28分56秒!!!」
会場は再び拍手に包まれ、あちこちからラルバを褒め称える声や罵声が聞こえる。
「よく頑張ったなねーちゃん! 大往生だよ!」
「アンタのおかげで賭けに大勝ちできた!! ありがとよーっ!」
「ふざけんなクソ女ーっ! 何でもっとはやく死なねぇんだクソがーっ!」
「燃やせ燃やせーっ! 焚いちまえーっ!」
看守の女はハンドルを回しラルバを下ろす。
「さーてさて、あのまま糞尿垂れ流しにするのもいいが、せっかくの美形だ。剥製にしようか装飾にしようか……」
うつ伏せになったラルバの首の輪を解き表向きにしようと転がすと、恐らくは死体であったはずの殺意と目が合った。
「御丁寧にどうも」
ラルバは看守の女が何かをするより早く口を掴み、顎を握り砕いた。そのまま振りかぶり天高く放り投げる。群衆は理解が追いつかないまま投げられた何かを見上げ、落下してきた人型が地面にぶつかり血飛沫になるまで呆けた顔が剥がれることはなかった。
「殺せ!!!」
誰のものかもわからぬ雄叫びを合図に、群衆は各々得物を構えラルバに向かっていく。
ラルバはそれを嘲笑うかのように群衆へ走り出し、千切っては投げ千切っては投げ――文字通り盗賊達の腕や脚がもぎ取られ宙を舞った。盗賊達がいくら斬りつけようが刺そうが燃やそうが、曲芸師のようにしなやかで竜の様に強靭な身体に傷がつく事はなく、怒り心頭に発した群衆の心が折れ雄叫びが悲鳴と命乞いに変わるのに、そう時間はかからなかった。
「たーんたーんたーんたたーん、たーんたたーんたたーんたー」
ラルバはメルヘンな曲調の歌を口ずさみながら、倒れ呻き声を上げている盗賊達の首に縄で作られた輪っかをかけていく。
「や、やめ、てくれ」
盗賊が輪を外そうとするが、粉砕された手では上から撫でることが最大の抵抗だった。
「たーん、たーん、たーんたたーん」
そのままご機嫌なラルバは全ての盗賊の首に輪をはめ、その反対側に長く伸びた縄の端を持って大きく跳ね、洞窟の天井につけたフックに一本一本通していく。盗賊達の呻き声が段々と悲哀に満ちたものになっていく様子は、ラルバの加虐心を余計に焚きつけた。
「さてさて皆様大変長らくお待たせいたしましたぁ……」
ラルバは先程自分が釣られていた処刑台に立ち、全方向で散らばっている盗賊達のに向け、紳士の様に何度も丁寧にお辞儀をする。
「皆様の首に繋がれました縄は、天井に刺さったフックに通して反対側は宙ぶらりんの状態。ここに摩訶不思議な術で大岩を繋げてご覧にいれましょう。すると皆様はゆるりゆるりと吊り上げられ、まるで召されるかのように天高く昇っていくのです」
盗賊達が必死に首の輪を外そうともがき、粉々に潰された手から砕けた骨が飛び出て首を引っ掻いた。
「それでは皆様準備はよろしいですか? お飲み物はご用意なされましたか? トイレはお済みですか? ショーの間のおしゃべりはご遠慮ください。一世一代の大合唱! どうか拍手でお迎えください!」
誰に向けたわけでもない前口上を意気揚々と述べ、胸の前で手を組み勢い良く左右へ弾く。ラルバの足元がひび割れ”ひっくり返り“そのひび割れは中空を伝って広がり、まるで景色が壁に描かれた絵画であったかの様に剥がれ落ち、洞窟はあっという間に古びた石畳と星々が煌めく満天の空に包まれた。ラルバが指先をくるくる回すと、どこからともなく岩が湧いて縄の先にぶら下がる。縄の反対側に括られていた盗賊の1人は重みでゆっくり吊り上げられ、苦しみに人ならざる断末魔を上げる。
「いっせーのーでっ」
ラルバが指揮者の様に両手を振ると、次々に岩が現れ縄にぶら下がり始める。盗賊達が大絶叫を星空に響かせると、そのけたたましい不協和音にラルバはうっとりとした表情を浮かべ踊り出した。
数分もせずに盗賊達は1人残らず吊られ動かなくなったが、ラルバは目を閉じて微笑みながらくるくると踊り続けた。
「いやあ面白かった! またやろう!」
満天の空は“ひび割れガラガラと崩れ落ちて“消え去り、元の静まりかえった洞窟に戻ったが、宙に浮かぶ盗賊達は変わらず屍のままであった。ラルバはぐるりと見回し「ウンウン」と満足そうに頷いた後、無人になった屋台からフライドチキンを一本手に取り出口へと歩き出した。
「あ、あのっ! あのっ!」
家の中からラルバを呼ぶ声がした。みすぼらしい男が足枷をガリガリと引きずって窓から顔を出す。
「あ、あいつら死んだんですか?」
「あ? ああ、お前も仲間か?」
男はブンブンと首を振る。
「まっまさか! 俺は奴隷でっ……ああ神様っ……まさかこんな日が来るなんて……!」
男の呟きを聞いた別の家の奴隷が「まさか」と窓から盗賊達を見上げる。次第に他の家から足枷をつけた奴隷達がゾロゾロと出てきて歓声をあげる。
「た、助かった……助かったんだ!」
「こんな生活もう終わりだ! 終わったんだ!」
「やった! やった! 生きててよかった!」
洞窟はあっという間に奴隷達の喜びと祝福で埋め尽くされた。ラルバは近寄ってきた奴隷達に感謝を述べられ、手を握られて上下に激しく振られる。
「ありがとう! ありがとう救世主様!」
「鬱陶しいから離せ」
ラルバは握られた手を乱暴に振り解き、拍手で讃える群衆の間をぶつかりながら強引に進んでいく。
「ありがとう! ありがとう!」
「あなたは神様だ!」
「救世主様! 救世主様!」
洞窟中に響き渡る歓声に、ラルバは眉を顰め呟いた。
「私にどうしろというのだ」
盗賊の国の出入り口である巨大な亀裂の前で、ラデックは3本目のタバコに火をつけようとしていた。
「ん、おかえり。どうだった?」
「楽しかった!!」
そこへ戻ってきたラルバが満面の笑みで万歳をする。
「そりゃあよかった」
ラデックが「どっこいせ」と腰を上げると、ポケットから宝石がコロコロと転がり落ちる。
「そういえばラデック、昨晩捕まったらしいな」
ラデックは宝石を拾いながら答える。
「ん?ああ、その方がラルバは喜ぶかと思って」
「いい働きだ! 褒めて遣わす!」
「ありがたきしあわせー」
大きく胸を張るラルバに、ラデックは跪いてお辞儀をする。
「だが、天井にフックつけて縄を用意するくらいなら俺がやった方がよかったんじゃないのか?」
ラルバは「チッチッチ」と舌を弾きながらしたり顔で指を振る。
「姦計を捏ね繰り回しながら何も知らない悪党共を眺めるのも……また醍醐味なのだよ」
「じゃあ俺行く必要なかったんじゃ……」
「簀巻きにされるのは1人じゃ無理だ」
ラデックは昨晩、脱走後に牢屋であぐらをかいて寝ていたラルバを元どおり簀巻きにし、丁寧に牢屋の施錠をして鍵を返却していた。盗賊達は鍵返却時のラデックを見て「牢屋の鍵を盗もうとしている」と勘違いし捕らえていた。
「まあお陰で”助けに来た仲間が裏切って絶望する侵入者”を演じることができて満足だ。金もたんまり稼げたし! コレ幾らになるんだ?」
ラルバはラデックからひったくった宝石を太陽に透かす。
「さあ、物価が分からないからなんともいえないが……1、2年は平気で暮らせるんじゃないのか」
「金は大切だ。悪党を呼ぶ幸せの笛だ。無駄遣いするなよ」
ラルバは宝石をラデックの腰袋に詰めると、眉間に皺を寄せてギラっと睨んだ。
「わかった……ところで」
ラデックがラルバの足元を指差す。
「その男は誰だ?」
ラルバの足元には小柄な中年の男が縄で拘束されていた。
「こいつか?こいつは私の後に処刑予定だった情報屋のラプーだ」
縄をぐいっと引くとラプーの丸々とした顔の肉が上にぎゅっと絞られるが、声は一言も発さない。
「どっかのクソ無能天然猿の案内では頼りないので連れてきた。どっかのクソ無能天然猿より役に立つだろう」
「どっかのクソ無能天然猿は別に博識というわけではない」
ラデックはしゃがんで小柄なラプーに目線を合わせる。
「情報屋か……何を知ってる?」
「何でも知ってるだ」
ラプーは間の抜けた声と表情で淡白に答えた。
「例えば?」
「2人のことも知ってるだ。第二使奴研究所レベル1技術者ラデック。第二使奴研究所56番被験体ラルバ」
ラルバとラデックは顔を見合わせた。
【情報屋 ラプーが加入】
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