25 / 43
第三章
3 世界中が君の敵になっても
しおりを挟む
※
「プエリスが本件に関わっているのかどうか、未だはっきりとしない」
夕食の席にて。あのシャンデリア落下事件が起きてから、デュヘルは時々シリアスモードに入る。さすがの彼も、ナーリスに迫る危険に関しては、重い口調で議論する……こともある。
「エナは今日までずっと容疑を否認しているし、もしかすると本当にただの事故である可能性も捨てきれない」
エナが起こした事故と言えば、二つある。一つ目が、タオルを振り回して花瓶を割ったこと。二つ目が、シャンデリア落下の原因を作ったかもしれないこと。
災害の増加とナーリスの不完全さの関連性に確証はないが、巷では皇のせいで世界に苦難の時が訪れているのだと囁かれている。その真偽はともかくとして、災害で家族を亡くしたエナには、ナーリスを恨み害そうとする動機がある。そこに、後見人であるリーチ侯爵からの依頼があったのなら、彼女は戸惑いつつも従ったかもしれない。
一方で、これが故意だとしたら、花瓶の件は処罰覚悟の大胆過ぎる犯行だし、シャンデリアに関しても私達が通りかかるタイミングにぴったり合わせて落とすための細工が困難そうだ。
つまり、どちらもただの偶然で、しいて言えば、エナが極度にそそっかしいことが原因なのではないか。
「だが、故意でなかったとしても、ナーリスへ危害を及ぼしたことは裁かれるべきだ」
デュヘルはステーキを切りながら、重たい声音で淡々と続ける。
「したがって、エナの拘束をすぐに解く訳にはいかないのだ」
私はぼんやりとしながら、付け合わせの野菜をフォークで刺す。
「そうですね、仕方のないことだと思います」
長いテーブルの向かい側から、かちゃり、と食器が擦れる音がした。デュヘルがナイフとフォークを置いたのだ。
「リザエラ、不安なのかい?」
気遣わし気な声に、はっと顔を上げる。聖力灯の淡い光の中、揺らめく明かりに浮かび上がるデュヘルの瞳はいつになく真摯な色を宿していた。私は慌てて首を横に振る。
「いいえ、大丈夫です」
デュヘルは何も言わず、ただじっとこちらを見ている。普段なら、「君が暗い顔をしていると私の心が暗黒に落ちてしまう」だとか何とか言い出しそうだが、この時ばかりは全てを受け止めるような包容力を感じた。デュヘルも、空気を読もうと思えば読めるらしい。
とはいえ、これはこれで調子が狂う。私は軽く咳払いしてから、正直に胸に閊えたもの吐き出した。
「ウィオラのことが、頭から離れなくて」
デュヘルが少し眉を上げた。私はそれをちらりと窺ってから、言葉を続ける。
「ウィオラに息子がいることを知らなかった……いいえ、忘れていたのです。思い合う親子が共に在れないなんて、悲し過ぎる」
デュヘルはしばらく黙り込んでから、絞り出すように声を出す。
「ああ、愛しのリザエラ。君はやはり清く優しい心を持つ女性だ。私にも、気持ちはわかる。だが、只人のことはもう何百年も続いてきたことであり、世界の決まり事の一つになってしまっているのだよ」
「それは、今まで誰も変えようとしなかったからです!」
つい声が高くなる。
「デュヘル様、考えてみてください。ナーリスと引き離されることを。共に暮らすことはもちろん、会話を交わすことすら許されない悲しみを」
――リサ、ハッピーバースデー。
毎年届く誕生日祝いのぬいぐるみとメッセージカード。今思えば、あれがあったから、辛うじて心の折り合いをつけることができていたのだろう。けれど、ウィオラとその息子は。
「私は、耐えられません。デュヘル様もわかるはずでしょう? 同じ、子を持つ親なのですから」
ナーリスの笑顔やいじらしさ、モフモフした温もりを知り、我が子と離れて暮らすことの残酷さを理解した。転生して初めて親になった私ですらそうなのだから、十月十日、子の誕生を心待ちにしていた本当の両親であれば、なおいっそう苦痛を抱くだろう。そんなの、我が身に置き換えると耐えられない。
「リザエラ?」
私ははっとする。気づけば行儀悪く、身を乗り出していた。熱くなってしまったことに頬を熱くして、私は居住まいを正す。
「ごめんなさい、はしたないことを」
「いいや」
しかしデュヘルは、鷹揚な声で言った。
「君の気持ちはわかった。そうまで気にかけてもらえて、ウィオラも保護院の子らも幸せだ」
「軽蔑しないのですか?」
「するものか」
デュヘルは目元を和らげて頬を緩めた。
「言っただろう、世界中が君の敵になっても、私は君の味方だ。そしてきっと、ナーリスも」
「プエリスが本件に関わっているのかどうか、未だはっきりとしない」
夕食の席にて。あのシャンデリア落下事件が起きてから、デュヘルは時々シリアスモードに入る。さすがの彼も、ナーリスに迫る危険に関しては、重い口調で議論する……こともある。
「エナは今日までずっと容疑を否認しているし、もしかすると本当にただの事故である可能性も捨てきれない」
エナが起こした事故と言えば、二つある。一つ目が、タオルを振り回して花瓶を割ったこと。二つ目が、シャンデリア落下の原因を作ったかもしれないこと。
災害の増加とナーリスの不完全さの関連性に確証はないが、巷では皇のせいで世界に苦難の時が訪れているのだと囁かれている。その真偽はともかくとして、災害で家族を亡くしたエナには、ナーリスを恨み害そうとする動機がある。そこに、後見人であるリーチ侯爵からの依頼があったのなら、彼女は戸惑いつつも従ったかもしれない。
一方で、これが故意だとしたら、花瓶の件は処罰覚悟の大胆過ぎる犯行だし、シャンデリアに関しても私達が通りかかるタイミングにぴったり合わせて落とすための細工が困難そうだ。
つまり、どちらもただの偶然で、しいて言えば、エナが極度にそそっかしいことが原因なのではないか。
「だが、故意でなかったとしても、ナーリスへ危害を及ぼしたことは裁かれるべきだ」
デュヘルはステーキを切りながら、重たい声音で淡々と続ける。
「したがって、エナの拘束をすぐに解く訳にはいかないのだ」
私はぼんやりとしながら、付け合わせの野菜をフォークで刺す。
「そうですね、仕方のないことだと思います」
長いテーブルの向かい側から、かちゃり、と食器が擦れる音がした。デュヘルがナイフとフォークを置いたのだ。
「リザエラ、不安なのかい?」
気遣わし気な声に、はっと顔を上げる。聖力灯の淡い光の中、揺らめく明かりに浮かび上がるデュヘルの瞳はいつになく真摯な色を宿していた。私は慌てて首を横に振る。
「いいえ、大丈夫です」
デュヘルは何も言わず、ただじっとこちらを見ている。普段なら、「君が暗い顔をしていると私の心が暗黒に落ちてしまう」だとか何とか言い出しそうだが、この時ばかりは全てを受け止めるような包容力を感じた。デュヘルも、空気を読もうと思えば読めるらしい。
とはいえ、これはこれで調子が狂う。私は軽く咳払いしてから、正直に胸に閊えたもの吐き出した。
「ウィオラのことが、頭から離れなくて」
デュヘルが少し眉を上げた。私はそれをちらりと窺ってから、言葉を続ける。
「ウィオラに息子がいることを知らなかった……いいえ、忘れていたのです。思い合う親子が共に在れないなんて、悲し過ぎる」
デュヘルはしばらく黙り込んでから、絞り出すように声を出す。
「ああ、愛しのリザエラ。君はやはり清く優しい心を持つ女性だ。私にも、気持ちはわかる。だが、只人のことはもう何百年も続いてきたことであり、世界の決まり事の一つになってしまっているのだよ」
「それは、今まで誰も変えようとしなかったからです!」
つい声が高くなる。
「デュヘル様、考えてみてください。ナーリスと引き離されることを。共に暮らすことはもちろん、会話を交わすことすら許されない悲しみを」
――リサ、ハッピーバースデー。
毎年届く誕生日祝いのぬいぐるみとメッセージカード。今思えば、あれがあったから、辛うじて心の折り合いをつけることができていたのだろう。けれど、ウィオラとその息子は。
「私は、耐えられません。デュヘル様もわかるはずでしょう? 同じ、子を持つ親なのですから」
ナーリスの笑顔やいじらしさ、モフモフした温もりを知り、我が子と離れて暮らすことの残酷さを理解した。転生して初めて親になった私ですらそうなのだから、十月十日、子の誕生を心待ちにしていた本当の両親であれば、なおいっそう苦痛を抱くだろう。そんなの、我が身に置き換えると耐えられない。
「リザエラ?」
私ははっとする。気づけば行儀悪く、身を乗り出していた。熱くなってしまったことに頬を熱くして、私は居住まいを正す。
「ごめんなさい、はしたないことを」
「いいや」
しかしデュヘルは、鷹揚な声で言った。
「君の気持ちはわかった。そうまで気にかけてもらえて、ウィオラも保護院の子らも幸せだ」
「軽蔑しないのですか?」
「するものか」
デュヘルは目元を和らげて頬を緩めた。
「言っただろう、世界中が君の敵になっても、私は君の味方だ。そしてきっと、ナーリスも」
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
【旧版】パーティーメンバーは『チワワ』です☆ミ
こげ丸
ファンタジー
===================
◆重要なお知らせ◆
本作はこげ丸の処女作なのですが、本作の主人公たちをベースに、全く新しい作品を連載開始しております。
設定は一部被っておりますが全く別の作品となりますので、ご注意下さい。
また、もし混同されてご迷惑をおかけするようなら、本作を取り下げる場合がございますので、何卒ご了承お願い致します。
===================
※第三章までで一旦作品としては完結となります。
【旧題:異世界おさんぽ放浪記 ~パーティーメンバーはチワワです~】
一人と一匹の友情と、笑いあり、涙あり、もう一回笑いあり、ちょこっと恋あり の異世界冒険譚です☆
過酷な異世界ではありますが、一人と一匹は逞しく楽しく過ごしているようですよ♪
そんなユウト(主人公)とパズ(チワワ)と一緒に『異世界レムリアス』を楽しんでみませんか?(*'▽')
今、一人と一匹のちょっと変わった冒険の旅が始まる!
※王道バトルファンタジーものです
※全体的に「ほのぼの」としているので楽しく読んで頂けるかと思っています
※でも、時々シリアスモードになりますのでご了承を…
=== こげ丸 ===
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
『特別』を願った僕の転生先は放置された第7皇子!?
mio
ファンタジー
特別になることを望む『平凡』な大学生・弥登陽斗はある日突然亡くなる。
神様に『特別』になりたい願いを叶えてやると言われ、生まれ変わった先は異世界の第7皇子!? しかも母親はなんだかさびれた離宮に追いやられているし、騎士団に入っている兄はなかなか会うことができない。それでも穏やかな日々。
そんな生活も母の死を境に変わっていく。なぜか絡んでくる異母兄弟をあしらいつつ、兄の元で剣に魔法に、いろいろと学んでいくことに。兄と兄の部下との新たな日常に、以前とはまた違った幸せを感じていた。
日常を壊し、強制的に終わらせたとある不幸が起こるまでは。
神様、一つ言わせてください。僕が言っていた特別はこういうことではないと思うんですけど!?
他サイトでも投稿しております。
せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。
呪われた子と、家族に捨てられたけど、実は神様に祝福されてます。
光子
ファンタジー
前世、神様の手違いにより、事故で間違って死んでしまった私は、転生した次の世界で、イージーモードで過ごせるように、特別な力を神様に授けられ、生まれ変わった。
ーーー筈が、この世界で、呪われていると差別されている紅い瞳を宿して産まれてきてしまい、まさかの、呪われた子と、家族に虐められるまさかのハードモード人生に…!
8歳で遂に森に捨てられた私ーーキリアは、そこで、同じく、呪われた紅い瞳の魔法使いと出会う。
同じ境遇の紅い瞳の魔法使い達に出会い、優しく暖かな生活を送れるようになったキリアは、紅い瞳の偏見を少しでも良くしたいと思うようになる。
実は神様の祝福である紅の瞳を持って産まれ、更には、神様から特別な力をさずけられたキリアの物語。
恋愛カテゴリーからファンタジーに変更しました。混乱させてしまい、すみません。
自由にゆるーく書いていますので、暖かい目で読んで下さると嬉しいです。
王宮の片隅で、醜い王子と引きこもりライフ始めました(私にとってはイケメン)。
花野はる
恋愛
平凡で地味な暮らしをしている介護福祉士の鈴木美紅(20歳)は休日外出先で西洋風異世界へ転移した。
フィッティングルームから転移してしまったため、裸足だった美紅は、街中で親切そうなおばあさんに助けられる。しかしおばあさんの家でおじいさんに襲われそうになり、おばあさんに騙され王宮に売られてしまった。
王宮では乱暴な感じの宰相とゲスな王様にドン引き。
王妃様も優しそうなことを言っているが信用できない。
そんな中、奴隷同様な扱いで、誰もやりたがらない醜い第1王子の世話係をさせられる羽目に。
そして王宮の離れに連れて来られた。
そこにはコテージのような可愛らしい建物と専用の庭があり、美しい王子様がいた。
私はその専用スペースから出てはいけないと言われたが、元々仕事以外は引きこもりだったので、ゲスな人たちばかりの外よりここが断然良い!
そうして醜い王子と異世界からきた乙女の楽しい引きこもりライフが始まった。
ふたりのタイプが違う引きこもりが、一緒に暮らして傷を癒し、外に出て行く話にするつもりです。
召喚聖女に嫌われた召喚娘
ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。
どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。
異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?
すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。
一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。
「俺とデートしない?」
「僕と一緒にいようよ。」
「俺だけがお前を守れる。」
(なんでそんなことを私にばっかり言うの!?)
そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。
「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」
「・・・・へ!?」
『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。
※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。
ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる