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第三章
3 世界中が君の敵になっても
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※
「プエリスが本件に関わっているのかどうか、未だはっきりとしない」
夕食の席にて。あのシャンデリア落下事件が起きてから、デュヘルは時々シリアスモードに入る。さすがの彼も、ナーリスに迫る危険に関しては、重い口調で議論する……こともある。
「エナは今日までずっと容疑を否認しているし、もしかすると本当にただの事故である可能性も捨てきれない」
エナが起こした事故と言えば、二つある。一つ目が、タオルを振り回して花瓶を割ったこと。二つ目が、シャンデリア落下の原因を作ったかもしれないこと。
災害の増加とナーリスの不完全さの関連性に確証はないが、巷では皇のせいで世界に苦難の時が訪れているのだと囁かれている。その真偽はともかくとして、災害で家族を亡くしたエナには、ナーリスを恨み害そうとする動機がある。そこに、後見人であるリーチ侯爵からの依頼があったのなら、彼女は戸惑いつつも従ったかもしれない。
一方で、これが故意だとしたら、花瓶の件は処罰覚悟の大胆過ぎる犯行だし、シャンデリアに関しても私達が通りかかるタイミングにぴったり合わせて落とすための細工が困難そうだ。
つまり、どちらもただの偶然で、しいて言えば、エナが極度にそそっかしいことが原因なのではないか。
「だが、故意でなかったとしても、ナーリスへ危害を及ぼしたことは裁かれるべきだ」
デュヘルはステーキを切りながら、重たい声音で淡々と続ける。
「したがって、エナの拘束をすぐに解く訳にはいかないのだ」
私はぼんやりとしながら、付け合わせの野菜をフォークで刺す。
「そうですね、仕方のないことだと思います」
長いテーブルの向かい側から、かちゃり、と食器が擦れる音がした。デュヘルがナイフとフォークを置いたのだ。
「リザエラ、不安なのかい?」
気遣わし気な声に、はっと顔を上げる。聖力灯の淡い光の中、揺らめく明かりに浮かび上がるデュヘルの瞳はいつになく真摯な色を宿していた。私は慌てて首を横に振る。
「いいえ、大丈夫です」
デュヘルは何も言わず、ただじっとこちらを見ている。普段なら、「君が暗い顔をしていると私の心が暗黒に落ちてしまう」だとか何とか言い出しそうだが、この時ばかりは全てを受け止めるような包容力を感じた。デュヘルも、空気を読もうと思えば読めるらしい。
とはいえ、これはこれで調子が狂う。私は軽く咳払いしてから、正直に胸に閊えたもの吐き出した。
「ウィオラのことが、頭から離れなくて」
デュヘルが少し眉を上げた。私はそれをちらりと窺ってから、言葉を続ける。
「ウィオラに息子がいることを知らなかった……いいえ、忘れていたのです。思い合う親子が共に在れないなんて、悲し過ぎる」
デュヘルはしばらく黙り込んでから、絞り出すように声を出す。
「ああ、愛しのリザエラ。君はやはり清く優しい心を持つ女性だ。私にも、気持ちはわかる。だが、只人のことはもう何百年も続いてきたことであり、世界の決まり事の一つになってしまっているのだよ」
「それは、今まで誰も変えようとしなかったからです!」
つい声が高くなる。
「デュヘル様、考えてみてください。ナーリスと引き離されることを。共に暮らすことはもちろん、会話を交わすことすら許されない悲しみを」
――リサ、ハッピーバースデー。
毎年届く誕生日祝いのぬいぐるみとメッセージカード。今思えば、あれがあったから、辛うじて心の折り合いをつけることができていたのだろう。けれど、ウィオラとその息子は。
「私は、耐えられません。デュヘル様もわかるはずでしょう? 同じ、子を持つ親なのですから」
ナーリスの笑顔やいじらしさ、モフモフした温もりを知り、我が子と離れて暮らすことの残酷さを理解した。転生して初めて親になった私ですらそうなのだから、十月十日、子の誕生を心待ちにしていた本当の両親であれば、なおいっそう苦痛を抱くだろう。そんなの、我が身に置き換えると耐えられない。
「リザエラ?」
私ははっとする。気づけば行儀悪く、身を乗り出していた。熱くなってしまったことに頬を熱くして、私は居住まいを正す。
「ごめんなさい、はしたないことを」
「いいや」
しかしデュヘルは、鷹揚な声で言った。
「君の気持ちはわかった。そうまで気にかけてもらえて、ウィオラも保護院の子らも幸せだ」
「軽蔑しないのですか?」
「するものか」
デュヘルは目元を和らげて頬を緩めた。
「言っただろう、世界中が君の敵になっても、私は君の味方だ。そしてきっと、ナーリスも」
「プエリスが本件に関わっているのかどうか、未だはっきりとしない」
夕食の席にて。あのシャンデリア落下事件が起きてから、デュヘルは時々シリアスモードに入る。さすがの彼も、ナーリスに迫る危険に関しては、重い口調で議論する……こともある。
「エナは今日までずっと容疑を否認しているし、もしかすると本当にただの事故である可能性も捨てきれない」
エナが起こした事故と言えば、二つある。一つ目が、タオルを振り回して花瓶を割ったこと。二つ目が、シャンデリア落下の原因を作ったかもしれないこと。
災害の増加とナーリスの不完全さの関連性に確証はないが、巷では皇のせいで世界に苦難の時が訪れているのだと囁かれている。その真偽はともかくとして、災害で家族を亡くしたエナには、ナーリスを恨み害そうとする動機がある。そこに、後見人であるリーチ侯爵からの依頼があったのなら、彼女は戸惑いつつも従ったかもしれない。
一方で、これが故意だとしたら、花瓶の件は処罰覚悟の大胆過ぎる犯行だし、シャンデリアに関しても私達が通りかかるタイミングにぴったり合わせて落とすための細工が困難そうだ。
つまり、どちらもただの偶然で、しいて言えば、エナが極度にそそっかしいことが原因なのではないか。
「だが、故意でなかったとしても、ナーリスへ危害を及ぼしたことは裁かれるべきだ」
デュヘルはステーキを切りながら、重たい声音で淡々と続ける。
「したがって、エナの拘束をすぐに解く訳にはいかないのだ」
私はぼんやりとしながら、付け合わせの野菜をフォークで刺す。
「そうですね、仕方のないことだと思います」
長いテーブルの向かい側から、かちゃり、と食器が擦れる音がした。デュヘルがナイフとフォークを置いたのだ。
「リザエラ、不安なのかい?」
気遣わし気な声に、はっと顔を上げる。聖力灯の淡い光の中、揺らめく明かりに浮かび上がるデュヘルの瞳はいつになく真摯な色を宿していた。私は慌てて首を横に振る。
「いいえ、大丈夫です」
デュヘルは何も言わず、ただじっとこちらを見ている。普段なら、「君が暗い顔をしていると私の心が暗黒に落ちてしまう」だとか何とか言い出しそうだが、この時ばかりは全てを受け止めるような包容力を感じた。デュヘルも、空気を読もうと思えば読めるらしい。
とはいえ、これはこれで調子が狂う。私は軽く咳払いしてから、正直に胸に閊えたもの吐き出した。
「ウィオラのことが、頭から離れなくて」
デュヘルが少し眉を上げた。私はそれをちらりと窺ってから、言葉を続ける。
「ウィオラに息子がいることを知らなかった……いいえ、忘れていたのです。思い合う親子が共に在れないなんて、悲し過ぎる」
デュヘルはしばらく黙り込んでから、絞り出すように声を出す。
「ああ、愛しのリザエラ。君はやはり清く優しい心を持つ女性だ。私にも、気持ちはわかる。だが、只人のことはもう何百年も続いてきたことであり、世界の決まり事の一つになってしまっているのだよ」
「それは、今まで誰も変えようとしなかったからです!」
つい声が高くなる。
「デュヘル様、考えてみてください。ナーリスと引き離されることを。共に暮らすことはもちろん、会話を交わすことすら許されない悲しみを」
――リサ、ハッピーバースデー。
毎年届く誕生日祝いのぬいぐるみとメッセージカード。今思えば、あれがあったから、辛うじて心の折り合いをつけることができていたのだろう。けれど、ウィオラとその息子は。
「私は、耐えられません。デュヘル様もわかるはずでしょう? 同じ、子を持つ親なのですから」
ナーリスの笑顔やいじらしさ、モフモフした温もりを知り、我が子と離れて暮らすことの残酷さを理解した。転生して初めて親になった私ですらそうなのだから、十月十日、子の誕生を心待ちにしていた本当の両親であれば、なおいっそう苦痛を抱くだろう。そんなの、我が身に置き換えると耐えられない。
「リザエラ?」
私ははっとする。気づけば行儀悪く、身を乗り出していた。熱くなってしまったことに頬を熱くして、私は居住まいを正す。
「ごめんなさい、はしたないことを」
「いいや」
しかしデュヘルは、鷹揚な声で言った。
「君の気持ちはわかった。そうまで気にかけてもらえて、ウィオラも保護院の子らも幸せだ」
「軽蔑しないのですか?」
「するものか」
デュヘルは目元を和らげて頬を緩めた。
「言っただろう、世界中が君の敵になっても、私は君の味方だ。そしてきっと、ナーリスも」
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