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第二章

3 保護院にて①

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 慈善活動の先、保護院は、レンガと石材で造られた二階建てで、屋根が赤くて可愛らしい。聞けばこの建物は以前は貴族の邸宅だったものを国が買い取って、施設用に改築したのだという。通りで立派な佇まいな訳だ。

 初めて保護院という物があることを聞いた時、私は漠然と、孤児院のようなものなのだろうと思った。それはある意味で正しい部分もあるのだけれど、実はそれだけではないようだ。

 この施設には、親族と一緒に暮らすことができない子供達が住んでいる。彼らは大人になると自立して街へ出るのだが、その後も毎日保護院へとやって来て、礼拝堂の祭壇近くに露出している神樹の根に祈りを捧げるという。

 そこで、神聖な根から、魔力と聖力を分け与えてもらうらしい。

 そう、保護院で育つ人々は、生まれつき魔力と聖力に乏しく、そのままでは人型になることができない。つまり、一般人としての暮らしを送ることが難しいのだ。

 だからこそ、世界を支え魔力と聖力を司る神樹から定期的に力をもらい、辛うじて人の姿を保ち細々と暮らしている。このような人々のことを、魔族でも聖族でもなく只人ただびとと呼ぶ。

「ご存知の通り、魔力と聖力は遺伝します。そのため、只人が生まれることは家系の恥だとされて、秘密裏に保護院へ預けられる子は後を絶ちません。その数は、最近いっそう増えています」

 院長だと名乗ったその中年女性は、全身から優し気な雰囲気を漂わせている。少しふくよかな腰回り、灰色の長毛に覆われた手は丸っこく柔らかそうで、常に微笑みを浮かべる目尻には笑い皺が寄っている。彼女はフワフワ猫さんだ。しかも、ケモ耳どころではない。二足歩行の本格的猫さんなのだ。

 実は街に出て気づいたことがある。市中で暮らす人々は、お城で働くケモ耳さん達よりも、もっとケモケモしているようだ。

 お城で仕える人々は、人間の皮膚、人間の顔を基盤として、頭に三角耳が付いていたり尻尾や翼が生えていたりするのだけれど、街を歩いてみれば、そういったタイプの人はほんの少数。ほとんどの人は手足から顔面までモフモフであり、獣人という言葉が一番しっくりくる容貌だ。

 魔力や聖力が強い者はより純粋な人型を取る。晩餐会に招待された貴族達が皆、獣人ではなくケモ耳だったことを思い出せば、この国の上流層は力の強いケモ耳が牛耳り、市井には力の弱い獣人や、完全に獣の姿を持つ只人が暮らしているのだろう。

 猫院長は魔王夫妻を先導して廊下を進む。礼拝堂へ向かっているらしい。

 お喋りな性格の上、デュヘルや私とは何度も顔を合わせているとのことで気心知れているのか、世間話のような調子で話し続ける。

「少し前までは、この保護院の扉を叩く親は月に二組前後でした。ですが近頃は倍ほどで推移しています。災害も増えておりますし、恐ろしいですねえ」

 廊下の所々に据え付けられた扉から、時々子供らが飛び出して来る。ナーリスのような子犬姿もいれば、小鳥や蝙蝠こうもり姿の子もいる。皆一様に悲壮感などなく、元気で明るく礼儀正しい。

「魔王様、聖女様!」
「ようこそお越しくださいました」

 デュヘルはにこやかに応じ、私はその隣でモフモフに鼻の下をのば……いや、気品のある笑顔で手を振った。

 その様子を慈母のような微笑みで見守り、猫院長はゆっくりと歩き続ける。

「可愛らしいでしょう。この子達は只人ですが、魔族や聖族の親から生まれ、我々と同じ心を持つのです。たまたま魔力や聖力を体内に留めるのが苦手なだけ。それなのに、一歩外へ出れば周囲の目は冷たく、職業も限られます」

 この世界では、照明を灯したり扉を開いたりするために術を使う。魔術などが日常生活に取り入れられているため、その恩恵にあずかることが出来ない只人にとっては大変暮らしづらい世界だろう。神樹の根から力を受け取れば、ある程度の魔術や聖術を使えるのだろうが、逆に考えればそうでもしないと通常の生活を営むことが難しいということ。

 私は、ぎゅっと胸を掴まれた心地になりながら言った。

「院長、災害が増えていることと、只人が増えていることにはやっぱり、関連があるのでしょうか。その……皇の存在とも」

 猫院長はブルートパーズのように透き通った目を細め、肯定とも否定とも取れる調子で答えた。

「私は判断する立場にはありません。ですが、ナーリス様を敬愛し、僭越ながらおうのご成長を楽しみにしているのは確かです。偉大なる皇が、この世界に平穏をもたらしてくださることを心より願っております」

 さあ、と促され、廊下の角を曲がる。すると、目の前には広々とした礼拝堂が現われた。

 開け放たれた重厚な扉を抜け、長椅子が並べられたさらに奥へと目を向ける。仰げば首が痛くなるほど高い天井から、ステンドグラスを通して柔らかな色彩の光が降り注ぐ。その七色を浴びながら、祭壇の前には年長の子供たちが並んでいた。

 ひゅっ、と空気を吸い込む音がして、子供らが幼い声で旋律を奏で始める。聖歌だ。

 中には調子外れ気味の子もいるのだが、ご愛嬌。モフモフフカフカの一団が精一杯歌う様子に私は胸を射抜かれて、ぐはっと呻きよろめいた。鼻血が出そう。

 ふらついた背中をデュヘルがさり気なく支えてくれる。当然のことながら、私の嗜好を知らないデュヘルは本気で心配そうにこちらの顔を覗き込む。イケメンと鼻先がぶつかりそうになり、私は再び衝撃を覚え、額を押さえた。

「リザエラ、大丈夫かい」
「ええ、何でもないです。ご心配なく」

 やがて聖歌が終了し、「両陛下に神樹の恵みあらんことを」と述べてから子供達が深々とお辞儀をする。

 デュヘルは手を叩き、愛情深い笑みで素晴らしい歌声と真心を労った。子供達は照れ臭そうにもじもじしながら、それを聞いていた。
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