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第一章
9 ごめんなさい、あなたのことを愛せない
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※
ナーリスの言う通りだ。
息子と乳母と別れ中庭から建物内へと戻った後、気遣う声をくれるアリスへ「一人にして欲しい」と告げ、私は自室に籠った。
息子に拒絶されたショックで泣き喚くためではない。状況を打開するためだ。
私は室内を隅から隅まで調べることにした。リサがやって来る前のリザエラの心を知ることが出来る材料はないか、探すのだ。
衣裳部屋のハンガーの間やドレスの襞。ジュエリーケースは全て引っ繰り返し、ベッドの下や花瓶の中も覗き込んだ。しかし。
「ない……」
私は肩で息をしながら、どかり、とドレッサーの前に座った。
鏡に映る自分を見れば、ストロベリーブロンドが乱れていて、涼しい気候だというのに額には汗が浮いている。だいぶ長い時間部屋中を探っていたのだから仕方ない。
「まあそうよね。遺書があるなら、愛が重いデュヘルが真っ先に探し出していそうだし、そもそも遺書は見せるためのものであって、隠す理由がないもの」
元々存在しない物を探しても無駄でしかない。諦めて、アリスを呼んで紅茶でもいただこうか。そう思った時。私の意識は目の前の物に強く引き寄せられた。
毎日、アリスに身支度を整えてもらいつつ眺めているドレッサーの天板。美しい色合いの材木で高価そうだなと思い、木目ばかりに注目していた。
だから今の今まで、気づかなかったのだ。この天板が、異様に分厚いことに。
目視しても取っ手はないので、チェストになってはいないのだろう。だがしかし、ここはファンタジーな世界。
リザエラの動作を記憶しているこの身体が吸い寄せられたからには、何かの理由があるに違いない。
私はしゃがみ込み下から天板を見上げてみたが、特に何もない。それではと思い触れてみる。途端に、ちりり、と指先に静電気のような軽い刺激が走る。
次の瞬間。
指先から白く淡い光が溢れた。聖術だ。
光は分厚い天板を包み込むように広がり、やがて一か所に凝縮する。椅子に座った場合にちょうどお腹の辺りにくるような位置に、小さな半透明のツマミが現われる。「引いてください」と言わんばかりの形状で、私は恐る恐る指先で掴んで引っ張ってみた。
先ほどまではただの木材の塊であったその場所が、チェストになったらしい。引き出された長方形の中、小瓶と二つ折りにされた便箋がある。これはもしや、当たりでは。
まずは恐々と小瓶を手に取る。表面に経皮毒でもあったらどうしようかと思ったが、幸いその気配はない。曇り空から降り注ぐ微かな陽光を求め窓辺へと移動して光に透かしてみたけれど、中には何も入っていなかった。
私はドレッサーの前に戻り小瓶を元の場所へと戻してから、二つ折りの便箋を手に取った。
インクの青黒い染みが、裏側まで点々と透けている。ここにリザエラの本心が隠されているのかもしれない。
一つ深呼吸をし、えいやっ! と紙を開く。
手のひらサイズの小さな便箋には、右下に菫のような絵が描かれている。束の間、実物とは異なり少し独特な形状にも思える菫に目を奪われてから、紙面を上になぞり、力強い筆致の文字をたどった。
――混沌に下れ。
あまりにも短い。そしておそらく、リザエラの筆跡ではない。
これまで何度も文字を記したが、リザエラの書く文字はもう少し筆圧が弱く、流れるように優美なものなのだ。
どちらにしても、これでは意味不明過ぎて、何の解決にもならない。
私は落胆の溜息を吐き、チェストを閉じようとした。その時だ。
はらり、と床にもう一枚の紙が舞い落ちた。どうやら、便箋は二枚重なっていたらしい。
膝を突き無造作に拾う。特段何も期待せずに紙を開いた私は、現れた文を見て、全身がすっと冷たくなるのを感じた。
――ごめんなさい、あなたのことを愛せない。
見慣れた流麗な筆致。紛れもなく、リザエラのものだった。
ナーリスの言う通りだ。
息子と乳母と別れ中庭から建物内へと戻った後、気遣う声をくれるアリスへ「一人にして欲しい」と告げ、私は自室に籠った。
息子に拒絶されたショックで泣き喚くためではない。状況を打開するためだ。
私は室内を隅から隅まで調べることにした。リサがやって来る前のリザエラの心を知ることが出来る材料はないか、探すのだ。
衣裳部屋のハンガーの間やドレスの襞。ジュエリーケースは全て引っ繰り返し、ベッドの下や花瓶の中も覗き込んだ。しかし。
「ない……」
私は肩で息をしながら、どかり、とドレッサーの前に座った。
鏡に映る自分を見れば、ストロベリーブロンドが乱れていて、涼しい気候だというのに額には汗が浮いている。だいぶ長い時間部屋中を探っていたのだから仕方ない。
「まあそうよね。遺書があるなら、愛が重いデュヘルが真っ先に探し出していそうだし、そもそも遺書は見せるためのものであって、隠す理由がないもの」
元々存在しない物を探しても無駄でしかない。諦めて、アリスを呼んで紅茶でもいただこうか。そう思った時。私の意識は目の前の物に強く引き寄せられた。
毎日、アリスに身支度を整えてもらいつつ眺めているドレッサーの天板。美しい色合いの材木で高価そうだなと思い、木目ばかりに注目していた。
だから今の今まで、気づかなかったのだ。この天板が、異様に分厚いことに。
目視しても取っ手はないので、チェストになってはいないのだろう。だがしかし、ここはファンタジーな世界。
リザエラの動作を記憶しているこの身体が吸い寄せられたからには、何かの理由があるに違いない。
私はしゃがみ込み下から天板を見上げてみたが、特に何もない。それではと思い触れてみる。途端に、ちりり、と指先に静電気のような軽い刺激が走る。
次の瞬間。
指先から白く淡い光が溢れた。聖術だ。
光は分厚い天板を包み込むように広がり、やがて一か所に凝縮する。椅子に座った場合にちょうどお腹の辺りにくるような位置に、小さな半透明のツマミが現われる。「引いてください」と言わんばかりの形状で、私は恐る恐る指先で掴んで引っ張ってみた。
先ほどまではただの木材の塊であったその場所が、チェストになったらしい。引き出された長方形の中、小瓶と二つ折りにされた便箋がある。これはもしや、当たりでは。
まずは恐々と小瓶を手に取る。表面に経皮毒でもあったらどうしようかと思ったが、幸いその気配はない。曇り空から降り注ぐ微かな陽光を求め窓辺へと移動して光に透かしてみたけれど、中には何も入っていなかった。
私はドレッサーの前に戻り小瓶を元の場所へと戻してから、二つ折りの便箋を手に取った。
インクの青黒い染みが、裏側まで点々と透けている。ここにリザエラの本心が隠されているのかもしれない。
一つ深呼吸をし、えいやっ! と紙を開く。
手のひらサイズの小さな便箋には、右下に菫のような絵が描かれている。束の間、実物とは異なり少し独特な形状にも思える菫に目を奪われてから、紙面を上になぞり、力強い筆致の文字をたどった。
――混沌に下れ。
あまりにも短い。そしておそらく、リザエラの筆跡ではない。
これまで何度も文字を記したが、リザエラの書く文字はもう少し筆圧が弱く、流れるように優美なものなのだ。
どちらにしても、これでは意味不明過ぎて、何の解決にもならない。
私は落胆の溜息を吐き、チェストを閉じようとした。その時だ。
はらり、と床にもう一枚の紙が舞い落ちた。どうやら、便箋は二枚重なっていたらしい。
膝を突き無造作に拾う。特段何も期待せずに紙を開いた私は、現れた文を見て、全身がすっと冷たくなるのを感じた。
――ごめんなさい、あなたのことを愛せない。
見慣れた流麗な筆致。紛れもなく、リザエラのものだった。
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