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第一章
7 上質な裁縫道具
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※
「リザエラ様、デュヘル様からの贈り物です!」
午後のティータイムを楽しんでいた私の耳に、アリスの高揚した声が届く。
私は、ちょうど口に運ぼうとしていたナッツ入りのクッキーを小皿に戻し、扉の方を向いた。
「贈り物? どうぞ入って」
許可を得るなり重厚な扉を魔術で開き入室したアリスの腕には、色とりどりの布地と、精緻な文様が刻まれた小箱が抱えられている。
重たかったのだろう、アリスはテーブルに荷物を置くと、軽く肩を回した。
「ものすごく上質な裁縫道具ですよ! 針は純金です」
「裁縫」
「この前の薔薇のコサージュ、素敵でしたものね。デュヘル様もリザエラ様に何か作って欲しいのではないでしょうか」
「作るって……専属のデザイナーさんがいるんでしょ」
「それはそうですけど、大切な奥様のお手製となれば話は別ですもの」
だからと言って、何を作れば良いのか検討もつかない。そもそも、デュヘルの意図はそこにはないかもしれないし、彼に対して特別な感情もないので、気分も乗らない。
とはいえ、ぬいぐるみ作りに慣れたこの指先にかかれば、大抵のものは作れると思う。
デュヘルにあげるかどうかは差し置いても、手芸は趣味なのだから、本気で何かを作るのも楽しそうだ。
では何を作ろうか。日本にいた頃は、手芸専門店で型紙を買い、ぬいぐるみを大量生産していた。しかしこのお城にはたくさんの生身のモフモフがいるのだから、ぬいぐるみ作りはナンセンス。特に私には、ナーリスという最高の息子がいるのだし。
――そう、ナーリス。
私は、手触りの良い布地を撫でながら、物思いに耽る。
『ナーリスは人型になれない。いや、少なくとも覚醒が遅いのだ。本来皇は、生れ落ちて数日で人型を取るはずなのに』
先日、神樹の前でデュヘルが告げた言葉が、脳内に蘇る。ナーリスは、過去の皇とは違う。それも、悪い方向に。
私個人としては、子犬のようなあの姿が大好きだけれど、世界の人々や、何よりナーリス本人は、いつまでも人型を取れないことを気にしているらしい。
この世界では、強力な魔力や聖力を持つ者は、より完全な人型になる。デュヘルや私がケモ耳を持たないという事実が、それを証明している。
それなのに、始終モフモフなナーリス。彼は、魔王と聖女の子でありながら魔力にも聖力にも劣っていることを、全身で示してしまっているのだ。
ナーリスは現在五歳。皇という特殊な存在であるためか、日本の五歳児よりも周囲の心の機微に敏感だ。城中の使用人にかしずかれながらも、自分の異端さに気づいてしまえば、果たしてその身に皇としての価値があるのか、疑問を抱いてもおかしくない。
部屋に籠り、極力母と視線を合わせない様子を見るに、彼は繊細な気性らしい。きっとナーリスは幼いながらに引け目を感じ、ああして部屋の角に文字通り嵌り、鼻面を埋めるようにして隠れているのだ。
私はナーリスの母。正直、トラックに撥ねられたと思ったら突然知らない金髪女性の姿になっていて、息子がいますなどと言われても、実感が湧かない。けれど、悲しんでいる子がいれば励ましてあげたいと考えるのが人情だ。
抱き締めて頭を撫でて、あなたは生きているだけで素晴らしいのだと伝えてあげたい。断じて、モフモフを撫でまわしたいという下心ではない。そう、断じて。
母親なのだから、幼い息子を抱き締めることに何の障害もないはずなのだけれど、当のナーリスがあんな調子では、きっとただ嫌がられて終わる。
まずは、こちらから歩み寄ることが必要ではないだろうか。そのために、愛情を込めた贈り物は有効かもしれない。
「私、ナーリスに何か作ってあげたいわ」
だが、いったい何を。ナーリスは子犬の姿をしているので、複雑な形状の衣服を着ることはできない。そもそも、人の姿を取ることが出来ず嘆いている子に、四足歩行用の服を作るなんて、ただの精神的な虐待だ。
私は顎に手を当てひとしきり思案した後、とうとうアリスに助けを求めた。
「ねえアリス、ナーリスって何が好きなのかしら。私が作ってプレゼントするとしたら、どんなものが良いと思う?」
気軽な気持ちで問いかけて目を向けると、なぜか絶句するアリスと視線が合った。兎耳の根本が持ち上がり、強張っている。
「アリス?」
怪訝に思い呼んでみる。アリスはきゅっと唇を噛み締めて、瞳を潤ませた。ぎょっとする私を見て、目の縁に浮かんだ涙を指先で拭い、耳をぴくぴくと動かしながら笑顔を浮かべた。
「すみませんリザエラ様。感極まってしまって……。ええ、ナーリス様のお好きな物ですね」
息子に手製の品をプレゼントしたいと言っただけで感極まるとは、棺桶に入る前のリザエラとナーリスは、いったいどんな親子関係を築いていたのだろうか。
そんな私の困惑など知らず、アリスはうーんと唸る。やがて考えが纏まったらしく、拳で手のひらを叩いた。
「ナーリス様は中庭に咲くお花を見るのがお好きです。あとは本をよく読まれていますね。それと……」
大人しい趣味が多いらしい。ナーリスらしいと思い、頬が緩む。
私はアリスの言葉を聞きながら、脳内で針と布を取り出して、ナーリスへあげるための作品計画を練り始めた。
あれでもないこれでもないと一人で唸り声を上げ、やがて考えが纏まると、早速裁縫道具に手を伸ばした。
「リザエラ様、デュヘル様からの贈り物です!」
午後のティータイムを楽しんでいた私の耳に、アリスの高揚した声が届く。
私は、ちょうど口に運ぼうとしていたナッツ入りのクッキーを小皿に戻し、扉の方を向いた。
「贈り物? どうぞ入って」
許可を得るなり重厚な扉を魔術で開き入室したアリスの腕には、色とりどりの布地と、精緻な文様が刻まれた小箱が抱えられている。
重たかったのだろう、アリスはテーブルに荷物を置くと、軽く肩を回した。
「ものすごく上質な裁縫道具ですよ! 針は純金です」
「裁縫」
「この前の薔薇のコサージュ、素敵でしたものね。デュヘル様もリザエラ様に何か作って欲しいのではないでしょうか」
「作るって……専属のデザイナーさんがいるんでしょ」
「それはそうですけど、大切な奥様のお手製となれば話は別ですもの」
だからと言って、何を作れば良いのか検討もつかない。そもそも、デュヘルの意図はそこにはないかもしれないし、彼に対して特別な感情もないので、気分も乗らない。
とはいえ、ぬいぐるみ作りに慣れたこの指先にかかれば、大抵のものは作れると思う。
デュヘルにあげるかどうかは差し置いても、手芸は趣味なのだから、本気で何かを作るのも楽しそうだ。
では何を作ろうか。日本にいた頃は、手芸専門店で型紙を買い、ぬいぐるみを大量生産していた。しかしこのお城にはたくさんの生身のモフモフがいるのだから、ぬいぐるみ作りはナンセンス。特に私には、ナーリスという最高の息子がいるのだし。
――そう、ナーリス。
私は、手触りの良い布地を撫でながら、物思いに耽る。
『ナーリスは人型になれない。いや、少なくとも覚醒が遅いのだ。本来皇は、生れ落ちて数日で人型を取るはずなのに』
先日、神樹の前でデュヘルが告げた言葉が、脳内に蘇る。ナーリスは、過去の皇とは違う。それも、悪い方向に。
私個人としては、子犬のようなあの姿が大好きだけれど、世界の人々や、何よりナーリス本人は、いつまでも人型を取れないことを気にしているらしい。
この世界では、強力な魔力や聖力を持つ者は、より完全な人型になる。デュヘルや私がケモ耳を持たないという事実が、それを証明している。
それなのに、始終モフモフなナーリス。彼は、魔王と聖女の子でありながら魔力にも聖力にも劣っていることを、全身で示してしまっているのだ。
ナーリスは現在五歳。皇という特殊な存在であるためか、日本の五歳児よりも周囲の心の機微に敏感だ。城中の使用人にかしずかれながらも、自分の異端さに気づいてしまえば、果たしてその身に皇としての価値があるのか、疑問を抱いてもおかしくない。
部屋に籠り、極力母と視線を合わせない様子を見るに、彼は繊細な気性らしい。きっとナーリスは幼いながらに引け目を感じ、ああして部屋の角に文字通り嵌り、鼻面を埋めるようにして隠れているのだ。
私はナーリスの母。正直、トラックに撥ねられたと思ったら突然知らない金髪女性の姿になっていて、息子がいますなどと言われても、実感が湧かない。けれど、悲しんでいる子がいれば励ましてあげたいと考えるのが人情だ。
抱き締めて頭を撫でて、あなたは生きているだけで素晴らしいのだと伝えてあげたい。断じて、モフモフを撫でまわしたいという下心ではない。そう、断じて。
母親なのだから、幼い息子を抱き締めることに何の障害もないはずなのだけれど、当のナーリスがあんな調子では、きっとただ嫌がられて終わる。
まずは、こちらから歩み寄ることが必要ではないだろうか。そのために、愛情を込めた贈り物は有効かもしれない。
「私、ナーリスに何か作ってあげたいわ」
だが、いったい何を。ナーリスは子犬の姿をしているので、複雑な形状の衣服を着ることはできない。そもそも、人の姿を取ることが出来ず嘆いている子に、四足歩行用の服を作るなんて、ただの精神的な虐待だ。
私は顎に手を当てひとしきり思案した後、とうとうアリスに助けを求めた。
「ねえアリス、ナーリスって何が好きなのかしら。私が作ってプレゼントするとしたら、どんなものが良いと思う?」
気軽な気持ちで問いかけて目を向けると、なぜか絶句するアリスと視線が合った。兎耳の根本が持ち上がり、強張っている。
「アリス?」
怪訝に思い呼んでみる。アリスはきゅっと唇を噛み締めて、瞳を潤ませた。ぎょっとする私を見て、目の縁に浮かんだ涙を指先で拭い、耳をぴくぴくと動かしながら笑顔を浮かべた。
「すみませんリザエラ様。感極まってしまって……。ええ、ナーリス様のお好きな物ですね」
息子に手製の品をプレゼントしたいと言っただけで感極まるとは、棺桶に入る前のリザエラとナーリスは、いったいどんな親子関係を築いていたのだろうか。
そんな私の困惑など知らず、アリスはうーんと唸る。やがて考えが纏まったらしく、拳で手のひらを叩いた。
「ナーリス様は中庭に咲くお花を見るのがお好きです。あとは本をよく読まれていますね。それと……」
大人しい趣味が多いらしい。ナーリスらしいと思い、頬が緩む。
私はアリスの言葉を聞きながら、脳内で針と布を取り出して、ナーリスへあげるための作品計画を練り始めた。
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