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第一章
3 この世界の設定を教えて!
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※
――この世界は、二つの強大な力によって支えられています。一つは聖力、一つは魔力。共に、世界を維持するために必要不可欠な存在です。
遥か昔、聖と魔が分かたれていなかった頃の世界には、光も闇もありませんでした。この世は混沌で満ち、生も死も曖昧でした。
そんな時代が長く続いたある日。神様の気まぐれで、光の精霊と闇の精霊が生まれます。昼と夜の誕生です。
やがて人々は、光の精霊を使役する聖術と闇の精霊を使役する魔術を手に入れます。
聖と魔は光と闇、昼と夜。どちらが優れるということもなく、どちらが善であるということもありません。
ところがその性質は対極です。
本来ならば溶け合い、世界を維持する両翼となるべきですが、人間は愚かなもの。時の流れとともに徐々に摩擦が生じ、聖術を扱う聖族と魔術を扱う魔族との間に争いが起こります。
それゆえ、神様は決めました。
『百年に一度、最も魔術に優れる者と最も聖術に優れる者が愛し合い、世界を支える神樹の前で祈りを捧げなさい。彼らの身体から溢れ出る魔力と聖力を私が束ね、完全に中庸なる、世界の統治者を生み出そう』
それから神様のお言葉通り、百年に一度神樹の頂への道が開かれて、真に愛し合う聖族と魔族の二人が巨木に祈ります。十月十日、毎日神樹へ赴き、祈るのです。
聖と魔が心を重ね、一つになって世界を守る。その崇高な役目を担うのは、愛し合う二人から生まれた御子です。
魔であり聖でもある。陰陽を司り、世界を支える偉大な存在。尊いそのお方は、皇と呼ばれます――。
「じゃあ、ナーリスがその皇で、彼はデュヘルと私の子だけれど、私が産んだわけではないということね」
「はい、そうです。もちろん、リザエラ様も人間ですから、お腹を痛めて御子を出産することも可能です。でも、ナーリス様は特別な存在です。肉体ではなく、魔力と聖力から生まれた、高貴な存在なのです」
窓から差し込む柔らかな日差しの中、垂れた茶色耳がぴくぴくと動いている。私がリザエラとして目覚めた直後、猫君と一緒にいた兎さんだ。
彼女の名前はアリス。五年前、リサではなくリザエラがこの城へとやって来た初日から、私のメイドを務めてくれているらしい。魔王城には多くのメイドが働いているようだけれど、アリスは私専属のレディースメイドのようで、親身に世話を焼いてくれる。
仕事の延長線上のことなのか、記憶がないと騒ぐ私を見かねたのか、そのどちらともなのか。転生……のような現象から数日後、彼女は私を図書室に誘い、世界の成り立ちという基礎の基礎から教えてくれているのだ。
大きな机の上に分厚い本を重ねた正面に、生徒である私は行儀よく腰掛けて、アリスの講義を聞いている。
「神樹に祈り、皇を生み出す役目を担うのは、その時代に最も魔力や聖力が強い者です。魔族側で最も力を持つ者は、魔王となります。対して、聖族には王家がありませんので、聖術庁が選抜した聖人聖女がお役目を担うことになります」
「魔王は世襲じゃないの?」
「魔力の強弱は血筋にもよりますから、ここ数百年は同じ家系に受け継がれています」
とはいえ何かの事情で魔力に劣る者が後継になったとしたら、この城の顔ぶれは一掃されるのだろう。モフモフファンタジーなのに、案外シビアだ。
「あ、じゃあ質問なんだけど」
「はい、何なりと」
「妻になるのはいつも聖族側なの? ほら、魔王って言うくらいだから、代々男性が継ぐものなのかと」
「いいえ、そうとは限りません、神樹へと祈る者の条件は、愛し合う魔族と聖族の二人です。性別は関係ありません。それこそ、男性同士でも女性同士でも」
「え⁉」
「皇は肉体から生まれる訳ではありませんから」
「そっか、それならそういう設定もありか」
それはそれで腐女子受けするかもしれない。
「まあともかく、その愛し合う魔族と聖族の二人というのが、デュヘルと私なのね」
「おっしゃる通りです」
「でも妙なの。私、ナーリスの母親ってことでしょう。あの子、私に怯えていたみたいで」
「怯えてはいらっしゃらないかと。ですが……」
言葉を濁すアリス。続きを促すために頷けば、アリスは垂れた兎耳をさらに下げ、宙に視線を彷徨わせた。
「母子の間には色々とご事情がおありなのでしょうね」
何やら隠し事がありそうだ。誤魔化そうとしているつもりかもしれないが、アリスの仕草は分かりやすい。特に耳からは感情がダダ洩れだ。
「ねえ、ナーリスの所へ連れて行って」
「もう夕食時ですよ。リザエラ様がお目覚めになってから初めての、デュヘル様との晩餐ではありませんか」
「じゃあ食事の席で会える?」
「食卓は大人の社交場でもありますし……人型用の食堂ですからナーリス様の同席は叶いません」
「そういうものなんだっけ。じゃあ食事前にナーリスの部屋に案内してよ」
「それは」
「大丈夫よ。夕食に遅れるほど長居をするつもりはないから」
私は立ち上がり、半ば強引にアリスを促す。主君に対し、これ以上の反発が出来ない様子の哀れで健気なアリスは、垂れ耳を側頭に張り付かせたまま、渋々図書室を出て、ナーリスの部屋へと案内してくれた。
――この世界は、二つの強大な力によって支えられています。一つは聖力、一つは魔力。共に、世界を維持するために必要不可欠な存在です。
遥か昔、聖と魔が分かたれていなかった頃の世界には、光も闇もありませんでした。この世は混沌で満ち、生も死も曖昧でした。
そんな時代が長く続いたある日。神様の気まぐれで、光の精霊と闇の精霊が生まれます。昼と夜の誕生です。
やがて人々は、光の精霊を使役する聖術と闇の精霊を使役する魔術を手に入れます。
聖と魔は光と闇、昼と夜。どちらが優れるということもなく、どちらが善であるということもありません。
ところがその性質は対極です。
本来ならば溶け合い、世界を維持する両翼となるべきですが、人間は愚かなもの。時の流れとともに徐々に摩擦が生じ、聖術を扱う聖族と魔術を扱う魔族との間に争いが起こります。
それゆえ、神様は決めました。
『百年に一度、最も魔術に優れる者と最も聖術に優れる者が愛し合い、世界を支える神樹の前で祈りを捧げなさい。彼らの身体から溢れ出る魔力と聖力を私が束ね、完全に中庸なる、世界の統治者を生み出そう』
それから神様のお言葉通り、百年に一度神樹の頂への道が開かれて、真に愛し合う聖族と魔族の二人が巨木に祈ります。十月十日、毎日神樹へ赴き、祈るのです。
聖と魔が心を重ね、一つになって世界を守る。その崇高な役目を担うのは、愛し合う二人から生まれた御子です。
魔であり聖でもある。陰陽を司り、世界を支える偉大な存在。尊いそのお方は、皇と呼ばれます――。
「じゃあ、ナーリスがその皇で、彼はデュヘルと私の子だけれど、私が産んだわけではないということね」
「はい、そうです。もちろん、リザエラ様も人間ですから、お腹を痛めて御子を出産することも可能です。でも、ナーリス様は特別な存在です。肉体ではなく、魔力と聖力から生まれた、高貴な存在なのです」
窓から差し込む柔らかな日差しの中、垂れた茶色耳がぴくぴくと動いている。私がリザエラとして目覚めた直後、猫君と一緒にいた兎さんだ。
彼女の名前はアリス。五年前、リサではなくリザエラがこの城へとやって来た初日から、私のメイドを務めてくれているらしい。魔王城には多くのメイドが働いているようだけれど、アリスは私専属のレディースメイドのようで、親身に世話を焼いてくれる。
仕事の延長線上のことなのか、記憶がないと騒ぐ私を見かねたのか、そのどちらともなのか。転生……のような現象から数日後、彼女は私を図書室に誘い、世界の成り立ちという基礎の基礎から教えてくれているのだ。
大きな机の上に分厚い本を重ねた正面に、生徒である私は行儀よく腰掛けて、アリスの講義を聞いている。
「神樹に祈り、皇を生み出す役目を担うのは、その時代に最も魔力や聖力が強い者です。魔族側で最も力を持つ者は、魔王となります。対して、聖族には王家がありませんので、聖術庁が選抜した聖人聖女がお役目を担うことになります」
「魔王は世襲じゃないの?」
「魔力の強弱は血筋にもよりますから、ここ数百年は同じ家系に受け継がれています」
とはいえ何かの事情で魔力に劣る者が後継になったとしたら、この城の顔ぶれは一掃されるのだろう。モフモフファンタジーなのに、案外シビアだ。
「あ、じゃあ質問なんだけど」
「はい、何なりと」
「妻になるのはいつも聖族側なの? ほら、魔王って言うくらいだから、代々男性が継ぐものなのかと」
「いいえ、そうとは限りません、神樹へと祈る者の条件は、愛し合う魔族と聖族の二人です。性別は関係ありません。それこそ、男性同士でも女性同士でも」
「え⁉」
「皇は肉体から生まれる訳ではありませんから」
「そっか、それならそういう設定もありか」
それはそれで腐女子受けするかもしれない。
「まあともかく、その愛し合う魔族と聖族の二人というのが、デュヘルと私なのね」
「おっしゃる通りです」
「でも妙なの。私、ナーリスの母親ってことでしょう。あの子、私に怯えていたみたいで」
「怯えてはいらっしゃらないかと。ですが……」
言葉を濁すアリス。続きを促すために頷けば、アリスは垂れた兎耳をさらに下げ、宙に視線を彷徨わせた。
「母子の間には色々とご事情がおありなのでしょうね」
何やら隠し事がありそうだ。誤魔化そうとしているつもりかもしれないが、アリスの仕草は分かりやすい。特に耳からは感情がダダ洩れだ。
「ねえ、ナーリスの所へ連れて行って」
「もう夕食時ですよ。リザエラ様がお目覚めになってから初めての、デュヘル様との晩餐ではありませんか」
「じゃあ食事の席で会える?」
「食卓は大人の社交場でもありますし……人型用の食堂ですからナーリス様の同席は叶いません」
「そういうものなんだっけ。じゃあ食事前にナーリスの部屋に案内してよ」
「それは」
「大丈夫よ。夕食に遅れるほど長居をするつもりはないから」
私は立ち上がり、半ば強引にアリスを促す。主君に対し、これ以上の反発が出来ない様子の哀れで健気なアリスは、垂れ耳を側頭に張り付かせたまま、渋々図書室を出て、ナーリスの部屋へと案内してくれた。
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