上 下
11 / 52
第一章

11 アースィムの心①

しおりを挟む
 不埒者の正体はなんと、偽物の曲刀を手にした白の集落の若者らであった。砂避けの布で顔中を隠していたのでラフィアはすぐには気づけなかったのだが、何度か会話を交わしたことのある青年までもが紛れていた。

 彼らは皇女の激怒を目にし、心底気まずげな謝罪を残し、そそくさと集落へと戻って行った。

 そして今、星空の下、落ち着きを取り戻し眠りに落ちたイバからやや離れた場所で向き合うのは、ラフィアとアースィムだけである。ラフィアが事情を詰問するより前に、アースィムが口を開く。

「なぜ、イバの気持ちがわかったのですか」

 先ほどの騒動の件を追求しようとしていたラフィアは出鼻をくじかれて、不機嫌に返す。

「そんなの、あの子の様子を見ていればわかるわ。敵が曲刀きょくとうを掲げた瞬間に怯えたのだから」
「ですが、命ある者であれば、自身の急所を狙う刃に怯えるのは当然です」
「それは」
「それになぜ、この右腕を奪ったのが馬に乗った敵であり、その武器が曲刀であったと思うのですか?」
「だって皆、曲刀を持って遠征に行くでしょう。三年前の戦いは西方の騎馬民族との戦だから、相手は馬に乗っていると思ったの」

 アースィムの意図が読めない。イバの記憶のようなものが水に乗り流れ込んできたなどとは言えぬので、もっともらしい嘘を吐く。だが、アースィムは何やら確信を得たようだ。

「おっしゃる通り、西方蛮族は馬に乗り戦います。ですが通常その武器は、真っ直ぐに伸びた形状の剣、または弓です。もちろん、戦場で拾った曲刀を振り回す者もいますが」
「そ、そうなの。じゃあ私の勝手な想像違いだわ」
「本当にそうでしょうか。あなたはもしかして、見たのでは?」

 アースィムは目を細めてラフィアを見つめる。

「カリーマも気にしていました。もしかすると皇女様は、砂竜の心を覗くことが出来るのではないかと……」
「そんなのはどうでも良いわ!」

 ラフィアは叫んだ。

「それよりも、さっきの襲撃はいったいどういうことなの。説明をして」

 質問を質問で重ねられ、アースィムは軽く眉間に皺を寄せて言葉を探したが、やがて正直に答えた。

「俺が、彼らに頼んだのです。皇女様を襲う振りをしてくれと」
「どうして!」
「あなたには砂漠の恐ろしさを知ってほしかった」
「それを知らしめて、どうするつもりだったの」

 アースィムは口を閉ざし、困惑を帯びた眼差しをラフィアに注いだ。まるで、駄々をこねる子供を見つめるかのような瞳だ。ラフィアは強烈な憤りを覚えたが、やがてそれは、水を掛けられた炎のように勢いを失って、残ったのは燃えかすのような虚無感のみである。

 ラフィアはアースィムの意図を察し、己にとって残酷な答えを唇に乗せた。

後宮ハレムに帰りたいと言わせたかったのね」

 アースィムは沈黙を守り続ける。揺るがないその表情が、肯定の証なのだろう。

 身体の奥から、絶望が這い上がる。

「そう、なのね。……新婚旅行だなんて浮かれていた私が馬鹿だったわ。本当はただ、私に怖い思いをさせるためだけに仕組まれたことだったのに」
「皇女様」
「今さら取り繕っても無駄よ! どうせ私はいらない子だもの。そうよ、あなたの言う通り、私には奇怪な力がある。水の眷属と話すことができるの! 砂竜の心も時々読める。理由は訊いても無駄よ。私だってわからないのだもの。ともかくこんな変人だから、後宮から厄介払いをされた上に、白の集落でも邪魔者扱い。アースィムには嫌われて、離縁を望まれている」
「邪魔者だなど、とんでもない。ですが、あなたに砂漠は似合いません」
「そんなの、誰が決めたのよ」

 全身を強張らせて堪えていたのだが、我慢が限界を迎え、とうとう涙が溢れてきた。

「あなたは私のことが邪魔だったでしょうね。ええ、ずっと前からわかっていたわ。私のことを押し付けられただけですもの。別に愛してくれなくて良いし、他の妻を迎えても怒りはしない。もしそうなってもお父様から咎めを受けないように、口添えだってしてあげるつもりだった。私はただ……どこかに居場所が欲しかっただけなのに」

 これ以上何を口にするのも苦痛である。ラフィアは蹲り、顔を覆ってさめざめ泣いた。我ながら無様なことだ。

 普段は陽気なラフィアの号泣を目の当たりにし、アースィムは当惑して立ち竦むばかりである。やがて、埒が明かないと思ったのか、アースィムはラフィアの前に片膝を立てて腰を下ろし、視線の高さを合わせた。

「皇女様、あなたは後宮から捨てられた訳ではありません。元はと言えば、皇女を妻として迎えられるのであれば、ラフィア皇女が良いと言ったのは、俺ですから」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

どうして隣の家で僕の妻が喘いでいるんですか?

ヘロディア
恋愛
壁が薄いマンションに住んでいる主人公と妻。彼らは新婚で、ヤりたいこともできない状態にあった。 しかし、隣の家から喘ぎ声が聞こえてきて、自分たちが我慢せずともよいのではと思い始め、実行に移そうとする。 しかし、何故か隣の家からは妻の喘ぎ声が聞こえてきて…

白衣の下 先生無茶振りはやめて‼️

アーキテクト
恋愛
弟の主治医と女子大生の恋模様

処理中です...