千貌(せんぼう)

雷ネム

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「序章 科学(かがく)と、魔法(まほう)と、神秘(しんぴ)と」

 光り輝く海を、ベンチに座り眺める一人の人間がいる。身長は約165cm程で、白い長袖のYシャツと黒いロングデニムパンツを着ていた。
その人間は腰まで伸びる白銀の髪を頭の後ろ側で結び、ベンチから立ち上がった。落下防止用の柵に手をかけ、じっと海を見つめる。
そして、ポケットからスマホを取り出し、鏡マークのアイコンをタッチする。すると、スマホから光が出てき、スクリーンのように自分の顔が目の前に写し出された。
 写し出された顔は、中性的な顔立ちで黄緑色の瞳が顔の特徴だった。人間は自分の顔に何かついていないか、どこも変ではないかを確認し、スマホの画面を暗くした後スマホをポケットの中に入れ、頭に黒いカチューシャを掛けると背伸びをした。
「さて、そろそろ営業しますか!」人間はそう言うと、歩き始めた。人間が歩く場所は海沿いに作られた遊歩道。遊歩道を挟んだ海の反対側は緑の広がる公園となっていた。 公園には、遊ぶ子供たちや運動をする老若男女(ろうにゃくなんにょ)がいた。子供たちは、直径10cmほどの青く光ったボールを投げあっていた。一人の子供が「次は強く投げるぞー。」と言った。相手側の子供は「いいよー」と言い、構える。子供がボールを投げ、ボールは勢い良く相手に飛んでいった。相手の子供はそのボールを取ろうと両手を挟んだ。が、ボールは両手をすり抜ける。ボールは勢いを保ったまま相手の子供の顔に直撃するかのように思えた。しかし、そうはならなかった。ボールがその勢いのまま、まるでそこに子供は居なかったかのように子供の顔をすり抜けたのだ。ボールを取ることが出来なかった子供は何事もなかったかのように「ちっくしょう、取れなかった。」と言い、ボールが飛んで行った方を見た。ボールは、子供たちから少し離れた場所に落ちていた。子供は、手を広げ、腕をボールの方向に伸ばした。すると、ボールは吸い込まれるように子供の手に向かって飛んだ。
子供は向かって来たボールを捕まえる。捕まえたボールを子供は両手で数秒包むと、ボールから青い光が消え、直径5cmほどの機械の玉のような物となった。子供は「今度は別のことして遊ぼうよ。」と言いながらそのままもう一人の子供の方へと走って行った。
 この一連の出来事を髪の長い人間は歩きながら見ていたが特に驚きはしなかった。それは当たり前の、日常的な光景だったからだ。
 ボールを小さくした科学技術、衝突を回避した魔法、ボールが手元に戻ってきた神秘の力、交わることのない3つの技術が交わった世界、それが今のこの世界。そして人間の現在地は科学技術が世界で2番目に高く、他技術もトップクラスの国、日本。その都心である東京。

「Ⅰ章 魔獣(まじゅう)と外神(がいしん)」

  人間が歩き、たどり着いた場所は海沿いに建っている2階建ての建物だった。屋上から木々が生えており、看板には、〔カフェ アザトース〕と書かれていた。人間はその店に入り、店の中を軽く掃除した。その後人間は黒色のエプロンを着け、店の扉に掛けてあった掛札を裏返し、外からはcloseと書かれていた掛札をopenに変えた。
 openにしてからの客足はそこそこで、多くも少なくもなかった。
 今の時代は交通もかなり発達し、この店よりも海が綺麗に見えるカフェなど簡単に行けるのだが、それでもこの店にそこそこの客が来るのは簡単に行ける店よりも、手軽に行けてなおかつ料理などの味も良いからだろう。人間は皿を洗いながら店内を見渡し、客の数や客の様子を確認した。「(この店、始めてから半年しか経っていないけどいい感じに客来てる。このぐらいの客足を保てればいいな!多すぎると忙しいし、常連にも迷惑がかかる。逆に少ないと、収益なくなるし。)」人間はそんなことを考えながら作業を続けた。
 時計が正午を指す時、人間は昼休みをしていた。カウンター席に座り珈琲を飲みながらホットドッグを食べていた。
 そうして人間がゆったりしていると、突然店の扉が開き、外からは2人の男女が入ってきた。
 男性は花浅葱の瞳に黒髪で短髪のイケメン顔、身長は180cm以上でスタイルは悪くないが服装はTシャツにロングパンツと普通の服装だった。
 女性は韓紅の瞳に金髪で肩にかかるぐらいの髪の長さで、身長は約165cm程でスタイルは良く胸も大きくヒップもかなり大きい。服装は胸を強調するように胸上が大きく開き、肩も露出した服にショートパンツを履いていて、一般人が見たらほとんどの人が注目するだろう。だが、男性と人間はそれを見慣れてるからか、何も気にしなかった。
「よう、アキ。遊びにきたぜ。」男性が威勢よく言った。「遊びにきたんじゃなくて昼食を食べに来たんでしょ。タダで。」アキと呼ばれた人間が男性に言った。男性は「いや~そんな事は~…」と目をそらし、女性の方を見た。「図星か。これ、何回目か知ってる?」「まぁまぁ、幼馴染みなんだからさ、そこをなんとか出来ない?」女性が男性を庇うように言った。「そう言いながら今まで何回タダ飯食べた?」人間は席から立ち上がり2人に一歩近付いた「それに、学生ならまだしもあんたら仕事してるでしょ?」人間はさらに一歩近付いた。「何なら昨日お金入ったって連絡来たばっかりだけど?」人間はさらにさらに2人に近付き顔も近付けた。
 2人は何も言い返せないのか沈黙が続いた。人間は、はぁーとため息つきカウンターの内側へ向かった。冷蔵庫からいくつかのもの取り出し料理を始めた。「なにしてるんだ?」突然料理を始めたことに男性と女性は驚きを隠せなかった。「なにって、見て分からない?料理してるに決まってるじゃん。」「いや、そうじゃなくて、なんで料理してるんだ?客もいないだろ?」男性はキョロキョロと周りを見回す。「料理を出す相手がいるからだ。」と人間は手を止める事なく料理を続けた。「どこにそんな人が?」今度は女性の方が人間に質問した。人間の止まらなかった料理の手が止まる。そして、「鈍感か!あんた達は!」人間は少し怒鳴るように言った。「ここにいるのはどう考えてもあなた達しかいないでしょ。」男性と女性は人間が料理を始めた時よりも驚いた顔をしていた。「でも、さっき[何回目か知ってる?]って少し怒り気味で聞いてきたじゃん。ああいうのってもう食べさせないときの言い方でしょ?」女性は少しだけ似ていなくもないような人間の声真似をしながら言った。「あれは聞いただけ。確かに呆れてはいたけど、かといってそのまま返す訳にもいかないでしょ。」そのまま人間は料理を続け、味見をし、皿を準備すると流れるように皿に料理を盛り、それをカウンター席に置いた。「はい、カツ丼どうぞ。簡素なもので悪いけど。」という人間の言葉を最後に数秒間、店の中は静寂に包まれた。男性と女性は無言でうつむいて立っていた。
不自然に思った人間は何も喋らずにうつむいている2人に近付きそっと下から顔を覗き込ませた。
すると、そこには少しだけ目に涙を含んだ2人の顔があった。思わず人間は「え?」と声を出し驚いた。
 「ちょっと、どうした?そんな、いかにも泣く寸前の目をして。料理を出すなんていつもの事じゃん。」人間はそっと2人の肩に手を置いた。2人が顔を上げ、人間の顔を見つめる。
「って理由聞こうと思ったけど、料理が冷めちゃうからとりあえず食べて。」人間がそう言うと2人は「うん」と頷(うなず)きカウンター席に座った。『いただきます』と言う2人の声を聞きながら人間も2人が来る前に座っていた席に座り珈琲を1口飲んだ。「それで?どうしてそんなに涙ぐんでた?」人間は料理を食べている2人に聞く。
男性が食べたものを飲み込んだ。「実は昨日アキの事を2人で話してたんだ。」
「私の事って一体私の何を?」人間は再び珈琲を飲む。「これまでの事だよ。例えば、アキは私たちを何度も色んな所で助けてくれた、とかね。」女性はそう言いながら人間にウィンクをした。「何だそれ、あんたららしくもない。」人間は呆れたように言った。「俺たちだってそう思ったよ。」男性はあと少しのカツ丼一気に食べた。「だけどな、アキいや暁(あかつき)、お前には恩返しが出来ないくらい恩があるんだ。それを思い出したらつい、涙がな。」「私も同じく。」女性が片手を挙げる。「成る程ね。要するに私の事で思い詰めてる時に、私の優しさがトドメを刺したと。」暁と呼ばれた人間がそう言うと男性と女性はうんうんと頷く。「私の事で2人同時に泣きそうになるとかアホらしい。」暁は更に珈琲を飲む。
「明日はアキの誕生日だろ?今日の事を含めた恩を少しでも返したいと思っているんだが、ダメか?」男性が聞く。暁は珈琲の最後の一口を飲んだ。「私に恩返しとか馬鹿馬鹿しい…けど、幼馴染みの頼みとあれば断れないね。というか断らせないだろ?」暁は笑顔を2人に向けた。
2人は無言で頷く。
 暁は店に掛けてある時計を一瞬だけ見る。時計の長針は15分に差し掛かっていた。「さて、それじゃそろそろ店開けるから出て。」そう言うと2人は『ごちそうさま』と言って席を立った。「それじゃ、また明日。アレが出なければだけど。」女性が別れの言葉を言い2人は去って行った。暁は午前と同じように店を続けた。
 辺りがすっかり暗くなり、店に誰もいなくなった午後 11時頃、暁は店を閉める準備をしていた。すると突然ビー、ビー、ビー、とサイレンが町中に響いた。
 暁はスマホでSNSのチャットを使い2人に連絡を取った。
アキ「どうやら、現れたみたいだ。いつも通りこちらに集合で。」
ビースト「分かった。」
キャット「OK!」
暁が文を打つとすぐにハンドルネームの2人が返してきた。
 それから、数分後2人は暁の店の前に来た。しかし、2人の服装は正午に来た時に着ていたものではなかった。男性は全身のボディーラインのが出ているダイバースーツに近い黒の服を着ていて背中には2メートルぐらいの黒い両刃の大剣を背負っていた、女性は胸や下半身の部分意外ほとんど露出しているショートパンツとショートタンクトップのような白の服を着て、背中には1.5メートルぐらいのスナイパーライフルを背負っていた。「着替えてるね、急ぐよ。本部によれば現れたのはこの付近らしいから。」暁はエプロンを外した服装で走り出し、2人もそれを追った。暁は周囲より一回り大きな30メートルぐらいのビルに向かって、走った勢いを殺さず跳んだ。その跳躍力は普通の人間の何倍もあり、1回の跳躍で屋上まで跳んだ。暁は屋上に着地すると周りを見渡した。すると、1ヶ所だけ街灯の消えた場所を見つけた。その場所からは鋭い爪で硬い床や壁を引っ掻く様な音が聞こえてきた。その瞬間2人も屋上に跳んで来た。「恐らく、あの場所にいる。」暁は街灯の消えた場所を指差した。「さおりはあの付近のビルの屋上で待機、健二(けんじ)はいつも通り私と一緒に。」「了解。」さおりと呼ばれた女性は街灯の消えた場所の近くのビルへ跳んだ。「んじゃ行くか。」健二と呼ばれた男性もさおりを追うように跳んで行った。「それじゃ、今日も全てを救おう。サーヴァとニュートラルの名に恥じぬ為にも。」2人を追うように暁も跳び、街灯の消えた場所へ向かった。
 暁は街灯が倒れ、暗くなった道に着地した。そこには、目は赤く光り、真っ黒な毛をし、子牛ぐらいの大きさの犬のような生物が5体いた。「アキ、こいつがどんな魔獣か分かるか?」健二は暁に聞く。「そいつは恐らくブラックドック、ヘルハウンドとも呼ばれる魔犬の一種だと思う。主に伝承のある国はイギリス。」暁はそう言いながら右手を前にかざした。「2人とも戦闘態勢に入って、いつもと同じで殺さないように。」健二は隣で、さおりはビルの屋上で頷いた。健二は大剣の柄を両手で掴んで構え、さおりはスナイパーライフルのグリップを右手で握り、左手で銃底を支え、トリガーに指をかけた。暁はまだ姿勢を変えずそのままでいた。「ニャルラトホテプ」暁がそう呟くと、手をかざしていた暁の右手の前方から光が出てきた。その光はどんどん大きくなり、やがて3メートルほどの長さの巨大な両刃の剣を形取った。暁がその剣を握ると、剣は実体化した。すると、今度は暁の服が腕や脚の方から光となって消え始めた。光は暁の胸と股部分に集中し、服が全部消えると
胸の光は胸を一周し、股部分の光は股をなぞるように半円を描いた。
光は銀の細い帯となって実体化し、剣も帯の色と同じく刃と柄が銀色だった。暁は剣を握っている右手を自身の後ろにし、左手を胸の前で横にすると健二と共に走り出した。飛びかかろうとしてきたブラックドック2体に対し健二は大剣を横にしてガードする。暁は勢いのまま跳躍し、その2体の後ろから走ってくるもう1体のブラックドックを暁は見た。「さおり!」と叫ぶ。「分かってるよ。」その言葉と同時にバン!という音がした。音と同時に放たれた弾丸は走ってきたブラックドックの足を直撃し、バランスを崩して倒れ込んだ。跳躍で2体のブラックドックを飛び越えた暁は着地と同時に2体の後ろ足を切りつけた。その影響でよろけた隙を突き、健二が2体の前足を切りつけ2体をダウンさせた。しかし、残りの2体が見当たらない。「残りの2体は!?」健二が聞く。暁は何かを察したように上を見た。そこには、壁に張り付き健二に襲い掛かろうとしている1体のブラックドックがいた。「健二!上!」暁はとっさに健二に呼び掛ける。その言葉を聞き、バックステップをした健二は間一髪で攻撃を免れた。ブラックドックは攻撃を外し地面に着地すると同時に暁の方を向いた。しかし、その瞬間ブラックドックが蹴られた缶のように勢い良く吹き飛ばされ地面に転がり倒れた。先程まで剣を握っていた暁が、その剣と装飾等がよく似た大槌を担ぎ持っていた。「ふぅ、助かったぜ。それより、後1体は?」健二が周りを見渡す。「こっちからは見えない。」さおりが言った。その時、「きゃあ!!!」と女性のような声が響いた。慌てて3人は声のした方へと走る。そして、その現場に着くと女性が腰を落とし、ブラックドックが今にも飛びつきそうだった。次の瞬間[グチャリ]という鈍い音と共に赤い血が地面に落ちた。

「断章 魔獣記録」

 ブラックドック
 イギリス全土に伝わる黒い犬の姿をした妖精のこと。
ヘルハウンドや黒妖犬とも呼ばれる。《間近で見ると結構可愛いかった。犬といっても狼に近い見た目だった。例えるならシベリアンハスキーみたいな感じかな。》
赤い目をしていて夜中に古い道や十字路に現れると言われる。《赤い目って怖いイメージを持ちやすいけど近づいて見ると案外そうでもない。そうえばあの場所も十字路だったけど古い道では無かったな》
 ブラックドックは死の先触れや死刑の執行者としての側面を持つ。《少なくとも私の前では誰一人として死ぬ事は無かった。よかったよかった。》                                      

「Ⅱ章 救い」

 ポタポタと落ちる血は、暁の右腕から出ていた。ブラックドックの歯が腕の中まで刺さり、ブラックドックは暁の腕を今にも噛みちぎりそうになっていた。ブラックドックが女性に飛び掛かった瞬間、暁が間に入り女性を庇ったのだ。健二とさおりは『暁!』と同時に叫ぶ。暁は2人の声を聞きながら左手をゆっくりとブラックドックの頭に近付けブラックドックの頭を撫でる。「よしよし、落ち着け。おまえはなぜ人を襲う?憎いからか?楽しいからか?それとも、使命だからか?」暁の声がまるで聞こえているかのようにブラックドックの動きは止まった。暁はブラックドックを撫で続ける。「憎いのなら、その憎しみを私がすべて受け入れてやる。楽しいのならもっと別の楽しい事を私が見つけてやる。」ブラックドックはじっと暁を睨み続けていた。暁はブラックドックを優しげな眼差しで見つめる。「だが、使命だと言うなら、私にはどうしようもない。」暁は首を横に振りながら言った。
「それが本当の使命ならな。」暁は含みのある言い方を
した。こうしている間も暁の腕からは血が垂れる。「それって…」健二はそう言いながらブラックドックをじっと見る。
「そう、恐らくだが今のブラックドックは使命を忘れてしまっている。というより、偽りの使命を刷り込まれて、洗脳状態になっている。そのため、人を無差別に襲ってる。だから…」そう言うと暁は、睨むブラックドックの胸に左手を当てる。
「(使命を忘れし獣よ、その使命を今、思い出すときです。)」暁が心の中でブラックドックに語りかけると瞬間、暁が手を当てた部分が白く光り出した。
光は一瞬で消えたが、それと同時にブラックドックが遠吠えをし、落ち着いた様子で座った。
「終わった?」そう言いながらさおりが健二と一緒に歩いて来た。
暁は静かに頷く。
「ってそうだ!アキ、腕!腕は大丈夫なのか?」
「そうだよ!すごく出血してるけど。」
2人は暁の状態に少し騒ぐ。
「腕?ああこれなら全然問題ないよ。ホテプの力と回復魔法ですぐに治るから。」暁は笑顔で答える。
「そんなことより早く他の…」「あの!助けていただいてありがとうございます!」暁の言葉に女性の声が重なる。3人は女性の方を向く。
「いえ、お気遣いなく。我々はそれが使命…」暁はふと女性の顔を見る。そこには黒髪の長髪で薄紫の瞳を持った顔があった。
「あれ、もしかしていつもはオペレーターの黒葉(こくは)まいさん?」
暁が問うと、まいと呼ばれた女性は頷いた。
「どうしてここに?と聞きたいところですが、私達は少々急いでいるのでこれで。」暁はまいに軽く頭を下げると、まいに背を向けてその場を立ち去ろうとした。
「それでしたら、もし良ければ明日の夜に会えないでしょうか?皆さんに話しておきたいことがあります。本部前で待っていますので。」
「分かりました。2人は大丈夫?」再びまいの方を向き頷くと、健二とさおりを見る。
「ああ、夜は特に予定もなかったからな。」
「そだね、大丈夫だよ。」と2人は頷く。
「うん、分かった。それでは明日。」暁は軽く手を振り、走ってその場を去った。暁を追いかけるように健二とさおり、ブラックドックもその場を去った。
まいは去っていく暁達に向かって丁寧なお辞儀をし、その場を去った。
 暁達は、最初にブラックドックに出会った場所に戻って来た。
そこには他のブラックドック達が倒れて眠っていた。
「止血と睡眠よし、それじゃ治療を始めよう。分かっていると思うけど2人は回復魔法で補助をして、確実性が上がるからね。」 「うん」「分かった」と2人は返事をする。「君は私達が治療した他のブラックドックに近寄ってくれ。そうすれば君を通じて他のブラックドックも元に戻るから。」暁はついて来た先程のブラックドックを見ながら言った。
そのブラックドックは暁達の治療を待つように座った。
健二とさおりはそっと目を閉じてブラックドック1匹に両手をかざす。
暁はニャルラトホテプを杖へと1秒ほどで変形させた。
その様子は、剣が内の方から真っ二つに割れ、両刃が横へと90度に展開し柄の先端が現れる。その先端から細い剣のようなものが出て、その剣は溶けるように球体となり、90度に展開した両刃は刃の中腹からさらに90度に折れ曲がり、その先端は内側へ45度ほどに折れ曲がった。
こうして杖へと変形したニャルラトホテプを暁が傷のついたブラックドック1匹にかざすと、ニャルラトホテプから黄金の光が溢れ出た。
光が傷に触れると、傷は無かったかと思えるほど完璧に塞がった。
 傷の塞がったブラックドックはすぐに敵意を見せ、暁(あかつき)達を警戒、威嚇する。
そこに、暁が触れて正気に戻したブラックドックがそっと近寄って行く。
すると、傷の塞がったブラックドックは威嚇を止め、その場に立ち尽くした。
 1分も経たない間にそれをその場にいた全てのブラックドックに行った。
立ち尽くしたブラックドック達の中心で暁は、杖を剣の姿に変形させ、地面に突き刺す。

《翌日 東京 渋谷》
 暁達はとある目的地に向かって歩いていた。
「それで?わざわざ店を休ませてまで私を連れ出すなんて余程の場所なんだろね?」暁は難しい顔をしていた。
「どうしたんだ?昨日はあんなに快く了解してくれたのに。」「うん、うん、幼馴染みの頼みとあれば断れない、なーんて言ってたのに。」健二とさおりは振り向き、後ろにいた暁を見る。
「まぁ、あの時はその場の勢いとかもあったし、それにやっぱり常連さんが困ってるんじゃって思って。」暁は足を止め、それに釣られるようにして2人も足を止めた。
「その為に、ネットや店に来てくれた常連さんに告知しといたんじゃなかった?」
「それでも、やっぱり気になってしまって…」さおりの問いに暁はうつむきながら答える。
「大丈夫だって。俺達が常連さんとかに店を休む事を告知した時、みんな口を揃えてこう言ってたぞ。」健二は息をすーっと吸い笑顔で「アキは働きすぎだからたまには休め、ってな。」
「え…ホントに?」思わず暁は健二に聞き返す。
「ああ本当だ。というか、アキもそう言われたんじゃないか?」
「い、いや罪悪感で殆(ほとん)ど話聞いてなかった…かも…」目を瞑り暁は歯切れを悪くする。
さおりは暁に指を指した。「ちょ、一番駄目じゃないそれ。」
「うん。いやー反省しなきゃなー。」すると暁はふぅ、とため息をつき、「よし!それじゃあ皆の言葉に甘えて、今日は楽しもう!」
「そう来ないとな。いつの間にか足も止めちゃってるし、行こうぜ。」3人は再び歩き出した。
「?……!!、もしかしてだけど今向かってる場所って!」
「お前なら流石に気づくか。そう今向かってる場所は…」
「渋谷駅西口から徒歩約10分、料理業界やスイーツ業界では日本いや世界トップクラスのビュッフェ。しかし全国展開や海外進出しない事からこの場所一筋でやるという意志を感じる店その名も『紅蓮』!」暁は早口で軽く説明した。
「そうそうって言いたかった事全部言われた!しかも早口で!」健二は少しショックを受けていた。
すると、1人の少女がやって来た。「あの!もしかしてですけど、ニュートラルの御三方じゃないですか!?私大ファンなんです!」少女は興奮しているのか、大きな声を出す。
「そうなんだ。それは有難いけど、もうちょっと…」さおりが少女に言い掛けたその時「ニュートラル!?」「ホントだニュートラルだ!」「ニュートラル!」するとどんどんと人が集まって来た。歩道だったそこは前方と後方をあっという間に人で、塞がれる。
「ヤバ、どうすんだ?これ。」健二は頭を抱えた。
「2人とも、手を繋いで。そこの貴方も。」暁は2人と少女に目を合わせる。健二とさおりは直ぐに手を繋ぎ、少女は何が何だか分からずキョロキョロしたが、暁に手を掴まれた。暁は杖の形をしたニャルラトホテプを空いている右手に出すと上に翳(かざ)し、その右手を健二が掴んだ。
そして、その場から4人は消えた。
「え?、え??、え???。…い、今何が起きたんですか?てかここ屋上ですよね。」少女は動揺しながら周りを見渡した。
「空間転移。いわゆるワープってやつをした。」
「そんな事が出来るんですか。でも、なんで私も一緒に?私は皆さんに御迷惑をお掛けしたのに。」少女は俯いた。
「うーん、何となくかな?」暁はわざとらしく首を傾げる。
「ま、あのままだとあんたも巻き込まれ兼ねなかったからな。あ、そうえばあんた名前は?」健二が流れるように聞く。
「え、あ、私は百合 優美瑠(ゆり ゆみる)と申します。ちょっと変ですよね。」少女は控えめに言う。
「ううん。全然そんな事ない。良い名前だと思う!」少女にさおりは微笑みかける。「あそうだ、もし良かったら
一緒に食事しない?健二とアキの許可が出ればだけど。」さおりは2人に目を配る。
「うーーん。まぁいいぜ、これも何かの縁だしな。」健二は少し悩んだが直ぐに了承した。
「私も言わずもがなオッケー。というか私は連れて来られた側だから決定権とかないし。」暁は微笑みながらさおりを見る。
「良かった。優美瑠ちゃんは?」
「えと、良いんでしょうか?」
「無論勿論だよ。」
「それじゃあお言葉に甘えて。」優美瑠は控え目に頷いた。
「やた!それじゃあ早く行こう!」さおりは優美瑠の手を掴む。
「因みにどこに行くのですか?」
「紅蓮だよっ。」優美瑠の手を掴みながらさおりは走り、階段へ向かった。
「へ?ちょっと待って下さい紅蓮って…!」優美瑠の声は姿と共に消えて行った。
健二が暁の肩を叩く。「俺達も早く行こうぜ。そうそう、言うのが遅れたが紅蓮が俺達からの恩返しだ!沢山食べろ。」健二はニコッと暁を見る
「分かったよ。ありがとう。」暁が健二にお礼を言うと2人はさおり達の後を追うように走り出した。

「Ⅲ章 アンサー」

「あのー本当にいいんですか?」優美瑠は300坪の大きさの建物を見ながら言う。建物の看板には『紅蓮』と書かれていた。
「いいの、いいのー。ね、2人共!」さおりの呼び掛けに暁と健二は頷く。
「いやでも、ここ私でも知ってますよ?料理世界トップクラスのビュッフェ専門店。高級なんですよね?」
「いいや、それがそうでもないんだなー。世界トップクラスの料理だから高級って思われがちだけどここの店長兼シェフの炎魔 黒鉄(えんま くろがね)は色んな人に料理を食べて欲しいという思いから庶民でも払える値段設定にしてるんだ。」暁は優美瑠に向け、解説をし始めた。
「そうなんですか?でもそれなら何で入れない人が沢山いるんですか?」
「入りたくても入れないからね。」
「?」優美瑠は首をかしげる。
「皆がここに来すぎて、広い店内も直ぐ満席。予約が店の半分の席を占め、その予約も常にほぼ満杯で1ヶ月2ヶ月
最悪1年先の予約まで満杯の時もあったり。」
「凄いですね!」その事実に優美瑠は驚きを隠せずに目を大きくしながら言った。
「因みに今回、俺達は予約で入るぞ。ま、詳しい話は中でしようぜ。あと、予約は昨日した。」そう言うと、健二は店の中へと入って行った。
『え』暁と優美瑠は驚き、そのまま立ち尽くす。
「ほらほら、立ち止まってないで行くよ。」2人はさおりに手を引っ張られ、店の中へと入った。
中では、受付で予約確認と1人追加の手続きを健二がしていた。
「外からも見て思ってましたけど、やっぱり大きくて広いですね。」優美瑠は広い店内を見回す。
店内は中央に縦に料理やスイーツが列び、左右にはテーブルと椅子が沢山並んでいるがそのほとんどは人と料理とスイーツと皿で埋め尽くしていた。
すると、店内の奥の方から1人のスタッフがやって来た。
一礼すると「お席までご案内致します。」と言い、暁達を店全体の中央から横に伸びた通路、そこに並んでいた沢山の個室の1室へと案内した。「こちらになります。どうぞごゆっくりお楽しみ下さい。」スタッフは来た道を戻っていった。
部屋の広さはカラオケの1部屋ほど広さだった。その部屋には窓が付いており、そこからは噴水と草花の景色が広がっていた。
「わーキレイ!」さおりは窓に近づきよりじっくりと景色を眺める。
「何だか西洋のお屋敷のお庭みたいですね!」優美瑠もさおりに続き窓に近付く。
「健二。この個室って予約でしか取れないとこだよね?」暁が健二に聞く。
「ああ。」健二は少し自慢げな顔をした。
「しかも、ほぼ毎日いつでも埋まってるよね?」
「ああ。」
「健二……。」
「どうした?」健二は自慢げな顔したまま聞く。
「私は……私は……卑怯な事をするような人に育てた覚えはないぞ!」
「へ?」健二の自慢げな顔は一気に崩れ、突然過ぎたからか健二は驚き顔すら出来ておらず少し間抜けな顔になっていた。
「ちょっと待て。どうしてそうなる!?」健二は少し間抜けな顔のまま聞く。
「どうしても何も個室の予約取れるなんて、普通ありえないし。」
「確かに普通はありえないかもだけどたまたま…。」
「私は悲しいよ、いったい何時からそんな風になってしまったんだ。」暁は目を瞑り、下を向く。
「いや、本当にたまたま取れただけで…」
「言い訳までするようになって。」
「いや話を聞けって!」健二の少し間抜けな顔は元に戻り、今度は少し真剣な眼差しをしていた。
「いや、冗談冗談。そんなに真剣な顔で見ないでよー。」
暁は半笑いしながら言った。
「おい、まじでもう…」はぁとため息つくと長椅子に座り込む。
「あれ?もしかして、本気にさせちゃってた?」暁は小悪魔的笑顔を浮かべる。
「俺も最初はさすがに冗談かと思ってたよ?でもさ、ちょっと長いし何よりアキのトーンガチ過ぎ。」健二はそのまま長椅子に倒れ込む。
「やり過ぎだよアキ。もうちょっといじってる感出さないとー。健二ダウンしちゃったし。」さおり静かに健二に近寄る。
「確かにそうだね、次はもうちょっとわざとらしくする。それはそれとして、こうして相手を疲れさせるのも面白かったけど。」暁はニヤリと笑う。
「アキが変な性癖に目覚めちゃいそう。」さおりは暁を見て心配しつつも、直ぐに目線を目を閉じた健二に移した。
「あれ?寝ちゃってるのかな?それとも目を閉じてるだけ?どっちにしても私の口づけで起こしてあげる!」さおりはそーっと唇を健二の唇に近付け…「ちょっと待て!待て!」健二が目を開け、目の前まで迫っていたさおりをそっと押し返す。
「あ、危っぶねー。」安堵する健二。
「もう、折角のキスチャンスだったのに~。」悔しがるさおり。
「やれやれ、今は私達だけじゃないんだから少しは自重しなさい。」
「アキが言うな!」2人をまとめようとしてツッコミをされた暁。
「ふふ、やっぱり、皆さんは仲が良いんですね。それにしても暁さんも悪戯したりするなんてちょっと意外です。」優美瑠は3人の日常に近い姿を見る事ができ、とても幸せそうに笑った。
「そうかい?ま、昔は感情が無かったからあんな事はしなかったけどね。」
「え?それってどういう事ですか?」不思議に思った優美瑠は思わず聞く。
「そのままの意味だよ。まぁ、詳しい話は今度聞かせる。それより、何で君をここまで連れて来たかをまずは話そう。」
「私を連れてきた意味ですか?」
「うん。単刀直入に言うとね、どうして優美瑠は私達を見つける事が出来たのかが分からない。」暁は、顎に指を当てた。
「?言ってる事が良く分からないのですが。」
「それもそうか。じゃあ、順を追って説明しよう。まず私達は現在何かと有名になってしまって、一般人に見つかると面倒なことになる。そこで私達は、空のエレメントを使い周囲から認識されにくくなる魔術を常にしてる。」
「つまり、普通は暁さん達が見えない…って言うよりも暁さん達だと思いにくいって事ですか?」
「そこまで理解するとは、凄いね。その通りだよ、だから不思議なんだ。どうして優美瑠には見えたのか、と言っても『認識されにくい』だから全く認識されない訳じゃないけど…。」
「でもさ、そんな事今まで一回も無かったよね。」
「魔術のレベルが低いって訳でも無いだろうしな。」横で見ていた健二とさおりが補足する。
「そうなんだよねー。それで、何か心当たりは無いかな?って聞きたくて。」
「うーーん。そんな事言われても…あ!もしかして…。」優美瑠は少し悩んだ後、何かに気づく。
「?、何か心当たりが?」暁が直ぐに反応した。
「あ、はい。実は私の眼って、見えないものが見えるんです。」
「え!それって幽霊とかが見えるってこと!?」優美瑠の話にさおりが一番早く反応した。
「いえ、幽霊はうっすらとしか見えません。」
「うっすらとは見えるだな。」健二は苦笑いする。
「言い方が良くなかったですね。正確に言うと見えにくい物や場所をはっきりと見る事が出来るんです。霧濃かったり、闇夜だったり、逆にとっても眩しくてもはっきりと見えるんです。っと言ってもその程度ですけど。」
「いやいや、充分凄いって。」健二は首を振り、何かに気づく。「もしかして、これが噂に聞く魔眼又は邪眼ってやつか?」
「恐らくはね。古(いにしえ)の時代より神秘の力を受け継ぐ一族。現代では殆ど残っていないらしけど。」
「そうなんですか?私、家柄とか何も知らないので分からないですけど、私の家族は私よりももっと凄いですよ!お婆ちゃんは見た人を魅了させる事が出来て、お爺ちゃんは見たものの動きを止める事が出来て、お母さんは見たものを壊す事が出来るんですよ!お父さんはそういう能力は無いですけど科学にとっても詳しいんです!」優美瑠は情熱的に話す。
「ふふ、優美瑠ちゃんは家族の事が大好きなんだね。」さおりは静かに微笑む。
「あ、ご、ごめんなさい。つい熱く喋り過ぎてしまいました。」優美瑠は頭を下げる。が直ぐに上げ「あ、でもみんな悪事に使ったりなんてしてませんからね。」と真面目で真っ直ぐな目で言った。
「そんな真面目に言わなくても分かってるって。っていうか折角紅蓮に来てるんだから、何か取ってきて食おうぜ!」健二が立ち上がると「そうだね。」「そうですね。」「それもそうね。」と全員が立ち上がった。
「あ、ところで健二。」暁が何かを思い出したかのように健二を呼ぶ。「?、何だ?」「ビュッフェだけど大丈夫なの?」暁は何処か心配そうな声で聞く。「ああ、お金って意味なら大丈夫だ。何せ、今日はバイキングプランだからな!」健二は自信満々に言う。
「おお、さすがだね。それじゃ行って来よう!」暁は嬉しそうに言うと部屋を出た。
「あ、だからって食べ過ぎるなよー。」と言いながら健二も後を続くよに部屋から出る。
「私達も行こっ。」さおりが優美瑠の手を繋ぐ。
「はい!」優美瑠が返事をすると2人も部屋を出た。
数分後、暁以外の3人が戻って来た。
健二は揚げ物を中心に詰めた皿を3皿ほど銀のトレイに載せていた。
さおりはバランス良く揚げ物、サラダ、ご飯、スイーツ、それぞれを載せた皿を銀のトレイに載せていた。
優美瑠はスイーツだけの皿を5皿ほど銀のトレイに載せていた。
「優美瑠、それは…」健二が優美瑠のトレイを見る。
「はい!一度やって見たかったんですよねー、こういうスイーツだけの食事!」優美瑠は笑顔でテンション高く言った。「………………」しかし、数秒程沈黙が続いた。
「あのー、もしかして悪かったでしょうか?」優美瑠は申し訳なさそうに言う。
「あ、いやいや全然大丈夫なんだけど…」
「そのーなんと言うか…」健二とさおりが歯切れを悪くする。
その時、部屋の扉が開き暁が戻って来た。
「たっだいまー!」暁はテンション高く言うと、トレイが5つ載ったカートを部屋の中に運んだ。トレイの上の皿にはスイーツがびっしりと敷き詰められていた。
「え?ええと、暁さんそれって…」優美瑠はカートをじっくりと見て、驚愕していた。
「ん?全部スイーツだけど。色々あったからとりあえず食べた事の無いスイーツを全部持って来た。」暁はそう言いながら運んで来たスイーツをテーブルの空きスペースに並べていった。そして暁は優美瑠の皿に目を移した。「って優美瑠も全部スイーツ?。」
「は、はい。一度やって見たくてそれで。」
「うんうん、分かるよ分かる!スイーツって美味しいもん!」暁は食い気味に言う。
「あ、えっと、はい。」優美瑠はそう言うと、さおりと健二に静かに近付き小声で話す。「あのー暁さん何かいつもと違いません?」「スイーツを前にすると性格が変わっちゃうの。」「いわゆるスイーツバカってやつだな。」
「まぁ、否定はしない。」スイーツを並べながら暁が言った。3人は驚き、「って、聞いてんじゃねえよ!」と健二が言った。
「だって、聞こえたんだし。」暁は3人にウィンクする。
「そう言えば、バケモノだったわ。」健二が小声で呟く。
「ふふ、後でパン粉と生卵投げつけようか?」暁は何か含みのある笑顔を健二に見せる。
「脅しが特殊過ぎでしょ。三流の料理人でもそんな事しないわ!」健二がツッコミを入れるも部屋はシーンと静まって、暁は笑顔のまま健二を見続ける。「………いや待ってその笑顔。本当にやりかねない顔してるから。………いやその悪かったって!」健二は必死に謝った。
暁はスイーツを並べて終わり謝られた事で、含みのある笑顔からスイーツに対する嬉しい笑顔になり、座って頂きますと言うとスイーツを食べ始めた。
「いつもこんな感じ何ですか?」優美瑠がさおりに聞く。
「そうだねー、健二が余計な一言言ってそれにアキが怒って健二が謝る。この流れだね。さて、私達も食べよっか。」優美瑠がそうですねと言うと2人も食べ始めた。それを見て健二も食べ始める。
皆が食べ始めて、少しした頃。
「あ、そうだ。優美瑠、さっきは私達が質問したから今度は優美瑠が気になった事を聞いて。」暁が提案する。
「良いんですか!」優美瑠の言葉に3人が頷く。
「それじゃ、魔法について教えて下さい。私、お父さんやお母さんの影響で神秘や科学はそこそこ分かるんですが、魔法は完全にさっぱりで。」
「OK!じゃあ説明お願い2人共。」暁は健二とさおりを見る。
「へ?何で?説明だったらアキの方が良いに決まってんじゃん。」2人は首を傾げながら健二が言う。
「今まで教えて来たことがちゃんと言えるか確認の為にね。それとさっきのお返し。」
「う」健二は後ろめたくなり何も言えなくなった。
「こうなったら仕方ないよ、私も一緒にやるから頑張ろうね健二っ。」さおりは健二を励ます。
「そうだな。仕方ないやってやる!」
健二はすーっと息を吸う。「えーと、それじゃあまず魔法とは、地、水、火、風、空の5元素即ちエレメントを体内にある瑪那(マナ)で操る事を言うんだ。5元素の地水火風空とはこの世界を創る全てであり、それぞれはその名の通り地(チ)は大地や鉱物等を、水(スイ)は水や氷、水蒸気等を、火(カ)は炎や溶岩、熱を、風(フウ)は風や動く力を、空(クウ)は世界全ての空間を創っているんだ。魔法はこの5元素を使い例えば、火のエレメントを使って何も無いところに火を出したり、空のエレメントを使って俺達がしたように認識されにくくする事も出来る。」
「はい、はーい。」優美瑠が手を上げる。
「何だ?」
「その5元素はどうやって見つけるんですか?」
「…その前にどうして5元素を見つける必要があると思った?」健二は少し考えてから聞いた。
「だって、5元素を使って魔法を使うんですよね。だったらエレメントが見えてなきゃ、使いたい魔法が使えないんじゃと思って。」
「驚いたな。少し、聞いただけでそこまで理解するとは本当に才能者かもしれない。」健二がそう言うと優美瑠はえ、っと言って少し頬を赤らめた。
健二が咳払いをする。「えーそれで5元素の見つけ方だが基本的には、瑪那を目に集中させる事で見えるようになる。それにはまず、瑪那が何かという話だが…」
「そこからは私がするよ。」さおりが言うと健二は頷いた。
「瑪那っていうのは、簡単に言えばやる気だね。だから、元気な人は瑪那が沢山あるってこと。優美瑠ちゃんも同じだよ。」
「私にも瑪那が沢山ある?じゃあ私にもエレメントを見たり、魔法が使えるのですか!?」優美瑠はとても興奮していた。
「うん、コツを掴めばね。やってみる?」
「はい!」
「それじゃ、まず目を閉じて身体の力を全部抜いて、目だけに意識を集中し、力を入れて、目を開ける!」
優美瑠はさおりが一言一言言う度にをそれを実行していった。「…………。」すると優美瑠は目を大きく開いたまま沈黙していた。
「どう?」
「凄いです。眩しいぐらいのいろんな色の煌めきがいっぱい。この煌めき、前まではうっすらとしか見えなかったんですが今でははっきりと見えます。」
「それがエレメントだよ!」さおりは優美瑠に笑いかける。「でもやっぱり優美瑠ちゃんにはうっすらでも見えていたんだね。」
「はい、でもまさかこれがエレメントだなんて知りませんでした。」
「良し!それじゃあ次は魔法を使ってみよう!」
「え!もうですか!?」さおりのいきなりの発言に優美瑠は驚きを隠せなかった。
「善は急げってやつ!簡単な魔法なら直ぐに出来るから。」
「分かりました。」優美瑠は半信半疑で頷く。
「それじゃまず、周りを見て何でも良いから1つ色を決めて見て。」
「えーと、それじゃこの青色ので。」優美瑠が青色の煌めきに指を指すと、「オッケー」とさおりは席を立ち優美瑠の隣に座った。
「お手本をしながらやり方を説明するね。まずは両手を広げて、この青色のエレメントを掬うようにする。」優美瑠はそれを真似し、掬う様に両手を広げる。
「後は、手の上で青色のエレメントを集めるイメージを集中させて念力を送るみたいに力を込めてみて。」
「え、え!?」説明が以上だった事と念力を送るみたいにというのが一瞬イメージ出来なかったが、直ぐに理解し力を込める。すると青色のエレメントはどんどんと集り、そして優美瑠の手の上で一滴の水となり優美瑠の手に落ちた。
「!これが魔法。」優美瑠はじっと、手に落ちた水を見る。「やった!私でも魔法が使えちゃいました!」突然と優美瑠は喜びを露(あらわ)にした。
「ね、簡単だったでしょ?。」さおりは優美瑠に向かってウィンクする。
「因みに、エレメントはそれぞれ、地が茶色、水が青色、火が赤色、風が緑色、空が黄色って感じで直ぐに見分けられるよ。それから魔法には魔術ってものもあって、こっちは術式を組み立てないといけないけど、より強力な魔法が使えるんだっ!そしてその魔術を魔法ぐらい速く使える人を魔女って言うんだ。ま、なかなか居ないけどねそんな人。」
「へー、あれ?でも男性が魔女になったら何て呼ぶんですか?」
「変わらず魔女だよ。魔女っていうのは称号みたいなものだからね。男爵と一緒だよ、あれだって女男爵って言ったりするからね。だから、同じように男魔女って言ったりする人もいるよ。」
「魔法の世界も奥が深いんですね。」と優美瑠は感心した。
「そうだね、長年魔法を使ってきてる私達でもなかなか上達しないから。アキは例外だけどさ。さて、授業はこんなもんかな?」さおりは暁に顔を向けた。同じく健二も暁に顔を向ける。「どうだった?私達の授業は?」
暁はスイーツを全部食べ終え、その片付けをしていた。「まず、結果から言うと80~90点ってところかな。とりあえず短時間で大体の説明は出来ていたから問題なし。」暁は片付けを止め2人を見る。「でも、捕捉がちょっと足りなかったかな。例えば、エレメントに色がついているのは見分けやすいように目の色彩認識能力が発展したからだとか、瑪那だってエレメントの1種だとか、瑪那は元々はエレメントから身を守る為のものだったとかね。でもま、これらはあくまで捕捉だから今回は上出来だよ2人共。」暁は2人に笑顔を見せると片付けの続きをした。
「あ、暁さんにも質問したいのですけど。」
「うん?」片付けを終えた暁が優美瑠を見る。
「暁さんの使ってる武器って特殊なんですよね?でも、何が特殊なのか知らなくて。」
「うーん、そうだな全部説明すると長くなるから端的に言うと、あれは1種の生命であり、人と融合することでゲームで言うチートみたいな力を得ることが出来る。でも、それは同時に人でなくなる事でもある。その名も神輝(じんき)。」
「それじゃあ暁さんって…」
「うん。人じゃないよ。」暁は淡々と言った。
「そうなんですか。でも、暁さんは暁さんですよ!少なくとも私にとっては。」優美瑠は力強く言う。
「ありがとう。でも、私は仮に誰かに何と言われようと、あらゆる人を救う事を止める気はないから大丈夫。その為に神輝ニャルラトホテプを手に取り、救世主(サーヴァ)に入って、ニュートラルを結成したのだから。」暁は健二とさおりの2人を見る。
「常に気持ちが変わっていないなんて、やっぱり暁さんは凄いです。あでも、その神輝を悪い人が持ったら大変な事になるんじゃ?」
「そんな事は、絶対と言える程無いかな。」
「何ですか?」優美瑠が首をかしげる。
「さっきも言った様に、神輝は1種の生命だから彼らも融合する人を選ぶんだよ。そして、彼らの目的は世界の平和と存続。だから、悪い人が持つ事はない。でも、正義と正義のぶつかり合いは起きる。」
「そうなったら、暁さんは自分の正義を押し通すんですか?」
「もちろん。私の正義は全てを救う事だ。わがままだと言われようと私はそれを成して見せる。」暁はその信念を表すかの様に真剣な顔で真っ直ぐな瞳をしていた。
しかし、一瞬でいつも通りの顔に戻った。「それじゃ、私はスイーツのおかわり取ってくる~。」と暁はご機嫌に部屋を出ようと、ドアノブを掴む。
「最後に、1つ良いですか?」優美瑠は暁を呼び止める。
暁は振り向き優美瑠を見た。
「ビュッフェとバイキングの違いって何ですか?」

「断章2 ビュッフェとバイキングの違いって?」

簡単に言うと、ビュッフェは取った料理の分だけお支払、バイキングは一定金額を払って食べ放題、って事。
因みに、ビュッフェは元々フランスの簡易食堂のことで、バッフェとも呼ばれ列車内や劇場などで振る舞われる立食形式の食事を言い表すものだった。
一方、バイキングは1958年日本の帝国ホテルのレストランが、スモーガスボートというスカンジナビアの食べ放題形式の伝統料理をメニューに取り入れ、それにインペリアル・バイキングとつけて提供したのがはじまりと言われている。

「Ⅳ章 神輝(じんき)」

「いやぁ、食べた食べたー。」そう言う暁の前には、数えるのが面倒なぐらいの皿があった。
「あのー、健二さん、さおりさん。」優美瑠は小声で2人を呼ぶ。
『?』2人はそっと優美瑠に近づく。
「あ、小声で話しても聞かれてる事は分かってるんですけど、そのー何というか…」優美瑠は少し言葉を詰まらせた。
「暁さんって、店を潰した事無いですよね。」優美瑠が言った途端空気が凍ったかの様に静かになり、どことなく寒気が走った。
「な、無いですよね?」思わず優美瑠は聞き返す。
「潰した事はないが、潰しかけた事はあったな。」
「うんうん。」さおりが健二に相槌をいれる。「あれは高校時代の時だったね。アキと一緒に今日みたいな食べ放題に行ったんだけど、そこでアキが、店がめっちゃ赤字になりかけるまで食べて、店の人にもそれ以上はって言われた事があってね。」
「そ、そんなに。」優美瑠は一瞬驚いたが、暁の前の皿を見て直ぐ納得した。「それで、その後は?」
「アキが自分からお詫びにと、店の手伝いをした。勿論、俺とさおりも一緒に手伝ったけどな。」
「私は別に手伝わなくていいって言ったんだけどね?」突然暁が会話に入ってきた。
「そんな訳にいくか!俺達はアキにいつも助けられてるからこれくらいはするさ。それに俺達3人で[ニュートラル]だろ?って当時言った気がする。」健二は発言し終えると同時に、自身の発言に羞恥し、頬を赤らめる。
「完璧に当時と同じ発言!あの時の健二は格好良かったー。もちろん、今でもずっと格好良いよ健二!」さおりが健二に抱き着こうとしたが、「!」とっさに健二は数cm横にずれさおりの抱き着きは空振りになった。さおりはバランスを崩し、慌ててソファーに手をついた。
「ちょっといきなり何するの!?」さおりは不満そうに言う。
「そりゃ、こっちの台詞だ。いきなり抱き着こうするな。」
「だってー、健二が格好良すぎなんだもーん。」さおりは再び抱き着こうするが、健二の腕で身体を押さえつけられ、前に進めずにいた。
「さて、そろそろ時間だが満足したかアキ?」健二はさおりを押さえつけながら聞く。先程まで、ジタバタしていたさおりも健二の腕をそっと掴み暁を見る。
「言うまでもない!」と言って暁は笑顔を見せる。
健二とさおりは安心したかのように『ふぅ』と息を吐いた。
「安堵する必要ある?こんな最上級とも言える場所で、親友と供に食事をし、新しい知り合いもできた。逆に満足しない要素あった?」その言葉に優美瑠含めた3人が一瞬愕然とした。
「確かに、そうだな。」と言う健二の隣でさおりはうんうんと頷いていた。「じゃ、行こう。」暁は立ち上がり、部屋を出た。それに続き3人も部屋を出る。
外に出た暁はスマホを取り出し、時間を見る。[15:07]
「(3時間ってあっという間だなぁ。)」暁は心の中で言いながら少し不満そうな顔をする。すると、突然横から声がした。
「ちょっと不満げな顔だぞ。」健二は一瞬だけ暁の顔を観察し「大方、何もかも満足だけどもう少し食べたかったなってところか?」暁の考えを予測した。
「当たり。今のは、勘?それとも経験から?」
「その両方。」自慢気に健二は言った。
そのやり取りを見ていた優美瑠は感心していた。「流石10年以上一緒に遊んだりしていた仲ですね。暁さんのあの顔を見るだけで考えが分かるなんて。」優美瑠は隣にいたさおりの方を見た。
「さおりさんも暁さんの考え分かったんですか?」
「そりゃ勿論。」さおりは小さく頷く。
「すみません。ニュートラルの方々ですよね。」不意に後ろから声がした。4人が後ろを振り返ると、そこには薄花色(明るくうすい青紫色)の瞳を有した、雪のように真っ白なオールバックの白髪(はくはつ)の男性が紙袋を片手に持ち、笑顔で立っていた。服装は全身白色で、直ぐにシェフだと分かる衣装だった。
「あ、あ、貴方は!」暁は驚愕した。「炎魔 黒鉄(えんま くろがね)さんじゃないですか!」
黒鉄は笑顔のまま、軽くお辞儀をした。
「なぜここに?お仕事は?」
「いやぁ、どうしても皆さんにお会いしてみたくて仕事は信頼できる人に少しの間任せています。」黒鉄は軽く笑う。
「私も1度お会いしたいと思ってました。貴方の料理は、どれをとっても美味しかったので。」暁は珍しく目を輝かせている。
「有難う御座います。そう言って頂けると私も嬉しいです。もし良ければこれ、差し上げます。」黒鉄は持っていた袋を差し出す。
暁は袋を受け取り、中身を確認する。
「こ、これは紅蓮のスイーツ!?」思わず暁は黒鉄の顔を一瞬見て、再びスイーツを見た。
「良いんですか?頂いちゃって。」
「はい。実はちょっとした失敗作でしてお近づきの印も兼ねて差し上げます。是非皆さんでお召し上がり下さい。」
「うーん有難いですけど、代価なしと言うのはちょっと…。」暁は顔を歪める。
「それでしたら今度、私に珈琲を入れて下さい。暁さんの珈琲は美味しいと聞きますから。」
「それで良いのでしたら喜んで。」暁は小さく頷く。
「それでは私はそろそろ戻らないとですので、失礼します。」黒鉄は深くお辞儀をすると、暁達に背を向け去ろうとした。
「そうそう、もしよろしければ今度会う時に[神輝]について色々と教えて頂けませんか?私あまり理解できていなくて。」黒鉄が背を向けながら言う。
「ええ、勿論です。」暁が言うと、黒鉄はそのまま去っていった。
「?何故炎魔さんが神輝の事を聞こうとしてるんですか?」優美瑠が尋ねる。
「炎魔 黒鉄、彼も神輝使いだからじゃないかな。もっとも、神輝使いになったのは最近みたいだけど。」
「神輝使いって凄い人なんですよね?最近に神輝使いになる事ってあるんですか?」優美瑠首を傾げる。
「あるよ。そもそも神輝が一体いくつあるのかも明らかになっていないみたいだからね。」
「じゃあ、これからも増える可能性があるってことですか?」
暁は頷く。
「……あ、あのー、私に神輝について教えてくれませんか!?」優美瑠は力強く訊く。
「それは何の為に?」突如として暁の顔つきが変わり、真っ直ぐで真剣な眼差しを優美瑠に向けた。
「その、興味あったし、知っておけば何かの役に立つかなって。」
暁はまだ優美瑠を見つめていた。優美瑠は緊張し、目を逸らした。「えーと、ダメでしたか?」
「…………」沈黙が少し続く。
「いや、良いよ。何事にも興味を持つ事は良いことだと思うし、何かの役に立つ事も否定出来ないからね。それに、これも食べたかったし。」暁は右手に持っている黒鉄に貰った袋を持ち上げた。
「お前結局それが食べたかっただけじゃ………」
「ここじゃなんだから、私の店へ行こう!」健二の発言を遮り暁は歩き出した。

《カフェ アザトース》
床や天井がダークな色に、程よく明るい照明と店の両側面にある大きなガラス窓から見える海が店の中を落ち着いた雰囲気にしていた。
店の中央の奥にあるカウンターに3人座り、その奥で暁は貰ったスイーツを袋から取り出していた。
「飲み物何にする?」
「俺、抹茶ラテ。」
「私、キャラメルモカ。」
「私はココアでお願いします。」
「りょーかい。」3人の要望を聴いた暁は直ぐに作り始めた。
その間、さおりは優美瑠のウォーターメロン色のロングヘアーの手入れをしていた。
「優美瑠ちゃん綺麗な髪の毛をしてるね。ちゃんと手入れもされてる。」
「い、いえ。いつもお母さんがしてくれているんです。」優美瑠は少し照れ気味に言う。
「そっかー、良いお母さんだね。」優美瑠は静かに頷く。
「あっ、そうえば優美瑠ちゃんって今何歳なの?」
「10歳の5年生です。」
「そっかー、10歳かー。うふふふ。」さおりは何処か不気味な笑顔をした。
「おいおい、変なことするなよ?」スマホを眺めていた健二が嫌な予感を察知し、さおりに注意を促す。
「わ、分かってるよー。でも………」さおりは優美瑠の長い後ろ髪をまとめてシニヨンを作り、優美瑠の身体を反転させて自分の方に正面を向かせた。優美瑠の藤紫の瞳がさおりを見つめる。
「か、可愛い!可愛いすぎるヤバい、ヤバい!」さおりは興奮を押さえられず、優美瑠をぎゅっと抱き締めた。
「あはは、小さい子供と健二さんが大好物って噂本当なんですね。」優美瑠は少し戸惑い気味に言った。
「えっ!何それ!そんな噂があるの!?」
「はい、かなり広まってますよ?」
さおりは慌てて優美瑠から少し離れ、スマホで調べ始めた。「嘘でしょ。本当に沢山の人が私の事を、三度の飯より夫とよその子が大好きな女とかロリコンブライドとかって呼んでるー。めっちゃ良いじゃん。」さおりはショック等は一切受けず、むしろテンション上がっていた。
「確かに、"そこの子、お姉さんとお茶でもどう?"とかってやってるしね。お陰で警察沙汰が何度あったか。」要望の飲み物を全部作った暁は、その飲み物と一緒にスイーツをカウンターに置いていく。
「一部事実と違うがな。俺とさおりは結婚どころか付き合ってすらいないっての。」健二は抹茶と練乳のアイスクリームと抹茶オレを手に取り、抹茶オレを一口飲む。
「そうなんですか!?」優美瑠は目を大きくして驚く。
「何で意外そうにするんだ。まさか、世間は俺とさおりが結婚してるとでも思ってるのか!?」優美瑠は頷く。
「やったね健二。これで正当に結婚………」「しないからな!」健二はさおりが言いきる前に強く否定した。しかし、その否定にはどこか照れを感じる言い方だった。
「はい、そこまで。今は優美瑠に神輝について教える時間だからね。」暁は床に変形収納されていた椅子を引っ張り出し、座った。同時に珈琲とチョコケーキを手に取り手前にある調理台に置いた。
「神輝が一種の生命だってことは説明したよね?」優美瑠が静かに頷く。「神輝はね、宇宙から飛来した地球外の生命なんだ。」
「宇宙人なんですか!」優美瑠は少し驚いていたが意外そうではなかった。「でも考えて思ったんですけど、神輝って武器ですよね。生命がどうして武器の形してるのですか?」
「あれは神輝が自衛の為に、神輝使いになった人が扱いやすい武器の形になった姿なんだ。」暁は手の平を上にして前に出した。その手の平の上から金色(こんじき)に光る小さな粒のようなものが出てきた。「これが神輝の核みたいなものだよ。」
「へー、これ生きてるんですよね。綺麗だなー。」優美瑠は目を輝かせて、見とれていた。
「じゃあ、これを武器に変えるよ。離れてて。」そう言うと暁は小さな粒のようなものを手の平に乗せたままカウンターの奥から出て、カフェの中央の通路に立った。暁が腕を前にすると、光る粒は輝きを増して次第に剣の形へと変化した。光る剣は次の瞬間、光がガラスの様に割れ、長さ3mほどの両刃剣が現れた。その姿は、1mの銀色の柄にまるで二等辺三角形と菱(ひし)形が縦に融合したかのような形をした2mの両刃があった。
両刃の表面は全体的に黒く、中央に白い帯状の線があり、そこには謎の文字が書かれていた。中心には菱形に正方形が重なったようなマークが描かれており、刃の下部には直角90度の三角形が背を向け会うように左右の角の近くに彫られており、刃の上部にも左右の角の近くに長方形が彫られていた。裏面も同じ見た目になっており、彫られた部分はライトグリーン色に光っていた。側面の刃部分は50cmほどあり、一見すると刃というよりも鈍器のように見えるほど鋭くはなかった。
「これが私の神輝ニャルラトホテプ、通称ホテプだ!」暁はどこか誇らしげに言った。
「おおー、間近で見るとより格好いいですねー!」優美瑠はじっくりと観察する。
「それは嬉しいな。この後の説明は、私がするよりこの子自身が説明する方が確かだと思うから、よろしくね。」暁がそう言うと、剣は再び光出して、光は人の形へと変化した。
剣の時と同じ様に光が割れ、そこには空色のセミショートヘアーをした少女にも少年にも見える子供らしき人物が立っていた。身長は優美瑠と同じぐらいの140cm前後で、橙黄色の瞳をしていた。「あたいに説明させた方が良いっていうのは建前で、本当は早くスイーツ食べたいって思ってるんやない?」セミショートの子は大阪弁風に暁に向かって言う。「さぁ?」暁は肩をすくめる。
「優美瑠、この子が神輝ニャルラトホテプが人の姿をした状態だよ。じゃ、後よろしくー。」そう言うと、暁はカウンターの奥に戻ってスイーツを食べ始めた。
「やっぱスイーツが目的やん。」ニャルラトホテプは、はぁとため息を吐く。それを優美瑠はじっくりと見ていた。
「ああゴメンゴメン。わちらについて知りたいんやったな。」
「あ、はいっ。神輝って人にも成れるんですね!」優美瑠は驚きと興奮で溢れていた。
「いや、人に成れるのはあーしだけっちゃ。あーしは変化の能力を持ってるけん、他の神輝には出来ん。」ニャルラトホテプは主語が変り、博多弁風の喋り方になっていた。
「もしかして、ニャルラトホテプさんのその喋り方も?」
「そそ。妾、性質上ちょくちょく喋り方が変わるんじゃ。すまんが慣れてくれ。後、ニャルラトホテプは長いからニャルとかホテプなどでよいぞ。」また違った喋り方でホテプは言った。
「それじゃあホテプさん。一体貴方達は何故、他の星の生命である私達を助けてくれるんですか?」
「誰かを助けるのに理由なんていりはります?」
「それは………」ホテプの反論の出来ない理由に優美瑠は黙り込む。
「…我々神輝は元々1つの生命でな、何故生まれたのかも分からず、ただ宇宙を彷徨い続けていた。だがある時、この星の近くを通った時にこの星の惨状を見た。」ホテプの表情が曇る。
「魔獣、幻獣に襲われる人々、泣く子供、燃える街、それらを見た我々は無意識に助けたいという気持ちになった。そして地球に飛来しようと大気圏を抜けた時、理由不明でいきなり分裂した。それらが各地に落ち、人々から神なる輝き、即ち神輝と呼ばれるようになった。我々が助けたいと思うのは、その無意識が今も我々の中にあり続けているからだ。長々話したが、結局のところ我々自身も助ける理由は分からない。だからもう、助けたいならそれで良いんじゃないかなって。」ホテプはカウンター奥の暁に向かって歩く。
「そうだったんですか。すみません、理由とか求めてしまって。」優美瑠は深々とお辞儀する。
「いやいや、えーてえーて。真実を求めよーいうんは、別にあかん事や無いからな。」ホテプは左手を振りながら暁の隣に立つと暁が食べていたチョコケーキの一部を右手で千切り口に運んだ。
「あっ、ちょっとホテプ!」暁がホテプを制止しようとしたが、ホテプはすでにケーキを飲み込んでいた。
「ホテプ~」暁は駄々をこねる様に言った。
「良いじゃん別に~。ほんの一部千切って食べただけ
じゃ~ん。」ホテプもまた、駄々をこねる様に言う。
「勝手に食べないでっていつも言ってるでしょ。まったく、ちゃんとホテプの分もあるから。」暁は冷蔵庫から貰ったスイーツの1つを取り出し、ホテプの前に置く。
「これは?」
「苺と濃厚生クリームのミニパフェ。」
「いいの?」
「勿論。」
「少し食べる?」
「じゃあ少しだけ。」暁はスプーンで生クリームを少し取って、口に入れた。
「んー最高。優美瑠もそれ、食べていいんだよ?」じーっと暁とホテプを見つめていた優美瑠は暁の言葉にはっとした。
「あ、はい。では、ココア共々頂きます。」優美瑠はモンブランとココアをカウンターから取り、用意されていたスプーンで食べる。
「それじゃ、次は神輝使いの特徴を教えよう。」
「特徴?善き人のみが成れるというものではなく?」
「それも、特徴だがもう1つある。それは、何かが欠落している人間、もしくは動物だ。」暁は珈琲を一口飲む。
「何かが欠落?」
「そう。例えば、事件事故で頭が無くなったとか、体が無い、脊髄が無い、腕が無い、足が無い、心臓が無い、感情が無い等々。」暁はケーキを一口食べる。
「あのー、脊髄とか心臓が無いってそれ死にません?」優美瑠は一口ココアを飲む。
「ああ、だから一部の神輝使いは脊髄や心臓が無くなって、死ぬ直前で神輝と契約している。そして、契約によってその人達は生きながらえた。」
「それって、神輝と契約すると無くなった脊髄や心臓が再生するって事ですか?」
「少々違いますわね。」既にミニパフェを食べ終えたホテプが答える。「正確には、神輝が無くなった部分の代わりになるのですわ。第三者から見れば、再生したように見える程元通りになるので、見た目じゃ分からないでしょうけど。」
「それじゃあ暁さんも?」暁はケーキの最後の一口を口に入れ、頷く。
それを優美瑠は見つめた。
「見つめても分からないと思うよ。その特別な目が発達すれば分かるかもだけど。」暁は珈琲を飲み干す。
優美瑠は顔をむぅっとして、ふと隣を振り向く。
そこには、ミルフィーユチーズケーキもキャラメルモカも口にしてないさおりと、同じく抹茶と練乳のアイスクリームも抹茶ラテも口にしてない健二がいた。
「健二さん、さおりさん、全然食べて無いようですがどうかたんですか?」
「いや、脊髄とか心臓とかのワード出しながら食べるなんて俺には出来ねー」健二の発言にさおりは頷いた。
「むしろ優美瑠ちゃん、良く食べられるね。アキ並みに凄いと思う。」そして2人はボーっとし始めた。
「ええと、どうすれば?」優美瑠は暁を見る。
暁は頷くと、2人の方を見た。
「ほらほら、もうそんなワードでないから食べた食べた。」それを聞いた2人は『ホントに~?』と言いながらスイーツを食べ始めた。
その様子を見ながら、優美瑠はモンブランを食べ終え、ココアを飲み干した。
「因みになんだけど、神輝が無くなった部分の代わりになる都合上その部分が武器に変化する事が多い。例えば、神輝が腕に代わっていたら、腕が剣に変化するとかね。」
「成る程。あれ?でも、暁さんは剣を召喚してる感じですよね。本当に一体何処が無いんですか?」優美瑠は首を傾げた。
「ふふ、何処だろうね?」暁は微笑んだ。
「さて、次は個々の神輝によって違ういわゆる特殊能力について教えよう。
私のニャルラトホテプの能力は変化、あらゆる変化が行える。剣を杖や槍、弓などに変化出来るのは勿論のこと、空気を水や食料に変えたりする事が出来る。っていう感じで神輝一つ一つには様々な能力があるんだけど、もう1つ使用者によって変わる能力がある。それは、神輝が最初から持っている能力ではなく使用者、つまり神輝使いの精神状態によって生まれた能力。私の場合、精神への干渉が可能になる能力だ。」
「精神への干渉?」
「うん。まぁ、聞くより体験する方が早いだろう。付いてきて。」暁は椅子から立ち上がる。
「分かりました。」優美瑠もそれに合わせ立ち上がる。
「ほら、2人も行くよ。」椅子を収納しながら暁が言う。
健二は直ぐに食べ終え、立ち上がった。
ホテプを含めた4人はカウンターを正面から見て左側にあった階段を上っていった。
「ふぁ、ふぁっふぇふぉー(ま、まってよー)。」食べ終えていなかったさおりは全部口に詰め込んで、4人を走って追いかけた。
階段を上り2階を経由して、屋上へ出た。
そこには、緑が広がり、木が生えて、花が咲いていた。
そして、そこでは5匹の黒い犬のような生物が走り回っていた。
子牛程の大きさがあるその生物達は、暁を見ると走って集まって来た。
「あれ?この犬達、今日のニュートラル関連のニュースで見ました。確か、昨日の夜に現れたんですよね。」
「そう、種名をブラックドック。そして、左からネス、ローザ、セヴラ、リャシュン、デーファンと言う仮名を私が付け、呼んでいる。」暁はブラックドック達を撫でながら言った。
「あの、見たところそれぞれの特徴なども無いようですが、暁さん見分けられてるんですか?」
「それは勿論。直感的に分かるよ。」ブラックドック達が優美瑠に向かって、軽く吠える。
「ええと?」優美瑠は少し戸惑った。
「ああ、そうえば紹介して無かったね。この子は百合 優美瑠(ゆり ゆみる)、探求心と才能の塊だ。」暁が紹介すると、ブラックドック達は優美瑠に擦り寄った。
「わぁ~、可愛いですね。でも、昨日はとても凶暴だったと聴いているんですけど、一体どうやってここまで大人しく?」優美瑠はブラックドックを撫でる。
「その要因こそ、さっき言った精神への干渉だ。」
「益々気になってきました、その精神への干渉。今までの魔獣達も同じく精神への干渉で落ち着かせたんですか?」
暁は頷く。「それじゃあ体験してみるかい?」
「是非!」迷い無く優美瑠は言った。
「分かった。ホテプ!」
「はい、はーい。」暁の呼びに応じ、ホテプは元の剣の姿に戻った。
暁は剣を手に取り、それを地面に突き刺す。すると、辺り一面に白い光が現れどんどんと光が強くなっていき、周りを光が包んだ。

「Ⅴ章 壁なき地」

周りに現れた光が消えていく。するとそこには、暖かな光と美しい緑が広がるファンタジーの様な世界があった。
「え?こ、ここは?さっきまで屋上にいたはずですよね?」優美瑠は周りをキョロキョロと見渡した。周りには幻想的な風景と、暁、ホテプ、健二、さおり、そしてブラックドック達がいた。
「ようこそ。ここは、誰しもが平等で隔たりは無く、ありとあらゆるものが存在して存在しない夢と現実の狭間、ドリームランド。」
「ドリームランド…夢の地。」
「そ、夢の地。ここではどんな事だって出来る。だから、こんな事も出来るようになる。」暁はブラックドック達を見る。
ブラックドック達のリーダーのセヴラはゆっくりと瞬きをすると、優美瑠の前まで歩いた。「今日は。」口を開き挨拶をする。
「!?、喋りました…?」優美瑠は少し目を大きくし、聞き返す。
「ああ、この世界だと僕達も喋れるらしい。」
「この世界は夢と現実の狭間、即ち夢であり現実。夢とは幸福、不安、理想等の精神が映し出されたもの。だからここでの私達は今の精神そのもの。そして、精神は言葉の概念を持たない。それがここでブラックドック達が喋れる理由だ。」
「えっとー。」暁の少し長い説明に優美瑠はあまり付いていけていなかった。
「要するに、夢の世界だから何でもありってこと。」戸惑う優美瑠を見たさおりが、分かりやすく要約した。
「俺達も最初は何言ってんのか分かんなかったよ。アキは論理的な説明で納得がしやすいんだが、論理的過ぎてたまに理解出来ない時があるんだ。」健二は呆れた様子で言った。
「それが私の数少ないアイデンティティーだからね。」暁は腕を横に広げた。
「私はこのドリームランドで凶暴になっている魔獣と対話したり、宥(なだ)めて魔獣を鎮めているんだ。」
「それが、凶暴だった魔獣達が大人しくなる理由ですか。」暁は頷く。
優美瑠は再び周りをゆっくりと見渡した。太陽は無いのに上(そら)から降り注ぐ薄白(うすじろ)の光、絵に描いたような緑の草原と木々、プカプカと浮き沈みする様に上下する浮島、そして海でも陸でもなく、まるで曇の上の様な下(そこ)と地平線。
「ここは幻想的で、何だかとても落ち着きます。」優美瑠は穏やかに言う。
「それもこの世界の特徴の1つでね、この世界に来た生物はどんな精神状態にあっても落ち着きを得られるんだ。」暁は再びセヴラを見る。セヴラは軽く頷いた。
「僕達の凶暴性も、その落ち着きの効果によって抑えられた。」
「俺達はその効果をソヴェって呼んでるんだ。」
「ソヴェ、意味は何ですか?」地平線を見ていた優美瑠は振り返り、訊ねる。
「フランス語で救う、って意味。」優美瑠の質問にさおりが答えた。
「救い?何故落ち着く効果が救いになるんですか?」
「精神が自分ではどうしようもないくらいの恐怖や殺意に支配されている者にとって、落ち着きは救いにもなるんだ。」暁は胸に手を当てながら答える。
「ああ、僕達もまさにそんな感じだったしね。」
「そうだったんですか…。」優美瑠はそう言うと目を閉じ、何かを考え始めた。
「どうしたの?」それを見たさおりが訊く。
「あ、えーとそのー、昨日ブラックドックさん達と暁さんがどんな会話をしたのかが気になってしまって。」優美瑠は首を横に振った。「いえ、もう色々な事について訊きましたし、プライバシーな部分もあるかもしれないので止めておきます。」
「いや、別に僕は構わないが…。」セヴラは後ろを振り向き、仲間のブラックドック達を見る。ブラックドック達は全員頷いた。
「皆、話しても良いみたいだけど、どうする?」暁は優美瑠に問う。
「それでしたら是非ともお願いします!」
「よろしい。ではまずセヴラとの会話からだ。」優美瑠の元気な返答に、暁は口角を上げながら言った。

《昨日》
「(使命を忘れし獣よ、その使命を今、思い出す時です。)」
その言葉と共に周りが光に包まれ、ブラックドックのリーダーはドリームランドに入った。
「ここは?」見慣れない光景に警戒しながら、周りを見渡す。
「やぁ、今晩は。」後ろから聞こえた声に反応し、咄嗟に身体ごと後ろに振り向くと同時に威嚇の構えをする。
「そんなに警戒しないで。私は星見 暁(ほしみ あかつき)、サーヴァ所属のニュートラルのリーダーだ。」
「星見 暁、お前がこの様な場所に僕を連れてきたのか?」
「そうだよ。こうやってじっくりと話し合う為にね。」
「話し合う?一体何を話し合うと言うのだ!」力強く言ったブラックドックはある事に気づいた。
「……というか、何故会話が出来ている?それと先程まであった人を生かしてはいけないという使命感が消えてる?」疑問と混乱が何度もブラックドックの頭を過(よぎ)ったが、ブラックドックは暁を凝視していた。
「ここは夢と現実の狭間の空間だからね、言葉の壁なんてものはない。それと、使命感が消えたのはそれが元の使命では無いからだ。」
「どういう意味?」
「そのまんまの意味だよ。君達は本来の使命があったんじゃない?」
「本来の使命…。」ブラックドックは尚も暁を凝視しているが、その目の中の殺意や警戒の色は薄れていた。
「思い出せる?君達ブラックドックは純粋に人を殺す事が使命ではないはずだ。」
ブラックドックは威嚇の構えをゆっくりと解き、目を閉じる。「…ああ、段々と思い出してきた。僕達の使命は人に安らぎを与えること。弱き者を助け、墓を守り、時には苦しまずに死を与える。」
「それが真の使命。となると恐らく、その《苦しませずに死を与える。》という部分だけが切り取られ、何らか方法で人を殺す使命に変えられたかな。」
「!?、一体誰が?何故?…ああいやそれよりも僕はまず、暁殿に謝らなければ。」ブラックドックは座り込み、深々とお辞儀をする。
「街の破壊行動、並びに暁殿を攻撃した事、本当に申し訳ない。」
「あ、いいよ別に。民間人への被害は出てないし、破壊行動って言っても街灯が何本か折れた程度だし、私の傷はどうでもいいし。」
「しかし…」
「良いんだよ。それにこれが私達の仕事だからね。あ、それじゃ2つ頼みごとしていい?」暁は何かを思い付いた様に言った。
「勿論です!」
「まず、殿は止めて。それから、私の仕事をちょっと手伝って。」
ブラックドックは深く頷いた。

《現在 ドリームランド》
「で、最後に手伝いを頼んでセヴラとの会話は終わった。」
「手伝いって何をさせたんですか?」
「会話が直ぐに出来るように、セヴラに他の凶暴なブラックドックに近付いた時、その凶暴なブラックドックを落ち着かせ、偽の使命を忘れさせる術を掛けて近付いてもらったんだ。」
優美瑠は何かを考え始める。「あのー、思ったんですけど、最初からドリームランドを使うんじゃ駄目なんですか?」
「駄目じゃないけど、戦闘をしたりしないと相手の事を調べられなかったり、安全にドリームランドを使えなかったりするんだ。」暁は手の平から小さな硝子の球体を生成した。「この世界の私達は先にも言ったように精神そのものなんだ。何の前触れも無くドリームランドに招くと最悪の場合、落ち着かせる間もなく混乱を生じて消えてしまう。」暁は硝子の球体を強く握って壊す。バキンッという音と共に割れた硝子の破片が地面に落ちようとした瞬間、硝子の破片は消えた。「この世界で消えるというのは実質的な死を意味し、現実で植物状態となってしまう。そうなってしまわないように前置きは必要なんだ。」
「確かに僕の時も現実で語りかけてからこの世界へと招いた。あれは、この世界へ招くための前置きだったのか。」
暁は頷く。
「あ、そうえば他のブラック達はどいう風な会話を?」
「えーと、まぁ、正直あとは本来の使命を思い出させるだけだったから4匹まとめて、本来の使命を思い出してみてー、って言っただけ。」
「いやちょっと待て。急に雑じゃん。」思わず食い気味に健二が言った。
「雑だね。」
「雑…ですね。」
「ざつざつー。」他3人も健二続くように言った。
「えっとー、ホント?それ。」セヴラは仲間達を見る。
「うん?そんなこと無かったと思うけど。」仲間のローザが答えた。それに続き他の3匹も頷いた。
『えっ?』3人と1匹の声が重る。
「何なら1匹づつ丁寧に対話してたよ。」今度はネスが答えた。
『はい?』再び声が重なる。
「いやー、思ったより早くばれちゃったなー。」
「いやいやいや、何で今嘘ついた?」
「だってさっきから、セヴラ以外全然喋らないんだもん。」暁はセヴラ以外の4匹の近くに歩み寄る。
「折角の場なんだからさ、思いを言葉にして沢山喋ると良い。」
4匹は暫く迷ったが、いざ喋りだすと4匹は止まらなくなり、皆で他愛もない話で暫く盛り上がった。
「思ってたよりも話し込んじゃった。そろそろ戻ろうか。」
その言葉に皆同意する。
すると再び白い光が周りを包んだ。

「終章 嘗(かつ)て無い気持ち」

光が消え、周りはドリームランドに行く前の景色のままだった。
「時間が進んでない?」優美瑠が腕時計見て呟いた。
「夢の世界だからね、時間は進まない。でも、精神はあの場にあったから少し疲れた感じ、しない?」
「言われてみればちょっと疲れました。」直後、優美瑠はあくびをした。
「今日は色んな事を教えちゃったから相当疲れちゃたかな。ごめんね。」
「いえいえ、私的には大好きなニュートラルの皆さんと貴重な体験をさせてもらえたのでありがたかったし、楽しかったです!」
「そう言ってもらえて嬉しいよ。」暁は笑顔で答えた。
優美瑠は大きな深呼吸をする。「名残惜しいですが、疲れも出てきたので、そろそろ帰りますね。」笑顔でそう言うと、深く一礼した。
「えぇー、優美瑠ちゃんもう帰っちゃうの~?」さおりは残念そうに優美瑠の肩を掴んだ。
「お前が駄々こねてどうすんだ。普通逆だろ。」そう言いながら健二はさおりを優美瑠から引き剥がした。
「健二さんとさおりさん、今日はありがとう御座いました。」再び優美瑠は一礼する。
「おう、またな。」
「またねー。」健二は軽く手を広げ、さおりは弱々しく手を振った。
ブラックドック達が優美瑠に近寄る。「ふふ、お見送り?ありがとう。」優美瑠はブラックドック達を一匹ずつ撫でる。
「家まで送るよ。遊覧飛行とドライブのどっちが良い?」
「へ?えと、良いんですか?」
「良いも何も、ここに連れてきたのは私だから家まで送る責任がある。」
「わ、分かりました。じゃあ、遊覧飛行してみたいです。」優美瑠は一瞬戸惑ったが直ぐに答える。
「オッケー。」暁はそう一言言うと、ホテプを手に取る。
ホテプの両刃が羽の様に斜めに展開し、暁が柄をレバーの様に上げると、展開した両刃の周囲に銀色の羽が出現した。6メートル以上の両翼の間には白銀の厚い板が出現し、窪んだ床の操作場とその後ろに座席が現れた。
「よいしょっと。ささ、乗って。」暁は操作場に立って、柄を握る。
「えっと、この席にですよね。」優美瑠は一切壁の無い座席を指差す。
「ちょっと、怖いんですけど…。」
「大丈夫。この機体には、強力な磁場が座席部付近に発生してるから、頭を地面に向けても落ちないよ。あでも、ちゃんとシートベルトはしてね。」
「は、はい。」優美瑠は頷くと、座席に座りシートベルトを締める。
暁はそれを確認すると機体を段々と高度を上げる。
「凄い、本当に飛んでます!それもホテプさんで!」優美瑠あちこちを見回した。
「それじゃ2人ともー、ちょっと行って来る。」
「気を付けろー。」「行ってらっしゃーい。」手を振る2人に暁と優美瑠も振り返すと、ゆっくりと前進した。
「私の家はー…あっ、あの丘ですね。」優美瑠が指差した方向へと機体は進んだ。
「そうえば、優美瑠は何故渋谷に?」
「実は、最近発売されたスイーツを食べようと思って行ったんですが、皆さんをお見かけしましたので、それどころじゃなくなって。」
「最近発売って、あー!あれか!私も食べたいって思ってたけど、なかなか時間が無くてね。そだっ、今度一緒に行こう?」
「は、はいっ、是非。」
「…あの、暁さんはなんで私に色々教えてくれたんですか?」
「ん?理由ならその眼について興味があったからって言ったと思うけど?」
「…それだけじゃない気がするんです。なんとなく、ですけど。」
「へー、うん。確かに本当の理由はもう1つある。」
「何ですか?」
「優美瑠、君の眼は特殊だけど、同時に寂しい眼をしてる。もしかしたら、家族以外だとずっと1人だったんじゃないかなって。」
「…暁さんは凄いですね。眼を見ただけでそこまで判るなんて。」
「人の感情を読むの、得意だからね。さて、着いたよ。」
機体はゆっくりと高度を下げ着陸する。
優美瑠は座席から立ち上がり、機体を降りる。
「暁さん、今日は本当にありがとう御座いました。」優美瑠は一礼した。直後暁は首を横に振った。
「いや、ありがとうはこっちもだ。私も楽しかった。知り合った以上いつでもカフェに遊びに来てくれていいから。そんじゃ。」暁はそう言うと、再び高度を上げて飛び去った。
優美瑠はそれをある程度まで見送ると笑顔で玄関へと向かった。






「あとがき」
初めまして雷ネムこと雷冥 ネルキュルムです。
ここまで読んでくださる方はあまりいないと思いますが、もし読んでくださっていたら感謝です。
あとがきとかいらないかなーと思っていましたが、やはり作品の一環としてもあった方が良いかなと思い書いています。
今回の第1巻は、まだまだ説明不足なとこや表現力がないなと感じるところが多々あり、まだまだ未熟だなと自分自身思っていますが、これからもこのシリーズ及び別作品も作っていきたいと思っていますのでどうか宜しくお願い申し上げます。
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