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番外編
とある時間軸の二人《前》
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本編のBL分があまりに足りないので先取りしました。ジェイド視点です。
現時点でのふわっとしたイメージで書いているので実際の二人とは雰囲気が異なったり、後々辻褄が合わなくなったりするかもしれません。
それでもいいよ、なんでも来い!という方はこのままお読みいただければと思います。
-------------------------------------
乱れたシーツの上、横たわる男の薄い身体に掌を這わせた。胸から腹、そして脇腹へと皮膚の下の筋肉と骨をなぞるように触れると、くすぐったさ故か掌の下でびくびくと彼の身体が震えた。
熱のこもった吐息が溢れるのが聞こえて顔へと視線を移す。そっぽを向くその人の熱を帯びた物憂げな横顔があまりに艶めいていて、思わず喉が鳴った。
「……ユーク様」
呼びかけると、横へと投げ出されていた視線がついと俺を捉える。濃紺の瞳は僅かに潤んでいて、夜の湖面を思わせた。飲み込まれて、溺れてしまいそうだ。いや――、もうとっくに溺れている。
その瞳がゆっくりと瞼を下ろすのに誘われ、覆い被さるようにして唇を合わせた。何度か啄むようにその唇を味わってから、次第に深いものへと変えていく。それでも足りない、もっと欲しい。
貪るように唇を奪う俺にユーク様は拙い舌遣いで懸命に応えてくれる。どんな表情をしているのか確認したくて唇を離すと、甘くとろけた無防備な眼差しが俺を見上げた。腹の底にずくりとした熱が灯るのを感じる。
どうすべきか逡巡していると、俺の真下にいるユーク様が俺に向かって手を伸ばした。その手は俺の胸元に触れると、するすると下へと降りていきやがて下腹部へと辿り着いた。触れられたところからぞくぞくとした熱が這い上がってくる。口から吐き出す息が震えた。
「ジェイド」、ユーク様が俺の名を呼んで切なげに目を細める。先程のキスで湿った唇から一瞬たりとも目が逸らせない。
「……俺の全部、お前のものにしてくれ」
確かな甘さと欲を孕んだ声が囁いた。
――バシンッ!
叩き壊すような勢いで目覚まし時計を止める。おそらく鳴るか鳴らないかといううちの行動だった。
その音で目を覚ましたらしいルームメイトで同僚のエミリオがのそのそと起き上がりながら「はよー」と眠たげに挨拶をしてきた。
「……おはようございます」
「随分気合い入ってんな?」
「ええまあ……」
答える言葉とは裏腹にどんよりとした空気を纏う俺をエミリオが不思議そうに見てくる。だが、何かを聞かれたところでとても説明できるような話ではない。俺は彼の視線から逃れるように、「顔を洗ってきます」と部屋を出た。
冷水を顔に叩きつけるようにして浴びている間も、俺の脳裏には今朝方見た夢が蘇っていた。肌の感触、熱く火照った頬、濡れた夜色の瞳……。
夢とわかっていても、思い出すだけで体の奥が熱を持つ。だが、同時に凄まじい罪悪感が胸中を占めていた。
(俺はなんという夢を……)
思春期でもあるまいに、と呆れと自己嫌悪で深く重たい溜息が溢れ出た。
ようやく以前とは違った関係を築けるようになったのに、そこに邪な感情を持ち込んでいる自分に嫌気が差す。ましてやあんな、自分にだけ都合のいい夢を見るなんて、浅ましいにもほどがある。
だがそうして自分を非難する一方で、もう少し目覚めるのが遅かったならあの先も見られたのに、などと頭の片隅で考えている自分もいるのだから始末に負えない。
邪念を振り払うように俺はもう一度冷水を顔に浴びせた。
二度軽くノックをするとすぐさま「入れ」と声が返ってくる。一度深呼吸をしてからドアを開けた。
カーテンの開け放たれた明るい室内で、ユーク様はソファに腰掛けて読み物をしていた。服装もすでに夜着から着替えていて、身支度を終えた状態だ。
いつからかご自分の身の回りのことはほとんど自らでするようになったユーク様だが、昔ならいざ知らず、今は少し物足りなく感じる時がある。もっと世話を焼きたいが、大抵のことは自力でできてしまうこの人に俺がしてあげられることというのは本当に少ない。
だが、この時ばかりはその自立心に感謝すべきかもしれない。今でさえその姿を目にするだけで夢で見たユーク様が頭をよぎるというのに、こんな状態で着替えを手伝うようなことがあればどんな失態をさらすかわかったものではなかった。
居た堪れなさと罪悪感がざくざくと心臓を突き刺してきたが、ここまできて引き返すわけにもいかず、俺は意を決して室内へと足を踏み入れた。
動揺が表に出ないよう注意しながら「朝食をお持ちしました」と言うと、ユーク様は書類を横へと置いた。少し緊張しながら傍まで進み、テーブルの上に食器を並べていく。
そんな俺に注がれるユーク様の視線が何かを訝しんでいるようで、内心冷や汗が止まらなくなる。まさか俺の邪な気持ちが見えているのではないかと半ば本気で考えていると、ユーク様が口を開いた。
「お前……何か変だな」
言われた言葉にどきりとして手に持っていたティーカップがカチャンと音を立てた。ユーク様の言葉が図星だと言わんばかりだったが当然肯定するわけにはいかず、「いえ、そんなことは」と答えを濁した。
ユーク様はそんな俺を疑わしげに見たが、それ以上は何も言わなかった。元より他人の事情に首を突っ込む人でもないのが幸いだった。しばらくすれば落ち着くはず、このままなんとか今日を乗り切りたい。そう思ったのだが――
「おい」
「……」
「おい、ジェイド」
「っ、は、はい?」
「紅茶、溢れているぞ」
「えっ、あっ」
ユーク様に言われて手元に目を落とすと、カップから溢れた琥珀色の液体がソーサーに注ぎ落ちているところだった。朝食を口にするユーク様の唇だとか、嚥下する喉の動きだとかにいつの間にか気を取られていて、完全に手元から意識が逸れていた。
慌ててポットを置き、紅茶がなみなみと注がれたカップとソーサーを片付けようと指をかける。その落ち着きのない動作に危機感を覚えたのかユーク様が制止をかけようと俺に手を伸ばした。それに過剰に反応した結果、俺はカップを取り落とした。
さほど高く持ち上げていなかったため、カップが割れることなくテーブルにぶつかっただけなのは幸いだったが、中の紅茶は残らずこぼれ出てあっという間にテーブルクロスに浸透した。
「もっ申し訳ございません!! ユーク様、お怪我はございませんか?!」
「平気だ。朝から大声を出すな鬱陶しい」
そう言ってユーク様は心底煩わしそうに顔を顰めた。その反応にぐさりと心臓を刺されながら、「申し訳ございません」ともう一度小声で言うと溜息が返ってきた。
「……お前は怪我は」
「ありません」
「ならいい。さっさと片付けろ」
声音は冷ややかだったが、怪我の有無を確認する辺りに冷徹とは程遠いこの人を感じられて、胸の奥が温かくなる。だが、今はそれに浸っている暇はなかった。
紅茶の染みたテーブルクロスを片付け、残った水滴をタオルで拭き取る。食事の乗った皿にはかかっていないというユーク様がそのまま残りを召し上がられ、空になった食器をテーブル上から片付ける。
「本当に申し訳ございませんでした」
「それはもう聞いた」
再度の謝罪をばっさりと切り捨てるユーク様はもうこの失態に関して何も言うことはないようだった。罵声もなければ、失態の原因を追及してくることもない。昔の彼からは考えられないことだったが、最近では怒鳴られること自体そうそうなくなっていた。それは寛容さと言えなくもなかったが、どちらかといえば無関心さの度合いが強いように見える。
しかし、例えユーク様がこの件に興味がなかろうとこちらはそういうわけにはいかなかった。
「ユーク様、申し訳ございませんが、本日は別の者に仕事を任せても良いでしょうか」
「……調子が悪そうだな?」
「はい……、その、少し。このままですとまたユーク様にご迷惑をおかけしかねませんので」
「俺は別に誰もついてなくても構わないが」
「そういうわけには……。すぐに代わりの者を寄越しますので、どうかご容赦のほどをお願いいたします」
頭を下げる俺にユーク様は面倒臭そうに溜息を一つこぼした。自分から言っておいてなんだが、正面から「いなくていい」と言われると落ち込むものがある。ユーク様にとって多少なりとも意味のある存在になっていると思っていたが、実はそうでもなかったのだろうか。
気落ちすると、その心の隙間を縫うようにしてあの夢が蘇る。俺の名前を呼ぶユーク様の甘く掠れた声を慌てて頭から振り払った。
そんな俺をじっと見つめてくるユーク様の刺すような視線に気付かないフリをして、俺は足早に部屋を立ち去った。
現時点でのふわっとしたイメージで書いているので実際の二人とは雰囲気が異なったり、後々辻褄が合わなくなったりするかもしれません。
それでもいいよ、なんでも来い!という方はこのままお読みいただければと思います。
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乱れたシーツの上、横たわる男の薄い身体に掌を這わせた。胸から腹、そして脇腹へと皮膚の下の筋肉と骨をなぞるように触れると、くすぐったさ故か掌の下でびくびくと彼の身体が震えた。
熱のこもった吐息が溢れるのが聞こえて顔へと視線を移す。そっぽを向くその人の熱を帯びた物憂げな横顔があまりに艶めいていて、思わず喉が鳴った。
「……ユーク様」
呼びかけると、横へと投げ出されていた視線がついと俺を捉える。濃紺の瞳は僅かに潤んでいて、夜の湖面を思わせた。飲み込まれて、溺れてしまいそうだ。いや――、もうとっくに溺れている。
その瞳がゆっくりと瞼を下ろすのに誘われ、覆い被さるようにして唇を合わせた。何度か啄むようにその唇を味わってから、次第に深いものへと変えていく。それでも足りない、もっと欲しい。
貪るように唇を奪う俺にユーク様は拙い舌遣いで懸命に応えてくれる。どんな表情をしているのか確認したくて唇を離すと、甘くとろけた無防備な眼差しが俺を見上げた。腹の底にずくりとした熱が灯るのを感じる。
どうすべきか逡巡していると、俺の真下にいるユーク様が俺に向かって手を伸ばした。その手は俺の胸元に触れると、するすると下へと降りていきやがて下腹部へと辿り着いた。触れられたところからぞくぞくとした熱が這い上がってくる。口から吐き出す息が震えた。
「ジェイド」、ユーク様が俺の名を呼んで切なげに目を細める。先程のキスで湿った唇から一瞬たりとも目が逸らせない。
「……俺の全部、お前のものにしてくれ」
確かな甘さと欲を孕んだ声が囁いた。
――バシンッ!
叩き壊すような勢いで目覚まし時計を止める。おそらく鳴るか鳴らないかといううちの行動だった。
その音で目を覚ましたらしいルームメイトで同僚のエミリオがのそのそと起き上がりながら「はよー」と眠たげに挨拶をしてきた。
「……おはようございます」
「随分気合い入ってんな?」
「ええまあ……」
答える言葉とは裏腹にどんよりとした空気を纏う俺をエミリオが不思議そうに見てくる。だが、何かを聞かれたところでとても説明できるような話ではない。俺は彼の視線から逃れるように、「顔を洗ってきます」と部屋を出た。
冷水を顔に叩きつけるようにして浴びている間も、俺の脳裏には今朝方見た夢が蘇っていた。肌の感触、熱く火照った頬、濡れた夜色の瞳……。
夢とわかっていても、思い出すだけで体の奥が熱を持つ。だが、同時に凄まじい罪悪感が胸中を占めていた。
(俺はなんという夢を……)
思春期でもあるまいに、と呆れと自己嫌悪で深く重たい溜息が溢れ出た。
ようやく以前とは違った関係を築けるようになったのに、そこに邪な感情を持ち込んでいる自分に嫌気が差す。ましてやあんな、自分にだけ都合のいい夢を見るなんて、浅ましいにもほどがある。
だがそうして自分を非難する一方で、もう少し目覚めるのが遅かったならあの先も見られたのに、などと頭の片隅で考えている自分もいるのだから始末に負えない。
邪念を振り払うように俺はもう一度冷水を顔に浴びせた。
二度軽くノックをするとすぐさま「入れ」と声が返ってくる。一度深呼吸をしてからドアを開けた。
カーテンの開け放たれた明るい室内で、ユーク様はソファに腰掛けて読み物をしていた。服装もすでに夜着から着替えていて、身支度を終えた状態だ。
いつからかご自分の身の回りのことはほとんど自らでするようになったユーク様だが、昔ならいざ知らず、今は少し物足りなく感じる時がある。もっと世話を焼きたいが、大抵のことは自力でできてしまうこの人に俺がしてあげられることというのは本当に少ない。
だが、この時ばかりはその自立心に感謝すべきかもしれない。今でさえその姿を目にするだけで夢で見たユーク様が頭をよぎるというのに、こんな状態で着替えを手伝うようなことがあればどんな失態をさらすかわかったものではなかった。
居た堪れなさと罪悪感がざくざくと心臓を突き刺してきたが、ここまできて引き返すわけにもいかず、俺は意を決して室内へと足を踏み入れた。
動揺が表に出ないよう注意しながら「朝食をお持ちしました」と言うと、ユーク様は書類を横へと置いた。少し緊張しながら傍まで進み、テーブルの上に食器を並べていく。
そんな俺に注がれるユーク様の視線が何かを訝しんでいるようで、内心冷や汗が止まらなくなる。まさか俺の邪な気持ちが見えているのではないかと半ば本気で考えていると、ユーク様が口を開いた。
「お前……何か変だな」
言われた言葉にどきりとして手に持っていたティーカップがカチャンと音を立てた。ユーク様の言葉が図星だと言わんばかりだったが当然肯定するわけにはいかず、「いえ、そんなことは」と答えを濁した。
ユーク様はそんな俺を疑わしげに見たが、それ以上は何も言わなかった。元より他人の事情に首を突っ込む人でもないのが幸いだった。しばらくすれば落ち着くはず、このままなんとか今日を乗り切りたい。そう思ったのだが――
「おい」
「……」
「おい、ジェイド」
「っ、は、はい?」
「紅茶、溢れているぞ」
「えっ、あっ」
ユーク様に言われて手元に目を落とすと、カップから溢れた琥珀色の液体がソーサーに注ぎ落ちているところだった。朝食を口にするユーク様の唇だとか、嚥下する喉の動きだとかにいつの間にか気を取られていて、完全に手元から意識が逸れていた。
慌ててポットを置き、紅茶がなみなみと注がれたカップとソーサーを片付けようと指をかける。その落ち着きのない動作に危機感を覚えたのかユーク様が制止をかけようと俺に手を伸ばした。それに過剰に反応した結果、俺はカップを取り落とした。
さほど高く持ち上げていなかったため、カップが割れることなくテーブルにぶつかっただけなのは幸いだったが、中の紅茶は残らずこぼれ出てあっという間にテーブルクロスに浸透した。
「もっ申し訳ございません!! ユーク様、お怪我はございませんか?!」
「平気だ。朝から大声を出すな鬱陶しい」
そう言ってユーク様は心底煩わしそうに顔を顰めた。その反応にぐさりと心臓を刺されながら、「申し訳ございません」ともう一度小声で言うと溜息が返ってきた。
「……お前は怪我は」
「ありません」
「ならいい。さっさと片付けろ」
声音は冷ややかだったが、怪我の有無を確認する辺りに冷徹とは程遠いこの人を感じられて、胸の奥が温かくなる。だが、今はそれに浸っている暇はなかった。
紅茶の染みたテーブルクロスを片付け、残った水滴をタオルで拭き取る。食事の乗った皿にはかかっていないというユーク様がそのまま残りを召し上がられ、空になった食器をテーブル上から片付ける。
「本当に申し訳ございませんでした」
「それはもう聞いた」
再度の謝罪をばっさりと切り捨てるユーク様はもうこの失態に関して何も言うことはないようだった。罵声もなければ、失態の原因を追及してくることもない。昔の彼からは考えられないことだったが、最近では怒鳴られること自体そうそうなくなっていた。それは寛容さと言えなくもなかったが、どちらかといえば無関心さの度合いが強いように見える。
しかし、例えユーク様がこの件に興味がなかろうとこちらはそういうわけにはいかなかった。
「ユーク様、申し訳ございませんが、本日は別の者に仕事を任せても良いでしょうか」
「……調子が悪そうだな?」
「はい……、その、少し。このままですとまたユーク様にご迷惑をおかけしかねませんので」
「俺は別に誰もついてなくても構わないが」
「そういうわけには……。すぐに代わりの者を寄越しますので、どうかご容赦のほどをお願いいたします」
頭を下げる俺にユーク様は面倒臭そうに溜息を一つこぼした。自分から言っておいてなんだが、正面から「いなくていい」と言われると落ち込むものがある。ユーク様にとって多少なりとも意味のある存在になっていると思っていたが、実はそうでもなかったのだろうか。
気落ちすると、その心の隙間を縫うようにしてあの夢が蘇る。俺の名前を呼ぶユーク様の甘く掠れた声を慌てて頭から振り払った。
そんな俺をじっと見つめてくるユーク様の刺すような視線に気付かないフリをして、俺は足早に部屋を立ち去った。
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