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n+1周目
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しおりを挟む「イリア来ていませんかっ?!」
ノックもせずにアンナが部屋に駆け込んできたのは、夜の8時を回った頃のことだった。アンナのすぐ後ろにジェイドの姿もあり、只事ではないことはすぐに窺えた。すでにアンナが今日の勤めを終えて一度帰宅したあとの出来事だった。
息の上がった様子で叫ぶように尋ねてくるアンナの姿からはかなりの必死さが感じられた。後ろに立つジェイドの表情も険しい。質問の内容を考えれば、イリアが何らかの理由で姿を消したのだと容易に推測できる。
ひやりとした風が胸の真ん中を駆け抜けた、気がした。
「……来ていないが」
静かに答えると、アンナの顔に落胆と失望が広がった。それはすぐに泣きそうな顔に取って代わられる。
「どうしよう……」と独り言のように呟いて、アンナはその場にうずくまってしまった。ジェイドはそんなアンナを励ますように肩に手を置いた。
「実は、イリアがいなくなったらしいのです」
「わっわたしのせいなんです! ちょっとしたことで喧嘩して……、私ムキになって言い返しちゃって。そしたらあの子、家を飛び出していって……」
涙声になりながらアンナが説明する。
「もう家を出ていってから2時間も経ってる……。すぐに帰ってくると思ったのに帰ってこなくて。村のみんなも探してくれてるけど、まだ見つからないんです……っ」
そこまで言うと、アンナはついに泣き崩れてしまった。すると、彼女に寄り添っていたジェイドが不意に俺に視線を投げかけて言った。
「ユージン様、私も捜索を手伝いたいのですが、よろしいでしょうか」
真剣な眼差しで真っ直ぐに俺を見つめてくる。馴染みのないその視線に何故だか俺はぎくりとして、目を逸らした。
「……好きにしろ」
「ありがとうございます」
ジェイドは俺の返事を当然のように受け止め礼をすると、アンナを連れて部屋を出ていった。まるで俺の返事を予測していたようなジェイドの落ち着いた態度には引っかかりを覚えたが、引き止めはしなかった。
静寂の戻った部屋の中、窓から外を眺めた。夏に近づき夜が短くなったとはいえ、さすがにもう外はかなり暗くなっていた。空のほとんどが紺青に染まり、遠くにぼんやりと微かなオレンジ色を残すのみだ。もう数分もしないうちに、夜の闇が空全体を覆うだろう。街と違い街灯などない村は明かりに乏しい。この家からランタンを持って出て行くジェイドとアンナが見えたが、二人の手元を照らす明かりはこれから訪れる暗闇に対してあまりに心許なく見えた。
(……だからなんだ)
村の子供が一人消えたくらい、俺には関係のないことだ。どうせそのうち腹を空かせて勝手に帰って来るに決まっている。
窓辺から離れ、ベッドに腰をかけた。本が読みかけだったのだ。途中まで止んでいたページを開いて、読書を再開する。が、少しも内容が頭に入ってこない。さっきから何度も同じ文章を読んでいる。その裏で、イリアの能天気な笑顔がちらついていた。
結局1ページも読み進められないまま、俺は本を閉じた。何故俺があんな子供のことに意識を割かれないといけないんだと苛立ちが湧いて、意味もなく室内をうろついた。そんな俺の目にふとあるものが留まった。
サイドボードの上に置かれたコップ。そこには先日イリアから受け取った花束が生けてある。アンナが毎日水を換えているが、すでに幾分かしおれてきているそれを俺はじっと見つめた。
(あの花……)
花束の中の薄紅色の花に着目する。あの花、確かもらった時は白かったはずだ。確か、そんな風に色を変える花のことを何かで読んだ。記憶を辿ってその花の知識を引っ張り出す。そうだ、確かこれは水の豊富な湿地に生える植物だったはずだ。
だが、この村にあるのは精々が用水路くらいで、この花の育つ環境としては弱い。そうなると、別の場所で積んできた可能性があることになる。そこまで考えて、この村へやってきたときに遠目に森を見かけたことを思い出した。村から少し距離が離れているが、他は農地ばかりで条件に当てはまりそうな場所はない。
この花を摘んでいる場所にいるという確証はなかったが、可能性がないとも言い切れない。もしイリアが今あそこにいるのだとすれば、かなり危険な状況だ。日の落ちた今、野犬などの動きが活発になっているはずだ。もし襲われでもすれば、あの小さな身体ではひとたまりもないだろう。あるいはすでに……。
「あぁクソッ!!」
気付くと俺はそう叫んで部屋を飛び出していた。
ランタンと剣を手に、俺はすぐさま森の方へと向かった。道中でイリアを探している人間は見かけず、どうやら森まではまだ誰も足を運んでいないようだった。探しに来ているところを誰にも見られたくなかった俺には好都合だ。
少し見に行って、いないことを確認してすぐに帰ってくればいい。そう自分に言い聞かせて、俺は森へと向かう足を速めた。
背の高い木々が生い茂る森の中は月の明かりさえも届かず、一層闇が深かった。道らしい道はなく、普段この森に立ち入る人間がほとんどいないことが窺える。辺りを取り囲むのは鳥や虫の鳴き声のみで、その他には俺自身の枝葉を踏む音しか聞こえなかった。
こんなところに子供が出入りしているとはとても思えない。やはり見当違いだったかと思いながらも、足は森の奥へと進んでいく。
足元や周囲に気を配りながらも、頭の中を占めていたのは別の事柄だった。
(なんで俺はこんなことを)
ここ最近、何度も繰り返している自問だ。答えは未だ出ておらず、自分自身のままならなさに苛立ちが募る。
ここであの子供が死んだとしても、俺には何の不都合もない。そう考えるのとは裏腹に、心臓は焦燥で通常よりも早く脈打ち胸を圧迫していた。
この状況でそんな風に感じる理由は客観的に考えてひとつしか思い浮かばなかった。
(まさか俺はあの子供の身を案じているのか?)
誰かを案じたことなどほとんどなかった。少なくとも繰り返しの地獄に閉じ込められてからは一度だってない。俺が案じるのは自分の身一つだけだ。他の人間がどうなろうがどうでもいいし、もっと言えば命を奪うことにも躊躇はない。そんな俺が、あんな取るに足らない子供一人を案じている?
「馬鹿らしい……」
思わず口に出して呟く。だが、依然として胸の圧迫感はなくならなかった。
その不快感から目を逸らすように無心で森を進んでいくと、やがて月明かりの差し込んでいる開けた場所が見えてきた。
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