悪徳貴族は繰り返す破滅を終わらせたい

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 突然現れたメイドの母親の存在にはさしもの俺も動揺せざるを得なかった。単純に意味がわからない。
 ジェイドは何をしているんだ。
 室内に視線を巡らせるが、奴の姿はない。
 俺の疑問を感じ取ってか、テレサがまた口を開いた。

「ジルさんからご許可はいただいていますよ。ユージン様のお体の具合が優れないと娘から聞きまして、お見舞いにと伺ったのです。お加減はいかがですか?」

 ツッコミどころが満載で咄嗟に返事ができない。あの野郎何勝手に許可してんだとか、見舞いに来る意味がわからないとか。
 だが、言葉を整理する間もなくそれらは消し飛んだ。何故なら、テレサが俺の頭を撫でたからだ。
 通常であればその手を即座に叩き落としていただろうが、今の俺にはそれしきの体力もなかった。ただただテレサの行動に身を固くするばかりで、言葉さえ出てこない。
 テレサの手がゆっくりとした動作で繰り返し髪を撫で付ける。そんな風に他人に触られたことは今まで一度もなかった。父はもちろん、母にでさえ撫でられたことはなかったのだ。
 それは俺にとって未知の感覚だった。ぞわぞわと落ち着かない心地がする。が、不快感とは少し違うような気がした。
 しかし、いつまでもそうされているのは耐えられず、その手をどけろと言おうとしたとき、控えめなノックの音が室内に響いた。続いてゆっくりとドアが開く。

「お母さん?」

 少し潜めた声で言いながら入ってきたのはアンナだった。だが、彼女はテレサを見るなり小さく悲鳴を上げた。キンと響いた声に俺は思わず顔を顰める。

「なっ、なな、なにしてるの?!」
「あらなぁに、大きな声出して。ユージン様にご迷惑でしょう?」

 声をひっくり返すアンナにテレサは呑気に答えた。「それはこっちのセリフ!!」と返したアンナは精一杯声量を落としていた。
 しかし、俺と目が合うとまた悲鳴を上げた。

「ユージン様?! お、おめ、お目覚めだったんですか?! ごごご、ごめんなさい、母が失礼なことを……!!」

 瞬時にベッド脇に駆け寄ってきたアンナはテレサの手を素早く俺の頭からどけて、すごい勢いで頭を下げた。
 横にいるテレサはまるで他人事のように「あらあら」と溢している。
 正直、今の俺にこの状況をどうにかするだけの体力も気力もない。猛烈に面倒臭くなって、すべてを無視してもう一度寝ようかと思っていると、「どうしましたか?!」と焦った様子でジェイドが部屋に駆け込んできた。一番面倒な奴の登場にげんなりする。

「ジル様、は、母が……」
「やだわぁ、何もしてないわよ」

 ジェイドは泣き出しそうなアンナと微笑むテレサ、それから俺を見て混乱を顔に浮かべた。

「何があったんですか」

 まったく状況が掴めていない様子で誰にともなく尋ねる。(まあこれで一発で状況を把握していたら気持ち悪いが。)
 俺は答えることを放棄した。この状況のすべてが面倒だし、これ以上関わりたくなかった。
 結局、ことの顛末を説明したのはアンナだった。といっても、大した話ではない。要するにテレサが俺の頭を撫でていたのを見て、アンナが驚いてパニックになったというだけだ。
 話を聞いたジェイドは「はあ」と不思議そうに相槌を打った。

「疲れた。全員出て行け。寝る」

 話の終わったところで言うと、アンナが消え入りそうな声で「申し訳ございません」とまた謝った。だが、その娘の謝罪など聞こえていないかのようにテレサは「そうだわ」とひとり朗らかに呟いた。

「あれをお渡ししなきゃ」
「い、今はやめようよ」
「でも、せっかく起きてらっしゃるし」

 こそこそとアンナとテレサが何事か話し合っている。ジェイドは事情を知っているようで、何やら複雑な顔をしたまま二人を静観していた。
 俺一人が事情をわからずにいたが、そんなことはどうでもよかった。そんなものを知る必要はない。付き合ってやる義理もない。
 何より目の前で仲睦まじい様子を披露する母娘が目障りだった。さっきから脳裏に父や母、妹の姿がちらついてしょうがない。胸の奥がじくじくと痛みを訴えてくる。
 一時期の俺ならば、二人を殴り付けていただろう。なんなら、頭を撫でるという無礼に対して手を切り落としていたかもしれない。ショックと恐怖で泣きながら許しを乞う母娘の姿が浮かんだが、何故か胸の苦々しさが増すばかりだった。
 うんざりして、とにかくもう二人を視界に入れたくなくて、もう一度出ていけと言おうとすると、テレサが先に口を開いた。

「ちょっと待っていてくださいね」

 嬉しそうにそれだけ言うと、テレサは部屋を出ていった。話し合いはテレサの勝ちで収束したということだろうか。
 続いてアンナが「母が申し訳ありません」と何度目かの謝罪をすると、テレサの後を追ってパタパタと部屋を出て行った。




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都合により始まりの日を11月29日から3月10日に変更いたしました。今は5月初旬くらいです。あと陛下の即位を9年前、侵攻を8年前に修正しました。2022.08.10
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