盤上に咲くイオス

菫城 珪

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王都編48 討ち入り

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王都編48  討ち入り

 俺を膝に乗せて座っている御機嫌なオルテガとは裏腹に俺は少々緊張している。
 ダーランから事前に教わっていた情報では舞台が終われば、グビッシュ伯爵は先程の青年を連れて部屋に篭って享楽に耽るのだという。それも、見学や乱入を特に拒まないようで部屋の鍵は開けたまま行うらしい。貴族が不用心だと思うんだが、快楽を貪る方で忙しいんだろう。
 黒髪の青年の様子を見て保護したいと思っているんだが、どうしたもんだろうか。同時進行でグビッシュの心もへし折っておかないといけないんだが。
「心配するな。水を貰いに行った時に先程の従業員にルーを呼ぶ様に頼んでおいた。アイツに任せておけばいい」
 先回りしてその辺の手配までしているらしい。何だこいつエスパーか?最近自分の思考回路を覗かれてるんじゃないかと思う。まあ、俺が単純なだけなんだろうけど。
 馬車留めは雄山羊の剣亭に程近い所にあったからルーも直ぐに来てくれるだろう。元からこの店に来る貴族や金持ちに向けて近場に作られているのかもしれない。
「やけに手回しが良いな」
 オルテガの体に凭れ掛かりながら彼の頬に手を伸ばす。先程仮面を外したからお互いに素顔だ。猫の様に俺の掌に鼻先を、頬を擦り寄せて甘えてくる男は可愛らしい。
「お前の為なら何でもする。お前の望みなら全て叶えたい。これくらい些細な事だ」
 頬を撫でていた手が熱い手に包まれる。愛しむように何度も手に口付けられて、きゅうと胸が締め付けられた。
「フィン……」
 これほどの献身を示してくれる男に、俺は何を返せるのだろう。
 体勢を変えて膝をまたぐ様な形で向かい合わせになる。そのまま彼の首に腕を回して抱き付けば、答える様に逞しい腕が俺を抱き締めてくれた。
「……事が済んだら今夜は気絶するまで抱いて欲しい」
 俺の願いにオルテガが小さく苦笑する。しかし、黄昏色の瞳に浮かぶのは確かな情欲の焔。
「それがお前の願いなら」
 そう言ってオルテガが俺の手を取って左手の薬指に口付ける。今は此処に指輪がないのが少し寂しかった。

 そのまま触れ合っていると、不意にオルテガがぴくりと体を震わせて顔をドアの方へと向けた。
 オルテガの得意魔法は風魔法。彼は風を使って攻撃するのも得意だが、それ以上に得意なのは索敵や周辺の状況を探る事だ。どうやら今もひっそり使っていたらしい。
「……来たみたいだぞ」
「よし、じゃあ討ち入りといこう」
 ちょっと楽しくなって来た。何だっけ、いつか見た時代劇ではこういう時には何か決め台詞があった筈だ。御用改である、だったか。
 オルテガの膝から降りて仮面を付け直す。相手がどんな反応をするのか楽しみだな。
「どこの部屋かわかるのか?」
「ああ、直ぐ隣だ。だからこの部屋を押さえた」
 そこまで手を回していたのかと驚いていると同じ様に仮面をつけたオルテガが俺の腰を抱き寄せてきた。腰に回る腕があるだけで安心出来るのだから、我ながら現金だと思う。
 部屋の外に出て、直ぐ右隣の部屋のドアをノックする。中から返事はない。勝手に入って良いものだろうか。
 俺の迷いを他所に、オルテガが勢い良くドアを開けてしまう。中の造りは俺達の部屋と変わらない様だが、こちらの内装はまるでエーゲ海にあるサントリーニ島のように白と青とで構成されている。異様なのはそこら辺に鞭やら拘束具やら卑猥な玩具やらが転がっている事だろうか。これがなかったらちょっとしたリゾートホテルみたいなのに台無しだ。
 そんな部屋の真ん中に、目当ての男がいた。こちらに剥き出しの尻を向けてベッドの上で盛りのついた雄犬のように浅ましく腰を揺らす肥えた裸体は醜悪そのものだ。
 無言で男に近付くと、オルテガはその肩に手を掛けて組み敷いている青年から引き剥がし、そのまま床に転がした。巨体の下からは先程甚振られていた青年がしどけなく足を開いたままぐったりとしている。
「な、何だ貴様ら!!」
 お楽しみを邪魔されたグビッシュは大声でがなるが、緩み切った体の男の威嚇がオルテガに通じる訳もない。グビッシュの対応はひとまずオルテガに任せて俺は青年の方に治癒魔法を掛けていく。あの後も散々鞭で打たれたのか、身体中傷だらけであまりにも痛々しかったから。
 治癒魔法で淡く光るのを見て、グビッシュが視界の端で目を見開くのが見える。認識阻害を使っていても、セオドアやセイアッドに執着しているなら黒髪の治癒魔法使いというだけで正体を見破ったのかもしれない。
「そんな! まさか……!!」
 愕然とした様子のグビッシュが声を挙げる中、室内にコツコツというノックの音が落ちる。オルテガがドアを開ければ入って来たのは平民服姿のルーだ。
「お呼びと聞いて来たんですが……お取り込み真っ最中じゃないですか」
「本番はこれからだ。ルー、お前には彼を頼む。私達の事はいいから商会に連れ帰ってシンユエ達に診てもらってくれ。体の傷は治したが、薬物の影響が強い様だ」
「了解です。……おかえりは明日の朝ですかね」
「余計な事は言わなくて良い」
 シーツで包んだ黒髪の青年を抱えながら戯けて見せるルーをしっしと追い払う。全く、こういう所ばかりダーランの真似をするんだから。
 人一人抱えているとは思えない軽快な足取りでルーが部屋を出るとその場に落ちるのは沈黙だ。オルテガに目配せしてドアの鍵を閉めてもらった。これで邪魔者もなくゆっくりじっくり話が出来る。
 腕輪の効果を切れば、オルテガの足元で蹲っていたグビッシュが大きく目を見開く。そりゃあ懸想して代わりの男を嬲っている場に本人がいれば驚くだろう。
「セイアッド……っ!」
「お楽しみ中に済まないな。お前に聞きたい事がある」
 近くにあった一人掛けの立派な椅子に座って相手を見下ろす。なるべく偉そうに強そうに見える様に張った精一杯の虚勢だが、オルテガもいるから多少グビッシュの奴が暴れても大丈夫だろう。他力本願だとか虎の威を借る狐だとは言ってくれるな。
 俺の姿を見て全裸の情け無い姿で這いつくばっているグビッシュの喉が大きく上下する。驚愕よりも陶酔といった様子が強くなって来たのか、瞳が爛々としている様子を見て何となくピンときた。
「フィン、そこら辺に乗馬用の鞭があっただろう」
「……何に使うんだ?」
 戸惑った様子のオルテガは俺と同じ様に認識阻害の機能を止めたようだ。隣にいる男が誰なのか分かった瞬間、グビッシュの目には強い怒りが燃え上がる。
 王都に戻ってから…否セイアッドが領地へと追放されてからオルテガとの事はずっと噂になっていた筈だ。セイアッドに執着しているなら一番忌々しく思う相手だろう。
 困惑気味のオルテガから乗馬用の鞭を受け取る。乗馬用の鞭にはいくつか種類があって、騎乗中に使われるのは主に二つ。一つは一メートル程の長さで先端が細く、紐状になっている長鞭。もう一つは棒の先に幅の広い革のパーツが取り付けられている短鞭だ。前者は長さもあり、鞭本体が細いせいで勢い良く当たると痛いが、後者は主に音を立てるためのもので音の割には痛みも少ない。
 この場にあるのは後者の短鞭だ。オルテガから受け取った鞭を手で弄んで見せれば、グビッシュが再び生唾を飲み、そわそわと体を動かし始めた。
 その姿を見た俺は確信した。多分、コイツが本当に執着しているのはセイアッドではなくセオドアの方だ。
 穏やかなセイアッドとは違い、セオドアは時に苛烈な行動を取っていたようだ。朝方、アルバートも言っていたじゃないか。セオドアは鞭を得意としていたのだと…。
 ならば、俺が取るべき対応は一つ。
 パン!と自分の掌を鞭で打って音を立てる。少々痛いが、やはり音の割にはその痛みも軽いものだ。しかし、音の方は効果抜群だった様だ。
「リア、あまり相手を煽るな」
 オルテガの苦言の通り、目の前にいるグビッシュは今にも飛び掛かって来そうな様子だ。アイツの頭の中は俺をどうにかしたくて堪らないのだろう。だが、そんなに俺も安くない。
「おい、誰が勝手に動いて良いと言った。大人しくお座りでもしていろ」
 此方に向かって這いずって来ようとする男になるべく低く威圧的になるように心がけながら声を掛ける。俺の声にびくりと体を震わせたグビッシュはその場に素直に正座してみせた。うーん、ちょっと面白いかもしれない。
「私の質問に一言一句偽り無く答えろ。……興が乗れば少しくらいなら遊んでやってもいい」
 椅子の背凭れにもたれながら足を組み、相手に微笑み掛ける。
 さあ、本番はここからだ。
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