盤上に咲くイオス

菫城 珪

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王都編47 お目当ての演目と大きな誤算

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王都編47  お目当ての演目と大きな誤算

 そこそこ時間が経っていたのか、一息ついて落ち着いた頃にはちょうど演目が目的のものに切り替わるタイミングだった。抜いたことでだいぶ体の熱も治ってきたようなので、媚薬成分入り果実水の効果はあまり持続性がないものだったのかもしれない。
 手も綺麗にしてもらって服も整えた所で少々ワクワクしながらソファーで横になっていれば、後ろで同じように横になっているオルテガの腕が腹に巻き付いてくる。
「何でそんなに楽しそうなんだ」
「こういうものは初めて見るし、どんなものなのかなーと」
 呆れ混じりの溜め息が首筋を擽るのを感じながら答えれば、オルテガがもう一度深い溜め息をついた。
「……絶対後悔するぞ」
 断言されてムッとなる。俺だって多少の事なら大丈夫だ。オルテガもダーランも過保護がすぎるんだ。
 オルテガから見えないので存分に渋面を作りながら相手の方に体重を掛ける。あんまり過保護に構われ過ぎるのは落ち着かない。程々で良いんだ、程々で。
 ソファーでイチャイチャしながらぼんやり見つめる先にある舞台では次の演目の為なのか、何やら大掛かりな物が運び込まれてきた。屈強な男が二人がかりで運んでいるのは木で出来た三角形の箱のような物だ。これは所謂三角木馬というやつでは…?
 予想外の物に驚愕していると、次に運び込まれてきたのはエックス型の柱だ。それぞれの頂点に拘束用と思しきベルトがある様にも見えるので磔にでも使うんだろうか。
 …なんか思っていたものとだいぶ違う気がしてきた。
「気分が悪くなったら直ぐ言ってくれ」
 精々軽く叩いたり玩具を突っ込まれるくらいだと思っていた俺は耳元でそっと囁く声に若干の不安を覚える。今から何が始まるんだろうか。
 気が付くと少し前までは疎らだった客席がそこそこ埋まり始めたようだ。チラリと周りの様子を観察してみれば、どう見てもSMカップルといった連中が多いように見える。先程の店員も言っていたが、こういった嗜好を好き好んでいる連中も少なからずいるようだ。
 周囲に幾つかあったソファーにも客が陣取り、それぞれが思い思いに睦み合っている。その音や気配で再び背筋がぞくぞくしてくるような感覚が襲ってきた。
 先程のような激しい熱ではないものの、血行が良くなってポカポカしているような感覚がする。どうやらまだ少しは影響しているらしい。
 そんな状況を察したのか、オルテガの手が優しく体に触れてくれる。意識をそちらに向ければ、性的な接触よりずっと軽く優しい触れ方でくすぐったくなってしまう。
 愛しむような甘い触れ合いに心地良くなっていると、劇場内に微かな騒めきが起きた。その騒めきに促される形で舞台に視線を向けると、いつの間にやら舞台の上には二人の人がいる。
 一人は長い黒髪をした男だ。俯き気味なのでその相貌は窺えないが、背格好や雰囲気がセイアッドに似ていなくもないといった感じか。一見仕立ての良い服を着ているように見えるが、その細い手足には手枷と足枷が照明を受けて鈍く光っている。首元にも首輪が嵌っているようでそこからのびる細い鎖がもう一人の男に握られていた。
 鎖を握るのは小太りの男だ。顔の上半分を隠すような仮面をしているが、こちらには見覚えがあった。宮廷貴族であるグビッシュ伯爵だ。年齢は確か五十後半か六十歳程だったか。ミナルチークと同様にセオドアに敵対していた宮廷貴族の一角で、敵対派閥の中でも上位に入る権力者だ。
「あいつか」
 不機嫌そうな声音で耳元で訊ねてくるオルテガに頷いて見せれば、腹に回った腕がぎゅうと俺を強く抱き寄せた。どうやら、オルテガは相手が気に食わないらしい。
 それにしても、黒髪の男の方は何だか足取りが覚束ないようだ。時折焦れたようにグビッシュが鎖を引くとたたらを踏みながらふらふらとゾンビのように前に進むような有様である。先程聞いた話では何やら薬も使われているようだし、良く見ると服から僅かに覗いている手や顔には傷もあるようだ。どう見たって黒髪の男の扱いは悪いのに、グビッシュの命令に逆らえないらしい。
 ゲームには出て来ていなかった事だが、この世界では奴隷という身分が存在している。魔法を使った契約を結ぶ事で主従関係になるもので、その契約にはそれなりの規則があるものだ。
 奴隷と聞くと聞こえは悪いがその待遇には配慮がされている。著しく人権を侵害するような使役をした場合は主人が罰せられる事になっていた。また、多くは犯罪者や借金を背負った者達だが、賃金は発生するし決められた期間を勤め上げれば奴隷の身分から解放されて自由に生きる事が出来る。
 奴隷の売買や契約は国が認可した正規の業者が請け負っているもので違法に契約した場合は罰則があるのだが…。
「……どう思う?」
「恐らく違法の奴隷契約をしているんだろう。体を改めれば何処かに魔術紋がある筈だ」
 オルテガに訊ねれば俺と同じ見解を抱いたようだ。奴隷は契約する際に体の何処かに魔術で刻む証を与えられる。契約が終わるまで消えないその証がある限り、奴隷は主人には逆らえない。
「見た所正常な判断も出来ていないようだし、従業員が言っていたように薬物も使われているようだな」
「悪趣味の極みだ。叩けば埃しか出てこない……」
「良かったな、リア。弱みを握り放題だぞ」
 弱味掴み取りなのは間違いない。貴族特権を振り翳してやりたい放題、違法奴隷に薬物乱用とくれば追い遣るには十分な醜聞だろう。
 オルテガに体を預けながら見つめる先にいる黒髪の青年がスポットライトの中で観衆に向かって立つ。それまで見えなかった顔がはっきりと見えるようになるが、目は虚ろで口の端からは涎が零れていた。薬物による症状なのか、痛ましい有様だ。
 顔立ちは綺麗なんだろうが、生気のない目とだらしなく開いた口で台無しになっている。どこかセイアッドやセオドアに似た面影がなくはないものの、やはり似ているとは言い難い。
「余程お前に餓えているらしいな」
 どうやらオルテガも同じ感想のようだ。これであそこにいる青年がもっとセイアッドに似ていたらどうなっていたのだろうか。…多分舞台に血の雨が降ったな。
 大惨事な劇場の有様を想像して軽く身震いすると、腹に回った腕がさらに抱き締める力を上げてきた。俺が怖がっていると誤解したのかもしれないが、俺が本当に怖いのはお前の暴走の方だ。
 オルテガが暴走しない事を祈りながら舞台を見ていれば、青年はいつの間にやら服を脱がされており、早々に事が始まっていた。
 グビッシュの太い指が肌をなぞると、青年は身悶え始める。薬物には性的興奮を齎す作用もあるのか、その乱れ方は普通ではなかった。
 青年は軽い愛撫だけで直ぐに達し、がくりと崩れた痩身をグビッシュが支える。軽く痙攣を繰り返す体は過剰な反応をしているように見えた。
 青年の様子を心配していれば、先程三角木馬を運び込んだ屈強な男達が再び舞台の上に現れる。ぐったりと脱力した青年の腕には縄がかけられ、彼等の手によって細い体が木馬の上に乗せられた。腕を縛った縄が天井から吊るされたフックにかけられた事で木馬に接している部分と腕だけで体重を支えるような状態だ。
 くぐもった悲鳴と歪む顔で判断するに、苦痛の方が大きいのだろう。角は丸くなっているだろうが、股に体重が掛かっているのを見ているだけで痛い。めちゃくちゃ痛い。背筋が違う意味でゾワゾワする。あれが気持ち良いと感じる人間がこの世にいる事に驚きだ。
 続いてグビッシュが取り出して来たのは鞭。某冒険家な教授や猛獣使いが使うタイプの長いやつだ。振りかぶるのを見て、これから何が行われるのか察した俺は咄嗟に顔を背けた。
 バチンと鳴り響く乾いた打音。高い悲鳴。微かな騒めきが会場に満ちる。
 恐る恐る目を向ければ、木馬に跨る白い太腿に赤い筋が走っていた。あそこを打たれたのだろう。血が滲んでいるのか、じわりじわりとその跡が広がっているようにも見える。
 グビッシュはその後も二度、三度と鞭を振るった。打音が鳴る度にびくびくしていたらオルテガが黙って抱き込んでくれるのが申し訳ない。
 見るからに物凄く痛そうなんだが、鞭が風を切る音に徐々に混ざり始めたのは痛みによる苦痛の呻きではない。苦痛を浮かべていた筈の顔は恍惚とした表情をし、木馬の上で身悶える。性器は勃ち上がり、青年が漏らすのは悲鳴混じりの嬌声だ。
 舞台上から響く嬌声。鼻息も荒く見入る者。舞台もそっちのけで互いに貪る事に夢中な者。
 熱気の籠った狭い芝居小屋は異様な空間になっていく。一種のトランス状態とでも言ってもいいのかもしれない。
 初めからいた数人があまりの痛々しさに耐え切れなくなったのか足早に劇場を出て行く。その姿を見てのそりとオルテガが体を動かした。
「俺達も出よう。これ以上見る必要はない」
 そっと促されるまま体を起こしてオルテガに手を引かれながら劇場を後にする。
 背後からは異様な熱気と悲鳴のような嬌声が未だにあがっていた。

 オルテガに手を引かれながら俺はうんざりしていた。
 まーた俺の予想が甘かったせいなんだが、ここまでエグいものを演っているとは思っていなかったんだ…。自分の事を被虐気質だと思っていたが、そうでもないかもしれない。あんな激しいのは無理だ。見てるだけで痛くて快感なんて感じられる気がしない。
「部屋を取ったから少し休もう」
 いつの間にか手配してくれていたらしい。さっき水を取りに行ってくれた時だろうか。既に場所も把握しているようで迷う様子もなくカーテンで隠された階段へと辿り着くとオルテガはずんずん上がっていく。
 二階はホテルのように客室になっているようで、いくつものドアが廊下一杯に並んでいる。いくつかは間に妙に幅があるから広い部屋なんだろうか。こういうところはやはり金持ちの遊び場のようだ。
 その中の一つに向かうとオルテガは鍵を開けて中に入れてくれる。魔石ランプで照らされた室内はまるでアラビアンナイトに出て来そうな部屋だった。
 カラフルなガラスで繊細な模様を描いたモザイクランプがいくつも天井からぶら下がっている。壁には中東のような風景や人物を描いた絵が掛けられていた。アラベスク模様を描いた深い赤色の絨毯はふかふかで、部屋の中央には円形のベッドがある。こちらも負けず劣らずふかふかしていそうだ。
 ローライツ王国ではあまり目にした事のない趣向に興味の方が優ってついうろうろしてしまう。ベッド以外にも豪奢なソファーがあるし、調度品も全てオリエンタルなテイストで揃えられているようだ。
 唯一違和感を覚えるのは壁に設られた巨大な鏡。こちらも縁取りはガラスのモザイクが施されているんだが、問題はその用途だ。
 ベッド全体が映るような角度で設置されている事に気が付いて、ここに映る自分達の姿を想像して思わず顔が熱くなった。こんな物の前でしたら全部自分にも丸見えだろう。
「リア?」
 鏡の脇で悶々としていたら背後から話しかけられてついビクッと体が跳ねてしまう。期待してしまった事がバレたら絶対面倒な事になる。
「どうした? 何か気になるのか?」
「な、何でもない!」
 オルテガの問いにブンブンと首を横に振って誤魔化そうとする。しかし、そうは問屋が卸さないのがこの男だ。
 俺のいた位置から鏡を覗き込んで俺が動揺した理由に気が付いたらしい。鏡に映るオルテガがにんまりと笑みを浮かべた。
 咄嗟に逃げようとするが、それよりも早く腹に腕が絡み付いて来て逃げ損なった。おのれ、反射神経も化け物並みか。
「後でたっぷり使わせて貰おう」
 背後から色気たっぷりの声が耳元で囁くだけで腰が砕けそうになるのをすかさず抱き寄せられた。とことんオルテガに弱いんだからこういう事をするのは本当に勘弁して欲しい。
「……頼むから手加減してくれ」
 色々いっぱいいっぱいだった俺は消え入りそうな声でそう呟くのが限界だった。
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