盤上に咲くイオス

菫城 珪

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王都編46 痴愛

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王都編46  痴愛

 俺は少々甘く見ていたかもしれない。
 この世界で「俺」の意識が覚醒してから数ヶ月。幾度となく危機感は感じたものの、毎回守られるなり何なりで乗り切ってきた。だからこそ、油断していた。
 こんな場所で出される物が普通な訳がない、警戒して然るべきだったというのに。
 カウチで横になりながらふうと吐き出した吐息が熱い。胎の奥にぐるぐると熱が蟠っているような感覚は不快だ。「黄昏」を嗅いだ時に近いが、アレよりももっと直接的な高揚感が忌まわしい。
 周りから聴こえてくる嬌声や水音の所為で嫌でも性欲が刺激されてしまう。ああくそ、以前はこんな事くらいじゃ反応しなかったというのに。これはもう一回抜いた方が早い気がしてきた。
 幸いにも周りは薄闇に包まれた劇場だ。オルテガは水を取りに行ってくれていてこの場にはいない。やるなら今直ぐしかない。
 広いソファーの上で横向きに丸くなり、着慣れない服に苦労しながら下着の中に震える手を滑り込ませる。既に緩く兆している自身にうんざりしながらさっさと済ませようと指を絡めた…が、なかなか上手くいかない。
 そもそも自慰が下手な上に焦れている所為で余計に上手く出来ず、中途半端に熱を煽られて苦しくなる一方だ。なんか前にもこんな事があった気がすると頭の片隅で思いながら必死に手を動かしている時だった。
 いきなり腕を掴まれ、仰向けに体を転がされた。急激に変わる視界に驚き、フリーズしていると目の前にはオルテガがいる。薄闇の中でレースの仮面の奥に見える黄昏色の瞳は爛々としていて思わず背筋がぞくりとした。
「フィン……」
 思わず零れたのは甘い声だ。彼は小さく舌打ちすると持っていたグラスを煽り、俺に口付けてくる。
 口移しで与えられる生温い水を呑み下しながら彼の首に腕をまわして縋り付く。微かに香るオルテガの匂いに欲は煽られるばかりで、彼に腰を抱えられて初めて無意識に腰が揺れていた事に気がついた。
 水を飲み終わるとそのまま深く貪り合うようなキスに変わっていく。口の端から飲み切れなかった水と唾液が混ざった物が伝う感触がする。
「んっ……ふぅ……」
 キスに夢中になっている間に大きな手が俺の体をなぞっていく。布越しなのがもどかしくて堪らないのだが、オルテガは先に進める気がないのか手が止まってしまう。
「は……」
 キスの合間に視線を向けて先を強請れば、間近にある黄昏色の瞳が細くなる。思考がぼんやりしてその表情の動きがどういった類いのものなのか判断がつけられない。とにかく熱くて体の中で蟠る熱を吐き出したくて仕方がなかった。
「……少し我慢してくれ」
 耳元で低い声が呟くと緩やかにカーブを描くアーム部分にもたれるように体勢を変えられる。座面の広いシューズロング型のソファーは男二人が乗っても軋みもしないし、元からこういう目的の為に設られていたんだろう。
 なすがままの俺はオルテガの頭が自分の足の間で蠢いているのをぼんやり見ているしか出来ない。気を逸らすように周りに視線を向ける。舞台ではいまだに女性が裸に近い衣装で踊っているし、周りもこちらなんて気にした様子はなくお互いを貪るのに夢中のようだ。
 他所に意識を向けた瞬間、性器にぬるりとしたモノが触れた。驚いて跳ねる体と同時に視線を足の間に戻せば、いつの間にかはだけられたズボンと下着、それから俺の股座に顔を埋めようとするオルテガの姿が視界に入る。
「フィン、待っ……っ!?」
 彼が何をするつもりなのか察した俺は慌てて止めようと声を掛けようとした。しかし、俺の抵抗なんて予想していたであろう男は挑発するような視線を寄越しながら俺の性器を咥え込んだ。
 熱くてぬるついたものに包まれただけで達してしまいそうになるのを唇を噛み、ソファーに爪を立てて何とか耐える。足を閉じようとするが、足の間にオルテガの体がある事と膝に手を掛けられて大きく足を割り開かれて失敗してしまう。
 ならばと体を起こしてオルテガの頭を押しやろうとする。しかし、始まった愛撫と媚薬の効果でまともに力が入らなくなっていた俺の体は直ぐに快楽に呑まれてしまった。
 熱くざらついた舌で裏筋を辿られ、口腔内全部を使って余す所なく刺激される。指に宵闇色の髪を絡ませて喘ぐ様は拒否ではなく強請っているようにしか見えないだろう。
「は……んんっ……ダメだ、汚いから」
 口を離してもらうように頼むが聞いてくれる訳もなく。巧みに追い詰められて高まるばかりの快楽には直ぐに限界が来た。
「っ……!」
 ぐり、と舌先で鈴口を刺激され、耐えられなくなった俺は嬌声を挙げそうになるのを自分の手を噛んで耐えながら達してしまう。オルテガは口の中で吐き出される俺の精液を音を立てながら吸い上げ、最後には大きく喉元を動かしながら飲み込んだ。
 相手の口の中で達してしまった罪悪感と見せ付けられるようにそれを飲み下された羞恥とでぐちゃぐちゃになってしまう。恥ずかしいのに気持ち良くて思考がふわふわする。
「上手くイケたな。良い子だ」
 低い声が耳元で褒めてきた。その台詞に羞恥を煽られるのにどうしようもなくゾクゾクしてしまう。
「そんなの飲むなんて……」
「お前だって前にしたろうに」
 文句を言いかけるが、オルテガに封殺された。そういえばそうだった、とサーデの蜜を取りに行ってくれた時に若干嫌がる彼に同じ事をした事を思い出す。文句を言える立場じゃなかった。
 一度達した事で多少思考がクリアになった俺はものすごい羞恥に襲われている。迂闊にも媚薬を飲んで前後不覚になった挙句、人目もあるところでこんな事をするなんて…!
 されど、現実は非情だ。一度だけで効果が切れる訳でもなく、再びじわじわと熱が身の内を這い上がってくる。むしろ、一度煽られたせいなのかペースが速くなっている気がしてならない。
「まだ治まらないか」
 俺の様子を素早く察したオルテガに先に言われてギクリとする。冷水でも浴びれば落ち着かないだろうかなんて現実逃避するが、オルテガは逃してくれそうにない。
 大きな手が逃げようとした俺の腰を掴む。のしかかってくる体は先程よりも熱くて腹に怒張したものが擦り付けられるだけで胎の奥が切なく疼いてしまう。
「ダメだ、こんな所で……」
「何もしていない方が不自然に思われるぞ」
 耳元で低い声が響いた。誘惑と同時に腰を揺らして布越しにオルテガの怒張と俺の性器とが擦れてまた熱くなっていく。もしかしなくてもオルテガも結構雰囲気に当てられているのか?それか酒の方にも何か入っていたのか?
「っ……!」
 考えていると突然首筋を舐められてびくりと体が跳ねる。驚いてオルテガを見れば、微かな照明の下で爛々と黄昏色の瞳が輝いていた。
 その目を見て、このまま喰われてしまいたいと天秤の腕が大きく傾く。
 我ながらなんて堪え性のない…。僅かな理性が呆れている中で、応えるようにオルテガの背に腕を回す。いつもと服装は違ってもオルテガの体の逞しさや熱は変わらない。その事に安堵しながらオルテガの頬に手を添えた。
「挿れるのはなしだぞ……」
「残念だ」
 くつりと低い声で笑うと、オルテガの愛撫が本格的になっていく。いつもより幾分か性急な気がするので、やはり彼も当てられているのかもしれない。
 必死に声を押し殺しながら与えられる快楽を呑み下す。既に周りの事なんて気にならなくなっていて、俺の意識はオルテガの指先や舌の行方を追う事に夢中になっていた。
 熱い舌が肌を這う。硬い指先が敏感な所を服の上から意地悪く引っ掻く。時折首筋がちくりと痛むのは所有印を刻まれているから。
 そんな些細な刺激の一つ一つが俺を追い詰めていく。
 しっとりと汗ばんだ肌にシャツが張り付くのを煩わしく思いながら愛撫に応える様に彼の広い背に腕を回した。腹の中で渦巻く熱に急かされるまま、逞しい腕の中で痴態を晒す。
 すっかり兆した性器は先端から蜜を零し始めている。目敏くそれに気が付いたオルテガは俺を抱える様にして体勢を変え、向かい合わせるように座った。
「膝に乗れ」
 体勢を変えられた事に戸惑っていれば、耳元で低い声が命令してくる。それだけで背筋がゾクゾクしながら頭の片隅でやっと今している変装の設定を思い出した。
 体を蝕む熱のせいで焦れてもたつきながら彼の膝の上に座れば、直ぐに両腕で腰を抱えて支えてくれる。対面座位のような体勢にドキドキしていれば、間近にある黄昏色の瞳が仮面の奥で細くなった。嗚呼、この顔は何か企んでいる顔だ。
「俺は手が使えないからお前がしてくれ」
 続けて耳元で囁かれた言葉にぶわっと顔が熱くなる。どうやら俺が手でしろという事らしい。
 心臓が壊れそうな程跳ね回っている中で恐る恐る衣服を寛げてオルテガの兆している雄を引っ張り出す。腹につきそうな程聳り立っているソレを見て思わず生唾を飲み込んだ。
 これに貫かれてめちゃくちゃにされたい。
 お預けされた犬の様に涎を零しそうになりながら慌てて思考を逸らす。流石にこんな所で最後までするのは拙い。僅かに残った理性が懸命にブレーキを掛ける中、おずおずとオルテガの雄に指を絡めようとしたら緩く首を横に振られた。
 何か間違ったんだろうかと思って軽く首を傾げて見せれば、「こうするんだ」と言って彼は片手を腰から離して大きな手で俺の性器とオルテガのものとを同時に握り込んだ。
「ひっ……!?」
「ほら、頑張れ。早くしないと苦しいだけだぞ」
 意地悪く囁いてくるオルテガの顔は愉悦に満ちている。やっぱり最近彼の方も加虐志向に目覚めている気がしてならないんだが…!
 とはいえ、このままでいても仕方ないのもまた事実。そろそろと片手でお互いの性器をまとめて握り込むが、片方の手だけでは足りない。オルテガの手は再び俺の腰を抱き込んでいる。どうやら手伝う気はないらしく、急かす様にじっと見つめてくるだけだ。
 致し方なしにオルテガの腕に体重を預けながら両手を使って二人の性器を刺激し始める。にちゃ、と粘ついた水音が響く中、お互いのものが擦れて変な気分になってくる。
 それでも、手を動かしているうちに初めは羞恥が優っていたのがそのうち快楽の方が逆転してきた。無意識に揺れる腰は浅ましいだろう。オルテガはそんな俺を見つめながら満足そうに微笑んでいる。その表情に俺の中にも充足感が満ちていった。
 徐々に手の動きを早めていけば、それに合わせてお互いの呼吸も早く荒くなっていく。お互いの間に落ちる吐息は熱を帯びていて限界が近い事を示していた。
「あっ……!」
「く……っ」
 達したのはほぼ同時だったと思う。小さく漏れた声。俺の手を熱い飛沫が汚していく。
 快楽の余韻に溺れて深く息をついていると顎を取られて口付けられた。服を汚す前に白濁で汚れた手をどうにかしたかったが、そんな俺にはお構いなしで深く貪る様に口付けられ、軽い酸欠と快楽で直ぐに思考がぼんやりする。
 漸く解放された時にはぐったりとオルテガの胸に寄り掛かるしか出来なかった。そんな俺を抱き締めたまま、オルテガは満足そうに俺の背を撫でてくる。何でそんなに余裕なんだ。
「良い子だ」
 腹に響く低い声で褒められてじわりと胸の内から湧き上がるのは幸福感だ。ああくそ、こんな言葉一つで喜んでしまうからチョロいとか言われるんだろう。しかし、彼の言葉は俺にとって何よりも甘露なのだから仕方が無い。
 ふぅと諦めの溜め息を零しながら俺はオルテガの胸に頬を擦り寄せて甘えてみせた。
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