盤上に咲くイオス

菫城 珪

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王都編30 会議室という名の戦場

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王都編30  会議室という名の戦場

 散々シガウスに揶揄われながらユリシーズを待っていれば、彼は時間丁度にやってきた。
 その頃には室内に大多数の貴族が揃っていた。所々ある空席はセイアッド不在で悪化した治安やら何やらに嫌気がさして領地に戻った者達だろうか。
「国王陛下のおなりです」という侍従の掛け声とともに入って来たユリシーズはなんだか楽しそうに見える。交流が増えてから何となしにユリシーズの機微も読めるようになってきたが、ああいう顔してる時は多分碌でもない事を企んでいる時だ。
 シガウスに揶揄われ倒された事でもうげんなりしているのにこれから起こる事を思うと面倒くさくなってきた。
 そうして粛々と始まった会議。
 これはいろんな法案だったり各地の領地で起きている問題について貴族が雁首揃えて話し合う場だ。最近までの話題はセイアッドの復帰についてだったらしいので早期決着をつけてくれたシガウスには感謝しかない。顔を合わせる度に揶揄い倒すのはやめて欲しいが…。
 今日の議題のメインは間近に迫りつつある「祝夏の宴」とそれに伴った行事についてだ。
 夏の社交シーズンの幕開けとなる夜会で毎年夏の初めに一週間に渡って開かれる大規模な夜会となる。他国からの招待客も大勢来るし、城下町でも夜会の時期に合わせて祭りが開かれていた。その頃くらいから外国からの観光客も増えるのだ。
 招待客の人数や誰が来るのか周知し、粗相がないよう各々が情報を仕入れる。たかが夜会だが、外交面では非常に重要な場だ。
 四年前から毎年この時期の前後にラソワからグラシアールが率いる使節団が来ているが、彼等以外にも周辺の同盟国からお偉いさんが来る。そんなお偉いさんに対して何かあれば戦争待った無し、という訳で情報共有する場として設けられている。
 更に話は進んで城下の警備配置、王都内で開かれる祭りの規模や出展する屋台の数、興行にくる劇団なんかの報告へと移った。王都を仕切っている宮廷貴族の代表の意気揚々とした演説を聴きながら内心で溜め息を零す。彼等にとって大きな見せ場の行事でもあるから得意気に話すのは良いが、中心部に爆誕している世紀末地区の始末をどう付けるつもりなんだか。
 俺の方で騎士団にいつでも動けるようにしてもらったが、オルテガに聞いた感じでは王都を担当している貴族からの依頼はないそうだ。私兵で組織した自警団を使って自力でどうにかするつもりなのかもしれないが、経験上アレを穏便に片付けるにはかなり骨が折れるぞ。
「お尋ねしたいが、中央広場に集まっている者達や彼等が建てた小屋をどうなさるおつもりか」
 ある程度得意気な発表が終わったタイミングで軽く手を挙げながら発言する。驚いたように俺に向けられる視線が痛い。中心になって話していた男なんて隠しもせずに睨み付けてくる。
「あそこに屯する連中は我々王都を管轄する者で組織している自警団で片付けるつもりだ。口を挟まないで頂きたい」
 あーあ、やっぱり。無理矢理排除するつもりだったか。このタイミングでオルテガに声を掛けておいて正解だった様だ。
 集まっている連中がダーランの報告通りの無法者達なら、間違い無く乱闘が起きる。王都のど真ん中でそんな事やらかしてみろ。後始末も大変だし、何より外聞が悪過ぎる。
 無法者もいるが、生活に困ってあそこにいる者もいる。そんな者が巻き込まれて死人でも出た日には蜂の巣を突いたような大騒ぎになるだろう。国民の心象も悪い。
 ただでさえ治安が悪化している事で王都を管轄している連中の評判はダダ下がりなのに、何でわざわざ自滅する方向に突っ走るんだか。
 これ見よがしに溜め息をついて見せながらユリシーズにオルテガが作ってくれた書類を差し出す。同時にルファスが他の貴族達に同じ書類を配って回る。
「陛下、王都中心部に不法滞在している者達に対する処遇に関する意見書と騎士団に依頼し、制作してもらった計画書です」
 先んじてユリシーズに話は行っているのでポーズだけだが、苦笑している様子を見るにユリシーズも呆れているらしい。
「ふむ、レヴォネ卿は強制退去は良しとせぬ、と」
 一通り書類を見た体を繕うとユリシーズが口火を切った。
「はい。彼等の中には生活に困窮し、行き場を失った者達が少なからずおります。そんな者達が無理矢理退去させられればそれを見た王都民達がどのような感情を抱くのかなど考えずともわかる事です。それでなくとも物価上昇や治安の悪化により不満が高まっているとの報告を受けております。ここでいきなり武力行使に出るのは悪手かと」
「しかし、連中によって治安が悪化しているのだぞ!!」
 淡々と話す俺に対して早速噛み付いてきたのは先程まで得意気に話していた奴だ。よしよし、その調子で絡んでくれ。叩き潰してやろう。
「ならば、何故あそこまで大規模になる前に何らかの手を打たなかったのかお聞きしたい。何故何もしなかった」
 俺の指摘に相手が言葉に詰まる。経緯を説明すると言うことは自らの怠慢を認める事と同義なのだから。
 事の顛末は全てルファス達から報告を受けている。貴族達の私兵によって組織されている王都の自警団が腐敗し切っている事も。
 彼等は賄賂を貰って犯罪を見逃しており、時には自ら手を貸しているようだ。更には権力を笠に着てやりたい放題。それ故王都の自警団の評判はすこぶる悪い。
 ついでに武力行使なんて言っているが、断言しよう。碌に訓練もしていない、分かりやすく腐敗し切っている私兵どもにそんな力はない。ちょっと抵抗されたら怖気付いて逃げ出すのが関の山だ。
 そんな事になってみろ、どうなるかなんて火を見るより明らかだろう。
「武力行使したところで暴れた者が暴動を起こしたりヤケになって付け火でもしたらどうなさるおつもりか。王都の中心で火事が起これば、過去の大火の比ではない被害が出るでしょう」
 そこまで考えてんのかと問い掛ければ、男は顔色を悪くして黙り込む。ふん、碌に言い訳も出来ないのか。
「……この件はレヴォネ卿の提案通り、騎士団の主導にて執り行う。くれぐれも荒事は最小限に。我等が守るべき臣民を傷付けるな」
「「御意」」
 ユリシーズの厳かな一言で一部は不服そうながらも俺の提案が通った様だ。宮廷貴族達の睨む様な視線が心地良いな。だが、こうなる前にさっさと手を打たない方が悪い。俺が尻拭いしなかったら諸外国に国の恥を晒す所だったんだから感謝して欲しいくらいだ。
 そして、この件で騎士団に恩を売る事が出来たのもでかい。
 オルテガが言うには王都周辺を警護している第一騎士団と王都の治安を守っている自警団との関係は最悪なんだそうだ。不正や手抜きに気が付いても相手が貴族の私兵では下手に手出しも出来ずに困っていたらしい。
「これを口実に王都の治安維持にも干渉するつもりだ」と嬉々としながら話していたのでオルテガの良いようにしてもらいたいところだ。出来るなら奴等の手から治安自治権を分捕って欲しい。
 そんな事を思いながら王都を管轄している宮廷貴族達に冷ややかな視線を向ければ、彼等の多くは視線を背けたり俯いたりする。…ただ一人を除いては。
 こちらを忌々しげに睨み付ける緑の瞳は血走っている。不自然な赤ら顔は酒に酔っているからだろうか。こういった場に参加する前に呑んでくるのは如何なものか。
 それにしても、ステラの存在一つでここまであらゆる事が乱れるのも凄まじいものがあるな。ゲームのシナリオではどんなに適当に過ごしてもここまで全体に影響するような様子はなかったように思うが…。
 この辺はふわっとしたファンタジー世界と現実の乖離か。こういう事は言い出したらキリがないからゲームではそもそも想定すらされていなかったんだろう。
 いくら相手が聖女候補といえど、一国の王太子が勝手に宰相を追放して自死に追い遣り、国内でも強大な力を持つ公爵家令嬢である婚約者との婚約を一方的に破棄するなんて狂気の沙汰だ。相手が歴とした聖女であればまだ許されたかもしれない。いくらでも体裁は取り繕われる。
 だが、セイアッドを追放し、王太子がレインとの婚約を破棄した段階でのステラはあくまでも聖女候補でしかない。
 幾つもある厳しい試練をクリアしてやっと聖女として認められるが、先代聖女が存在したのは数百年だ。先代からこれまで聖女候補は十年に一度くらい現れているのに、この数百年の間、誰も試練をクリア出来ず聖女として認められていない。
 繰り返されてきた期待と失望に、いつしか人々の間では聖女の存在は伝説となっていた。
 候補が現れれば一時的にお祭り騒ぎとなるが、あくまでもイベントを行う口実でしかない。誰も心から本物の聖女が現れるとは期待していないのだ。
 そう思えば哀れなものだな。自分を取り巻く環境が、人がどのようなものか見ようともせずに好き勝手振る舞えばどうなるかなんて少し考えれば分かるはずなのに。
 風向きは既に変わっている。それに彼女は気が付いているのだろうか。自らの船がどちらを向いているのか、ちゃんと把握しなければ簡単に沈む泥舟と化している事を。
 そのうちステラとも接触を図りたいが、それまでに沈まないよう頑張ってもらわなければ。
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