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王都編18 月明かりの庭
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王都編18 月明かりの庭
食事を終えた俺はエルカンナシオンに連れられてガーランド家の応接室に来ていた。
そこに待っていたのは王都でも指折りの仕立て屋のデザイナーだ。侯爵家、それも騎士団長を務める家柄ならこうして家に呼び出す事も多いんだろうが、思ったより凄い者が待っていた事に少々気後れする。これ以上散財させないように気を付けなければ。
「早速採寸を始めて頂戴。布の見本は? ああ、それから色の見本も此方に」
ちゃかちゃかと指示を飛ばすエルカンナシオンの声に、デザイナーの弟子なのか助手なのか分からないが数人いた女性が一気に動き出す。「私」が普段服を仕立てる時は懇意にしている仕立て屋にデザインや素材を適当に見繕って仕立てて貰っていたからここまで本格的に衣服を仕立てるのは久々な事だ。
意気込んでいるのか妙に気合いの入った女性数人に取り囲まれて採寸されている間、オルテガはデザイナーが提示した複数枚のデザイン画を見てあれこれ注文をつけているし、エルカンナシオンは更にそこに口を挟んでいる。白熱したやり取りは傍から見ても長くなりそうだ。
揉みくちゃにされながら早く終わってくれないだろうかと思うが、採寸が終わった次にはひたすら着替えが待っていた。仕立て屋はデザイン画に近い雰囲気の既製品をいくつか持ってきていたようで、それらを脱いでは着、着ては脱ぐを繰り返す。
最初は戸惑っていたものの着替えの回数が五回を超えたあたりで俺は諦めた。ここで気にしても疲れるだけだと心を無にして着せ替え人形に徹する。この世界の女性は大変だな。服を買うのにもこれ程大事になるなんて。
そんなこんなで世の女性の苦労を痛感しながらやっとデザインが決まったのは二時間後の事だった。
「最高の作品を仕立てて見せます!」と意気込みながら仕立て屋達が帰っていった後の部屋に残された俺は疲労困憊でソファーに沈んでいた。
疲れた、マジで疲れた。そもそも、「俺」の時だって店員に話しかけられるのが苦手なタイプだったし、デザインより機能で服を選んでいたから服選びにここまで手間暇を掛けたのは初めてだ。
ぐったりしている俺とは対照的にオルテガは満足そうに隣に座って俺の髪を撫でている。始まる前は散財を止めなければと思っていたが、そんな余裕は微塵も無かった。もう何が飛び出してくるのか恐ろしくて考えたくもない。
俺が着せ替え人形になっている間に幾つか飛びかっていた最高級の素材類の名前や宝石の名前などの不穏なワードにも止めるどころか口を挟む隙すらなくて遠い目をするしか出来なかった。こうなったら腹を括るしかないのだろう。
「疲れた……世の中の女性は大変だな」
「お前が無頓着過ぎるんだ。お前が良く使っている仕立て屋の主人が嘆いていたぞ。無関心過ぎて仕立て甲斐がないと」
「私は機能性が良ければそれで良い」
溜め息を吐きながらオルテガの腕に寄り掛かっていれば、呆れたような顔で彼が肩を竦める。相手に不快感を与えない程度に最低限整っていれば問題ないだろうと思っている「俺」と「私」は必要以上に自分を飾り立てたいとは思わない。動き易ければそれで良い。「俺」の方はそれに安いが付けば尚良しといった具合だ。
「まあ、お前が無関心な分、俺が飾ってやれるからいいか」
甘く囁きながらオルテガが額にキスをしてくる。好きな相手を自分の好みに飾りたいと思うのはどこの世界でも同じなのだろうか。そこまで想い合えるような相手がいなかった俺には感覚がイマイチわからない。
ああ、でも。オルテガが自分好みの服を着てくれたら。彼に似合う服を自分が選んで着てもらえたら、嬉しい気がする。
オルテガもきっと同じような気持ちなんだろう。だとしたら、彼の好意を断るなんて余計に難しい。
「……あまり散財はするなよ」
「お前の為に使うのは必要経費だ。それに、心配しなくてもちゃんと稼いでいる。上が貯め込むばかりで経済が回らなければ意味がないだろう」
還元するのも貴族の責務と言われては言い返せない。あー、今回もどんな代物が飛び出してくるのか楽しみだなぁ!
半ばヤケクソに開き直っていれば、オルテガが立ち上がる。どうしたのかと思えば、此方に向かって手を差し伸べてきた。
「庭を見に行こう。お前が気にしていた物も紹介したい」
「行くっ」
オルテガの提案に思わず立ち上がる。戻ってきてからずっと気になっていたあの謎の建物をやっと見せてくれるらしい。
サンルームだろうか。はたまた温室だろうか。ワクワクしていれば、俺が取らなかったオルテガの手が腰に回される。差し出された手を無視というちょっと申し訳ない事をしたのでここは大人しく身を寄せてやった。
この家に来るのも久々だなと思いながらオルテガに促されて部屋を出て庭に出る為にそちらに続く廊下を歩く。記憶と多少違うものの変わらない場所を愛おしく思っていれば、不意に廊下の奥からにゃーんと間延びした猫の鳴き声が聞こえてきた。
そちらを見遣れば奥から軽い足取りで一匹の黒猫が歩いてくる。長くしなやかな尾をピンと立てながら近寄ってくる猫には見覚えがあった。
「ノーチェ?」
足元まで来た猫に声を掛けてやれば、肯定するような鳴き声が返ってきて彼女は頭や体を一生懸命俺の足に擦り付けて親愛を示してくれる。応えるように抱き上げた体は記憶にあるものより幾分か軽く、柔らかな毛並みにも白い物が混じっていた。
この黒猫はオルテガとセイアッドがまだ小さい頃に庭で親と逸れた所を保護した猫だ。そのままガーランド家で飼われ、番犬ならぬ番猫として庭を守ってきた勇ましい雌猫であり、何匹か子猫を産んでいる。
「そうか、お前ももう良い歳だったな」
ゴロゴロと爆音で喉を鳴らしながら擦り寄ってくるノーチェは猫で言えばもう相当なお婆ちゃんにあたる。毛並みは以前より落ちているし、体も細くなっているのは老化によるものだろう。
生き物の老いる早さを寂しく思っていれば、頬に鼻先を擦り寄せられた。ひんやりと濡れた鼻先の感触を、腕に抱えた柔らかな温もりを愛おしく思う。…もっと会いに来てやれば良かった。
「これからはもっと顔を見せてやってくれ。ノーチェの子や孫達もいるんだ」
「……そうだな。お前の子や孫ならさぞかし可愛いんだろう。私にも会わせてくれ」
「にゃー」
真っ黒な猫が腕の中で金色の目を細めながら嬉しそうに鳴く。頭や喉を撫でてやれば、いっそう喉の音が大きくなった。
そのままノーチェを抱いたまま歩き出すが、彼女は窓際に置かれたお気に入りの場所に近付いた所で降りたがった。
そっと床に降ろしてやれば、身軽な動作で窓辺へと飛び上がり、そこに置かれた彼女のベッドの上で丸くなる。どうやら体よくタクシー代わりにされたようだ。
猫の気まぐれさに苦笑しながらも俺達はその近くにあるドアから庭へと出る。
ガーランド家の庭は「俺」の世界で言うイングリッシュガーデンというものだ。自然の景観美を尊重した形式の庭で、植物の配置を計算しつつもより自然の中にいる様な庭になっていた。
足元に生えている芝生は少し長めでふかふかしている。庭に出て直ぐには白い小さな花を沢山つけた蔓薔薇のアーチ。オルテガに腰を抱かれながらアーチをくぐれば、その先にはまるで御伽話の様な光景が広がっている。
明るい昼間に木漏れ日が漏れるように計算して剪定された木々の合間には月明かりが降り注ぐ。色の濃い大輪の花はないが、香りの強い花や淡い色合いの花をグラデーションで配置して植えるなど創意工夫が凝らされた庭の居心地は良い。
風に乗って鼻先をくすぐる甘い花の香りにうっとりしながら設られた石畳の小道を歩く。この道を幼い頃は良く母と歩いたものだ。
今隣にいるのはオルテガ。幼い頃には考えられなかった関係に改めて感慨を噛み締めながら彼の腕に頬を寄せる。
「リア……」
同じような事を考えていたのか、不意にオルテガが足を止める。甘い声が耳元で響き、ぐいと腰を引き寄せられた。月光の木漏れ日が降り注ぐ中で真正面からオルテガと見つめ合うと親指の腹で唇を撫でられる。
キスを強請る仕草にドキリとしつつ、応えようと目を閉じ掛けてふと思い出す。先程まで食べていた物にニンニクがたっぷり使われていた事を…。
「フ、フィン! 今はダメだ」
慌ててオルテガと自分の顔の間に掌を滑り込ませてガードするが、阻まれたオルテガは不満そうに眉根を寄せる。
「何故? 誰も来ないぞ」
「う、それも心配だが……」
歯切れの悪い俺に焦れたのか、オルテガがガードしていた俺の掌を舐める。ぬるりとした熱い感触に思わず肩が跳ねる中、手首を掴まれてしまう。
「ダメか?」
月光を浴びて妖しく揺らめく黄昏色の瞳に見つめられて強請られて薄弱な理性が白旗を挙げそうになる。しかしだな!日本人の「俺」的にはやっぱり臭いとか気になる訳で…!
「リア」
首筋に高い鼻梁を擦り寄せられ、わざと音を立てながら耳元でキスをされる。ついついピクリと震えてしまう体が憎らしい。
「……軽いのなら良い」
「分かった」
たっぷりの逡巡の末に俺が折れた事に満足したのか、改めて腰を抱き寄せられてちゅっと軽いキスをされる。啄む様なキスを何度もされ、唇を軽く喰まれた。高めるようなキスではなく、戯れ合うようなキスに内心でホッとしながらもやはり少々物足りない。頬に手を添えられて優しく撫でられるのが心地良くて軽く擦り寄って甘えてみた。
「……まさかこの庭でお前とこんな事するなんて思いもしなかった」
落とされるキスの合間に呟けば、オルテガがうっそりと微笑む。
「俺はずっとこうしたかった。俺の部屋やこの庭で、お前とこうして睦み合うのを何度夢見た事か」
心底愛おしそうな表情を間近で浴びながら色っぽい声でそんな事を言われてみろ。一気に顔が熱くなり、心臓がバクバクと脈打つのを止められない。本当にセイアッドのことが大好きだな、この男は。
「真っ赤だぞ」
楽しそうに揶揄う様な声に相手の胸を軽く叩いて抗議するが、それすら嬉しそうに受け入れるオルテガが小憎らしくも愛おしかった。
食事を終えた俺はエルカンナシオンに連れられてガーランド家の応接室に来ていた。
そこに待っていたのは王都でも指折りの仕立て屋のデザイナーだ。侯爵家、それも騎士団長を務める家柄ならこうして家に呼び出す事も多いんだろうが、思ったより凄い者が待っていた事に少々気後れする。これ以上散財させないように気を付けなければ。
「早速採寸を始めて頂戴。布の見本は? ああ、それから色の見本も此方に」
ちゃかちゃかと指示を飛ばすエルカンナシオンの声に、デザイナーの弟子なのか助手なのか分からないが数人いた女性が一気に動き出す。「私」が普段服を仕立てる時は懇意にしている仕立て屋にデザインや素材を適当に見繕って仕立てて貰っていたからここまで本格的に衣服を仕立てるのは久々な事だ。
意気込んでいるのか妙に気合いの入った女性数人に取り囲まれて採寸されている間、オルテガはデザイナーが提示した複数枚のデザイン画を見てあれこれ注文をつけているし、エルカンナシオンは更にそこに口を挟んでいる。白熱したやり取りは傍から見ても長くなりそうだ。
揉みくちゃにされながら早く終わってくれないだろうかと思うが、採寸が終わった次にはひたすら着替えが待っていた。仕立て屋はデザイン画に近い雰囲気の既製品をいくつか持ってきていたようで、それらを脱いでは着、着ては脱ぐを繰り返す。
最初は戸惑っていたものの着替えの回数が五回を超えたあたりで俺は諦めた。ここで気にしても疲れるだけだと心を無にして着せ替え人形に徹する。この世界の女性は大変だな。服を買うのにもこれ程大事になるなんて。
そんなこんなで世の女性の苦労を痛感しながらやっとデザインが決まったのは二時間後の事だった。
「最高の作品を仕立てて見せます!」と意気込みながら仕立て屋達が帰っていった後の部屋に残された俺は疲労困憊でソファーに沈んでいた。
疲れた、マジで疲れた。そもそも、「俺」の時だって店員に話しかけられるのが苦手なタイプだったし、デザインより機能で服を選んでいたから服選びにここまで手間暇を掛けたのは初めてだ。
ぐったりしている俺とは対照的にオルテガは満足そうに隣に座って俺の髪を撫でている。始まる前は散財を止めなければと思っていたが、そんな余裕は微塵も無かった。もう何が飛び出してくるのか恐ろしくて考えたくもない。
俺が着せ替え人形になっている間に幾つか飛びかっていた最高級の素材類の名前や宝石の名前などの不穏なワードにも止めるどころか口を挟む隙すらなくて遠い目をするしか出来なかった。こうなったら腹を括るしかないのだろう。
「疲れた……世の中の女性は大変だな」
「お前が無頓着過ぎるんだ。お前が良く使っている仕立て屋の主人が嘆いていたぞ。無関心過ぎて仕立て甲斐がないと」
「私は機能性が良ければそれで良い」
溜め息を吐きながらオルテガの腕に寄り掛かっていれば、呆れたような顔で彼が肩を竦める。相手に不快感を与えない程度に最低限整っていれば問題ないだろうと思っている「俺」と「私」は必要以上に自分を飾り立てたいとは思わない。動き易ければそれで良い。「俺」の方はそれに安いが付けば尚良しといった具合だ。
「まあ、お前が無関心な分、俺が飾ってやれるからいいか」
甘く囁きながらオルテガが額にキスをしてくる。好きな相手を自分の好みに飾りたいと思うのはどこの世界でも同じなのだろうか。そこまで想い合えるような相手がいなかった俺には感覚がイマイチわからない。
ああ、でも。オルテガが自分好みの服を着てくれたら。彼に似合う服を自分が選んで着てもらえたら、嬉しい気がする。
オルテガもきっと同じような気持ちなんだろう。だとしたら、彼の好意を断るなんて余計に難しい。
「……あまり散財はするなよ」
「お前の為に使うのは必要経費だ。それに、心配しなくてもちゃんと稼いでいる。上が貯め込むばかりで経済が回らなければ意味がないだろう」
還元するのも貴族の責務と言われては言い返せない。あー、今回もどんな代物が飛び出してくるのか楽しみだなぁ!
半ばヤケクソに開き直っていれば、オルテガが立ち上がる。どうしたのかと思えば、此方に向かって手を差し伸べてきた。
「庭を見に行こう。お前が気にしていた物も紹介したい」
「行くっ」
オルテガの提案に思わず立ち上がる。戻ってきてからずっと気になっていたあの謎の建物をやっと見せてくれるらしい。
サンルームだろうか。はたまた温室だろうか。ワクワクしていれば、俺が取らなかったオルテガの手が腰に回される。差し出された手を無視というちょっと申し訳ない事をしたのでここは大人しく身を寄せてやった。
この家に来るのも久々だなと思いながらオルテガに促されて部屋を出て庭に出る為にそちらに続く廊下を歩く。記憶と多少違うものの変わらない場所を愛おしく思っていれば、不意に廊下の奥からにゃーんと間延びした猫の鳴き声が聞こえてきた。
そちらを見遣れば奥から軽い足取りで一匹の黒猫が歩いてくる。長くしなやかな尾をピンと立てながら近寄ってくる猫には見覚えがあった。
「ノーチェ?」
足元まで来た猫に声を掛けてやれば、肯定するような鳴き声が返ってきて彼女は頭や体を一生懸命俺の足に擦り付けて親愛を示してくれる。応えるように抱き上げた体は記憶にあるものより幾分か軽く、柔らかな毛並みにも白い物が混じっていた。
この黒猫はオルテガとセイアッドがまだ小さい頃に庭で親と逸れた所を保護した猫だ。そのままガーランド家で飼われ、番犬ならぬ番猫として庭を守ってきた勇ましい雌猫であり、何匹か子猫を産んでいる。
「そうか、お前ももう良い歳だったな」
ゴロゴロと爆音で喉を鳴らしながら擦り寄ってくるノーチェは猫で言えばもう相当なお婆ちゃんにあたる。毛並みは以前より落ちているし、体も細くなっているのは老化によるものだろう。
生き物の老いる早さを寂しく思っていれば、頬に鼻先を擦り寄せられた。ひんやりと濡れた鼻先の感触を、腕に抱えた柔らかな温もりを愛おしく思う。…もっと会いに来てやれば良かった。
「これからはもっと顔を見せてやってくれ。ノーチェの子や孫達もいるんだ」
「……そうだな。お前の子や孫ならさぞかし可愛いんだろう。私にも会わせてくれ」
「にゃー」
真っ黒な猫が腕の中で金色の目を細めながら嬉しそうに鳴く。頭や喉を撫でてやれば、いっそう喉の音が大きくなった。
そのままノーチェを抱いたまま歩き出すが、彼女は窓際に置かれたお気に入りの場所に近付いた所で降りたがった。
そっと床に降ろしてやれば、身軽な動作で窓辺へと飛び上がり、そこに置かれた彼女のベッドの上で丸くなる。どうやら体よくタクシー代わりにされたようだ。
猫の気まぐれさに苦笑しながらも俺達はその近くにあるドアから庭へと出る。
ガーランド家の庭は「俺」の世界で言うイングリッシュガーデンというものだ。自然の景観美を尊重した形式の庭で、植物の配置を計算しつつもより自然の中にいる様な庭になっていた。
足元に生えている芝生は少し長めでふかふかしている。庭に出て直ぐには白い小さな花を沢山つけた蔓薔薇のアーチ。オルテガに腰を抱かれながらアーチをくぐれば、その先にはまるで御伽話の様な光景が広がっている。
明るい昼間に木漏れ日が漏れるように計算して剪定された木々の合間には月明かりが降り注ぐ。色の濃い大輪の花はないが、香りの強い花や淡い色合いの花をグラデーションで配置して植えるなど創意工夫が凝らされた庭の居心地は良い。
風に乗って鼻先をくすぐる甘い花の香りにうっとりしながら設られた石畳の小道を歩く。この道を幼い頃は良く母と歩いたものだ。
今隣にいるのはオルテガ。幼い頃には考えられなかった関係に改めて感慨を噛み締めながら彼の腕に頬を寄せる。
「リア……」
同じような事を考えていたのか、不意にオルテガが足を止める。甘い声が耳元で響き、ぐいと腰を引き寄せられた。月光の木漏れ日が降り注ぐ中で真正面からオルテガと見つめ合うと親指の腹で唇を撫でられる。
キスを強請る仕草にドキリとしつつ、応えようと目を閉じ掛けてふと思い出す。先程まで食べていた物にニンニクがたっぷり使われていた事を…。
「フ、フィン! 今はダメだ」
慌ててオルテガと自分の顔の間に掌を滑り込ませてガードするが、阻まれたオルテガは不満そうに眉根を寄せる。
「何故? 誰も来ないぞ」
「う、それも心配だが……」
歯切れの悪い俺に焦れたのか、オルテガがガードしていた俺の掌を舐める。ぬるりとした熱い感触に思わず肩が跳ねる中、手首を掴まれてしまう。
「ダメか?」
月光を浴びて妖しく揺らめく黄昏色の瞳に見つめられて強請られて薄弱な理性が白旗を挙げそうになる。しかしだな!日本人の「俺」的にはやっぱり臭いとか気になる訳で…!
「リア」
首筋に高い鼻梁を擦り寄せられ、わざと音を立てながら耳元でキスをされる。ついついピクリと震えてしまう体が憎らしい。
「……軽いのなら良い」
「分かった」
たっぷりの逡巡の末に俺が折れた事に満足したのか、改めて腰を抱き寄せられてちゅっと軽いキスをされる。啄む様なキスを何度もされ、唇を軽く喰まれた。高めるようなキスではなく、戯れ合うようなキスに内心でホッとしながらもやはり少々物足りない。頬に手を添えられて優しく撫でられるのが心地良くて軽く擦り寄って甘えてみた。
「……まさかこの庭でお前とこんな事するなんて思いもしなかった」
落とされるキスの合間に呟けば、オルテガがうっそりと微笑む。
「俺はずっとこうしたかった。俺の部屋やこの庭で、お前とこうして睦み合うのを何度夢見た事か」
心底愛おしそうな表情を間近で浴びながら色っぽい声でそんな事を言われてみろ。一気に顔が熱くなり、心臓がバクバクと脈打つのを止められない。本当にセイアッドのことが大好きだな、この男は。
「真っ赤だぞ」
楽しそうに揶揄う様な声に相手の胸を軽く叩いて抗議するが、それすら嬉しそうに受け入れるオルテガが小憎らしくも愛おしかった。
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