盤上に咲くイオス

菫城 珪

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王都編14 シガウスからの招待状

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王都編14  シガウスからの招待状
  
 グラシアールとは午後に対談する予定があったので一度別れて卵を抱えたまま自分の執務室に向かう。
 オルテガは執務室までくっついてくる気のようで今日宰相担当の騎士が『なんで団長が此処に!?』と酷く困惑していて非常に申し訳ない気持ちになる。帰ったらもう少し控えるように言おう。周りに迷惑を掛けるのは本意じゃない。
 執務室についてからはオルテガとも別れて俺は今日も仕事に取り掛かる。卵は俺の横に椅子を持って来て置く事にした。
 興味津々で覗き込んでくるヘドヴィカとルファスにグラシアールから贈られた竜の卵だと告げれば、彼らはそれぞれに驚いた。特にヘドヴィカの驚きっぷりには多少の動揺も含まれているようだ。
 やはり彼女は「俺」と同じく「まれびと」なのだろう。折を見て個人的に話をしたいがどう持っていったものかと頭を悩ませているところだ。
 サインを書く手を止めぬまま、あれこれ考えながらひたすら仕事に打ち込む。休みなく手を動かし続けたおかげか順調に仕事も進んでいる。ただ、そろそろ何かしらの嫌がらせが始まるかなーといったタイミングだろうか。何をしてくる気かわからないが、ガンガン打ち返してやるつもりだ。
 通常業務の間にはチェックの終わったものから各領地の決済書に目を通すようにしていた。昨日頼んだ腹心達がそれぞれこなしてくれているんだが、そのうちの一人が嬉々として書類の束を持って来た。
「セイアッド様、バーリリーン伯爵領の決算書に不備及び不正が御座います」
 待ちかねていた報告を聞いて思わず口元に笑みが浮かぶ。どうやら最初の生け贄が決まったようだ。
「……精査を頼む。君にバーリリーン領について三年分遡って調査を命じる」
「承知致しました!」
 命じた文官は顔を輝かせながら部屋を飛び出していく。その姿を宰相執務室内にいた者達が羨ましそうに見ていた。
「運が良かったな、彼は」
「私が一番乗りに見付けたかったのに……!」
 部屋のあちらこちらから聞こえてくる羨望や妬みの声を疑問に思っていれば、ルファスがそっと近寄って来た。
「皆セイアッド様のお役に立ちたいのです」
「別に競う必要はないだろう? 君達にはいつも助けられている」
 俺の言葉にみんな若干複雑そうな顔をするので余計に訳が分からない。すると、俺の疑問に応えるように執務室のドアが開いた。
「相変わらず鈍いな、お前は」
 ノックもせずに入って来たのはリンゼヒースだ。今日は王弟としての装いらしく、上等な服を着ている。こういった格式ばった服装を嫌う彼からしてみれば窮屈なんだろう。
 とりあえず王弟相手なので立ち上がって頭を下げるが、リンゼヒースに直ぐに制された。
「リンゼヒース王弟殿下、何か御用でしょうか」
 座りながら訊ねると、リンゼヒースが封筒を差し出して来た。何だろうと思いながら封蝋を見れば、スレシンジャー家の紋章が鎮座している。
「私用だからそういうのはしなくて良い。シガウスから伝言だ。『領地では世話になった。礼をしたいので君を来週うちで開くレインの誕生日会に招待したい。ガーランド卿も連れてくるといい』だってさ」
 シガウスからのお誘いは素直に嬉しいが、王弟を伝書鳩代わりに使うのはいかがなものか。少々疑問に思いつつも有り難く招待状を受け取っておく。
「伝書鳩代わりをしていていいのか?」
「これからグラシアール殿と視察に行くんだが、途中でお前の執務室を通り掛かるならついでに持って行けとシガウスに押し付けられたんだ」
「成程」
 シガウスなら言いそうだ。
 封を切って中を改めてみれば、リンゼヒースが言った事が丸っと書かれている。そのまま閉じようとしたが、隅に走り書きされている一文を見付けて目を止めた。
 どちらかというとこっちが本題だったんだろう。シガウスに頼んでいた件についての話がしたいと書いてある。
「喜んで参加させて頂くとしよう」
 直ぐに返事をしたためると、近くにいたルファスにシガウスに渡すようお願いする。その際、リンゼヒースが苦笑しているのが少々気になった。
 手紙を受け取ったルファスは直ぐに渡してくると言って部屋を出て行くために歩き出す。
「良いのか?」
「何が?」
 リンゼヒースの問いの意味がわからずに首を傾げる。出席したらまずい理由でもあっただろうか。
「一緒に招待されたって事はフィンと同伴で来いって事だぞ」
「あ」
 うっかりしてたというよりも、「俺」が貴族的な言い回しに疎いせいで失念していた。そういう意味合いを多分に含んだ手紙だったのだろう。
 別々の招待ではなく、「パートナーとして公の場に一緒に来い」とシガウスは言っているのだ。
「ルファス、その手紙待った!」
 手を伸ばしながら慌てて止めようとしたが、ルファスは素早く部屋を出て行ってしまう。行き場を無くした手が虚しい。今の絶対聞こえてただろ。
「……今から断るのは無しか?」
「オルディーヌ嬢が楽しみにしているのに?」
 うう、ここでレインの名前を出されるのは弱い。
「アイツ、絶対に張り切るよなぁ……」
 デスクに突っ伏しながら独りごちる。
 別にオルテガと行くのが嫌な訳ではなく、公の場にパートナーとして連れ立って行く事に憂慮を抱いているのだ。
 婚約前に噂が立ち過ぎるのも懸念しているが、それ以上に恐ろしいのがオルテガの散財だ。ここ最近の貢ぎっぷりを見るに夜会に参加するなんて事になったらどうなるんだ。上下一式靴にアクセサリーなんかまで全部揃えられそうだ。総額いくらになるのか想像するだけで恐ろしい。
「諦めて腹を括って死ぬほどフィンに構い倒されて来い」
 ぽんぽんと慰めるように肩を叩かれた俺は深い溜め息を溢した。
 
 そんな訳で今日も昼である。
 例の如く迎えに来たオルテガに連れられて今日もテラス席で食事を堪能しつつ、俺はいつレインの誕生日会の事を切り出そうか悩んでいた。
 出来たら二人きりの時に伝えたいんだが、どうにも廊下も食堂も人目があって落ち着かない。帰りの馬車で伝えるかと思っていれば、不意にオルテガの指が俺の頬に触れる。
「リア、何か話したい事があるんだろう?」
 甘い声で訊ねてくるオルテガの表情は優しい。ぐうぅ、今日も恋人が格好良すぎて辛い。
「何でわかるんだ。……実はサーレ殿から夜会に招待されたんだ。レインの誕生日会を開くから是非に、と。それで、その……」
 気恥ずかしくて言い淀む俺を、オルテガはじっと待ってくれる。しかし、その夕焼け色の瞳には期待が浮かんでいた。
「お前と一緒に是非と書いてあったんだ。嫌じゃなかったら一緒に来て欲しい」
「嫌な訳がないだろう!」
 小声ながらに声を弾ませ、嬉しそうに表情を綻ばせる相貌につい心臓がドキリと跳ねる。ここまで喜んでくれるのは想定外だ。
「夜会用の服を仕立てないといけないな。リア、今夜はうちに来てくれ。父と母もお前の顔を見たがっている」
 そう言われて思い浮かぶのはオルテガに良く似た面差しをした彼の父親セレドニオ・ロイ・ガーランドとその隣でいつも凛と佇む彼の母親エルカンナシオン・シーラ・ガーランド。久しく会っていないが、二人ともセイアッドにとっては第二の両親みたいな存在だ。
「分かった。今夜はそちらにお邪魔する」
「夕食の支度をさせておこう。お前の好きな物を沢山用意させる。昨日の酒も気に入っていたな。ああ、そうだ。お前に見せたい物もあるんだ」
 相手の家に行くとなったら途端にオルテガのテンションが上がった。あれこれ提案して来るところをみるとまた構い倒されそうだな。
 婚約を進めるならオルテガの両親に挨拶も必要だろう。セイアッドの両親が既に鬼籍に入っているのが残念だった。…オルテガとの仲を聞いたらきっと喜んでくれただろうに。事態が落ち着いたら墓前に報告に行きたいものだ。
 死んだ両親の事を思い出して少々センチメンタルな気分に浸っていると、そんな感傷をぶち壊すように昼休みの終わりを告げる鐘が鳴った。
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