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王都編13 動き始める駒
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王都編13 動き始める駒
翌朝、気怠さの中でアルバートのノックと声で目が覚める。
夜のうちにオルテガはガーランド邸に戻っていたようで隣にいた気配はない。それを残念に思いながら情事の残り香の中でのろのろと寝返りを打つ。眠い。まだ寝ていたい。
もそもそと体を起こすとちりりと耳元に痛みが走る。指先で触れれば昨夜オルテガにつけてもらったピアスが鎮座していた。
オルテガにつけられた、オルテガの色。
そう思うだけで背筋に甘い震えが走るのを感じながらベッドから降りてガウンを羽織る。俺が眠っている間にオルテガが後始末をしてくれていたようだが、今日も風呂に入ってから出かけるとしよう。
昨日と同じようにフラフラしながら浴室に向かって体を洗い、目を覚ましてから浴槽に浸かる。くつろぎながら考えるのは昨日ダーランから貰った報告書と夕食の時に聞いた補足の話の事だ。
一足先に王都へ帰っていたダーランは商会の事よりも王都での情報収集を優先したようで、短時間しかなかった筈なのに良く調べられていた。
ダーランの話が真実ならば、今現在この国に入り込んでいる朱凰国の人間は凡そ20人程。そのうち、中心人物となるのは二人の男らしい。どうやらその二人は朱凰の中でもそれなりに高い地位の人間のようでそれぞれがミナルチーク派との繋がりを持っている。
ただ、その朱凰の人間たちの間でも派閥が存在しているらしく、最近は一部が別行動を取っている事が多いのだとか。
どういった目的で彼等がこのローライツ王国に来たのかは分からないが、碌でもない理由なのは確かだろう。少なくとも真っ向から友好関係を築きに来たとは思えない。
仲違いしているようだが、どういった内容でそれが起きているのか分からない以上は油断が出来ないな。上手い事どちらかを引き込めるといいかもしれないが、そもそも朱凰は得体が知れない国だ。出来る事ならこれ以上関わらずにいてくれれば有り難いが…ユリシーズの口振りから見てもそれは無理だろうな。彼等は既にこの国を蝕む為に動いている。密かに流行っているという禁制の薬物も彼等の策のうちだろう。
「はぁ……面倒くさい」
自分の国の事で手一杯だと言うのにラソワや周辺の国との事もあるし、暗躍する朱凰の事も気にしなければならない。
ラソワについては大使達の前で繰り広げられたライドハルトとステラの愚行でラソワとローライツ間で国交にヒビが入り掛けた事は既に周知の事実となっている。グラシアールには予め何処かのタイミングで関係が良好な事を示す場を作る事を話しているからその辺も相談して場所を考えなければ。
朝日の中でゆらゆら揺れるお湯に口元まで浸かりながらうんざりする。やっぱり引退すれば良かった。領地でのんびりしたい。
ゆっくり長湯をしていれば、昨日と同じ様に浴室のドアがノックされた。多分またオルテガだろう。
どうぞ、と応えれば予想通りオルテガが入って来た。
「そろそろ上がらないとアルバートの雷が落ちるぞ」
「……朝からアイツのお小言は御免だ」
ただでさえ面倒事ばかりなのにこれ以上は御免被る。
嫌々浴槽から出れば、オルテガがタオルを広げて待ち構えていた。
朝からたっぷり甘やかされて手入れをされた俺は髪のセットまでオルテガにやってもらった。耳を出して欲しいというオルテガのおねだりに沿うように長い黒髪を一つに纏めてもらって彼に贈られた髪留めで留めてもらう。
耳朶に蹲る夕焼け色の宝石は気恥ずかしいが、オルテガが嬉しそうにしているのには勝てない。こういう事をするとまたサディアス辺りに呆れられそうだが、俺だってオルテガが大好きなのだからお願いを叶えてやりたいのだ。
朝食を摂り、身支度を終えると昨日と同じ様にオルテガのエスコートで馬車に向かう。
昨日と違うのはオルテガが抱っこ紐を使って竜の卵を抱えている事と馬車の前で待ち構えていたのがダーランではなくドルリーク男爵だ。
「早朝から呼び立ててすまないな」
「いいえ。レヴォネ卿には大恩が御座います。お陰で嫩葉の会に参加される方全てにラソワ絹が行き渡りました」
ドルリークの話を聞いて内心で安堵する。彼には他の仕立て屋でもラソワ絹が無くて困っている所があれば融通をきかせるよう頼んでいた。どうやら上手くやってくれたようだ。
「貴殿に采配を任せて良かった。礼を言う」
「その様なお言葉は不要に御座います。元はといえばライドハルト殿下と婚約者候補様の失態。閣下は被害者です」
ずばりと言い切った様子を見るに、ドルリークはミナルチークを完全に見放してこちらに離反するつもりらしい。
目を細めて笑みを浮かべる。一つひとつ盤上で駒が動く様を想像しながら次を奪う為に手持ちの駒に指先を伸ばす。
「……先日、貴殿に教えて貰った劇団に興味があるんだが、チケットを二人分融通して貰えないだろうか」
「承知致しました。早速劇団長に使いを出しましょう」
にこやかに承諾してくれたドルリーク男爵に改めて礼を言って別れる。早朝から呼び出して申し訳無かったが、人目に付かないように彼に直接礼を言いたかったし、頼みたかった。
「観劇に行きたいのか?」
珍しいと言わんばかりにオルテガが俺の腰を抱きながら顔を覗き込んで来た。正直、観劇自体はどうでも良い。会いたい者がいるのだ。
「ああ。会いたい男がいるんだ」
そう言った途端にオルテガの眉間に皺が寄った。相も変わらず狭量な事だ。
「そう妬くな。フィンにも付き合ってもらう」
ぺち、と軽く頬を指先で叩いて気を引きながら身を寄せる。大体、目的自体がオルテガが思っている様な事じゃない。
「相手を脅すのに私じゃ迫力が足りないからな」
「……お前は何をしに行く気なんだ?」
怪訝そうに聞き返しながら抱き締めてくるオルテガを見上げつつ、彼が抱えた卵を撫でて俺は後のお楽しみだと笑って見せた。
今日からは卵を抱えて出仕し、仕事中も傍らに置いて働く事にした。
俺が手放したくないのもあるが、一度ラソワの者に卵の様子を見て欲しかったからだ。
せっせと魔力を注いだおかげなのか、ここ数日卵が動いている事が増えている。孵るにはまだ掛かるはずだが、その割には動きが多いような気がしているからこれが正常なのかどうか訊ねたいのだ。
動物は大好きだが、「俺」は動物を飼える環境になかった。「私」も鳥を卵から孵した事がなければ、相手は更に未知の生き物である竜だ。しかも、この卵はグラシアールからセイアッドに贈られた私的なプレゼントでもある。育ての親としても外交的な問題としても何か異変があってはいけない。
パルウムテリクスは卵に注がれた親の魔力に染まって生まれてくるのだとグラシアールは言っていた。それは体色であったり、瞳の色に現れるらしいが、どんな子が生まれるのか楽しみで仕方がない。
馬車の中でオルテガから受け取った卵を抱いてほんのり温かい卵殻に頬擦りしていれば、オルテガが面白くなさそうに俺を抱き寄せる。片親としてオルテガにも卵に魔力を注いでもらったのだから親も同然なんだが、それでも面白くないらしい。
「全く、心が狭い男は嫌われるぞ」
「お前以外に好かれる必要はないからいい」
ぐぬぅ。
ぎゅっと抱き締められ、擦り寄られながらこんな事を言われた俺はもうダメだった。散々周りから言われているが、俺だってオルテガに対して甘々の激甘なのだ。こんな風に甘えられるのに非常に弱い。最近は狙ってやってきてる感がするのであざとさ全開である。それでも絆されてしまう辺り我ながらチョロい。
そんな俺達を乗せて馬車は今日も城に着く。昨日と同じように宰相付きの専属騎士とルファスに出迎えられていると隣から腰を抱き寄せられた。
「また後でな」
見せ付けるように頭にキスをするオルテガに対して俺は溜め息を零す。これはもう止めても聞かないだろうから好きにさせておくしかない。
「フィン、少しは手加減してやれ。リアの目が死んでるぞ」
人前での構い倒しに少々げんなりしていれば、王城の入り口からのっそりとグラシアールが現れた。
揶揄うような口調で俺達の真名を呼ぶ事に周囲が驚いたような顔をしているが、皆直ぐに慌てて王族に対する礼を取る。
「グラシアール殿下」
「アールで良いと言ってるだろうに」
「王城の出入り口とはいえ、一応人目のある公の場ですから」
「可愛げのない。いつ何時でもお前には許すからもっと気安く接してくれ。いちいち肩肘張ったやり取りは疲れる」
「……全く、王族なのにそんな調子で良いのか? シュアン殿に怒られるぞ」
「締める所はちゃんと締めるさ」
面倒臭そうに言うグラシアールに敬語を取り払って応える。短くも軽快なやり取りは楽しいものだ。
周りは親しげな俺達の様子を見て更に驚いているようだ。よしよし、後は噂を広げてくれるのを待つか。
ここでグラシアールに出迎えられたのは予想外だったが、ラソワとローライツが拗れている現状でセイアッドとグラシアールの親しさを見せ付ける場面が一つ出来たのは僥倖だ。まあ、これはグラシアールが狙って来てくれたんだろう。
王都に来てからグラシアールはずっとセイアッドとの対話を望み続け、結ばれた国の友誼の切っ掛けがセイアッドの行動である事を主張し続けてくれたらしい。王太子や婚約者候補でありやらかした張本人のステラは嘸かし肩身が狭かった事だろう。いや、ステラは気にすらしていないかもしれないな。
ステラが宣ったのはセイアッドとの友誼によって結ばれた約定を全否定するものだった。王妃教育どころか普通の教育すらまともに身に付いていない少女は様々な物事を表層でしか見ていないようだ。
ちなみに王太子からされた関税の件での謝罪は一応受け入れたものの、ミナルチーク家からの謝罪は拒否しているそうだ。身の程知らずの元平民の小娘がどんどんミナルチーク家の立場を悪くしていくのにラドミールも焦っている事だろう。あの狸親父が悔しそうにしている様子を想像するだけで超楽しいな。
「抱えているのは贈った卵か?」
「ああ。最近、動く事が増えてきたんだ」
グラシアールが抱っこ紐の中を覗き込んでくるので俺も思考を打ち切って腕に抱えて卵を見せる。にこやかに卵を見ていたグラシアールだが、俺の言葉に少々怪訝そうに眉を寄せた。
「もう動くのか?」
「やっぱり異常なのか!?」
慌てて訊ねれば、グラシアールは首を横に振る。
「いや、異常ではないと思うから心配するな。人の手で育てると竜が育てるより時間が掛かるんだ。普通はあと半月程度掛かるはずなんだが……。生まれるまでの期間は育て親の魔力の質や量にも左右される。余程お前と相性が良いんだろう」
「そう、か。それなら良いんだ」
グラシアールの言葉に安堵するも、やはり彼はまだ納得いっていないようだ。異常なく無事に生まれてきてくれれば良いんだが…。
不安に思っていると隣から肩を抱き寄せられる。視線をやれば、オルテガが俺を抱き寄せながら指で目元を撫でて来た。
「心配するな。ちゃんと孵る」
オルテガの慰めを受けつつも、淡いクリーム色の卵殻を撫でる。無事に孵って欲しい。願いはそれだけだ。
「朝から見せつけてくれるな。胸焼けがする」
「お前が邪魔しに来たんだろう」
げんなりした様子で肩を竦めるグラシアールにオルテガが軽口で応えるのを見ながら、思わず笑みが零れる。こうやってグラシアールを加えた三人で親しくやり取りするなんて「私」の時には想像すらしなかった光景だったから。
そうやって笑った俺を見てグラシアールが軽く頭を撫でてくる。間髪入れずにオルテガに払われていたが、俺にはその手の感触が嬉しかった。
翌朝、気怠さの中でアルバートのノックと声で目が覚める。
夜のうちにオルテガはガーランド邸に戻っていたようで隣にいた気配はない。それを残念に思いながら情事の残り香の中でのろのろと寝返りを打つ。眠い。まだ寝ていたい。
もそもそと体を起こすとちりりと耳元に痛みが走る。指先で触れれば昨夜オルテガにつけてもらったピアスが鎮座していた。
オルテガにつけられた、オルテガの色。
そう思うだけで背筋に甘い震えが走るのを感じながらベッドから降りてガウンを羽織る。俺が眠っている間にオルテガが後始末をしてくれていたようだが、今日も風呂に入ってから出かけるとしよう。
昨日と同じようにフラフラしながら浴室に向かって体を洗い、目を覚ましてから浴槽に浸かる。くつろぎながら考えるのは昨日ダーランから貰った報告書と夕食の時に聞いた補足の話の事だ。
一足先に王都へ帰っていたダーランは商会の事よりも王都での情報収集を優先したようで、短時間しかなかった筈なのに良く調べられていた。
ダーランの話が真実ならば、今現在この国に入り込んでいる朱凰国の人間は凡そ20人程。そのうち、中心人物となるのは二人の男らしい。どうやらその二人は朱凰の中でもそれなりに高い地位の人間のようでそれぞれがミナルチーク派との繋がりを持っている。
ただ、その朱凰の人間たちの間でも派閥が存在しているらしく、最近は一部が別行動を取っている事が多いのだとか。
どういった目的で彼等がこのローライツ王国に来たのかは分からないが、碌でもない理由なのは確かだろう。少なくとも真っ向から友好関係を築きに来たとは思えない。
仲違いしているようだが、どういった内容でそれが起きているのか分からない以上は油断が出来ないな。上手い事どちらかを引き込めるといいかもしれないが、そもそも朱凰は得体が知れない国だ。出来る事ならこれ以上関わらずにいてくれれば有り難いが…ユリシーズの口振りから見てもそれは無理だろうな。彼等は既にこの国を蝕む為に動いている。密かに流行っているという禁制の薬物も彼等の策のうちだろう。
「はぁ……面倒くさい」
自分の国の事で手一杯だと言うのにラソワや周辺の国との事もあるし、暗躍する朱凰の事も気にしなければならない。
ラソワについては大使達の前で繰り広げられたライドハルトとステラの愚行でラソワとローライツ間で国交にヒビが入り掛けた事は既に周知の事実となっている。グラシアールには予め何処かのタイミングで関係が良好な事を示す場を作る事を話しているからその辺も相談して場所を考えなければ。
朝日の中でゆらゆら揺れるお湯に口元まで浸かりながらうんざりする。やっぱり引退すれば良かった。領地でのんびりしたい。
ゆっくり長湯をしていれば、昨日と同じ様に浴室のドアがノックされた。多分またオルテガだろう。
どうぞ、と応えれば予想通りオルテガが入って来た。
「そろそろ上がらないとアルバートの雷が落ちるぞ」
「……朝からアイツのお小言は御免だ」
ただでさえ面倒事ばかりなのにこれ以上は御免被る。
嫌々浴槽から出れば、オルテガがタオルを広げて待ち構えていた。
朝からたっぷり甘やかされて手入れをされた俺は髪のセットまでオルテガにやってもらった。耳を出して欲しいというオルテガのおねだりに沿うように長い黒髪を一つに纏めてもらって彼に贈られた髪留めで留めてもらう。
耳朶に蹲る夕焼け色の宝石は気恥ずかしいが、オルテガが嬉しそうにしているのには勝てない。こういう事をするとまたサディアス辺りに呆れられそうだが、俺だってオルテガが大好きなのだからお願いを叶えてやりたいのだ。
朝食を摂り、身支度を終えると昨日と同じ様にオルテガのエスコートで馬車に向かう。
昨日と違うのはオルテガが抱っこ紐を使って竜の卵を抱えている事と馬車の前で待ち構えていたのがダーランではなくドルリーク男爵だ。
「早朝から呼び立ててすまないな」
「いいえ。レヴォネ卿には大恩が御座います。お陰で嫩葉の会に参加される方全てにラソワ絹が行き渡りました」
ドルリークの話を聞いて内心で安堵する。彼には他の仕立て屋でもラソワ絹が無くて困っている所があれば融通をきかせるよう頼んでいた。どうやら上手くやってくれたようだ。
「貴殿に采配を任せて良かった。礼を言う」
「その様なお言葉は不要に御座います。元はといえばライドハルト殿下と婚約者候補様の失態。閣下は被害者です」
ずばりと言い切った様子を見るに、ドルリークはミナルチークを完全に見放してこちらに離反するつもりらしい。
目を細めて笑みを浮かべる。一つひとつ盤上で駒が動く様を想像しながら次を奪う為に手持ちの駒に指先を伸ばす。
「……先日、貴殿に教えて貰った劇団に興味があるんだが、チケットを二人分融通して貰えないだろうか」
「承知致しました。早速劇団長に使いを出しましょう」
にこやかに承諾してくれたドルリーク男爵に改めて礼を言って別れる。早朝から呼び出して申し訳無かったが、人目に付かないように彼に直接礼を言いたかったし、頼みたかった。
「観劇に行きたいのか?」
珍しいと言わんばかりにオルテガが俺の腰を抱きながら顔を覗き込んで来た。正直、観劇自体はどうでも良い。会いたい者がいるのだ。
「ああ。会いたい男がいるんだ」
そう言った途端にオルテガの眉間に皺が寄った。相も変わらず狭量な事だ。
「そう妬くな。フィンにも付き合ってもらう」
ぺち、と軽く頬を指先で叩いて気を引きながら身を寄せる。大体、目的自体がオルテガが思っている様な事じゃない。
「相手を脅すのに私じゃ迫力が足りないからな」
「……お前は何をしに行く気なんだ?」
怪訝そうに聞き返しながら抱き締めてくるオルテガを見上げつつ、彼が抱えた卵を撫でて俺は後のお楽しみだと笑って見せた。
今日からは卵を抱えて出仕し、仕事中も傍らに置いて働く事にした。
俺が手放したくないのもあるが、一度ラソワの者に卵の様子を見て欲しかったからだ。
せっせと魔力を注いだおかげなのか、ここ数日卵が動いている事が増えている。孵るにはまだ掛かるはずだが、その割には動きが多いような気がしているからこれが正常なのかどうか訊ねたいのだ。
動物は大好きだが、「俺」は動物を飼える環境になかった。「私」も鳥を卵から孵した事がなければ、相手は更に未知の生き物である竜だ。しかも、この卵はグラシアールからセイアッドに贈られた私的なプレゼントでもある。育ての親としても外交的な問題としても何か異変があってはいけない。
パルウムテリクスは卵に注がれた親の魔力に染まって生まれてくるのだとグラシアールは言っていた。それは体色であったり、瞳の色に現れるらしいが、どんな子が生まれるのか楽しみで仕方がない。
馬車の中でオルテガから受け取った卵を抱いてほんのり温かい卵殻に頬擦りしていれば、オルテガが面白くなさそうに俺を抱き寄せる。片親としてオルテガにも卵に魔力を注いでもらったのだから親も同然なんだが、それでも面白くないらしい。
「全く、心が狭い男は嫌われるぞ」
「お前以外に好かれる必要はないからいい」
ぐぬぅ。
ぎゅっと抱き締められ、擦り寄られながらこんな事を言われた俺はもうダメだった。散々周りから言われているが、俺だってオルテガに対して甘々の激甘なのだ。こんな風に甘えられるのに非常に弱い。最近は狙ってやってきてる感がするのであざとさ全開である。それでも絆されてしまう辺り我ながらチョロい。
そんな俺達を乗せて馬車は今日も城に着く。昨日と同じように宰相付きの専属騎士とルファスに出迎えられていると隣から腰を抱き寄せられた。
「また後でな」
見せ付けるように頭にキスをするオルテガに対して俺は溜め息を零す。これはもう止めても聞かないだろうから好きにさせておくしかない。
「フィン、少しは手加減してやれ。リアの目が死んでるぞ」
人前での構い倒しに少々げんなりしていれば、王城の入り口からのっそりとグラシアールが現れた。
揶揄うような口調で俺達の真名を呼ぶ事に周囲が驚いたような顔をしているが、皆直ぐに慌てて王族に対する礼を取る。
「グラシアール殿下」
「アールで良いと言ってるだろうに」
「王城の出入り口とはいえ、一応人目のある公の場ですから」
「可愛げのない。いつ何時でもお前には許すからもっと気安く接してくれ。いちいち肩肘張ったやり取りは疲れる」
「……全く、王族なのにそんな調子で良いのか? シュアン殿に怒られるぞ」
「締める所はちゃんと締めるさ」
面倒臭そうに言うグラシアールに敬語を取り払って応える。短くも軽快なやり取りは楽しいものだ。
周りは親しげな俺達の様子を見て更に驚いているようだ。よしよし、後は噂を広げてくれるのを待つか。
ここでグラシアールに出迎えられたのは予想外だったが、ラソワとローライツが拗れている現状でセイアッドとグラシアールの親しさを見せ付ける場面が一つ出来たのは僥倖だ。まあ、これはグラシアールが狙って来てくれたんだろう。
王都に来てからグラシアールはずっとセイアッドとの対話を望み続け、結ばれた国の友誼の切っ掛けがセイアッドの行動である事を主張し続けてくれたらしい。王太子や婚約者候補でありやらかした張本人のステラは嘸かし肩身が狭かった事だろう。いや、ステラは気にすらしていないかもしれないな。
ステラが宣ったのはセイアッドとの友誼によって結ばれた約定を全否定するものだった。王妃教育どころか普通の教育すらまともに身に付いていない少女は様々な物事を表層でしか見ていないようだ。
ちなみに王太子からされた関税の件での謝罪は一応受け入れたものの、ミナルチーク家からの謝罪は拒否しているそうだ。身の程知らずの元平民の小娘がどんどんミナルチーク家の立場を悪くしていくのにラドミールも焦っている事だろう。あの狸親父が悔しそうにしている様子を想像するだけで超楽しいな。
「抱えているのは贈った卵か?」
「ああ。最近、動く事が増えてきたんだ」
グラシアールが抱っこ紐の中を覗き込んでくるので俺も思考を打ち切って腕に抱えて卵を見せる。にこやかに卵を見ていたグラシアールだが、俺の言葉に少々怪訝そうに眉を寄せた。
「もう動くのか?」
「やっぱり異常なのか!?」
慌てて訊ねれば、グラシアールは首を横に振る。
「いや、異常ではないと思うから心配するな。人の手で育てると竜が育てるより時間が掛かるんだ。普通はあと半月程度掛かるはずなんだが……。生まれるまでの期間は育て親の魔力の質や量にも左右される。余程お前と相性が良いんだろう」
「そう、か。それなら良いんだ」
グラシアールの言葉に安堵するも、やはり彼はまだ納得いっていないようだ。異常なく無事に生まれてきてくれれば良いんだが…。
不安に思っていると隣から肩を抱き寄せられる。視線をやれば、オルテガが俺を抱き寄せながら指で目元を撫でて来た。
「心配するな。ちゃんと孵る」
オルテガの慰めを受けつつも、淡いクリーム色の卵殻を撫でる。無事に孵って欲しい。願いはそれだけだ。
「朝から見せつけてくれるな。胸焼けがする」
「お前が邪魔しに来たんだろう」
げんなりした様子で肩を竦めるグラシアールにオルテガが軽口で応えるのを見ながら、思わず笑みが零れる。こうやってグラシアールを加えた三人で親しくやり取りするなんて「私」の時には想像すらしなかった光景だったから。
そうやって笑った俺を見てグラシアールが軽く頭を撫でてくる。間髪入れずにオルテガに払われていたが、俺にはその手の感触が嬉しかった。
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