盤上に咲くイオス

菫城 珪

文字の大きさ
上 下
77 / 159

66 酒と苦い思い出

しおりを挟む
66  酒と苦い思い出
 
 急遽サディアスを迎えた晩餐はこれまでになく賑やかなものになった。
 幼馴染三人だが、それぞれ立場がある故にこうしてゆっくり顔を合わせるのは年単位で久方ぶりの事だ。お互いの近況を話すだけでもそこそこ時間がかかってしまって、場はすっかり酒の席へと移行している。
 ワイングラスを傾けながら時折思い出話を織り交ぜて交わされる会話はスムーズで「俺」はひっそり安堵していた。
 意識の主導が「俺」である以上、「私」の記憶の想起がスムーズにいくかどうか若干不安だったが、まるで自分自身が体験した思い出のように話せる事に内心で驚いていた。「俺」と「私」が同化し始めているのだろうかと疑問に思いつつも怪しまれずに済んでいる事にホッとする。
「いやー、それにしても二人がくっついて本当に良かったぁ。見ててもどかしかったんだから」
 すっかり酔っ払っているのか、サディアスがふにゃふにゃと怪しい呂律で零す言葉に思わず苦笑する。そんなにバレバレだったのだろうか。
 学生時代は寮生活でセイアッドはリンゼヒースと、オルテガはサディアスとそれぞれ同室だった。部屋自体も近くて夜な夜なお互いの部屋に上がり込んではそのまま床で寝落ちするなんて事もザラで、時には抜け出して悪さもしたものだ。…今考えると王族や高位貴族の子息が床で寝落ちや夜中に抜け出すなんてとんでもないな。
 そんな学生生活の中、積年の恋心を一人で抱えるのが重くて苦しくて誰かに話を聞いて欲しくて一度だけリンゼヒースに相手を伏せて相談した記憶がある。リンゼヒースはただ黙って話を聞いてくれて、最後に一度だけ強く抱き締めてくれた。
 普段は明るく快活な彼があんなに泣いていたのは後にも先にもあの一度だけ。
 相談したのはセイアッドなのに、そのセイアッドよりもぼろぼろ泣きながらいつでも力になるからと言ってくれたのは淡くも苦い思い出だ。王都にいる彼は元気だろうか。
「ルアクも聞いたら喜ぶよ。僕達ずっと心配してたんだから」
 ぐず、と鼻を啜りながら呟く言葉に申し訳なくなる。もしかするとオルテガも同じようにサディアスに相談していたのかもしれない。
 心当たりがあるのか微かに苦い顔をしていたオルテガと目が合った。途端に柔らかく微笑むから参ってしまう。
「……もー! くっついた途端、すーぐイチャイチャするんだもん、何年もずっと心配して損したー!」
 天井に向かって両腕を伸ばしながらサディアスが文句を言う。泣き笑いで怒っているように見えないから照れ隠しなんだろう。
「そういえば、さっき言ってた贈り物ってなんなの?」
 ぐずと鼻を啜りながらも話題を切り替えたサディアスの言葉に、視線で持ってきてもいいか? とオルテガに問う。彼は嫌そうな顔をしながらも渋々と言った様子で頷いた。
 素直な事だと思いながら断りを入れてから席を立ち、酔いが回ってふわふわした足取りで二階の寝室に向かう。卵は俺のベッドの上に置いてある。
 朝のままベッドの中央で毛布に包まれて鎮座していた卵を抱き上げて頬擦りした。ほんのりと温かい卵は孵るまでまだまだ時間が掛かるのが煩わしい。ゲームの中ならば一ヶ月なんてあっという間だろうに。
 早く竜の顔が見たい反面、オルテガの扱い方を気を付けないと本当に縊り殺されてしまいそうなのが不安の種だ。オルテガの嫉妬心をどうにかする、いい方法は何かないものだろうか。
 ふわふわした足取りで卵を抱き締めながら部屋を出てゆっくりと階段を降りているとオルテガが階下から上がってきた。
「なんだ、メイと食堂で待っていれば良かったのに」
「酔ってる者を一人で歩かせるのが不安だったからな」
 過保護な事だ、と思いながらも下から差し出される手は嬉しい。そっと重ねれば大きな手が俺の手を握り締め、エスコートするように支えてくれる。
 オルテガがいる所まで降りると自然と腰に腕が回されるのを気恥ずかしく思いながらも酩酊した思考はまあいいかと羞恥心を放棄した。
 恥ずかしがった所で今更だし、この熱の誘惑には勝てない。触れる頬を擦り寄せれば、応えるように大きな手が髪を撫でてくれるのが心地良くて愛おしかった。
 卵を抱いたまままたオルテガに抱かれたままゆっくり階段を降りて食堂に戻れば、独り残されたサディアスがむくれていた。しかし、俺が抱いている物に気がつくと直ぐに表情を変える。
「え、卵……?」
「そうだ。グラシアール殿から頂いた竜の卵だ」
 竜、という単語にサディアスがパッと金色の瞳を輝かせた。そういえば、サディアスは魔物学が好きだったな。
「すごい! ラソワでは人が竜を育てているって聞いた事があるけど、本当だったんだ」
 興味津々と言った様子で近寄ってきて観察しているサディアスに卵を差し出してやれば、彼は少し戸惑ってから恐る恐るといった様子で受け取った。
「わ、ほんのりあったかい。どれくらいの大きさの個体が生まれるの?」
「ラソワ大使のライネ殿は知っているだろう。彼女が連れている竜と同じ種類だ」
「あの大きさならこの国でも飼えそうだね」
 淡いクリーム色の卵殻を撫でている姿を見ながら、セイアッドに子が出来たらこんな風にサディアスやリンゼヒースに抱いてもらう事もあるんだろうかとふと思う。
「ちょっと早いけど、二人の子供だね」
 同じような事を考えていたのか、サディアスが無邪気に笑う。その一言に妙案がパッと思い浮かんだ。
 妬くならいっそのこと子育てに巻き込んでしまえば良い。
 竜はどの種でも夫婦仲が大変良くて愛情深い生き物らしい。そして、生涯でたった一頭選んだ番以外とは子を成さないのだという。そして、子育ても共同で行うとグラシアールも言っていたじゃないか。なんで思い付かなかったんだ。
 社畜時代に染み付いたワンオペ根性にうんざりしながらもくるりとオルテガの方を見れば、サディアスの言葉に面食らっていた様子だった。しかし、俺が振り返った事で瞬時に考えを察したようだ。
 一瞬苦々しく寄せられた眉間の皺を見逃さないが、俺のワクワクドラゴンライフの為にもここはお前に折れてもらうぞ。
「そうだな。お前が父だぞ、フィン」
「……わかった。俺の負けだ」
 オルテガの手を取って卵に触れさせれば、今度こそ隠しもせずに苦い顔をしたオルテガが諦めたように深い溜息をついた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【BL】どうやら精霊術師として召喚されたようですが5分でクビになりましたので、最高級クラスの精霊獣と駆け落ちしようと思います。

riy
BL
風呂でまったりしている時に突如異世界へ召喚された千颯(ちはや)。 召喚されたのはいいが、本物の聖女が現れたからもう必要ないと5分も経たない内にお役御免になってしまう。 しかも元の世界へも帰れず、あろう事か風呂のお湯で流されてしまった魔法陣を描ける人物を探して直せと無茶振りされる始末。 別邸へと通されたのはいいが、いかにも出そうな趣のありすぎる館であまりの待遇の悪さに愕然とする。 そんな時に一匹のホワイトタイガーが現れ? 最高級クラスの精霊獣(人型にもなれる)×精霊術師(本人は凡人だと思ってる) ※コメディよりのラブコメ。時にシリアス。

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

中華マフィア若頭の寵愛が重すぎて頭を抱えています

橋本しら子
BL
あの時、あの場所に近づかなければ、変わらない日常の中にいることができたのかもしれない。居酒屋でアルバイトをしながら学費を稼ぐ苦学生の桃瀬朱兎(ももせあやと)は、バイト終わりに自宅近くの裏路地で怪我をしていた一人の男を助けた。その男こそ、朱龍会日本支部を取り仕切っている中華マフィアの若頭【鼬瓏(ゆうろん)】その人。彼に関わったことから事件に巻き込まれてしまい、気づけば闇オークションで人身売買に掛けられていた。偶然居合わせた鼬瓏に買われたことにより普通の日常から一変、非日常へ身を置くことになってしまったが…… 想像していたような酷い扱いなどなく、ただ鼬瓏に甘やかされながら何時も通りの生活を送っていた。 ※付きのお話は18指定になります。ご注意ください。 更新は不定期です。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます

ふくやまぴーす
BL
旧題:平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます〜利害一致の契約結婚じゃなかったの?〜 名前も見た目もザ・平凡な19歳佐藤翔はある日突然初対面の美形双子御曹司に「自分たちを助けると思って結婚して欲しい」と頼まれる。 愛のない形だけの結婚だと高を括ってOKしたら思ってたのと違う展開に… 「二人は別に俺のこと好きじゃないですよねっ?なんでいきなりこんなこと……!」 美形双子御曹司×健気、お人好し、ちょっぴり貧乏な愛され主人公のラブコメBLです。 🐶2024.2.15 アンダルシュノベルズ様より書籍発売🐶 応援していただいたみなさまのおかげです。 本当にありがとうございました!

転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…

月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた… 転生したと気づいてそう思った。 今世は周りの人も優しく友達もできた。 それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。 前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。 前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。 しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。 俺はこの幸せをなくならせたくない。 そう思っていた…

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!

古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます! 7/15よりレンタル切り替えとなります。 紙書籍版もよろしくお願いします! 妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。 成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた! これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。 「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」 「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」 「んもおおおっ!」 どうなる、俺の一人暮らし! いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど! ※読み直しナッシング書き溜め。 ※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。  

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

処理中です...