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63 頼み事
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63 頼み事
ライネから卵を貰って数日。俺は毎日卵に魔力を注ぎながら大事に大事に抱えていた。
これが母性本能というやつなんだろうか。卵が可愛くて仕方ないのだ。どんな色の竜が生まれてくるのか、どんな名前にしようか。そう考えるだけで頭をフル回転させて王都に向けての指示を考える精神的疲労感も、死ぬ程手紙を書いて腱鞘炎になりかけの物理的な疲労感も失せるというものだ。
問題はオルテガの恨みがましげな視線が痛い事くらいだろうか。
「リア」
今日も今日とて卵を抱えながら書き物に追われていれば、名前を呼ばれた。顔を上げれば、ダーランがにこやかな顔でひらひらと手を振っている。
「悪いな。集中し過ぎてノックに気が付かなかった」
「そんな事だろうと思った。……頼まれ物が出来たから持ってきたよ」
手を止めた俺に苦笑をして見せながらダーランが俺のデスクに置くのは三本の小瓶だ。
造花で飾られ、淡いピンクの液体が満ちた小さな瓶。その中身が何なのか察して俺は思わず笑みを浮かべた。
一本手に取って蓋を開けて香りを嗅いでみると、見た目こそ『恋風の雫』にそっくりだが、こちらの方が爽やかな香りがする。アイテム説明欄には「物悲しい爽やかな香り」と書いてあったのでこれが『夜離れの露』の香りなんだろう。
香り的には全然悪くないんだが、これで相手の好感度が下がるなんて面白いな。
「……リクオルには良くよく礼をしておいてくれ」
「りょーかい。今後も調香の仕事はやらせて欲しいってさ。息子の病気もここにきてから少し良くなったって喜んでたよ」
「そうか……」
ダーランの報告に小さく息をつく。小さな子供を巻き込むのは本意じゃないし、救える命があるなら救いたい。その辺の考えはダーランも汲んでくれているのだろう。
「悪いが、ヤロミールを呼んでくれるか」
「それはいいけど……呼んで大丈夫? また暴走したりしない?」
オルテガがレインのところにいる事を知っているんだろうダーランが心配そうに呟く。そんな彼に向かって俺はにこりと笑って見せた。
「その時はお前がどうにかしてくれるだろう?」
「うぇー!? 俺は荒事には不向きなんですけどー」
ダーランが人使いが荒いと文句を言っているのを無視する。可愛こぶってもこの間ヤロミールの首根っこを引っ掴んで引きずって行ったのは忘れてないからな。
「今からでも遅くないからオルテガ様呼んだら?」
「アイツがいると私の仕事が進まん」
本気で卵に妬いているらしく、いつも以上にやたらと構ってくるのだ。そして、俺もオルテガに構われるのは満更でも無いからいちいち仕事が止まってしまう。レインの世話を頼んでやっと追い出したのを呼び戻したんじゃ元の木阿弥だ。
それにしても、卵の段階でこの調子じゃ竜が生まれたらどうなるんだろうか。この間は冗談めかしていたが、俺が竜を構い過ぎてオルテガを蔑ろにしたら本気で締め殺しそうな気がする。
「あー、なるほどね。じゃあしょうがないか」
俺が言わんとしている事を理解したのか、ダーランも苦笑いをする。それだけ愛されている証拠といえばそうなんだが、あまりに見境無く威嚇されるのも困りものだ。
「んじゃ、ちょっくら行ってくるから。その間は少し休憩したら?」
そう言い残して軽い足取りで部屋を後にするダーランを見送って溜め息を零す。書いても書いても終わらない手紙地獄にうんざりしながら痛む右腕を軽く揉む。
多少筋肉が付いてきたのか、シガウスに託した手紙を書いた時よりも痛みはマシになっているが、それでも腱鞘炎の一歩手前になっている気はする。この書き物責めが終わったら温泉でのんびりしたいなと思うが、時間的にそんな余裕もないかもしれない。
王都で開かれる社交シーズンの幕開けを告げる宴まであと一月半程。このレヴォネから王都までは馬車で一週間は掛かるし、少し早く入って王都の協力者達とも直接会って話しておきたい。
そう考えると、時間なんて残り僅かだ。
オルテガだってそう長く王都を留守にする訳にはいかない。とはいえ、今のところ本人は帰るつもりは無さそうだが、俺が王都に行くとなればついてくるだろう。
名誉を回復させた後にもアホみたいに大量の仕事があるのがわかっているから手を付けられるものがあるなら早いところ取り掛かりたいのも本音だ。また過労で倒れたら意味がない。
ふと思うのは俺の代わりに宰相代理をしているモーリス・シュー・ヴォルクンだ。
彼は俺やオルテガと同じく侯爵家の出で、学園でも同級生だった。セイアッド達には敵わなかったが、成績は優秀。今回の事でもノウハウもないのにそれなりに政務を回せている辺り、内政の才もあるようだ。戻ったら手伝ってくれないだろうか、なんて考えてみる。
モーリスがセイアッドに対してどんな感情を抱いているのかわからないから難しいかもしれないが、内政の部分で誰か手伝ってくれるなら大幅に負担は減るだろう。
色々考えながら視線を落として懐に抱いている卵を見る。手放すのが不安で、赤ん坊に使うスリング型の抱っこ紐を使ってずっと抱いているんだが、ますます可愛くなってきてしまった。
淡いクリーム色の卵殻をそっと撫でながら魔力を注ぐ。
一日に何度かこうして魔力を注ぐ事で竜の卵は成長して孵るのだという。生まれてくる竜の体色や瞳の色は親である魔力の主の影響を受け、その魔力に染まる。
育成要素としてあまりにも美味しい設定に、なんでゲームで実装していなかったのかと悔しくなった。本編にグラシアールどころかラソワの存在も匂わせ程度にしか出てきていないから致し方ないんだが、ゲーム本編に実装されていたら俺は竜育成にかかりっきりになる気がする。
「……早く生まれて来いよ」
卵に頬擦りしながら思わず呟く。こんなところオルテガに見られたらまた妬かれそうなんだが、正直卵に嫉妬するオルテガの姿も愛しいんだな、これが。
普段は優しい夕焼け色の瞳が、じっとりと恨みがまし気に俺を見る。愛情とか好意以外の視線を向けられる事が殆どないから、そうやって嫉妬されるのもまた嬉しく思ってしまう辺り、俺も重症だ。
普段振り回されているんだから、たまには翻弄してやりたい。そう言い訳をしながら俺は指先で卵をそっと撫でた。
ヤロミールはそれから程なくしてやってきた。
「セイアッド様! お呼びと聞いて参上致しました、貴方の狗です!」
ドアを開けるなり大声で狗だと名乗るとヤロミールが床で正座をし始め、俺はドン引きしつつも連れてきたダーランを見た。
ダーランは鳴らない口笛を吹きながらわざとらしく視線を逸らしている。誤魔化すのが下手くそか。
「……説明してもらおうか」
「いや、狗だって言うからこっちに来る道すがらその心構えを少しばかり説いたらなんか斜め上の方向に行っちゃって……」
余計な事を、と思いながらちらりと横目でヤロミールを見遣る。キラキラとした深紫色の瞳は期待に満ちて、俺の命令を今かいまかと待ち侘びているようだ。
まるでボールが投げられるのを待つ犬のような様子に溜め息を禁じ得ない。もうこうなったらどうにでもなれ。考えるだけ時間の無駄だ。
「んん……ヤロミール、君に頼みたい事がある」
「何なりとお申し付けください!」
ガバッと頭を下げるヤロミールのオーバーアクションにいちいちビクビクしてしまう。猫なんかは急で大きな動きに弱いと聞いた事があるが、今はその気持ちが良くわかる。何するか分からないから怖いんだよ、コイツ……。
「ステラ嬢にこれを届けて欲しい。彼女が探している香水だ」
なんとか平常心を取り繕ってヤロミールに香水瓶を差し出す。用意出来た香水は全部で三本だ。ゲーム内のアイテムは一回使用すると一瓶消えていたが、現実であれば一瓶でも暫くは保つだろう。
「必ずステラに渡します。これは俺がこちらから帰る途中で見つけた事にすれば宜しいでしょうか? それから貴方には会う事も出来ずに門前払いにされた、と周囲には話します。そうすれば、繋がりを疑われる事も少なくなるでしょう」
ヤロミールの言葉に少々驚く。そこまで俺の意図を汲んでくれるのは予想外だった。確かに俺からでは受け取ってもらえないかもしれないと話した覚えはあるが、思ったよりも頭が切れるのかもしれない。
当初より冷静になっているような気がしなくもないので、彼もまたステラの香水に影響を受けていたんだろうか。
ルファスからの手紙に少し触れてあったが、実際に影響を受けていたであろうダグラスが言うにはどうやら洗脳に近い効果もあるらしい。そんな代物なんてますます野放しには出来ない。
「そうだな。そうしてくれると有り難い」
「承知致しました。……ところで、ステラに香水を渡すだけで宜しいのですか?」
すっかりおとなしくなったヤロミールは丁寧に、しかし少々不満そうにそう尋ねてくる。どこまで信用していいのか分からないからあまり重大な事は任せられないんだよな……。
どうしたものかと思案していれば、不意にダーランが動いた。
「お前さぁ、リアの為にどこまでやれるワケ? お前の覚悟が見えないからリアが頼み事出来ないんだよ。リアの狗ならもっと覚悟見せなきゃ」
ドスの効いた声で言われてヤロミールがハッとした顔をする。おい、今のはなんだ、今のは。
「俺が貴方に差し出せるものなんて少ないが……俺は貴方の為ならば命すら惜しくない! 貴方が望むなら今回の首魁である伯父の首でも王太子の命でも何でも獲ってこよう。だから、俺をもっとこき使って欲しい!」
こちらを見上げる深紫色の瞳は真剣だ。こちらがドン引きするくらいに。
なんだ、この扱い難い男はと思いながらも考えるのは程良い落とし所だ。ステラに近い男をみすみす逃すのは惜しいが……と思ったところでふととある魔道具の存在を思い出す。
これならば、話すだけでも十分証拠を集める事が出来る。ヤロミールだからこそ聞き出せる話もあるだろうし、上手くいけば、決定的な証拠になるかもしれない。
「……ダーラン、大至急用意して欲しいものがある。ヤロミール、君にはもう一つ頼み事を」
笑みを浮かべて二人を見れば、ダーランは俺の考えに気がついたのか獰猛な笑みを浮かべ、ヤロミールは嬉しそうに顔を綻ばせた。
ライネから卵を貰って数日。俺は毎日卵に魔力を注ぎながら大事に大事に抱えていた。
これが母性本能というやつなんだろうか。卵が可愛くて仕方ないのだ。どんな色の竜が生まれてくるのか、どんな名前にしようか。そう考えるだけで頭をフル回転させて王都に向けての指示を考える精神的疲労感も、死ぬ程手紙を書いて腱鞘炎になりかけの物理的な疲労感も失せるというものだ。
問題はオルテガの恨みがましげな視線が痛い事くらいだろうか。
「リア」
今日も今日とて卵を抱えながら書き物に追われていれば、名前を呼ばれた。顔を上げれば、ダーランがにこやかな顔でひらひらと手を振っている。
「悪いな。集中し過ぎてノックに気が付かなかった」
「そんな事だろうと思った。……頼まれ物が出来たから持ってきたよ」
手を止めた俺に苦笑をして見せながらダーランが俺のデスクに置くのは三本の小瓶だ。
造花で飾られ、淡いピンクの液体が満ちた小さな瓶。その中身が何なのか察して俺は思わず笑みを浮かべた。
一本手に取って蓋を開けて香りを嗅いでみると、見た目こそ『恋風の雫』にそっくりだが、こちらの方が爽やかな香りがする。アイテム説明欄には「物悲しい爽やかな香り」と書いてあったのでこれが『夜離れの露』の香りなんだろう。
香り的には全然悪くないんだが、これで相手の好感度が下がるなんて面白いな。
「……リクオルには良くよく礼をしておいてくれ」
「りょーかい。今後も調香の仕事はやらせて欲しいってさ。息子の病気もここにきてから少し良くなったって喜んでたよ」
「そうか……」
ダーランの報告に小さく息をつく。小さな子供を巻き込むのは本意じゃないし、救える命があるなら救いたい。その辺の考えはダーランも汲んでくれているのだろう。
「悪いが、ヤロミールを呼んでくれるか」
「それはいいけど……呼んで大丈夫? また暴走したりしない?」
オルテガがレインのところにいる事を知っているんだろうダーランが心配そうに呟く。そんな彼に向かって俺はにこりと笑って見せた。
「その時はお前がどうにかしてくれるだろう?」
「うぇー!? 俺は荒事には不向きなんですけどー」
ダーランが人使いが荒いと文句を言っているのを無視する。可愛こぶってもこの間ヤロミールの首根っこを引っ掴んで引きずって行ったのは忘れてないからな。
「今からでも遅くないからオルテガ様呼んだら?」
「アイツがいると私の仕事が進まん」
本気で卵に妬いているらしく、いつも以上にやたらと構ってくるのだ。そして、俺もオルテガに構われるのは満更でも無いからいちいち仕事が止まってしまう。レインの世話を頼んでやっと追い出したのを呼び戻したんじゃ元の木阿弥だ。
それにしても、卵の段階でこの調子じゃ竜が生まれたらどうなるんだろうか。この間は冗談めかしていたが、俺が竜を構い過ぎてオルテガを蔑ろにしたら本気で締め殺しそうな気がする。
「あー、なるほどね。じゃあしょうがないか」
俺が言わんとしている事を理解したのか、ダーランも苦笑いをする。それだけ愛されている証拠といえばそうなんだが、あまりに見境無く威嚇されるのも困りものだ。
「んじゃ、ちょっくら行ってくるから。その間は少し休憩したら?」
そう言い残して軽い足取りで部屋を後にするダーランを見送って溜め息を零す。書いても書いても終わらない手紙地獄にうんざりしながら痛む右腕を軽く揉む。
多少筋肉が付いてきたのか、シガウスに託した手紙を書いた時よりも痛みはマシになっているが、それでも腱鞘炎の一歩手前になっている気はする。この書き物責めが終わったら温泉でのんびりしたいなと思うが、時間的にそんな余裕もないかもしれない。
王都で開かれる社交シーズンの幕開けを告げる宴まであと一月半程。このレヴォネから王都までは馬車で一週間は掛かるし、少し早く入って王都の協力者達とも直接会って話しておきたい。
そう考えると、時間なんて残り僅かだ。
オルテガだってそう長く王都を留守にする訳にはいかない。とはいえ、今のところ本人は帰るつもりは無さそうだが、俺が王都に行くとなればついてくるだろう。
名誉を回復させた後にもアホみたいに大量の仕事があるのがわかっているから手を付けられるものがあるなら早いところ取り掛かりたいのも本音だ。また過労で倒れたら意味がない。
ふと思うのは俺の代わりに宰相代理をしているモーリス・シュー・ヴォルクンだ。
彼は俺やオルテガと同じく侯爵家の出で、学園でも同級生だった。セイアッド達には敵わなかったが、成績は優秀。今回の事でもノウハウもないのにそれなりに政務を回せている辺り、内政の才もあるようだ。戻ったら手伝ってくれないだろうか、なんて考えてみる。
モーリスがセイアッドに対してどんな感情を抱いているのかわからないから難しいかもしれないが、内政の部分で誰か手伝ってくれるなら大幅に負担は減るだろう。
色々考えながら視線を落として懐に抱いている卵を見る。手放すのが不安で、赤ん坊に使うスリング型の抱っこ紐を使ってずっと抱いているんだが、ますます可愛くなってきてしまった。
淡いクリーム色の卵殻をそっと撫でながら魔力を注ぐ。
一日に何度かこうして魔力を注ぐ事で竜の卵は成長して孵るのだという。生まれてくる竜の体色や瞳の色は親である魔力の主の影響を受け、その魔力に染まる。
育成要素としてあまりにも美味しい設定に、なんでゲームで実装していなかったのかと悔しくなった。本編にグラシアールどころかラソワの存在も匂わせ程度にしか出てきていないから致し方ないんだが、ゲーム本編に実装されていたら俺は竜育成にかかりっきりになる気がする。
「……早く生まれて来いよ」
卵に頬擦りしながら思わず呟く。こんなところオルテガに見られたらまた妬かれそうなんだが、正直卵に嫉妬するオルテガの姿も愛しいんだな、これが。
普段は優しい夕焼け色の瞳が、じっとりと恨みがまし気に俺を見る。愛情とか好意以外の視線を向けられる事が殆どないから、そうやって嫉妬されるのもまた嬉しく思ってしまう辺り、俺も重症だ。
普段振り回されているんだから、たまには翻弄してやりたい。そう言い訳をしながら俺は指先で卵をそっと撫でた。
ヤロミールはそれから程なくしてやってきた。
「セイアッド様! お呼びと聞いて参上致しました、貴方の狗です!」
ドアを開けるなり大声で狗だと名乗るとヤロミールが床で正座をし始め、俺はドン引きしつつも連れてきたダーランを見た。
ダーランは鳴らない口笛を吹きながらわざとらしく視線を逸らしている。誤魔化すのが下手くそか。
「……説明してもらおうか」
「いや、狗だって言うからこっちに来る道すがらその心構えを少しばかり説いたらなんか斜め上の方向に行っちゃって……」
余計な事を、と思いながらちらりと横目でヤロミールを見遣る。キラキラとした深紫色の瞳は期待に満ちて、俺の命令を今かいまかと待ち侘びているようだ。
まるでボールが投げられるのを待つ犬のような様子に溜め息を禁じ得ない。もうこうなったらどうにでもなれ。考えるだけ時間の無駄だ。
「んん……ヤロミール、君に頼みたい事がある」
「何なりとお申し付けください!」
ガバッと頭を下げるヤロミールのオーバーアクションにいちいちビクビクしてしまう。猫なんかは急で大きな動きに弱いと聞いた事があるが、今はその気持ちが良くわかる。何するか分からないから怖いんだよ、コイツ……。
「ステラ嬢にこれを届けて欲しい。彼女が探している香水だ」
なんとか平常心を取り繕ってヤロミールに香水瓶を差し出す。用意出来た香水は全部で三本だ。ゲーム内のアイテムは一回使用すると一瓶消えていたが、現実であれば一瓶でも暫くは保つだろう。
「必ずステラに渡します。これは俺がこちらから帰る途中で見つけた事にすれば宜しいでしょうか? それから貴方には会う事も出来ずに門前払いにされた、と周囲には話します。そうすれば、繋がりを疑われる事も少なくなるでしょう」
ヤロミールの言葉に少々驚く。そこまで俺の意図を汲んでくれるのは予想外だった。確かに俺からでは受け取ってもらえないかもしれないと話した覚えはあるが、思ったよりも頭が切れるのかもしれない。
当初より冷静になっているような気がしなくもないので、彼もまたステラの香水に影響を受けていたんだろうか。
ルファスからの手紙に少し触れてあったが、実際に影響を受けていたであろうダグラスが言うにはどうやら洗脳に近い効果もあるらしい。そんな代物なんてますます野放しには出来ない。
「そうだな。そうしてくれると有り難い」
「承知致しました。……ところで、ステラに香水を渡すだけで宜しいのですか?」
すっかりおとなしくなったヤロミールは丁寧に、しかし少々不満そうにそう尋ねてくる。どこまで信用していいのか分からないからあまり重大な事は任せられないんだよな……。
どうしたものかと思案していれば、不意にダーランが動いた。
「お前さぁ、リアの為にどこまでやれるワケ? お前の覚悟が見えないからリアが頼み事出来ないんだよ。リアの狗ならもっと覚悟見せなきゃ」
ドスの効いた声で言われてヤロミールがハッとした顔をする。おい、今のはなんだ、今のは。
「俺が貴方に差し出せるものなんて少ないが……俺は貴方の為ならば命すら惜しくない! 貴方が望むなら今回の首魁である伯父の首でも王太子の命でも何でも獲ってこよう。だから、俺をもっとこき使って欲しい!」
こちらを見上げる深紫色の瞳は真剣だ。こちらがドン引きするくらいに。
なんだ、この扱い難い男はと思いながらも考えるのは程良い落とし所だ。ステラに近い男をみすみす逃すのは惜しいが……と思ったところでふととある魔道具の存在を思い出す。
これならば、話すだけでも十分証拠を集める事が出来る。ヤロミールだからこそ聞き出せる話もあるだろうし、上手くいけば、決定的な証拠になるかもしれない。
「……ダーラン、大至急用意して欲しいものがある。ヤロミール、君にはもう一つ頼み事を」
笑みを浮かべて二人を見れば、ダーランは俺の考えに気がついたのか獰猛な笑みを浮かべ、ヤロミールは嬉しそうに顔を綻ばせた。
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