盤上に咲くイオス

菫城 珪

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 肌寒くなってきた事もあり、庭で話すのを切り上げた所でラソワ主従に屋敷にある温泉をすすめた。入浴の習慣が少ない地域らしいので驚いていたが、オルテガにも一緒に入ってもらって色々説明をお願いしている。
 親睦を深めるなら裸の付き合い、と言いたい所だが、俺は今現在自分の体を人様にお見せできない状態なので遠慮させてもらった。脱いだらいろんな意味ですごいんだ。主にオルテガがつけた痕のせいで。
 三人が風呂に入っている間に、俺は各所に出す手紙を書く事にした。王都に行くならついでに、とグラシアールがルファスに手紙を渡してくれるらしい。
 ルファスなら宰相代理の補佐官を続けてくれているので渡す機会もあるだろうし、ラソワ対応の矢面に立たされるのも恐らく彼だ。王太子や宰相代理達にはラソワとの繋がりがないからな。
 ラソワの者達と付き合うのが難しい事は他の連中も知っているだろう。セイアッドの補佐官としてついていた事で多少なりとも関わりがあるし、年も若いルファスに面倒事を押し付けるのが目に見えている。……ルファスには申し訳ないが、俺にとっては好都合な状況だな。
 グラシアールは全面的に協力してくれるそうなのでシガウス同様に全力で使わせてもらう事にした。使えるものなら自国の公爵だろうが隣国の王太子だろうがなんだって使い倒してやる。代わりに返り咲いた際にはしっかりお礼はさせてもらうつもりだ。
 そんな事を考えながら手紙を書き終えた所で俺の部屋のドアが開く。ノックもなく俺の部屋に入ってくるのはこの世界で一人だけだ。
「ラソワの二人を客室に送ってきた」
 視線を入り口に向ければ、オルテガが俺の方へと近付いてくる。まだ髪が濡れているのか、魔石ランプの柔らかな灯りを受けて宵闇色の髪が艶かしく輝いていた。
「悪いな、対応を任せて」
 自然と額に降ってくる口付けを受けながらオルテガの頬を撫でる。湯で温まったせいか、いつもより熱った頬は熱い。
「いい。お前の事を他の男に見せたくない」
 すり、と掌に擦り寄ってくるオルテガが俺を見て色っぽく笑う。ぐうぅ、またそんな顔をして。スチルでこういう顔を見せていたらもっとファンが増えていただろうに。いや、それはそれで妬けるな。
「手紙は書き終わったのか?」
「ああ、丁度な。後は封蝋をして明日渡すだけだ」
「封はしておいてやるからお前も入ってきたらどうだ。……中は見ないから」
 ぎゅうと俺を抱き締めながらオルテガが提案してくる。オルテガの事は信頼しているし、今回は彼が見た所で問題ない内容なんだが、気にしている所が可愛いから黙っておこう。
「じゃあ、お願いするよ。印璽はこれを使ってくれ」
 手に取って渡すのは私的なやり取りの時に使用する簡易的な家紋の刻まれた印璽……要するにシーリングスタンプだ。レヴォネ家が使用を許されている紋章はグリフォンと王笏。王笏というのは王威を示す為の宝具の一つで、杖みたいなものだ。
 レヴォネ家当主に代々受け継がれ、公的なやり取りで使うシーリングスタンプには王笏を戴いた盾をベースにその両脇を二頭のグリフォンがそれぞれ支えている細やかな彫刻が施されている。
 グリフォンは知識の象徴であり、レヴォネ家の者はその叡智を持って王笏を……王を支えるというのが家紋が持つ意味だが、セイアッドが個人的に使っている図柄はもっと簡素だ。
 家を象徴するグリフォンが桔梗の花を咥えているその図案はセイアッドがそうありたいと願う姿。自らの持つ知識で誠実に仕え、変わらぬ愛を民に誓う。そんな願いを込めて作ったものだ。
 オルテガが私的に使っているシーリングスタンプは月を支える竜だったか。武勲の誉高いガーランド家の象徴は竜と宝剣だ。宝剣もまた王威を示す宝具の一つで、ガーランド家もまた国にとって重要な家なのだと示している。
「蝋はそこに、スプーンはそこだ。あとは任せたぞ」
 道具の位置をそれぞれ教えてから俺は部屋を出た。
 レヴォネの屋敷にも温泉は引いてある。別荘には少々劣るかもしれないが、こちらも自慢の逸品だ。源泉掛け流し、総大理石製の風呂は贅沢に高級な素材を使いつつも上品な出来に仕上がっている。さすがはご先祖様、素晴らしいセンスだ。
 そして、風呂に向かいながらふと悪戯を思い付く。ここ数日オルテガにはレインの相手も任せきりだし、今日は随分ヤキモキさせたようだ。たまには御褒美も必要だろう。オルテガの反応が楽しみだと思いながら鼻歌まじりで浴場に向かった。
 
 そして、諸々の準備を済ませて小一時間程経ってから部屋に戻るとオルテガはソファーで本を読んでいた。俺が戻ってきたと見ると彼はすぐさま本を閉じて手招きをする。
 呼ばれるままに近寄れば、立ち上がったオルテガにそっと抱き締められた。普段はオルテガの方が体温が高いが、今は風呂上がりの俺の方が少し温かい。
「あんまり遅いから風呂で寝ているのかと思った」
「ちょっと準備していて」
「準備? 何のだ」
「そんなの、決まっているだろう」
 耳元で囁いてからとん、とオルテガの肩を押してソファーに座らせると俺は着ていたパジャマの下を脱いでみせる。そのまま愕然とした顔で俺を見ているオルテガの膝を跨ぐようにして座れば、やっと彼は我に帰ったようで夕焼け色の瞳がギラついたものになった。
「竜に跨るのも良かったが、やはりこちらの方がいい」
 オルテガの肩に片手を掛けながらもう片方の指先でオルテガの腹をなぞる。素直に小さく震える体が愛おしくて堪らない。
「……自分でしたのか?」
 大きくて熱い手が俺の腰を撫でる。それだけなのに背筋に甘い痺れが這い上がり、思わず吐息が零れた。
 確かめるように下着の中に大きな手が入ってきて尻を撫でる。辿るように指先が向かうのは後孔だ。先程風呂で慣らしてきたソコは香油で濡れている。
 濡れた感触に触れたのだろう。オルテガが驚いた顔をするが、それも一瞬だ。ぐいと腰を抱き寄せられて密着する体。あの香水の匂いはしないが、俺と同じ石鹸の香りがした。
「次は俺の目の前でして見せてくれ」
 耳元で低い声が強請る。そのまま首筋に熱くて濡れた舌が這いずるから思わず体がびくりと震えた。
 うーん、オルテガの前では流石に恥ずかしいから断りたいところなんだが、多分やったらコイツはめちゃくちゃ悦ぶな。上手く誘導したらまた激しくしてくれるかもしれない。
 気絶してもなお抱かれ続けたあの夜のことを思い出して仄暗い欲望が湧き上がる。あの快楽を得られるなら、多少の羞恥くらい安いものだ。
「……いいよ。代わりにまた激しくしてくれ」
「お前、クセになってないか?」
 翌日の惨状を思い出したのか、オルテガが苦い顔をする。しかし、体は正直なもので大きな手はずっと俺の体を撫でているし、指がナカに侵入してきた。
「あ……」
 長い指を難なく咥え込むソコにすぐにもう一本指が侵入してくる。背筋を逸らしながら快楽を受け入れれば、甘い声が漏れた。
 すっかりオルテガに染まった身も心も彼が欲しいと疼いて仕方がない。胎の奥が彼の熱を待ち侘びている。
 ナカで蠢く指が与える刺激に溺れていれば、オルテガ自身が兆して服の中で窮屈そうにしているのが目に入った。嗚呼、もっと素直になれば良いのに。
「お前だって本当はしたいんだろう?」
 耳元で囁きながら頬を撫でて真っ直ぐに夕焼け色の瞳を見つめる。どんなに隠したって鉄の城塞で出来た理性の奥、餓えたけだものがいる事を既に知っているのだから。
 突然後孔から指が引き抜かれ、びくりと体が震えた。続けて気まずそうに逸らされる視線を許さない。すいと顔を近付けて真っ直ぐに見つめる。俺は素直にお前を求めて続けているというのに、逃げる事は許さない。
 傷付けたくないなんて綺麗事はいらない。お前が抱える本性を全て曝け出して欲しいのだ。
「認めてしまえ。私が欲しくてほしくて堪らないのだと。身の内にいる獣のまま、私を求めたいのだと。……その獣だって私は愛し尽くしてやる」
 俺の言葉と態度に引く気はないと思ったのだろう。オルテガが深いため息をつき、目を伏せた。次に俺を見た夕焼け色の瞳には激しい情欲の焔が灯っている。
 そんな瞳で見つめられるだけでどうしようもなくゾクゾクしてしまう辺り、俺ももう引き返せないところにいるのだろう。
「最近お前が身につけているあの香水、何か入っているんだろう?」
 ついでに気になっていた事をそっと訊ねれば、オルテガの表情が微かに曇る。全く愚かな事だ。ステラでもあるまいに、物に頼らなければこの心を繋ぎ止めておけないとでもいうのか。
「あんな物に頼るくらいなら素直に言葉と態度で示せ。どんなに醜い執着でもきつい束縛でも何でも私はお前を受け入れてやる」
 そんなに信じられないのかとムッとして胸ぐらを掴みながらそう啖呵を切れば、オルテガが小さく笑みを浮かべて俺を抱き締める。いつもより強い力で抱き締める腕は少し苦しいくらいだ。
「……本当に後悔しないか? 俺はお前が思っているような人間じゃない。お前の知らない所で汚い事もしてきたし、リアの事となると感情が抑えられない。そのうちに、お前を傷付けそうで怖いんだ」
「はぁ?」
 今更何を言い出すんだか。こんなに俺達を染めて、お前無しで生きていけないようにしておいて今更になってそんな事を言うのは卑怯だ。
「今ここで私が拒絶したらどうするつもりだ」
「……お前の前から去って二度と姿は見せない」
 オルテガの返事にイラッとして思わず相手の頭に思い切りチョップをおみまいしてやった。結構綺麗にキマッて俺も手が痛いが、オルテガの方にもしっかりダメージが入ったらしい。
 攻撃されると思っていなかったのか、オルテガがびっくりした顔をして俺を見ている。
「お前は! 本当に私が何も知らないとでも思っているのか! 仮にも五年間宰相だったんだぞ!」
 オルテガが国の暗部を背負っている事はとっくの昔に知っている。国の為に暗殺なんかを手掛けた事も、セイアッドの為に幾人かの者を追いやった事も。この領地に来てからも数人の者を闇に葬った事も。
 まさかセイアッドが本当に純粋無垢な存在だとでも思っていたのか? いくらなんでもフィルターが掛かりすぎだろう。
「綺麗事ばかりで国が回せるか! 私だって必要なら手を汚してきた。本気で私を伴侶にしたいと言うのなら逃げるな! そもそも今更ちょっと行き過ぎた独占欲だとか執着心程度の事で私がお前を嫌うと思っているのか!」
 感情が昂ってつい捲し立ててしまった。これには「私」の感情も大いに混じっている。
 何となくあの香水に違和感を感じていたし、触れ合う時にも何となく一線を引いている部分があるとは思っていたが、まさかこんなに愛執を拗らせているとは思わなかった。
「逃げるくらいなら初めから手を出すな。中途半端なのが一番気に食わない」
「……すまない」
 ギッと睨み付けながら責めれば、オルテガがしょんぼりと肩を落とした。謝って欲しい訳ではない。オルテガの頬を抓りながらじっと夕焼け色の瞳を見る。
「……そんなに私の想いが信じられないのか。結婚したいと言った言葉は偽りだったのか?」
「違う! これは俺の気持ちの問題でお前を疑っている訳では」
「なら、腹を括れ。あの香水を使ったのは逃す気がない証拠だろう。手放す気がないなら最期まで貫き通せ。それが出来ないならこれ以上私に触れるな」
 突き放した言葉に、夕焼け色の瞳が大きく揺れる。俺は、俺達はとっくの昔に覚悟を決めているんだ。
 お前はどうする、オルテガよ。
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