盤上に咲くイオス

菫城 珪

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37 一触即発……?

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37  一触即発……?
 
「グラシアール」
「オルテガ」
 ハラハラしながらオルテガの腕の中で様子を窺う。いざとなったら俺が身を挺してでも喧嘩を止めないと戦争になりかねんのでは…!?
 静かにお互いの名前を呼び合ったかと思ったらグラシアールが徐ろにこちらへと近付いてきた。なんだ、いきなり殴り合いか?俺を巻き込むなよ!?と思った矢先だ。
 二人して同時に腕を出したかと思ったらガシッと力強く握手する。何が起きているのか分からずに混乱する俺を他所にオルテガとグラシアールはお互いにクロスするように腕を組み、楽しそうに笑っている。
 あー、これはあれか。強敵と書いて「とも」と読むやつだ。少年漫画によくあるアレ。
「久しいな、オルテガよ。息災そうで何よりだ」
「グラシアールの方こそ元気そうだな。……所で何故ここに?」
「それは俺の台詞だ。そして、なんだその腕は」
 不満そうに俺の腹に回るオルテガの腕を見遣るグラシアール。背後からはオルテガがふっと笑う気配がした。
「リアは俺の伴侶だ」
 頭上からするオルテガの声に思わずボッと顔が熱くなる。やばい、恥ずかしいがこれは嬉しい。思わず頬を両手で隠していれば、グラシアールが苦笑する。
「はー……そこまで見せつけてられては奪えんな」
「他のものはくれてやるが、リアだけは絶対に譲らないぞ」
 ぎゅっと抱き寄せられてオルテガの体温と匂いが近くなってくらくらする。また心臓が暴れている。ダメだ、本気でこの香水を禁止にしないと俺の心臓がもたない。
「旦那様、お茶のご用意出来ました」
 キャパオーバーを起こして思考がフリーズしている所に穏やかに響くのはアルバートの声だ。それを聞いて客人が来ているのにまだ碌に案内すらしていない事に思い至る。流石有能執事だ。
「ご案内もせずに申し訳ない。アール様、シュアン殿、お疲れでしょうからどうぞ中へ」
 慌てて取り繕うが、オルテガの腕が俺の腹から離れない。さっさと離せという意味を込めて軽く睨み上げるが、にっこり笑われてそのまま腰を抱かれてエスコートされる形になる。
 なんで客が来る度にこうなるんだと思いながらもここで怒ったりしても体力の無駄だと諦めてオルテガの腕に身を任せて歩き出す。まだこれから体力と精神力を使う事が待ってるからな……。
 グラシアールの様子からしてセイアッドに対するお叱りではないだろうが、それでも外交問題に変わりはない。これ以上の内憂外患の事態は避けなければ。恨むぞ、王都で軽率な発言をした大馬鹿め!
 
 屋敷内に通してラソワの二人にリビングで寛いでもらって二時間ほど。俺は生きた心地がしなかった。
 すっかり砕けた様子のグラシアールとの話はいい。腹を割って話せば案外接しやすい奴だったのは僥倖だ。オルテガとの事を心から祝福してくれたことが嬉しかったし、これなら諸々の話も早いだろう。
 問題は俺の座る位置。
 何でいくつも席が空いてるのに俺がオルテガの膝の上に座らなきゃならんのだ。
「……フィン、いい加減降りていいか」
 何度目かのお願いだが、離すものかと言わんばかりに腹に回された腕でぎゅっと抱き締められる。本当に勘弁して欲しい。グラシアールとシュアンの視線が痛いし、俺は俺でオルテガの熱と匂いで気が散ってしょうがないんだよ!
 ついでに座り心地も良くない。これは俺の尻の肉付きが悪いせいか。
「そろそろ真面目な話がしたいから降ろせ。気が散る」
 いい加減にしろと俺の腰を抱く手の甲をつねってやれば、やっとの事で腕が緩む。しかし、見上げた先のオルテガは非常に不服そうだ。
 何だその目は。お前が必要以上に構うせいで羞恥やら歓喜やらなんやらで千々に乱れる俺達の心にもたまには気を使え。
「んんっ、改めて訪問の理由をお聞きしても?」
 やっとオルテガの膝から解放され、軽く咳払いをして場を仕切り直せば、相対していたグラシアールも空気を切り替えてきた。居るだけで場の空気がひりつくようなその雰囲気はまさに王者だ。
「先日、貴国に派遣していた大使より連絡が入った。無関税で取引される約定の我が国の絹に関税を掛けたいと。それも法外の額だ」
「……どこの大馬鹿だ、そんなことを言い出したのは」
 まだ話のさわりしか聞いてないのに既に頭が痛いんだが。どこのどいつだ、即刻クビにしろ。
 ラソワ国とローライツ王国は長らく膠着状態にあった。紐解けばその戦火の歴史は何百年も前に遡る事が出来る。
 ラソワは寒さが厳しく定期的に餓えに襲われ、ローライツは鉱物資源に乏しくまた肥沃とはいえ国土はラソワの半分もない。互いにない物を欲しがって争い続けてきたのだ。
 四年前の大冷害はそんな折に何の前触れもなくこの大陸を襲った。
 寒さに植物は育たず、家畜も痩せる。また前兆もなかったが故に備えは足りない。この大陸に暮らすあらゆる者達が飢えた。
 特に元々寒さが厳しかったラソワの飢餓は深刻だった。戦争を起こして他所の領地を奪う力もない程急速に国力は衰え、餓死者が増えるばかり。
 そんな時、救いの手を差し伸べたのは他でもないセイアッドだ。『私』は宰相になりたてとはいえ、ラソワへの支援を素早く取り纏め、レヴォネ領民達を説き伏せて直ぐに食糧を送った。初めは敵国からの支援に訝しげにしていたラソワの者も、宰相自ら出向いて食糧を運んできた姿には心打たれ、ローライツの支援を受け入れる事にした。
 その時から、ラソワの者達はセイアッドに対して友誼を感じているのだという。だからこそ、長らくの膠着状態が解かれ、多少のしがらみは残れども新たな国交が生まれたのだ。
 国交を回復させる際に、ラソワとローライツで結ばれた約定がいくつかある。そのうちの一つが絹の取り扱いについてだ。
 ラソワの絹は大陸内で最も品質が高く希少なものだ。その絹を手に入れようとどの国も躍起になっている。それ故に、少しでも融通してもらおうと関税を引き下げたり、輸入価格を上げたりとどこも必死にラソワに取り入っていた。
 そんな中で、この約定によるローライツの扱いは一際特別だといってもいいだろう。
 ラソワとローライツの間で結ばれたのは無関税による絹の取引だ。ラソワは無関税で絹の交易を行う代わりにその量と価格を他国よりも優遇し、ローライツは食糧の輸出増量及び品種改良の協力関係を結んだ。
 関税を掛けられない事で一見するとローライツに損があるように見えるが、食糧の輸出は増やしたと言えどもその量は微々たるものだし、そもそも絹の流通価格が他国に比べて格段に安い。品種改良に関してはお互いに利がある。
 言うなれば、ラソワの絹を特別待遇で扱えるという特権を、殆ど対価を払わずにローライツは得ている状態だったのだ。
「どういう事なのかご説明願いたい……と言いたい所だが、お前に聞いてもわからんか」
「私が聞きたいくらいだ」
「だよなぁ。お前が追放された後の話だからな」
 お互いに深い溜息をつきながらどうしたもんかと考える。利用させてもらえるならがっつり利用させて欲しい所だが、あんまりやり過ぎると外交問題にもなりかねないからな……。
「よし、今からひとっ飛びして王都に行って聞いてくるか!」
 どうするか思案していたところでグラシアールがポンと膝を打ってとんでもない事を言い出した。確かに竜の翼があれば、王都までひとっ飛びだろう。
「待ってくれ。行くのは構わないが、せめて先触れくらいは出してやって欲しい」
 慌てて提案すれば、グラシアールはなるほどと呟き、シュアンに視線を向けた。シュアンは軽く会釈をすると直ぐに部屋を出て行く。このまま彼があの白いドラゴンと共に先触れとして王都へと飛ぶのだろう。
「お優しい事だな。ビビらせてやれば良いのに」
「敵対している者はどうでもいいが、私の大事な部下達が過労死する」
「む、それは確かに」
 迷惑掛ける自覚があるのかよ。小さく溜息を零しつつ、アルバートに視線を向ける。今の話を聞いていたなら客間の準備は進めてくれるだろう。
 いくら竜の翼があるとはいえ、今日中にシュアンが先触れとして王都を訪れ、そのまま蜻蛉返りに戻ってきた上で王都へ行くのは流石に無理がある。ここは一晩泊まってもらうべきだろう。
 問題はその客間が今現在オルテガの部屋になっている事くらいか。ちらりと横を見上げれば、オルテガが柔らかく微笑む。部屋移動了承の合図と見てとっていいだろう。
 とはいえ、そもそも俺の寝室で過ごす事が殆どでそのまま俺のベッドで一緒に寝てたから客間はあんまり使ってなかったんだけどな。オルテガには今まで通り俺の部屋で寝てもらおう。
 隣のオルテガはそのせいか御機嫌そうだ。はしゃぐのは結構だが、先にお説教だからな。客が来る度にあんな事されたんじゃ宰相の威厳も何もあったものじゃない。この際、俺の理性の弱さは全力で棚に上げてやる。
「シュアン殿が戻られるまでは我が家でお寛ぎを。大したもてなしはできないが……」
「いや、気にするな。急に押し掛けたこちらが悪い」
 本当にな。次からはせめて先触れを頼みたいところだ。
 さて、もてなしの事を考えねば。
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