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閑話 ギニョール達のバーレスク2
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閑話 ギニョール達のバーレスク2
「殿下!! お願いが御座います!!」
不躾な大声と共に王太子ライドハルトの執務室に入ってきたのは宰相代理を任せているモーリス・シュー・ヴォルクン侯爵だ。
元は恰幅が良く、丸々とした男だったが、今は見る影もなく痩せて憔悴している。服もサイズが合わないのか、ズボンを手で押さえているし上着も肩がずり落ちていた。
そんなみっともない格好をした男の乱入に、ライドハルトは隠しもせずに秀麗な顔を顰めた。ただでさえ仕事が溜まっていてステラとの時間が取れずに機嫌が悪かったというのに。
「なんだ。貴殿にはこんな所に来る暇なんてないだろう」
「もう限界で御座います! 仕事量の見直しと早急に補佐官の増員をお願いしたい!」
机を叩きながらがなりたてるヴォルクンの声に、ライドハルトはうんざりする。
どいつもこいつも口を開けばこればかりだ。自分の無能さを棚にあげて仕事が進まない理由を人手不足だと文句を言う。
特にヴォルクンの訴えが煩わしい。追い出した宰相セイアッド・リア・レヴォネが出来ていたのだから自分はもっと完璧にこなして見せると息巻いたのは他でもないこいつだというのに。
「増員は先日掛けたばかりだろう。レヴォネ卿にも出来たのだからもっと完璧にやってみせると息巻いたのは貴殿だ。何故出来ない」
「それは……!」
セイアッドの名を出せば、プライドの高いヴォルクンは言い淀んだ。普段ならばここで引き下がるからもういいだろうとペンを取った時だ。
「……いや、もう限界だ! あんな量がこなせる訳がない!! だから、アイツだって!!」
髪を掻きむしりながら再び大声をあげるヴォルクンは鬼気迫る表情でライドハルトを見た。艶の失せた灰色の髪を振り乱し、激務に痩せ細った相貌。寝不足が祟った目の下には色濃く隈が蹲り、白目も血走っている。そして、それほど憔悴しているというのに薄い青色の瞳だけが爛々としていた。
まるで幽鬼のような様相に、思わずライドハルトは気圧された。
「わ、わかった。もう少し人員が増やせるよう陛下に掛け合おう」
「お願いしますよ!? それから元からいる補佐官共にも一言言ってやってください! 奴等が碌に仕事をしないせいだ!!」
間近で唾を飛ばしながら王太子に向かって怒鳴るヴォルクンは自らの立場も身分の差もわからない程追い詰められていた。側近や近衛騎士達に宥められながらも半狂乱で騒ぐヴォルクンの姿に、ライドハルトは溜息を零す。
確かに、ヴォルクンの言う通りセイアッドを追い出してから仕事の量は増えている。大臣達からの陳情も無視出来ない頻度で上がるようになって来たし、王太子であるライドハルトの元にもあらゆる仕事が回されるようになって来た。
考えたくないが、セイアッドだからこそこなせていたのだろうか。うんざりしながら執務室から追い出されていくヴォルクンの背中を見る。
積もり始めた仕事は放置出来ない量になりつつあり、その分ステラとの時間が持てなくなってきた。代わりに側近であり、財務大臣の息子であるダグラス・カイ・ノーシェルトと前騎士団長子息であるマーティン・マーク・ガーランドに彼女の相手を頼んでいるが、ライドハルトとしては気が気ではない。
身分の差はあれど、幼い頃から共に過ごして来た親友だからこそ、彼等もまたステラに恋しているのがわかってしまうから。
真面目で物静かなダグラスが誰かに対してあんなに楽しそうに話す姿を見た事がない。お調子者のマーティンがあれ程真剣に誰かの身を案じている姿を見た事がない。親友達の様子に、またステラを見る瞳に、何も気が付かない訳がない。
こうしている間にも、彼等とステラの距離が近くなる事をライドハルトは恐れていた。ステラにプロポーズはしたものの、「まだ早いわ」とやんわり断られている事と国王からの許しがなく、正式な婚約者にはなっていないからだ。それから父にもステラにも幾度か仄めかしているが、その度に話題を逸らされてしまったり、話を打ち切られてしまう。
「はぁ……」
思わず頭痛を覚えて溜息を零す。早く仕事を片付けて愛しい恋人の元に駆け付けたいが、いくら手を動かしても仕事は終わらない。それどころか新たな案件が積み上げられて雪だるま式に仕事が増えていくばかりだ。
「殿下」
「今度はなんだ?」
それなのに、新たに声を掛けられて苛立ちながら顔を上げれば、そこにいたのは書類を抱えて浮かない顔をしたダグラスだった。心無しか疲れたような表情をしている彼はいつもなら綺麗に整えている淡い空色の髪も乱れている。
「どうした、今日はステラの相手を頼んだだろう」
「……これを御覧ください」
驚いて尋ねると、ダグラスは冴えない表情のまま数枚の書類をライドハルトに差し出して見せた。側近であり親友の様子に困惑したままライドハルトは書類に目を通し、そこに書かれた内容に愕然とする。
「これは……?」
「殿下とその婚約者に関する予算、及びここ最近の支出についての書類です」
恐る恐る尋ねると、ダグラスが淡々と応える。彼が差し出した書類には恐ろしい事が書かれていた。
元より王族と言えど無制限にお金が使える訳ではない。用途別にきっちりと予算の振り分けが行われており、それを超える物や予算で賄えない物は個人の私財から出す事が決まりになっていた。
書類に書かれた額面は見た事のない支出額が記載されている。それこそ、婚約者に使える予算の数倍を優に超えていた。
「な、なんだこれは!? 何故こんな事に?」
「明細は二枚目以降の書類に。……殿下、現在頼んでいる物だけで既に殿下に割り振られた予算でも支払いが不可能になっております。商人の方からも支払いがない事で不満が上がっていますが……如何致しましょう」
ダグラスの言葉を聞きながら二枚目以降の明細に目を通す。それぞれの額面もそこそこ大きいが驚くべきはその件数だった。
ずらりと並ぶのはドレスや宝石といった装飾品のみならず、調度品に観劇、高級な食品など多岐に渡る。そして、ドレスや宝石も高価な物ばかりでそれを片手では足りない量を頼んでいた。
「なんだ、この量は……」
「ステラに尋ねたところ、『殿下が好きに買っていいと言った』と」
「た、確かに強請られはしたが、こんな量だとは思わなかったぞ! そもそも何で報告がなかった!?」
可愛らしい少女のおねだりに負けて確かに許可は出した。しかし、この量は常軌を逸している。
「殿下、その話は後に致しましょう。支払いはどうなっているのかと商人達がステラの元に詰め寄っているのです」
「ぐ……わかった。私の私財から出すよう手続きを頼む」
「承知致しました。殿下、今一度ステラとお話を。此度の事はいくらステラと言えど流石に看過出来ません。……いずれ国母となる身なのですから、お金の使い方は覚えてもらわなくては」
太陽のような金色の瞳を悲しげに細めながらダグラスが忠告する。彼はステラを想いながらも身を引く決意をしたようだ。そんな親友の悲痛な声にライドハルトは頷くしかない。
ダグラスはライドハルトの机に積み重なった書類を見ながら小さく溜息を零す。その時はライドハルトも失恋した心痛によるものだと思っていた。
「……僕達は本当にこれで良かったんでしょうか」
ぽつりと落ちたダグラスの呟きは重い。
「え……?」
「いえ、何でもありません。商人達に支払いを済ませて参りますので、こちらの書類にサインを」
尋ねようとしたが、ダグラスは直ぐに切り替えて一枚の書類を差し出した。そこには支払いに王太子の私財を使う事とその承諾についての文言が書かれている。
ざっと目を通して署名をすると、ダグラスはその書類を確認して足早に退出していった。どうやら、商人達に詰め寄られているというステラの元へと急ぐつもりのようだ。
独り残されたライドハルトはダグラスの残した言葉と手元にある書類の内容を噛み締める。こんな浪費が国民に知れればどう思われるのか。それが分からない程ライドハルトは鈍くはない。
早急にステラと話し合う必要がある。その為にも、早く仕事に区切りをつけなくては。
暗澹とした気分のまま、ライドハルトは明細を傍へと押しやり、別の書類へと手を伸ばした。
「殿下!! お願いが御座います!!」
不躾な大声と共に王太子ライドハルトの執務室に入ってきたのは宰相代理を任せているモーリス・シュー・ヴォルクン侯爵だ。
元は恰幅が良く、丸々とした男だったが、今は見る影もなく痩せて憔悴している。服もサイズが合わないのか、ズボンを手で押さえているし上着も肩がずり落ちていた。
そんなみっともない格好をした男の乱入に、ライドハルトは隠しもせずに秀麗な顔を顰めた。ただでさえ仕事が溜まっていてステラとの時間が取れずに機嫌が悪かったというのに。
「なんだ。貴殿にはこんな所に来る暇なんてないだろう」
「もう限界で御座います! 仕事量の見直しと早急に補佐官の増員をお願いしたい!」
机を叩きながらがなりたてるヴォルクンの声に、ライドハルトはうんざりする。
どいつもこいつも口を開けばこればかりだ。自分の無能さを棚にあげて仕事が進まない理由を人手不足だと文句を言う。
特にヴォルクンの訴えが煩わしい。追い出した宰相セイアッド・リア・レヴォネが出来ていたのだから自分はもっと完璧にこなして見せると息巻いたのは他でもないこいつだというのに。
「増員は先日掛けたばかりだろう。レヴォネ卿にも出来たのだからもっと完璧にやってみせると息巻いたのは貴殿だ。何故出来ない」
「それは……!」
セイアッドの名を出せば、プライドの高いヴォルクンは言い淀んだ。普段ならばここで引き下がるからもういいだろうとペンを取った時だ。
「……いや、もう限界だ! あんな量がこなせる訳がない!! だから、アイツだって!!」
髪を掻きむしりながら再び大声をあげるヴォルクンは鬼気迫る表情でライドハルトを見た。艶の失せた灰色の髪を振り乱し、激務に痩せ細った相貌。寝不足が祟った目の下には色濃く隈が蹲り、白目も血走っている。そして、それほど憔悴しているというのに薄い青色の瞳だけが爛々としていた。
まるで幽鬼のような様相に、思わずライドハルトは気圧された。
「わ、わかった。もう少し人員が増やせるよう陛下に掛け合おう」
「お願いしますよ!? それから元からいる補佐官共にも一言言ってやってください! 奴等が碌に仕事をしないせいだ!!」
間近で唾を飛ばしながら王太子に向かって怒鳴るヴォルクンは自らの立場も身分の差もわからない程追い詰められていた。側近や近衛騎士達に宥められながらも半狂乱で騒ぐヴォルクンの姿に、ライドハルトは溜息を零す。
確かに、ヴォルクンの言う通りセイアッドを追い出してから仕事の量は増えている。大臣達からの陳情も無視出来ない頻度で上がるようになって来たし、王太子であるライドハルトの元にもあらゆる仕事が回されるようになって来た。
考えたくないが、セイアッドだからこそこなせていたのだろうか。うんざりしながら執務室から追い出されていくヴォルクンの背中を見る。
積もり始めた仕事は放置出来ない量になりつつあり、その分ステラとの時間が持てなくなってきた。代わりに側近であり、財務大臣の息子であるダグラス・カイ・ノーシェルトと前騎士団長子息であるマーティン・マーク・ガーランドに彼女の相手を頼んでいるが、ライドハルトとしては気が気ではない。
身分の差はあれど、幼い頃から共に過ごして来た親友だからこそ、彼等もまたステラに恋しているのがわかってしまうから。
真面目で物静かなダグラスが誰かに対してあんなに楽しそうに話す姿を見た事がない。お調子者のマーティンがあれ程真剣に誰かの身を案じている姿を見た事がない。親友達の様子に、またステラを見る瞳に、何も気が付かない訳がない。
こうしている間にも、彼等とステラの距離が近くなる事をライドハルトは恐れていた。ステラにプロポーズはしたものの、「まだ早いわ」とやんわり断られている事と国王からの許しがなく、正式な婚約者にはなっていないからだ。それから父にもステラにも幾度か仄めかしているが、その度に話題を逸らされてしまったり、話を打ち切られてしまう。
「はぁ……」
思わず頭痛を覚えて溜息を零す。早く仕事を片付けて愛しい恋人の元に駆け付けたいが、いくら手を動かしても仕事は終わらない。それどころか新たな案件が積み上げられて雪だるま式に仕事が増えていくばかりだ。
「殿下」
「今度はなんだ?」
それなのに、新たに声を掛けられて苛立ちながら顔を上げれば、そこにいたのは書類を抱えて浮かない顔をしたダグラスだった。心無しか疲れたような表情をしている彼はいつもなら綺麗に整えている淡い空色の髪も乱れている。
「どうした、今日はステラの相手を頼んだだろう」
「……これを御覧ください」
驚いて尋ねると、ダグラスは冴えない表情のまま数枚の書類をライドハルトに差し出して見せた。側近であり親友の様子に困惑したままライドハルトは書類に目を通し、そこに書かれた内容に愕然とする。
「これは……?」
「殿下とその婚約者に関する予算、及びここ最近の支出についての書類です」
恐る恐る尋ねると、ダグラスが淡々と応える。彼が差し出した書類には恐ろしい事が書かれていた。
元より王族と言えど無制限にお金が使える訳ではない。用途別にきっちりと予算の振り分けが行われており、それを超える物や予算で賄えない物は個人の私財から出す事が決まりになっていた。
書類に書かれた額面は見た事のない支出額が記載されている。それこそ、婚約者に使える予算の数倍を優に超えていた。
「な、なんだこれは!? 何故こんな事に?」
「明細は二枚目以降の書類に。……殿下、現在頼んでいる物だけで既に殿下に割り振られた予算でも支払いが不可能になっております。商人の方からも支払いがない事で不満が上がっていますが……如何致しましょう」
ダグラスの言葉を聞きながら二枚目以降の明細に目を通す。それぞれの額面もそこそこ大きいが驚くべきはその件数だった。
ずらりと並ぶのはドレスや宝石といった装飾品のみならず、調度品に観劇、高級な食品など多岐に渡る。そして、ドレスや宝石も高価な物ばかりでそれを片手では足りない量を頼んでいた。
「なんだ、この量は……」
「ステラに尋ねたところ、『殿下が好きに買っていいと言った』と」
「た、確かに強請られはしたが、こんな量だとは思わなかったぞ! そもそも何で報告がなかった!?」
可愛らしい少女のおねだりに負けて確かに許可は出した。しかし、この量は常軌を逸している。
「殿下、その話は後に致しましょう。支払いはどうなっているのかと商人達がステラの元に詰め寄っているのです」
「ぐ……わかった。私の私財から出すよう手続きを頼む」
「承知致しました。殿下、今一度ステラとお話を。此度の事はいくらステラと言えど流石に看過出来ません。……いずれ国母となる身なのですから、お金の使い方は覚えてもらわなくては」
太陽のような金色の瞳を悲しげに細めながらダグラスが忠告する。彼はステラを想いながらも身を引く決意をしたようだ。そんな親友の悲痛な声にライドハルトは頷くしかない。
ダグラスはライドハルトの机に積み重なった書類を見ながら小さく溜息を零す。その時はライドハルトも失恋した心痛によるものだと思っていた。
「……僕達は本当にこれで良かったんでしょうか」
ぽつりと落ちたダグラスの呟きは重い。
「え……?」
「いえ、何でもありません。商人達に支払いを済ませて参りますので、こちらの書類にサインを」
尋ねようとしたが、ダグラスは直ぐに切り替えて一枚の書類を差し出した。そこには支払いに王太子の私財を使う事とその承諾についての文言が書かれている。
ざっと目を通して署名をすると、ダグラスはその書類を確認して足早に退出していった。どうやら、商人達に詰め寄られているというステラの元へと急ぐつもりのようだ。
独り残されたライドハルトはダグラスの残した言葉と手元にある書類の内容を噛み締める。こんな浪費が国民に知れればどう思われるのか。それが分からない程ライドハルトは鈍くはない。
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