盤上に咲くイオス

菫城 珪

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26 毒の使い方

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26  毒の使い方
 
 幾許の波乱と不穏事項を作りながらも食事会はそれなりに和やかに終わった。
 帰り際にシガウスを見送りに外に出れば、外は快晴で夜空には一面の星が散って瞬いている。公爵家の馬車に乗り込むと、シガウスは窓を開けて顔を出してきた。
「次に君と会うのは祝夏の宴になりそうだな。会えるのを楽しみにしている」
「こちらこそ。……サーレ殿、ご助力に感謝を。貴方のお陰で思ったよりも早くケリがつけられそうだ」
「ははは、特等席で王族主演の出し物が見られるなんてそうない機会だからな。代わりにレインの事を頼んだぞ」
 それだけ言うとシガウスがひらりと手を振って馬車が走り出す。軽快なリズムで走り出した馬車を見送っていれば、ヴィエーチルに跨ったオルテガが俺の方へと白馬を寄せて来た。
「公爵の見送りに行ってくる」
「ああ、頼んだ」
 馬上から器用に俺の頭を撫でると、あっという間にオルテガを乗せたヴィエーチルが公爵家の馬車を追って駆けて行く。その後ろ姿を見送って俺は小さく溜息をついた。
 シガウスに書類を渡した瞬間から事態は動き出した。これから祝夏の宴までは休み無しで動き回らなければならないだろう。シガウスから王都にいる各人に書類が回ればもう後には退けない。
 俺か、毒蟲共か。どちらかが斃れるまで争いは終わらない。
 だが、負けてやるつもりなどなかった。精々今のうちに甘い蜜でも吸っておけば良い。1匹遺さず駆除してやるのだから。
 少し欠けた月に照らし出される湖を見つめながら決意を固めた。ゲーム本編のセイアッドはこの湖に身を投げて死ぬ。穏やかで美しいこの湖にそんな悲劇は似合わない。
 そして、何よりもセイアッドにそんな運命は歩ませない。
 俺の予想より味方が多かったのは僥倖だった。本来ならば、王太子の前で暴れた為に完全に罪人として扱われるものが現状では罪状は不確定になっている事も大きいのだろう。
 あのタイミングで「俺」の意識が目覚めなければ恐らくこの展開にはなっていなかった。そして、罪が不確定だからこそ味方がいてくれる。これで正式に罪人として扱われていれば今名乗りを挙げている者達の殆どはその手を上げる事すらなかっただろう。
 風は此方へと吹いている。あとは宴の時までにひたすら証拠と足場を固めるだけだが、それもシガウスの協力が取り付けられたお陰で随分楽になりそうだ。
「ははっ」
 思わず零れた笑いは「俺」と「私」、どちらのものだろうか。玄関に嵌められた硝子に映る歪んだ笑みは醜い。
 こんな本性を知っても、オルテガは傍にいてくれるのだろうか。
 ふとそんな不安が過ぎる。
 ──彼はかわらないよ。
 俺の疑問に応えるように胸の奥から声がする。昨夜、オルテガからプロポーズを受けてから少しだが「私」の感情が浮上しているような気がした。会食中のユリシーズへの感情といい、今といい、良い傾向だと思う。
 この体は「私」のものだ。異分子である「俺」はいずれ彼に体を返さなければならない。
「……もう少しだけ待ってくれ。必ず決着を着けるから」
 そっと掌で胸に触れ、奥底に居るであろう「私」に話し掛ける。
 我が子の幸せを願わぬ親は稀だろう。セイアッドは「俺」にとって我が子も同然だ。その幸福の為なら「俺」は……。
 
 オルテガがレヴォネの屋敷に帰ってきたのは小一時間後だった。二人して俺の寝室に向かうが、やけに楽しそうにしていたので理由を聞いたが教えてもらえなかったのが悔しい。
「妬くな。公爵とは他愛もない話をしてきただけだ」
「他愛もない話なら話せるだろう」
 オルテガの態度が面白くなくてソファーに座ったままつんとそっぽを向いて見せる。そして、オルテガは隣に座って俺の機嫌を取ろうとしていた。
 面白くない。いや、俺だってというか俺の方が話せない事が沢山あるからこれは完全に俺の我儘でしかないんだが、それはそれとして面白くない。
「リア」
 甘い声で名を呼びながら大きな手が俺の頬に触れる。そっと撫でられて少し気分が良くなるが、まだ顔は背けたままだ。
「機嫌を直してくれ」
 頬を撫でた手がそのまま俺の髪を一筋掬い上げてオルテガがキスを落とす。そのまま隣に座ったオルテガに抱き寄せられ、熱い胸の中に収まる。どうにも、こうやって抱き締められるのに弱い。
 これ以上つまらない意地を張るだけ時間の無駄だと諦めてオルテガの背に腕を回して抱き付く。こうしている瞬間が一番安心出来るのだ。
 機嫌を窺うように頭に、額に口付けが落とされる。その感触がくすぐったくて思わず笑みが零れた。
「……もういいよ。無理を言って悪かった」
 オルテガの方を見上げれば、夕焼け色の瞳が嬉しそうに細くなる。そんな表情の動きに、どこか懐かしさを覚えた。ああ、どこで見たんだっけ。これはきっと「俺」の……。
「リア」
 記憶を辿るように思考を走らせていればすり、と高い鼻先が俺の首筋に擦り寄せられる。餌を強請る大型犬のような行動に、腰を這う不埒な熱い手に彼が望むものを察した。
 夕方に約束したもんな。好きなだけ抱いて良いって。
 抵抗しないことで俺が行為に同意したと判断したのか、だんだん手の動きが本格的に愛撫し始め、首筋を軽く噛まれた。
「あ……っ」
 それだけの事で熱くなる体はすっかりオルテガに染められている。腹の奥が甘く疼く中、押し倒されて背筋がゾクゾクした。
 こういう風に押し倒されると体格差を思い知る。俺よりずっと逞しい体躯はそれだけで俺には堪らない。
「足は大丈夫か?」
 欲に浮ついて掠れた声が問う。こんな状況でも俺の体を気遣う辺り、オルテガは優しいな。だが、そんな理性が煩わしくもある。
「平気だ」
 俺の体に乗り上げているオルテガの股間を軽く膝で刺激すれば、既に緩くだが兆していた。その感触に笑みを浮かべてオルテガの頬を撫でる。
 体温の低い俺にとってオルテガの肌は溶けそうな程に熱い。だが、その熱に呑まれるのは心地が良いのだ。
「ちゃんと待てが出来たご褒美、欲しくないのか?」
 ちゅ、とリップ音を立てながらオルテガの唇の横に焦らすようにキスをする。俺の行動に煽られてくれたのか、薄闇の中で夕焼け色の瞳がギラつく。
 餓えた獣のようなその瞳が欲しくてほしくて堪らない。
「……あんまり煽るな。酷くするぞ」
 低く唸るような声はまだ理性が残っている。そんなもの要らない。粉々に打ち砕いて早く俺に、「私」に溺れて欲しい。
「酷くして欲しいんだ。お前、いつも押さえているだろう?」
 散々俺を暴いたのだから、お前の本性も見せて欲しい。
 その身のうちに抱えるけだものを俺に見せてくれ。
「それとも、私には全てを曝してはくれないのか? 私はお前に全てを見せているのに」
 耳元で囁いて耳朶を食む。
 与えられる快楽を貪って雌狗のように善がって啼いて乱れて。他の誰にも見せない姿だ。
「……お前を傷付けたくない」
「私だって男なんだ。そんなに柔じゃないぞ」
 それでもなお躊躇するオルテガ。素晴らしく強固な理性だな。この理性の果てにある本性はきっと烈しく生々しく、また愛おしいものだ。
「フィン、お前が身の内に飼う獣を私に見せてくれ。……抱いてみたいと思わないのか? 本能のまま、この肌に噛み付いてこの体をぐちゃぐちゃに犯したいと」
 逞しい体の下にあるのは俺の貧相な体だ。それでも、オルテガの瞳は獣のように爛々と俺を見ている。嗚呼、あと少し。ほんの一押しでお前の本性が見れる。
「……後悔、するなよ」
「するようなら初めから言わないさ……ん……」
 言い終わるか終わらないかといった辺りでキスで言葉を塞がれた。応えるようにオルテガの背に腕を回して、舌を差し出す。
 ぬるつき熱い舌を絡ませ、呼吸まで喰らい尽くすようなキスは彼の抱える本性の片鱗だ。
 このまますべてたべられてしまいたい。
 胸の奥から湧き上がるそんな思いに急かされるまま、広い背中に腕を回して片手で彼の頬を撫でた。
「フィン……愛してる」
 キスの合間に掠れた声で囁く言葉は毒だ。彼の理性を殺す毒。
 その声を皮切りに、オルテガから与えられる愛撫が再び本格的になってくる。いつもより性急なその愛撫にゾクゾクしながら、俺は身を任せた。
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