盤上に咲くイオス

菫城 珪

文字の大きさ
上 下
15 / 152

15 動き出す歯車

しおりを挟む
15  動き出す歯車
 
「リアお兄様、また見学に行きたいわ」
 可愛らしい美少女に上目遣いでそんなおねだりをされて折れない男がいるだろうか。一目見れば思わず吸い込まれそうな蒼色の瞳に人形の様に整った顔立ち。淡く桃色に染まる頬は稚く、部屋の中を吹き抜ける風に揺れるプラチナゴールドの髪は窓から射し込む日差しを浴びて煌めいている。
 これだけでもオルディーヌ・レイン・スレシンジャーは絶世の美少女だと思う。彼女の凄い所は性格まで良く、頭の回転も素晴らしく良い事だ。完璧美少女だぞ。最高か。
「……午後からならいいぞ」
「ありがとうございます!」
 仕事とおねだりを天秤に掛け、たっぷりの逡巡のあとに告げた了承の返事にレインは嬉しそうに屈託なく微笑む。大概甘い自覚はあるんだが、歳の離れた妹とか娘が出来たみたいで可愛いんだよ。
 勘違いしないで欲しいのは俺はロリコンではない。ただ、レインが可愛いから甘やかしたいだけだ。
 今だって出掛ける約束をしただけなのに嬉しそうにする様子が可愛くて仕方ない。美少女に慕われて嬉しくない人間なんていないだろう。
 レヴォネ領に逗留するようになって一週間。スレシンジャー父娘は暇さえあれば俺を付き合わせて出掛ける事が多かった。シガウスは筆頭公爵家当主という立場的に味方に付けておいて損はない男だし、レインは可愛いので時間があれば彼等のお相手をするのはそこまで苦ではない。それに、基本的に俺の仕事の邪魔はしないので有難い。
 レインはレヴォネ領で作っている化粧品に興味を示している様だった。今日もその工房を見に行きたいのだろう。企業秘密にしているから部外者は工房には入れないが、俺がいるなら話は別だ。
 来てすぐの頃に一度見学に連れて行ってから度々こうやって見学を強請られる。どうやら化粧品本体というよりもその作製工程や開発の方に興味があるようだ。他に娯楽も少ない領地での療養は退屈だろう。レインもそろそろ温泉に入るだけの療養に飽きてくる頃だろうし、元々誰か貴族の女性に頼むつもりだった仕事を振るのも良いかもしれない。
「レイン、良かったら商品開発をしてみるか?」
「え?」
「身内に貴族の女性が少ないから開発に難航していてな。良ければ君のような若い女性の意見を沢山出して欲しい」
「宜しいのですか!」
 花が咲くような笑みではしゃぐ姿は年相応で大変可愛らしい。非常に眼福だ。暫くそちらの方に関わってもらえば良い気晴らしにもなるだろう。俺はその間にシガウスと話したい事がある。
「工房とスレシンジャー公爵には私から話は通しておこう。存分に楽しんでくると良い」
「ありがとうございます、リアお兄様。実は王都にいる時からお化粧品を作る事に興味があったの。とても嬉しいわ」
 天真爛漫な笑みに癒される。やっぱり可愛いな。天使か。
 最初はどうなる事かと思ったが、公爵父娘を迎えた生活は思いの外楽しい。頭の回転が速いレインは様々な事に興味を示し、一つ話した事から十を理解するから会話のテンポが早くて楽だ。これが王都での政務や「俺」の仕事の時だと一から懇切丁寧に説明してやっても理解しない大馬鹿が少なからずいて、そんな連中にいちいち時間が取られるのもストレスだったな……。
 シガウスの方は時折意地の悪い事を言ってきたりするが、基本的には友好的だ。どちらかといえば気に入られて弄ばれている気がする。娘のレインは天使なのに、父親はまるで魔王だ。
 戯れながらも一週間程様子を見ていたが、スレシンジャー公爵は計画に巻き込んでも問題はないだろうと判断した。国王派であれば、或いは奸臣達との繋がりが濃ければ計画から廃せねばならなかったが、シガウスは娘レインに対する一方的な婚約破棄には甚くお怒りのようだ。それに王都にいた頃にも彼は奸臣達からは煙たがられていた。
 ローライツ王国の王政が転覆していないのはシガウスのような貴族が少なからず存在するからだ。シガウスも高位貴族であるからそれなりに汚い事もしているだろうが、国政に対する姿勢はいつでも真摯で清廉だった。奸臣達からすれば煩わしい相手だろう。
 スレシンジャー公爵は元々王弟リンゼヒース派である。王太子であるライドハルトとレインの婚約は、国王であるユリシーズからの打診で結ばれたものだった。王弟派であるスレシンジャー公爵を取り入れる為の施策であり、リンゼヒースという強力な対抗馬に対してライドハルトの地位を確立させる為に必要な契約でもあった。
 もっとも、肝心のリンゼヒースが王位に対して興味を示さなかったせいなのか、自分の立場に対する危機感の薄いライドハルトにその自覚はなかったようだがな。
「リアお兄様、悪いお顔になってますわ」
 レインの指摘に思考を打ち切り我に帰るが、ふと見た彼女も含みのある笑みを浮かべている。聡い子だから、彼女なりに俺がしようとしている事に気がついているのかもしれない。
「なあ、レイン。殿下に未練はあるのか?」
 一応これだけは聞いておこう。万が一レインの心にまだ王太子が在るのならばレインの耳に入れたくない事も出てくるだろうから。
 俺の問いにレインはキョトンとした顔をした。予想外の質問だったようで飲み込むのに時間が掛かっているようだ。
「リアお兄様こそ、殿下や陛下に未練はありませんの?」
 質問に質問で返されて今度は俺がポカンとする。未練、未練か。考えてもそんなものは微塵もないな。
「有ったら領にはいない」
「わたくしも同じですわ。未練があれば何が何でも王都に残っていたでしょう。でも、もうどうでも良いのです。殿下も側近の皆様も揃ってあんな女性に籠絡されて言いなりになって……必死に努力してきたわたくしが馬鹿みたい」
 肩をすくめて溜息をつく姿に思わず苦笑する。全く、仰る通りだ。
「それよりもお兄様が何をなさろうとしているのか、そちらの方が楽しみです」
 筆頭公爵家の令嬢として、また王太子の婚約者としてレインは現国王を取り巻く情勢を良く知っているのだろう。可愛らしい笑みを浮かべる彼女を見ながら切り捨てられた男達を少しばかり哀れに思う。
 宰相であるセイアッドを貶め、一番の後ろ盾となったであろうスレシンジャー公爵家を排した彼等は今裸の王様だ。その事に気が付いているのが彼らの身内に一体幾人いるのか。
 ああ、国王ユリシーズは気が付いているだろう。あの男は凡庸ではあるが、頭は悪くない。だからこそ、セイアッドを手放さなかったのだから。
 だが、セイアッドはユリシーズの手から離れてしまった。それも他でもない自らの息子ライドハルトのせいで。騎士団長であるオルテガは北へ奔り、魔術師団長であるサディアスは西への遠征からまだ帰らない。首に鎖を掛けて自らの手元に置いておきたかった者達が皆いなくなったのだ。
 誰よりも王座に拘泥し、はりぼての王座に座る彼はきっと今頃気が気でないだろう。形骸化した王威のメッキはきっとすぐに剥がれていく。そして、露わになるのはドス黒い膿だ。
 悪い男ではない。ただ運が悪かったのだ。未練という程でもないが、ただあの男のことは……国王ユリシーズ・アシェル・ローライツのことは少しばかり気の毒に思った。ユリシーズはセイアッドにとってある種の同志のようなものでもあったのだから。
 親友と良く似た面立ちをしているのに、いつも疲れていて陰鬱な顔をしていた男を思い出して軽く首を横に振る。いっそのこと、引導を渡してやるのもあの男の為だろう。
「……シガウス殿は今日、何方にいらっしゃるんだ?」
 レインを見ながら訊ねれば、彼女はそれはそれは美しく柔らかな笑みを浮かべる。美しい微笑みは万人を魅了するだろう。
「今日はお借りしている別荘でのんびり過ごすそうです。それから、セイアッド殿をお待ちしている、と」
 穏やかな声に、ゆっくりと歯車が動き出す音が聞こえた気がした。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【書籍化進行中】契約婚ですが可愛い継子を溺愛します

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ  前世の記憶がうっすら残る私が転生したのは、貧乏伯爵家の長女。父親に頼まれ、公爵家の圧力と財力に負けた我が家は私を売った。  悲壮感漂う状況のようだが、契約婚は悪くない。実家の借金を返し、可愛い継子を愛でながら、旦那様は元気で留守が最高! と日常を謳歌する。旦那様に放置された妻ですが、息子や使用人と快適ライフを追求する。  逞しく生きる私に、旦那様が距離を詰めてきて? 本気の恋愛や溺愛はお断りです!!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2024/09/07……カクヨム、恋愛週間 4位 2024/09/02……小説家になろう、総合連載 2位 2024/09/02……小説家になろう、週間恋愛 2位 2024/08/28……小説家になろう、日間恋愛連載 1位 2024/08/24……アルファポリス 女性向けHOT 8位 2024/08/16……エブリスタ 恋愛ファンタジー 1位 2024/08/14……連載開始

中華マフィア若頭の寵愛が重すぎて頭を抱えています

橋本しら子
BL
あの時、あの場所に近づかなければ、変わらない日常の中にいることができたのかもしれない。居酒屋でアルバイトをしながら学費を稼ぐ苦学生の桃瀬朱兎(ももせあやと)は、バイト終わりに自宅近くの裏路地で怪我をしていた一人の男を助けた。その男こそ、朱龍会日本支部を取り仕切っている中華マフィアの若頭【鼬瓏(ゆうろん)】その人。彼に関わったことから事件に巻き込まれてしまい、気づけば闇オークションで人身売買に掛けられていた。偶然居合わせた鼬瓏に買われたことにより普通の日常から一変、非日常へ身を置くことになってしまったが…… 想像していたような酷い扱いなどなく、ただ鼬瓏に甘やかされながら何時も通りの生活を送っていた。 ※付きのお話は18指定になります。ご注意ください。 更新は不定期です。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています

ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた 魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。 そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。 だがその騎士にも秘密があった―――。 その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

どうせ全部、知ってるくせに。

楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】 親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。 飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。 ※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。

いじめっこ令息に転生したけど、いじめなかったのに義弟が酷い。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
オレはデニス=アッカー伯爵令息(18才)。成績が悪くて跡継ぎから外された一人息子だ。跡継ぎに養子に来た義弟アルフ(15才)を、グレていじめる令息…の予定だったが、ここが物語の中で、義弟いじめの途中に事故で亡くなる事を思いだした。死にたくないので、優しい兄を目指してるのに、義弟はなかなか義兄上大好き!と言ってくれません。反抗期?思春期かな? そして今日も何故かオレの服が脱げそうです? そんなある日、義弟の親友と出会って…。

不良高校に転校したら溺愛されて思ってたのと違う

らる
BL
幸せな家庭ですくすくと育ち普通の高校に通い楽しく毎日を過ごしている七瀬透。 唯一普通じゃない所は人たらしなふわふわ天然男子である。 そんな透は本で見た不良に憧れ、勢いで日本一と言われる不良学園に転校。 いったいどうなる!? [強くて怖い生徒会長]×[天然ふわふわボーイ]固定です。 ※更新頻度遅め。一日一話を目標にしてます。 ※誤字脱字は見つけ次第時間のある時修正します。それまではご了承ください。

処理中です...