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7 待ち侘びたもの
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7 待ち侘びたもの
領地に到着して、のんびりと過ごすうちに、王都からは続々とロアール商会の荷物や人員がレヴォネ領へとやってきている。普段商会の運営を任せている男は最後まで残ってから来るそうだからまだ来ていないが、先に到着していたその右腕に話を聞けば幾人かは惜しみながらも家の事情などで離職したそうだ。されど、従業員の大部分は共について来ているのだという。
家族全員連れてきた者もいると聞いて、住環境や仕事など生活に関わるものを整える事に追われていた時間が殆どだったが、俺は領主と商会長の仕事をこなしながらここ数日を過ごしている。
ただ、一つ変わった事はオルテガとの関係だ。オルテガは抱えている想いを隠さなくなったし、俺もまたそれを受け入れて返す様にしている。そして、時間があればオルテガが滞在している別荘か俺の寝室で過ごした。
暇さえ有ればまぐわううちに俺の体はすっかりオルテガに染められている。夜は殆ど一緒に眠り、朝はオルテガの腕の中で目を覚ます。そんな生活は気恥ずかしくも甘く穏やかだ。
すっかり我が家に馴染んだオルテガは日中は使用人達を手伝いながらさりげなく俺の警護をしてくれている。彼は何も言わないが、数回妙な気配があったから俺に言わずに片付けてくれたのだろう。
そうやってオルテガが寄り添って過ごしてくれる事が、気恥ずかしくも堪らなく嬉しい。もはや彼なしでは生きていけないかもしれない。
それにしても、時折近隣領地の者から見舞いやご機嫌伺いの手紙は届くものの、俺が欲しいものはまだ届かなかった。
まあ、今はまだ様子見の段階なのだろう。最速の移動手段が馬しかないこの世界では手紙や情報のやり取りに時間が掛かるのも致し方がない。他の方法もあるにはあるが、出来る人間が限られているから気長に待つしかなさそうだ。
望んだ報せがなかなか来ない事に密かに落胆しながら朝食を摂っていると、その席でアルバートが一通の手紙を寄越した。
普段ならば手紙などの書類は朝食の後にまとめて渡されるが、食事中でも渡すべきとアルバートが判断したのなら火急の用件かあるいは高位の家からの連絡だろう。
質の良い封筒を指先でつまんでひっくり返し、現れた封蝋に押された紋章を見て俺は笑みを深くする。
「悪い顔だな、リア」
「待ちわびた手紙だからな」
揶揄うような声音のオルテガに笑みを返してやりながら俺は共に渡されたペーパーナイフで手紙の封を開け、内容を改めた。流れるように紡がれた文字に目を滑らせているうちに高笑いしてやりたくなるのを堪えながら、控えていたアルバートに早馬を出す支度を言い付ける。
こういう手紙の返事は早い方が良いだろう。
「随分とご機嫌だが、誰からの恋文なんだ」
「見るか?」
少々不機嫌になったオルテガに封筒ごと手紙を差し出せば、彼は封蝋を見て怪訝そうな顔をする。
「スレシンジャー公爵?」
「予期せぬ事態による心労で体調を崩した御息女の静養の為に、レヴォネ領を訪ねたいそうだ」
俺の言葉に夕焼け色の瞳が丸くなる。
「……そういう事か」
その一言で全てを察したらしいオルテガは深いため息をついてこめかみを軽く揉み始めた。そんな仕草すら様になるのが小憎らしい。
「あの愚か者はまた止めなかったのか」
忌々しげに呟く言葉の矛先はマーティンだろう。ゲーム内では俺が追放されて直ぐに王都でとあるイベントが起きる。それは攻略対象の婚約破棄だ。
同年代ハーレムルートで婚約破棄イベントが起きるのは王太子であるライドハルトが代表する形になる。そして、彼の婚約者がオルディーヌ・レイン・スレシンジャー公爵令嬢だ。そう、この手紙の送り主、シガウス・サーレ・スレシンジャー公爵の愛娘である。
手紙の内容はオルディーヌ嬢が予期せぬ事態によって過度の心労に見舞われ体調を崩した為、うちの温泉地で療養させたい旨と暫くそれに付き添いたいというものだった。詳細は書いていないが、タイミング的に婚約破棄が行われたと思って間違いないし、オルテガもそう考えたようだ。
本来ならば、オルテガは今頃王都で勝手な婚約破棄を咎めて王太子共の愛の旅路を阻む障害になる筈だ。だが、コイツは長期休暇をもぎ取ったと言って未だに王都に帰る気配はなく、俺の傍にいる。
「俺」がこの世界で目醒めてからそこそこの時間が経つ。その間に様々な情報を集め、また「私」の記憶を想起してみて結論付けたのだが、この世界はゲームと大筋は同じ世界観であるものの、細かい部分での設定や思考に差異があるようだ。
オルテガはその中でも特に顕著な例で、抹消された筈の裏設定を色濃く残しているらしい。
「大事な甥っ子殿を説教しに行かなくて良いのか?」
揶揄うように口にすれば、夕焼け色の瞳にぎろりと睨まれてしまった。
現騎士団長オルテガと前騎士団長子息マーティンは叔父と甥という血縁関係でもある。それ故にマーティンルートと同年代ハーレムルートではヒロインと攻略対象の前にオルテガが立ちはだかるのだが、このオルテガはそんな気は微塵もないらしい。
「あの馬鹿には今更何を言っても無駄だろう。……兄上も嘆いていた」
オルテガの兄は前騎士団長でありマーティンの父親でもあるアルトゥロだ。数年前に起きた魔物の集団発生鎮圧の際に重傷を負い、腕に後遺症が残ったために騎士団長を引退したが、気骨のある人物である。そんな父親すら嘆かせるとはなかなかに香ばしい状況らしい。
内心でほくそ笑みながらテーブルの上にあるオルテガの手を指先でそっとなぞる。
「……俺にとって国よりもリア、お前の方がずっと大切だ」
撫でる俺の手を捕まえるとオルテガはその指先にキスを落とす。その光景にぞくりと甘く背筋が震えた。昨夜も散々貪り合ったというのに、まだまだ足りない。
今日はこのまま仕事を放棄して二人で過ごすのも良いかもしれない、なんてらしくもない事を考えた。それだけ、オルテガと過ごす時間は俺にとって…「私」にとって心安らぐ時間だ。
「……現役騎士団長殿の台詞とは思えないな」
「真の忠義者も分からん連中なぞ国主に相応しくない」
「それを諭すのもお前の役割だろうに」
重なった手をすりとなぞりながら微笑んでみせるが、オルテガの表情は優れないままだ。致し方ない、と大きく溜息をついて見せれば、伏せていた夕焼け色の瞳がゆっくり俺を見る。
「公爵と御令嬢には別荘をお貸しするつもりだ。お前には引っ越してもらうぞ」
「わかった。ついでだからこの屋敷に近い所でどこか適当な場所を見繕ってくれ」
「何を言っている。お前にはこの屋敷に来てもらうぞ」
俺の言葉にオルテガの目が大きく見開かれた。流石に予想外だったのか、戸惑っている様子だが、触れたままの手を痛い程強く握られる。
「……良いのか?」
「その方が何かと都合が良いだろう?」
何の、とは言わない。だが、これだけで意図は十分に伝わるだろう。
俺の提案に先程までの不機嫌も憂鬱さもどこかに吹っ飛ばしたオルテガは美味そうに朝食を再開する。その様子に満足して俺も食事をつまみながらどんな文面で送るべきか内容を考えたのだった。
領地に到着して、のんびりと過ごすうちに、王都からは続々とロアール商会の荷物や人員がレヴォネ領へとやってきている。普段商会の運営を任せている男は最後まで残ってから来るそうだからまだ来ていないが、先に到着していたその右腕に話を聞けば幾人かは惜しみながらも家の事情などで離職したそうだ。されど、従業員の大部分は共について来ているのだという。
家族全員連れてきた者もいると聞いて、住環境や仕事など生活に関わるものを整える事に追われていた時間が殆どだったが、俺は領主と商会長の仕事をこなしながらここ数日を過ごしている。
ただ、一つ変わった事はオルテガとの関係だ。オルテガは抱えている想いを隠さなくなったし、俺もまたそれを受け入れて返す様にしている。そして、時間があればオルテガが滞在している別荘か俺の寝室で過ごした。
暇さえ有ればまぐわううちに俺の体はすっかりオルテガに染められている。夜は殆ど一緒に眠り、朝はオルテガの腕の中で目を覚ます。そんな生活は気恥ずかしくも甘く穏やかだ。
すっかり我が家に馴染んだオルテガは日中は使用人達を手伝いながらさりげなく俺の警護をしてくれている。彼は何も言わないが、数回妙な気配があったから俺に言わずに片付けてくれたのだろう。
そうやってオルテガが寄り添って過ごしてくれる事が、気恥ずかしくも堪らなく嬉しい。もはや彼なしでは生きていけないかもしれない。
それにしても、時折近隣領地の者から見舞いやご機嫌伺いの手紙は届くものの、俺が欲しいものはまだ届かなかった。
まあ、今はまだ様子見の段階なのだろう。最速の移動手段が馬しかないこの世界では手紙や情報のやり取りに時間が掛かるのも致し方がない。他の方法もあるにはあるが、出来る人間が限られているから気長に待つしかなさそうだ。
望んだ報せがなかなか来ない事に密かに落胆しながら朝食を摂っていると、その席でアルバートが一通の手紙を寄越した。
普段ならば手紙などの書類は朝食の後にまとめて渡されるが、食事中でも渡すべきとアルバートが判断したのなら火急の用件かあるいは高位の家からの連絡だろう。
質の良い封筒を指先でつまんでひっくり返し、現れた封蝋に押された紋章を見て俺は笑みを深くする。
「悪い顔だな、リア」
「待ちわびた手紙だからな」
揶揄うような声音のオルテガに笑みを返してやりながら俺は共に渡されたペーパーナイフで手紙の封を開け、内容を改めた。流れるように紡がれた文字に目を滑らせているうちに高笑いしてやりたくなるのを堪えながら、控えていたアルバートに早馬を出す支度を言い付ける。
こういう手紙の返事は早い方が良いだろう。
「随分とご機嫌だが、誰からの恋文なんだ」
「見るか?」
少々不機嫌になったオルテガに封筒ごと手紙を差し出せば、彼は封蝋を見て怪訝そうな顔をする。
「スレシンジャー公爵?」
「予期せぬ事態による心労で体調を崩した御息女の静養の為に、レヴォネ領を訪ねたいそうだ」
俺の言葉に夕焼け色の瞳が丸くなる。
「……そういう事か」
その一言で全てを察したらしいオルテガは深いため息をついてこめかみを軽く揉み始めた。そんな仕草すら様になるのが小憎らしい。
「あの愚か者はまた止めなかったのか」
忌々しげに呟く言葉の矛先はマーティンだろう。ゲーム内では俺が追放されて直ぐに王都でとあるイベントが起きる。それは攻略対象の婚約破棄だ。
同年代ハーレムルートで婚約破棄イベントが起きるのは王太子であるライドハルトが代表する形になる。そして、彼の婚約者がオルディーヌ・レイン・スレシンジャー公爵令嬢だ。そう、この手紙の送り主、シガウス・サーレ・スレシンジャー公爵の愛娘である。
手紙の内容はオルディーヌ嬢が予期せぬ事態によって過度の心労に見舞われ体調を崩した為、うちの温泉地で療養させたい旨と暫くそれに付き添いたいというものだった。詳細は書いていないが、タイミング的に婚約破棄が行われたと思って間違いないし、オルテガもそう考えたようだ。
本来ならば、オルテガは今頃王都で勝手な婚約破棄を咎めて王太子共の愛の旅路を阻む障害になる筈だ。だが、コイツは長期休暇をもぎ取ったと言って未だに王都に帰る気配はなく、俺の傍にいる。
「俺」がこの世界で目醒めてからそこそこの時間が経つ。その間に様々な情報を集め、また「私」の記憶を想起してみて結論付けたのだが、この世界はゲームと大筋は同じ世界観であるものの、細かい部分での設定や思考に差異があるようだ。
オルテガはその中でも特に顕著な例で、抹消された筈の裏設定を色濃く残しているらしい。
「大事な甥っ子殿を説教しに行かなくて良いのか?」
揶揄うように口にすれば、夕焼け色の瞳にぎろりと睨まれてしまった。
現騎士団長オルテガと前騎士団長子息マーティンは叔父と甥という血縁関係でもある。それ故にマーティンルートと同年代ハーレムルートではヒロインと攻略対象の前にオルテガが立ちはだかるのだが、このオルテガはそんな気は微塵もないらしい。
「あの馬鹿には今更何を言っても無駄だろう。……兄上も嘆いていた」
オルテガの兄は前騎士団長でありマーティンの父親でもあるアルトゥロだ。数年前に起きた魔物の集団発生鎮圧の際に重傷を負い、腕に後遺症が残ったために騎士団長を引退したが、気骨のある人物である。そんな父親すら嘆かせるとはなかなかに香ばしい状況らしい。
内心でほくそ笑みながらテーブルの上にあるオルテガの手を指先でそっとなぞる。
「……俺にとって国よりもリア、お前の方がずっと大切だ」
撫でる俺の手を捕まえるとオルテガはその指先にキスを落とす。その光景にぞくりと甘く背筋が震えた。昨夜も散々貪り合ったというのに、まだまだ足りない。
今日はこのまま仕事を放棄して二人で過ごすのも良いかもしれない、なんてらしくもない事を考えた。それだけ、オルテガと過ごす時間は俺にとって…「私」にとって心安らぐ時間だ。
「……現役騎士団長殿の台詞とは思えないな」
「真の忠義者も分からん連中なぞ国主に相応しくない」
「それを諭すのもお前の役割だろうに」
重なった手をすりとなぞりながら微笑んでみせるが、オルテガの表情は優れないままだ。致し方ない、と大きく溜息をついて見せれば、伏せていた夕焼け色の瞳がゆっくり俺を見る。
「公爵と御令嬢には別荘をお貸しするつもりだ。お前には引っ越してもらうぞ」
「わかった。ついでだからこの屋敷に近い所でどこか適当な場所を見繕ってくれ」
「何を言っている。お前にはこの屋敷に来てもらうぞ」
俺の言葉にオルテガの目が大きく見開かれた。流石に予想外だったのか、戸惑っている様子だが、触れたままの手を痛い程強く握られる。
「……良いのか?」
「その方が何かと都合が良いだろう?」
何の、とは言わない。だが、これだけで意図は十分に伝わるだろう。
俺の提案に先程までの不機嫌も憂鬱さもどこかに吹っ飛ばしたオルテガは美味そうに朝食を再開する。その様子に満足して俺も食事をつまみながらどんな文面で送るべきか内容を考えたのだった。
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