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41 俺を好きだと言ってくれ

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「俺が長年好きだったのは、プロポーズしようとしていた相手は――シェリィだ」
「……え?」
 ぽかんと口を開けて固まってしまう。

 何だかとても都合のいい言葉が聞こえた気がした。
 ずっとオリヴァーが媚薬に呑まれて好意がこじれていると思っていたけれど、シェリィの方も変な効果が残っているのだろうか。

「ずっと父さんを説得し続けて、やっと認めてもらえたって伝えたよな?」
「え? あれは朝一番に慌てて不慮の既成事実で説得したのでは?」
「不慮の既成事実って……」
 だいぶ嫌そうな顔をされたが、純然たる事実なのだから仕方ない。

「あの日、父さんは領地にいたから話をしようがない。父さんが不在だったのも、領地から戻ったのも知っているだろう」
「だって、朝から領地に出掛けたのだとばかり……」

 朝一番で女性を連れ込んだ息子から既成事実を告白された上に婚約を承諾させられたリーヴィス公爵が不憫でならなかったが、どうやらそれは勘違いだったらしい。
 いや、結果はほぼ同じなのだが、寝起きの心臓を破壊していなかったことだけは朗報だ。


「幸せにするって約束しただろう? 焦ってプロポーズしても父さんに反対されたり身分のことで揉めれば、シェリィに嫌な思いをさせてしまう。だからずっと外堀を埋めていた。ちょうどあの日、シェリィにプロポーズするつもりだったのに……あんなことに」

 確かにシェリィは男爵令嬢なので身分は低い。
 しかも魔法院で働こうとする、貴族女性としては異端の存在だ。
 婚約したいと連れて行っても、普通の貴族ならば渋ることだろう。
 まして由緒正しい公爵家の跡継ぎであるオリヴァーの伴侶ともなれば、門前払いで当然である。

「あの夜はシェリィへの好意が爆発したし、だいぶ無理をさせたのは悪いと思っている。でも、俺が子供の頃からずっと好きなのはおまえだけなんだ、シェリィ」

 オリヴァーは泣きそうな顔でそう言うと、シェリィの後頭部に手を回し、そっとベッドに横たえた。
 傍らに座ったままのオリヴァーは、ゆっくりと手を伸ばすとシェリィの頬を何度も撫でる。

 確かにここにシェリィはいるのだと、確かめるように。


「俺と結婚するのが嫌なら、俺を嫌いなら、そう言え。言わないなら……おまえを抱く」

 静かな声が伝えたのは、宣告。
 だがシェリィには、頼むから自分を受け入れてくれという、懇願にも聞こえた。

「……馬鹿みたいです」
 シェリィはオリヴァーの気持ちをわかっていなかった。
 でもそれは、オリヴァーの方も同じだ。

「嫌い……なわけ、ないでしょう」
 確かに媚薬の効果は凄かった。
 体の疼きをどうにか鎮めたいと思う気持ちがなかったとは言えない。

 それでも嫌いなら抱かれたりしないし、その後も公爵邸に残ったりしない。
 何だかんだと理由をつけてオリヴァーとの接点を絶やしたくなかったのは、シェリィも同じなのだから。
 ……ああ、何てずるくて愚かな生き物だろう。

「私のことは嫌いなんだろうと、身分違いだと、ずっと自分に言い聞かせていました」
「身分や研究のことはもう話をつけてあるし、これからも必ず俺が守る。俺の態度が良くなかったのは、一生をかけて償う。だから一言――俺を好きだと言ってくれ」


 息ができないほどまっすぐに黒真珠の瞳に見つめられて、シェリィの口元が綻ぶ。
 たった一言。
 その一言のために、随分と遠回りをしてしまった。

「オリヴァー様が……好きです」

 短いその言葉が、長年の我慢をあっという間に粉々に打ち砕いていく。
 解き放たれた清々しい気持ちからにこりと微笑むと、間髪入れずにオリヴァーの唇が降り注いだ。

 今までのようなシェリィを気遣う優しいキスとは違う、感情をぶつけるような口づけ。
 それでいて決して荒々しいわけではなく、ただ溢れる感情を表現する術がないとでもいうのだろうか。
 より確実に、直接触れることで、互いに喜びが伝わる気がした。

「やっと言ったな。もう駄目だぞ。撤回は認めないからな」
 ようやく唇を離すと、鼻先が触れる距離で、オリヴァーが囁く。

「そちらこそ。後から嫌だと言われても、すっきり別れてあげませんから」
 少し前の関係に戻ったような、喧嘩腰のやり取り。
 それでも今は背景に愛情があるとわかっているから、何を言っても愛しいだけで笑みがこぼれてしまう。

「手放す気なんてないから、その心配はいらない。……好きだよ、シェリィ。ずっとずっと昔から」

 オリヴァーは目を細めると、もう言葉はいらないとばかりにシェリィの唇に自身のそれを重ねた。

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