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8 破滅の未来が見えてきた

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「祈りたい。今すぐ全力で祈りたいです!」

 かなり無理矢理な理由で教会に行きたがるシェリィに、オリヴァーは少し驚きつつも馬車を出してくれた。

 到着するや否や司祭への面会を申し込んだが、普通ならば突然訪問しても会えるものではない。
 リーヴィス公爵令息であるオリヴァーの名前を借りた形であり、こんな風に権威を使うのはどうかとも思うが今回は許してほしい。

 何と言ってもオリヴァーの心と世間体、そしてシェリィとロット男爵家の未来がかかっているのだ。
 何かもう、聖なるあれこれでスパーンとすべてを無に帰してほしい。


「それで、どんな御用でしょうか」

 気合を入れた面会で頼みの綱の司祭に伝えられたその言葉に、シェリィは固まった。
 まさか司祭に「媚薬の魔法効果を打ち払え」とは言えない。
 恐れ多いというのもあるが、こんな神聖な場所で「公爵令息に媚薬を盛って既成事実を作りました」なんて、言えるはずもない。

「ええと。何か、こう……悪いものを清めてほしいといいますか」
 苦肉の策でどうにかそれっぽい要求を述べるが、何だか胡散臭くなってしまった。

「悪いもの、ですか? そうは見えませんが」
「私ではなくて」
 視線でオリヴァーを指すと、司祭が首を傾げた。
「どちらかと言えば、幸せそうですけれど」

 確かにオリヴァーはにこにこと微笑んでおり、悪いものに苦しんでいるようには見えない。
 だがあの微笑みの裏で「嫌いな女と体の関係を持った上に好きだと言わされる」という不憫極まりない本来のオリヴァーが嘆いているのだ。
 それをわかっていて、放置などできない。


「とにかく、どうにかいい感じに祈っていただけませんか。切実なのです」

 もの凄く雑な内容になってしまったが、気合いは本物だと伝わったらしく、司祭は神への祈りの言葉を唱え始める。
 同時にシェリィとオリヴァーを淡い光が包み、何だか体がほかほかと温まった。

 これで仮にシェリィの魔力がおかしな作用をしていたとしても、是正されただろう。
 神様、司祭様、ありがとうございます。
 安心して隣を見ると同時に、オリヴァーがシェリィの手をすくい取る。

「結婚式はまだ先だけど、神の前で誓うよ。シェリィを大切にする」

 ――駄目だ、悪化した。

 眩い輝きの黒真珠の瞳が、今は少し憎らしい。
 司祭の祈りを凌駕するとは、シェリィの魔法効果が恐ろしすぎる。

「何だ、ただの惚気か」と言わんばかりの司祭の表情がつらい。
 にこにこと嬉しそうに微笑むオリヴァーと生暖かい眼差しの司祭に、シェリィは引きつった笑みを返すのが精一杯だった。



 ……これは、かなり厄介なことになった。

 教会を出て馬車に乗ると、シェリィは頭をフル回転させる。
 身体的な影響は見られないし解毒剤は服用済みなので、問題はやはり魔法の方だ。

「目が合った異性への好意が増す」という効果なので、シェリィのことが嫌いなオリヴァーには無効のはずなのに。
 一体何がどうこじれたら、こんなことになるのだろう。

 しかも魔法をかけた本人であるシェリィはおろか、司祭の祈りすらも無効。
 こうなるとあとは国の最高峰である魔法院くらいしか対応できないだろうが、基本的には個人の依頼を受ける場ではない。
 就職内定しているとはいえ、一介の男爵令嬢であるシェリィには無理を通すだけの術もお金もなかった。

 そもそも内服薬は一定時間を越えたらあとは効果が減退する一方だし、魔法だって故意に強くかけない限りはそこまで持続するものではない。
 どう考えても一晩もてばいい方だというのに、何故オリヴァーは未だに影響を受けているのだろう。
 ほぼ同時に飲んだシェリィはとっくに効果が切れているのだから、謎でしかない。

 いや、シェリィの場合にはもともと好意があるので、同じ条件ではないのか。
 オリヴァーの場合にはシェリィを嫌っているのに、なけなしの好意をここまで増幅させて維持するとは。
 これが意図したものなら本当に天才かもしれないと思うところだが、望まぬ結果を出して四苦八苦しているのだからただの失敗でしかない。


 どうしたものかと悩むシェリィの手に、そっと大きな手が重なった。
「そろそろ、帰ろうか」

 確かにもう車窓から覗く空も暗くなり始めているし、今日は諦めるしかない。
「そうですね。では、リーヴィス邸についたら私は歩いて帰ります」

 どうせ近所だし、わざわざロット邸に寄ってもらうまでもない。
 だが、オリヴァーは不思議そうに首を傾げている。

「どこに行くつもりだ?」
「自宅に帰りますが」
 当然のことを答えたはずなのに、何故かオリヴァーの眉間に皺が寄っていく。

「今朝、言ったよな。行儀見習いとしてうちに滞在する許可を取ったって」
 そう言われてみれば、そんなことを聞いた気もする。
 婚約宣言の方が驚いたし、それ以上に媚薬の魔法効果のことを考えていたのですっかり忘れていた。

「両家の許可はあるし、変な虫がついても困るし。何よりも」
 オリヴァーはそこまで言うとシェリィの手をすくい取り、そっと唇を落とす。

「……シェリィと離れたくない」

 そのまま手を離さずにじっと見つめられ、熱がこもった眼差しと溢れる色気に、思わず背筋に寒気が走った。
 そもそも好意がある上に整った容姿で色気を出されると、抵抗できないので困ってしまう。


 何を言ったらいいのかわからず言葉に詰まっていると、黒真珠の瞳が楽しそうに輝いているのに気が付いた。

「結婚式は、早めにあげような」

 とどめの一撃を食らって危うくうなずきそうになる頭を、筋力だけでどうにか押しとどめる。
 駄目だ、笑顔に負けたら待っているのは破滅の未来。
 わかっているけれど、好きな人に微笑まれたらときめくのを押さえられない。

 頬を染めてぷるぷると震えるシェリィを、オリヴァーは楽しそうに眺め続けていた。

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