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八 先生、咲桜になにしたんですか?

side流夜2

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《白》の猫の鈴が鳴る。

龍さんの手伝いで茶葉の整理をしていた俺は、その音にはっとして振り返った。在義さんだ。

「待たせてしまったかな、流夜くん」

「いえ」

軽く会釈する。在義さんは、口調こそいつも通りだったが、纏う雰囲気は違う。一言、苛烈。『華取本部長』の色に近い。

「流夜、もういいから在義んとこ行ってやれ」

龍さんに促され、カウンターを出た。本当は手伝いを要求されたわけではないけど、待っているだけはどうしても落ち着かなくて申し出たのだ。

「龍生、すまないが奥の部屋使ってもいいか?」

「お? おお、すきに使え」

在義さんの提言で、カウンターの奥へ入る。龍さんが休憩室として使っている部屋だ。

中は小さな机と椅子と本棚、テレビがある。机を挟んで、在義さんと向かいに座った。

「私から話、と言うか、見てもらいたいものがある」

在義さんが懐からくたびれた封筒を取り出し、それを受け取った。宛名も差出人の名前もない。

「桃の最後の手紙――見ようによっては、桃の遺書になるかもしれない」

「……!」

桃子。在義さんの妻で、咲桜の母の名だ。在義さんが『桃』と呼んでいるのは知っていた。

「知っての通り、その名は私がつけた。身元がわかるようなものを、一つも持っていなかったからね。……そこにある、それが咲桜の総てだ」

「読んで、いいんですか……?」

こんな重要なものを――

「読んでくれると思ったから、呼んだんだ」

在義さんは静かだった。

奥歯を噛んで封を開ける。

咲桜に見えない傷を遺した母。逢うことのなかった咲桜の生みの親。

封筒は、十二年分の疲れに包まれていた。

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