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二
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しおりを挟む身体がない、霊体の今の氷室が触れても桜葉は何も感じないが……そうせずにはいられなかった。
氷室は何度も謝っていた。ごめん、と、嗚咽しながら謝り続けた。
桜葉が泣いていないのに、自分が泣くのは変かもしれない。でも、桜葉に―――一生大事にすると誓った子を苦しめているのは自分で……
どうすることも、出来なかった。
櫻は存外、氷室という人間が強いことを知った。
死んだことに欠片も動じていない、それは人間としてどうなのかはわからないが、愛する者のために涙出来ることが、強いと思った。
湖雪――以前のゆきのときに生まれ出た、自分とゆきの子は、愛する者と生きて行くと言って泣いた。あなたとなら、生きます、逝きます―――そうまで言わせた。そして、その恋人もまた……。
二人がどのような人生を送ったかは、氷室に話すことではない。
桜葉の身を案じる以上のことが、氷室にはなかったのだろう。だがそれも、《現在》の段階においてだ。このまま留まっていられる時間は刻一瞬と迫り、いずれは選ばねばならない。その瞬間においてなお、このボケた冷静さを保っていられるのか……。
「つかよー、氷室。お前マジで学校来ねえと大変だぞ?」
戒がパイプ椅子に腰掛けながら語りかける。
「桜葉ちゃん、お前っつーガードがなくなってから気にかける奴急増中。俺とゆーりじゃ護り切れねえよ、ボケひむ」
『なっ……!』
絶句する氷室。櫻はもうため息も出てこない。
『俺えぇえええええ! 今すぐ目を覚ませ! 学校に行けぇえええ!』
『もうお前ほんと清々しいくらい馬鹿だな』
昏睡している自分の身体を𠮟咤する奴は初めて見た。
というか、お前が別離しているんだから起きようがないだろうが。
「だけど、桜葉ちゃん。真面目な話桜葉ちゃんもそろそろ学校に行った方がいい」
戒が、眼差しを真剣に話し始めた。
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