52 / 83
3 美也と奏
10
しおりを挟む美也は、奏まであと少しという距離まで詰めた。
あと少し――伸ばした手を、振り払わないで――
「……ねえ美也、あたし、死んでもいい?」
「はっ? そんなこと、いいわけないじゃないですかっ」
美也が奏を連れ戻そうと足を出すと、奏は「来ないで!」と怒鳴った。
美也の肩がすくんで、少しだけ身を引いてしまった。
「あたしが欲しいもの、美也のものにしかならないんだもん。あたしがどれだけ好きだったかわかってるのに、みんな美也の方が可愛いって言うの。……恨んでるわよ、あんたのこと」
そう言った奏の体が傾いで――川に呑み込まれた。
「奏さん!!!!」
雨の降っているときの川だ。普段より危険性は増している。
慌てて駆け寄った美也だが、手を伸ばしても空を切るしかない。
勢いで川の淵ギリギリの地面に膝をついたが、その姿を見えない。
美也はためらう暇もなく水面に足を突っ込んだ。それにぎょっとした開斗が美也の服を引っ張って止めようとするが、美也は無視する。
「巫女さまあああああああ!」
「奏さん――!」
「――案ずるな、美也」
聞きなれた優しい声。
両足を水に突っ込んでいたところを、その声に気をとられた隙に開斗に岸辺へ引っ張り上げられていた。
いつの間に隣にいた榊が、両手を前へ突き出す。
ゴウッと音を立てて、川の中から巨大な水球が浮かび上がってきた。
「か、奏さん!」
その中央には、ぐったりした奏がいる。
水球はゆっくりと川岸にやってきて、そっと地面に着地して奏を解放した。
「奏さん! 大丈夫ですか!?」
横たわる奏の脇に膝をついた美也が揺するが、反応しない。
美也の顔が青ざめるのがわかった榊が美也の肩に手を添えた。
「美也、呼吸はちゃんとある。ショックで意識を失っているだけだ」
そう、冷静に分析する。
はっとした美也は奏の口元に耳を寄せて、呼吸音を確認した。ある。続けて手首を握って脈もみたが、問題はなかった。
美也の全身から力が抜ける。
「よか……た………」
「水に入った直後に守ったから、水を飲み込んだりもしていないよ。しばらくすれば意識は戻るだろう」
「……ありがとうございます……」
言いながら、美也は奏を抱きしめた。
まだ反応はないが、あたたかいし、しっかりとした心音も聞こえた。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

最強退鬼師の寵愛花嫁
桜月真澄
恋愛
花園琴理
Hanazono Kotori
宮旭日心護
Miyaasahi Shingo
花園愛理
Hanazono Airi
クマ
Kuma
2024.2.14~
Sakuragi Masumi

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。


もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる