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3 美也と奏

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「奏さん!」

雨の降る中、奏は川岸ギリギリに立っていた。

美也の大声に反応したがとてもゆっくりで、のろのろと振り向いた。

「……なによ」

すべてがだるい、そんな顔と声だ。

「危ないからこっち来てください! 文句もお説教もあとで聞きますから!」


雨音が耳につくので、美也は声を張り上げた。

その言葉を聞いた奏は、はっと笑い捨てる。

「文句って……あんた、あたしがなに言いたいかわかってる?」

問われて、美也の足は一瞬止まった。不用意に近づけば最悪になる――そんな予感がして、美也は奏との距離を少しずつ詰めるように歩幅を短く、ゆっくりと進めた。

「え? ええと……そ、それはわかりませんが!」

「巫女さま素直」

きゅん、とときめいている開斗が美也の隣にいるが、それどころではない。

奏が、川岸の淵にいるまま、美也の方へ体を向けた。

「……あたしの彼氏がさ、みんなあんたにとられたの、知ってる?」

「………は?」

奏の彼氏を美也がとった? いや、美也は奏の彼氏の名前すら知らないのに、なんでそんんなことになるんだ? 美也が、意味がわからず混乱していると奏は自嘲気味に話し始めた。

「彼氏を家に連れてくるたびに、あんたの方が可愛いって言われてふられてんの、あたし」

「え、……」

(ええ? そんなことあった? 全然知らないんですが……)

そもそも、奏が連れてきた彼氏と美也は言葉を交わしたことすらない。

彼氏が来ると奏はお茶を美也に淹れさせて自分で部屋に持っていくので、美也が奏の彼氏と顔を合わす機会さえなかった……はずなのだが。

「あんた、女のあたしから見ても可愛い顔してるんだもん。従姉妹なのに、あたし全然可愛くないし」

――美也と奏に血縁関係がないことを美也は知ったが、奏は知らないようだ。だが、ここでそんな種明かしをする理由もない。それは追い詰めるだけだ。

「奏さんは美人さんじゃないですか! 爪の先髪の先まで綺麗ですよ!」

「あたしは手入れしてそのレベルだもん。あんたはろくに手入れもしてないのに、可愛い。あたしが敵うわけないってよくわかってるわ」

「ええと……よくわかんないけど、とりあえずこっち来てください! 危ないですから!」

今も雨は続いている。川が牙をむくことだってあるのだ。

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