51 / 83
3 美也と奏
9
しおりを挟む「奏さん!」
雨の降る中、奏は川岸ギリギリに立っていた。
美也の大声に反応したがとてもゆっくりで、のろのろと振り向いた。
「……なによ」
すべてがだるい、そんな顔と声だ。
「危ないからこっち来てください! 文句もお説教もあとで聞きますから!」
雨音が耳につくので、美也は声を張り上げた。
その言葉を聞いた奏は、はっと笑い捨てる。
「文句って……あんた、あたしがなに言いたいかわかってる?」
問われて、美也の足は一瞬止まった。不用意に近づけば最悪になる――そんな予感がして、美也は奏との距離を少しずつ詰めるように歩幅を短く、ゆっくりと進めた。
「え? ええと……そ、それはわかりませんが!」
「巫女さま素直」
きゅん、とときめいている開斗が美也の隣にいるが、それどころではない。
奏が、川岸の淵にいるまま、美也の方へ体を向けた。
「……あたしの彼氏がさ、みんなあんたにとられたの、知ってる?」
「………は?」
奏の彼氏を美也がとった? いや、美也は奏の彼氏の名前すら知らないのに、なんでそんんなことになるんだ? 美也が、意味がわからず混乱していると奏は自嘲気味に話し始めた。
「彼氏を家に連れてくるたびに、あんたの方が可愛いって言われてふられてんの、あたし」
「え、……」
(ええ? そんなことあった? 全然知らないんですが……)
そもそも、奏が連れてきた彼氏と美也は言葉を交わしたことすらない。
彼氏が来ると奏はお茶を美也に淹れさせて自分で部屋に持っていくので、美也が奏の彼氏と顔を合わす機会さえなかった……はずなのだが。
「あんた、女のあたしから見ても可愛い顔してるんだもん。従姉妹なのに、あたし全然可愛くないし」
――美也と奏に血縁関係がないことを美也は知ったが、奏は知らないようだ。だが、ここでそんな種明かしをする理由もない。それは追い詰めるだけだ。
「奏さんは美人さんじゃないですか! 爪の先髪の先まで綺麗ですよ!」
「あたしは手入れしてそのレベルだもん。あんたはろくに手入れもしてないのに、可愛い。あたしが敵うわけないってよくわかってるわ」
「ええと……よくわかんないけど、とりあえずこっち来てください! 危ないですから!」
今も雨は続いている。川が牙をむくことだってあるのだ。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
溺愛パパは勇者!〜悪役令嬢の私のパパが勇者だった件〜
ハルン
恋愛
最後の記憶は、消毒液の匂いと白い部屋と機械音。
月宮雫(20)は、長い闘病生活の末に死亡。
『来世があるなら何にも負けない強い身体の子供になりたい』
そう思ったお陰なのか、私は生まれ変わった。
剣と魔法の世界にティア=ムーンライドして朧げな記憶を持ちながら。
でも、相変わらずの病弱体質だった。
しかも父親は、強い身体を持つ勇者。
「確かに『強い身体の子供になりたい』。そう願ったけど、意味が全然ちがーうっ!!」
これは、とても可哀想な私の物語だ。
聖女召喚に巻き添え異世界転移~だれもかれもが納得すると思うなよっ!
山田みかん
ファンタジー
「貴方には剣と魔法の異世界へ行ってもらいますぅ~」
────何言ってんのコイツ?
あれ? 私に言ってるんじゃないの?
ていうか、ここはどこ?
ちょっと待てッ!私はこんなところにいる場合じゃないんだよっ!
推しに会いに行かねばならんのだよ!!
公爵夫人アリアの華麗なるダブルワーク〜秘密の隠し部屋からお届けいたします〜
白猫
恋愛
主人公アリアとディカルト公爵家の当主であるルドルフは、政略結婚により結ばれた典型的な貴族の夫婦だった。 がしかし、5年ぶりに戦地から戻ったルドルフは敗戦国である隣国の平民イザベラを連れ帰る。城に戻ったルドルフからは目すら合わせてもらえないまま、本邸と別邸にわかれた別居生活が始まる。愛人なのかすら教えてもらえない女性の存在、そのイザベラから無駄に意識されるうちに、アリアは面倒臭さに頭を抱えるようになる。ある日、侍女から語られたイザベラに関する「推測」をきっかけに物語は大きく動き出す。 暗闇しかないトンネルのような現状から抜け出すには、ルドルフと離婚し公爵令嬢に戻るしかないと思っていたアリアだが、その「推測」にひと握りの可能性を見出したのだ。そして公爵邸にいながら自分を磨き、リスキリングに挑戦する。とにかく今あるものを使って、できるだけ抵抗しよう!そんなアリアを待っていたのは、思わぬ新しい人生と想像を上回る幸福であった。公爵夫人の反撃と挑戦の狼煙、いまここに高く打ち上げます!
➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。
龍神さまのいるところ
岡智 みみか
青春
ウソみたいに信じられない話なんだけど、空から女の子が降ってきた。翌日の俺は、風邪をひいたフリをして学校を休む。舞香を乗っ取った妖怪の類いが暴れ出し、校内でアクションホラー映画並の惨劇が発生する事態を考えての危機回避だ。しかしながらそんな異次元的なことは一切起こることなく平和な時は流れ、週明けの月曜から、俺はビクビクしながら学校へと行くハメになってしまった。なぜだ?
皇帝陛下は身ごもった寵姫を再愛する
真木
恋愛
燐砂宮が雪景色に覆われる頃、佳南は紫貴帝の御子を身ごもった。子の未来に不安を抱く佳南だったが、皇帝の溺愛は日に日に増して……。※「燐砂宮の秘めごと」のエピローグですが、単体でも読めます。
投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。
七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」
リーリエは喜んだ。
「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」
もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。
異世界薬剤師 ~緑の髪の子~
小狸日
ファンタジー
この世界では、緑の髪は災いを招く「呪いの子」と呼ばれていた。
緑の髪の子が生まれる時、災害が起きると言われている。
緑の髪の子は本当に災いを招くのだろうか・・・
緑の髪の子に隠された真実とは・・・
剣と魔法の世界で、拓は謎に立ち向かう。
《書籍化》転生初日に妖精さんと双子のドラゴンと家族になりました
ひより のどか
ファンタジー
《アルファポリス・レジーナブックスより書籍化されました》
ただいま女神様に『行ってらっしゃ~い』と、突き落とされ空を落下中の幼女(2歳)です。お腹には可愛いピンクと水色の双子の赤ちゃんドラゴン抱えてます。どうしようと思っていたら妖精さんたちに助けてあげるから契約しようと誘われました。転生初日に一気に妖精さんと赤ちゃんドラゴンと家族になりました。これからまだまだ仲間を増やしてスローライフするぞー!もふもふとも仲良くなるぞー!
初めて小説書いてます。完全な見切り発進です。基本ほのぼのを目指してます。生暖かい目で見て貰えらると嬉しいです。
※主人公、赤ちゃん言葉強めです。通訳役が少ない初めの数話ですが、少しルビを振りました。
※なろう様と、ツギクル様でも投稿始めました。よろしくお願い致します。
※カクヨム様と、ノベルアップ様とでも、投稿始めました。よろしくお願いしますm(_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる