上 下
13 / 17

7—3

しおりを挟む
 その後もチャンスがあれば亜魔蛙を仕留めていき、瓶には粘液袋がそこそこ溜まっている。ドワーフの親父から渡されたメモには、素材の名前は書かれていたもののいくつ必要なのかが分からなかった。分からなかったが余れば売れるだろうという事で集めた結果だ。ただ、素材とはいえ気持ちのいいものでは無いので、あくまでチャンスがあれば。

 そうしているうちに、奥の方に出口らしき明かりが見えてきた。
 長かった洞穴をようやく抜けると、高い岩壁に囲まれた入江に出た。左側は切り立った崖になっていて、上の方には緑が鬱蒼としている。恐らく森が広がっているのだろう。ずっと見上げていると首が痛くなりそうな程高く、とても登れそうにないから結局想像に過ぎないのだが。
 右側には砂浜が広がり海に繋がっている。さっき皆で遊んだ海辺と違って砂浜の直ぐ先の海が濃い青色になっているから、きっと深さが違うのだと思う。遊び場としては適さない様に思われる。遊ぶつもりはないけれども。
 ここから更に何処かへ繋がっている様子はない為、ここが最終目的地だろうと推察する。
 三人は顔の下半分を覆っていたタオルを取り鼻栓を取ると、外の新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込んだ。最初に嗅いだ時は潮の香りが少しばかり生臭く感じたが、今そんなものは微々たる事だ。

「蛙に結構時間取られたな」

 クラインの呟きを聞き海の方へと視線を移す。迷宮に入る前は頭上にあった太陽が、大分傾いてきている。
 残す素材は闇光貝と闇珊瑚。どちらも陽が落ちてしまうと入手困難となってしまう。
 というか、陽が落ちる前までに外に出ないとパビリオ行きの馬車に乗れなくなってしまう。流石に長時間潮風に当たったまま野宿はしたくない。なんなら約一名は直ぐにでもシャワーを浴びたいと思っている。
 という訳で、三人は手分けして探す事にした。合図は口笛だ。集合場所として、入江のほぼ中央付近にあった大きな黒い岩を指定した。



 ログナは岩壁の側を歩いていた。見上げる先は高く、足場も無い為登るのはまず無理だろう。それに探しているのは貝と珊瑚。

「(とすると……やっぱり海の方だろうけど……)」

 海岸線はクラインとキースが二手に分かれて捜索中だ。ここから二人と入江が見渡せるが、大きな岩の周りに大小様々な岩が点在しているだけでそれらしいものが見当たらないのだ。

「(海の中……? 有り得なくは無いけど……迷宮の難易度的にそれは……)」

 無いとは言い切れない。なんせ迷宮、何があっても不思議じゃない。
 やっぱり潜るしかないか、とログナは意を決して二人の方へと駆け出した。

「海に潜る?」
「やっぱりそれしかないか……」
「腑に落ちない事は多いけど、これだけ探して手掛かりないからね」

 こうしている間にも陽は刻一刻と落ちてゆく。時間が限られる以上、やれる事をやるしかない。

「ま、あの熟練のおっさんもタオル沢山持ってけってヒントくれたしなぁ。タオルそんだけ使うって事だろ!」

 ケラケラと笑いながらキースが大岩にもたれかかったその時だ。
 突然、黒い岩がゆっくりと半分に割れた。

「「え?」」

 キースの正面にいたログナとクラインが目撃する。割れたは割れたが、縦にではなく、横に割れたのだ。
 それが大岩でなく巨大な貝だと気が付いた時には、キースの体が支えを失い後ろに倒れていくところだった。

「「キース!!」」

 ガバァッと開いた二枚貝はキースを飲み込んで再び閉じようとする。すんでのところでクラインが自身の槍を差し込んだ。
 メキメキと音を上げながら槍が貝の口に挟まれている。拳一つ分くらいの隙間を残し、キースを飲み込んだ貝殻が閉じられてしまった。かろうじて閉じ切るのは防げた。

「キース!! 大丈夫か!? 返事しろ!!」
「くそ!!」

 クラインが挟んだ槍を上下に動かし、貝の口をこじ開けようとするがびくともしない。ログナも近くの岩を手にすると思い切り殴りつけた。が、やはりびくともしない。

『なんだこれ!? 気持ちわりぃ!! ヌメヌメするっ!! 生臭せぇ!! おえっっ……』

 とりあえず無事な事に安堵するも状況は最悪だ。咄嗟の判断で身体を丸ごと中に入れられたのは良かった。これで足や手が出ていたらきっと無事では済まなかっただろう。

「貝柱切れないか?」
『狭過ぎて無理。身動き取れん』

 キースの身体は物凄い力で圧迫されている筈だ。こんな風に話していられるのも時間の問題だろう。陽も大分落ちて、空が茜に染まりつつある。

「ログナ! お前の剣で貝柱切れないか!?」
「でもキースに当たりでもしたら……」
「魔眼は?」
「!! やってみる!」

 どうにかこじ開けようと踏ん張るクラインに言われて、ログナは空間魔法から剣を出すと鞘を投げ捨てた。左手で左目を覆い隠すと、貝の僅かな隙間から中を覗き集中する。
 するとやがて貝の中身の全容がうっすらと視えて来た。細い無数の触手のような物がうねうねとまとわりついて塊になっているのが恐らくキースだろう。

「いけそうだ!!」

 そちら側を避けるように剣を突き立てた。グサリと手応えがあったと同時に、挟んだ槍がミシミシと音を立てている。殻を閉じようと抵抗しているかのようだ。
 繊維を立つように、剣をナイフの様に動かしていく。一度引き抜き、もう一度差し込もうとした時、魔眼にキラリと光る何かが映った。
 感覚を研ぎ澄ます様にそこに集中する。徐々に視えて来たそれは、球状に形をなしてゆく。

「(もしかして!?)」

 剣を捨てたログナはそこへ向かって手を突っ込んだ。

「おいログナやめろ! 腕がもってかれる!!」

 クラインの言う通り、ログナが腕を突っ込んだ途端更に槍がミシミシと音を立てている。腕を通している隙間が徐々に狭まり腕を圧迫してきたが、それでも無理やり突っ込んだ。手首から先が切り裂いた貝柱へ届く。ぬるぬるうねうねと蠢くそこを探った。
 魔眼に映る球体は手首に掛かっている。その先に必ずある筈なのだ。

「ログナ!!」
「もう……少し…——」

 クラインが渾身の力でこじ開けようと全身で槍を突き立てる。ついにログナの指先が固い何かに触れた。最後の力を振り絞ってそちらへ懸命に手を伸ばす。

「「おおおおお…———」」

 つるりと逃げるそれを執念で鷲掴み、無我夢中で腕を引っこ抜いた。
 ログナの掌よりもひと回り大きい黒い球。魔石か核だと思ったそれは、光の当たる部分が虹色の彩光を放ち、魔力を帯びた美しい魔真珠だった。

「キース!!」

 クラインの声にハッとそちらへ思考を戻す。貝の口に差し込まれていた筈の槍が抜けてしまっており、貝の口がピッタリと閉じられていたのだ。

「そ……んな……」

 ログナの頭から血の気が引いていく。ふらりと足元がよろつき、近くの岩に手をついた時だった。

 ガバアッ

 固く閉じられていた貝の口が大きく開いたのだ。
 貝柱が見事に切断されており、苦しそうに大きく息をするキースの手には双剣の片方が握られていた。

「あー……死ぬかと思った……」
「キース……良かった……」

 身体から一気に力が抜けたログナは、そのまま浅瀬に尻餅をつく。大きく安堵の息を吐いたクラインがキースに手を貸し、彼を引っ張り起こしているのを、腰から下をずぶ濡れにしたまま眺めた。

「取り敢えず、貝殻は手に入ったなー」
「食料も」

 立派な貝柱は一体何人前あるだろう。キースが喰われそうになった事実を除けば、実に美味そうな海の幸だ。
 これを持って帰れば、ひょっとすると女将さんにタオルを犠牲にした事は許してもらえるかもしれない。当分は貝料理になりそうだが……。

「魔真珠も、ね」

 尻餅をついたまま、ログナが手に持ったままの黒い球体を二人に見せる。
 鬱陶しそうな前髪をかき上げたキースが、重い腰を上げるとログナの元までやってくる。差し出された手を取って立ち上がると、顔を見合わせて笑った。

「ひでーかっこ」
「キースこそ」

 ログナは右腕を負傷し、キースは全身粘膜まみれ。クラインは槍がボロボロになってしまった。おまけに全員ずぶ濡れだ。
 キースは「粘膜まみれよかマシ」と、海へダイブする始末。「タオルは沢山持っていけ」の助言は、どうやら本当だった様だ。
 躊躇なく海へと入って行ったキースに苦笑しながら、ログナは戦利品を空間魔法へと入れていく。真珠と貝と貝柱を回収したところで、巨大闇光貝のあった場所に魔法陣が出現しているのに気が付いた。

「あの巨大貝がボスだったんだ……」

 発光している事からも、入り口まで戻る魔法陣はすでに完成している様だ。そしてもう一つ。

「あれ? これって……」
「!! もしかして、闇珊瑚ってこれなんじゃないか!?」

 発現した魔法陣を囲むように黒い珊瑚が密集しているのに気がついたのだ。恐る恐る一角を持ち上げてみる。一抱え程ありそうな群体が採れてしまった。時間的にも体力的にも諦めかけていただけに、珊瑚まで手に入ったのは嬉しい誤算だった。


「どうやら時間切れだな」

 そう言ったクラインに釣られて水平線を見れば、太陽が半分沈んでいる。
 空も雲も茜色に染まり、海の上にはこちらに向かって光の道が出来ている。目を奪われる程の大自然の美しさを堪能し、今日一日を乗り越えられた事に興奮する。今日のこの絶景は、色んな意味で三人の目に焼き付けられた事だろう。

「帰ろうか」
「ああ」
「美味いエールが飲めそうだな!」

 そうして三人はここでの全ての素材を収集出来た事を嬉々として語りながら帰路に着いたのだった。
 その後、何故かひっくり返して出した筈の砂が、ブーツの中から数日間出続けるという現象を初体験する事となった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!

夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。 ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。 そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。 視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。 二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。 *カクヨムでも先行更新しております。

【R18】童貞のまま転生し悪魔になったけど、エロ女騎士を救ったら筆下ろしを手伝ってくれる契約をしてくれた。

飼猫タマ
ファンタジー
訳あって、冒険者をしている没落騎士の娘、アナ·アナシア。 ダンジョン探索中、フロアーボスの付き人悪魔Bに捕まり、恥辱を受けていた。 そんな折、そのダンジョンのフロアーボスである、残虐で鬼畜だと巷で噂の悪魔Aが復活してしまい、アナ·アナシアは死を覚悟する。 しかし、その悪魔は違う意味で悪魔らしくなかった。 自分の前世は人間だったと言い張り、自分は童貞で、SEXさせてくれたらアナ·アナシアを殺さないと言う。 アナ·アナシアは殺さない為に、童貞チェリーボーイの悪魔Aの筆下ろしをする契約をしたのだった!

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

ゴミアイテムを変換して無限レベルアップ!

桜井正宗
ファンタジー
 辺境の村出身のレイジは文字通り、ゴミ製造スキルしか持っておらず馬鹿にされていた。少しでも強くなろうと帝国兵に志願。お前のような無能は雑兵なら雇ってやると言われ、レイジは日々努力した。  そんな努力もついに報われる日が。  ゴミ製造スキルが【経験値製造スキル】となっていたのだ。  日々、優秀な帝国兵が倒したモンスターのドロップアイテムを廃棄所に捨てていく。それを拾って【経験値クリスタル】へ変換して経験値を獲得。レベルアップ出来る事を知ったレイジは、この漁夫の利を使い、一気にレベルアップしていく。  仲間に加えた聖女とメイドと共にレベルを上げていくと、経験値テーブルすら操れるようになっていた。その力を使い、やがてレイジは帝国最強の皇剣となり、王の座につく――。 ※HOTランキング1位ありがとうございます! ※ファンタジー7位ありがとうございます!

嘘つきと言われた聖女は自国に戻る

七辻ゆゆ
ファンタジー
必要とされなくなってしまったなら、仕方がありません。 民のために選ぶ道はもう、一つしかなかったのです。

勇者に恋人寝取られ、悪評付きでパーティーを追放された俺、燃えた実家の道具屋を世界一にして勇者共を見下す

大小判
ファンタジー
平民同然の男爵家嫡子にして魔道具職人のローランは、旅に不慣れな勇者と四人の聖女を支えるべく勇者パーティーに加入するが、いけ好かない勇者アレンに義妹である治癒の聖女は心を奪われ、恋人であり、魔術の聖女である幼馴染を寝取られてしまう。 その上、何の非もなくパーティーに貢献していたローランを追放するために、勇者たちによって役立たずで勇者の恋人を寝取る最低男の悪評を世間に流されてしまった。 地元以外の冒険者ギルドからの信頼を失い、怒りと失望、悲しみで頭の整理が追い付かず、抜け殻状態で帰郷した彼に更なる追い打ちとして、将来継ぐはずだった実家の道具屋が、爵位証明書と両親もろとも炎上。 失意のどん底に立たされたローランだったが、 両親の葬式の日に義妹と幼馴染が王都で呑気に勇者との結婚披露宴パレードなるものを開催していたと知って怒りが爆発。 「勇者パーティ―全員、俺に泣いて土下座するくらい成り上がってやる!!」 そんな決意を固めてから一年ちょっと。成人を迎えた日に希少な鉱物や植物が無限に湧き出る不思議な土地の権利書と、現在の魔道具製造技術を根底から覆す神秘の合成釜が父の遺産としてローランに継承されることとなる。 この二つを使って世界一の道具屋になってやると意気込むローラン。しかし、彼の自分自身も自覚していなかった能力と父の遺産は世界各地で目を付けられ、勇者に大国、魔王に女神と、ローランを引き込んだり排除したりする動きに巻き込まれる羽目に これは世界一の道具屋を目指す青年が、爽快な生産チートで主に勇者とか聖女とかを嘲笑いながら邪魔する者を薙ぎ払い、栄光を掴む痛快な物語。

転生者は力を隠して荷役をしていたが、勇者パーティーに裏切られて生贄にされる。

克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作 「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門日間ランキング51位 2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門週間ランキング52位

処理中です...