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 洞窟の奥から姿を見せたのは、防具を身につけ通常の三倍はあろうかという巨大なゴブリンだった。手には革製の盾と、ボロボロだが大剣を携えている。周りを固めるゴブリン達とは巨人と子供くらいの体格差があった。
 駆け出しの三人が見ても分かる。こいつが群の頭だ。

「何だこいつ……ゴブリンなのか?」
「デケェ……」

 洞窟の奥にはまだ生き残りがいたらしい。あまり煙の影響を受けていないと思われるゴブリン十数匹が二人の周囲へ展開していく。

「ゴブリンソルジャーですね。単体ならDランクです」

 凛とした声がすぐ後ろから聞こえ、二人がそちらへ振り返る。ログナと共に高い場所にいた筈のアマンダが抜き身の剣を手に、こちらへ歩いてくるところだった。その隣にはやはりと言うべきか、あの大きな白猫がいる。

「その猫って、やっぱり……」
「私の契約獣です。良い子ですよ」
「じゃぁ、あの路地に居たのも助けてくれる為だったのか」
「暁月の動向を探っていて、たまたまでしょうね。結果的に助けになったのなら良かったです」

 ソルジャーが吠え、ゴブリンが一斉に襲いかかって来る。白猫が躍動し、アマンダが剣を薙ぎ払う。接近戦もいける口のようだ。

「ログナからの伝言です。『援護する、やっちまえ』だそうです」

 キースの口元が弧に歪む。クラインも目の前のデカブツを見据えた。

「こちらはお任せを」

 それを合図にキースが地を蹴った。地面を這うように駆け抜け肉薄すると、薄刃の双剣を煌めかせ鎧のようなソルジャーの筋肉を断つように斬り付ける。大剣に対して薄刃の双剣は太刀打ち出来ないように思えたが、キースは自分の持ち味を最大に活かして攻撃を加えた。
 大振りなソルジャーに対してキースの素早さは大いに効果的だ。
 武器を持つ腕だけでなく足や腱を狙い、その動きを封じていく。
 とうとうソルジャーが片膝を付き、態勢を崩した。

「(大きい相手に対する戦い方にもある程度慣れている。……しかし)」

 止めとばかりに繰り出した一撃は受け止められてしまった。素早さに特化した彼の斬撃は軽く、ソルジャーに負わせた傷の全てが致命傷になった訳では無かったのだ。ゴブリンの上位種とはいえ、単体でDランク。今の三人よりは確実に格上だ。

「くっそー」

 悔しそうに態勢を立て直したキースが再び肉薄する。そんな彼にソルジャーが地面の土を掴むと、目潰しとばかりに顔目掛けてぶっかけてきた。

「!!」

 足が止まったキースに向かって大剣が振り下ろされる。
 しかしその攻撃はクラインによって受け流され、振り下ろされた大剣は地面に激しく叩き付けられ折れてしまった。

「だから! 突っ込み過ぎるなといつも言ってるだろーが!!」
「わりぃ」

 折れた剣を忌々しげに地面に叩きつけ、クラインに向かって拳を振り上げたソルジャーに、ログナが狙いを定める。狙うは右目。
 限界まで弦を引き絞る。
 こういう時、的へ意識を集中する際、ログナは左の目を閉じ右目だけで見据える。誰から教えてもらった訳ではなく、昔からの癖だった。
 そうすると、特に今回のような絶対に外す訳にはいかないような大事な場面の際、まるで拡大鏡を通して見ているかのように的が大きくはっきりと映り、正しく狙いを定める事が出来るのだ。
 どういう訳かと不思議に思っていたが今日、アマンダのおかげで謎は解けた。そのせいなのか、今は一段と的がはっきり見えている。ソルジャーの右目の黒目まで、しっかり確認出来るのだ。まるでそこへと導くかのように。
 ログナの手から放たれた矢は、寸分の狂いもなくソルジャーの右目を捉え、撃ち抜いた。

 断末魔の如く叫び声が響き渡り、怒り狂ったソルジャーが最後の一撃を喰らわせる為、眼前の人間たちへと意識を向ける。
 が、そこにはクラインしかいなかった。目潰しを喰らわせた筈のすばしっこい方が消えたのだ。
 どこへ消えたと吠えるソルジャーの右目側。潰され完全に死角となった側の頭上にキースの姿がすでにあった。
 今度こそ止めとばかりに首へ向かって双剣が煌めいた。



「三人の連携、お見事でした」

 アマンダの手には、先程倒したゴブリンソルジャーの魔石がある。ちょうどアマンダの拳ほどの大きさだ。
 ギルドへ報告する為、この魔石は一旦彼女が預かる事となった。
 洞窟からはシュヴァ・ルーの角や翡眼が見つかり、依頼を受けられなかった代わりに素材として回収した。今回は未達成となってしまったが、事情が事情なだけにペナルティは無いとの事で、三人はホッと胸を撫で下ろす。
 未達には終わったが、達成以上の達成感は三人とも感じている。

「なぁアマンダ! オレの戦いっぷり、どうだった? 惚れた?」

 魔石をポーチにしまったアマンダが、ニッと笑うキースへ向き直る。

「素早さを活かした戦い方はお見事でした」
「やっぱり!?」
「ですが、無駄な動きが多かった印象ですね。鍛錬も怠っているでしょう? そのせいで筋力が追い付いていませんね」
「…………」
「きちんと訓練すれば数段早くなりますよ」

 呆けているキースから視線を外すと、今度はクラインへ向き直る。

「私は槍術に関して明るくはありませんが、武器の自重と自身の筋力を上手く活かせている戦い方だと思いました。下半身を強化すればもっと良くなると思います」
「あ、あぁ……ありがとう」

 最後にログナへ視線を移す。ログナの眼差しが、凪いだ青に囚われる。

「貴方は弓のセンスが抜群ですね。魔眼を使いこなせるようになれば、その制度は飛躍的に上がる筈です」
「……っ」

 アマンダは並んだ三人を順番に見つめると僅かに目尻を下げた。他人からは酷く分かりにくいその変化は、今の三人には新鮮で気持ちをぐんと昂らせるそれだ。

「貴方たちは可能性の塊です」

 そう言って口元を緩めたアマンダの手を、キースががっしりと握った。

「アマンダ! オレたちとパーティ組もう!!」
「……っ!」
「仮なんかじゃなく、一緒に冒険しようぜ!!」

 キラキラと瞳を輝かせるキースからアマンダは視線を僅かに外す。

「確かに、さっきのアマンダは生き生きしてたな」
「……」

 クラインも満更では無さそうだ。キースがますます詰め寄っていく。こういう時の押しは非常に強い。

「アマンダは冒険者やるべきだ! おっさんならオレたちが説得するって!!」

 彼女にしては珍しく瞳を一度泳がせた。酷く分かりにくいそれは、恐らく彼女なりの動揺か、はたまた戸惑いか。

「私はすでに引退した身です。そのような体力も気力も、もう……」
「なんでだよ!? まだまだやれるだろ!」
「勿体無いな」

 合わせまいと伏せられた瞳に、ログナは憂いを見た気がした。
 彼女の意思が固いなら無理強いなどしたくない。でももし迷っているだけなら、諦めたくなど絶対に無い。

「じゃぁ、オレたちの専属支援員になってよ」
「え?」
「オレたちは強くなりたい。……アマンダの力、貸して欲しい」

 ログナの真っ直ぐな瞳が、ゆらゆらと揺れる青を見つめる。
 無理なら無理だとはっきり言うだろうアマンダから否定的な返事はない。ならば今は決めかねているだけだと思ってもいいだろうか。

「新人のランクアップの期間て、平均でどれくらい?」
「パビリオ支部で言えば、大体十ヶ月から一年程です。それによりパビリオでは登録から一年以内と期限を定めています」

 他のギルドは分からないが、冒険者ギルドは支部ごとに独立している。よってギルドにはそこのギルマスの意向が大きく反映されている。
 新人教育に重きを置いているレオールはあえて期限を定め、制度を上手く使う事で基盤を作り、ギルマスになってから十年余りと比較的新しい支部にも関わらずギルドの知名度を上げてみせた。
 もし一年以内にランクアップ出来なかったとしても他のギルドでは出来る為、一応逃げ道も用意されてはいた。
 試験が厳しく逃げ道があるにも関わらず、パビリオ支部の新人育成率は他ギルドよりも頭ひとつ分抜きん出ている。これはやはり型破りなレオールの采配なのだと、アマンダは素直に評価している。

「じゃぁ、オレたちは半年でDになる」
「……」
「半年後、Dになってもう一度誘うから、その時まで返事は保留にしておいて」

 ログナまで……諦める気は無いらしい。
 自分を過小評価はしないが、それでももう何もかも投げ出して彼らと——と言うには、やはり色々ありすぎた。

「パビリオ史上歴代最速記録叩き出してアマンダの事誘惑しに行くぜ! カウンターに置いとくには勿体無さすぎるってな!!」
「アマンダに冒険の楽しさを思い出させてあげるよ」


『 オレがお前に冒険の楽しさを教えてやるよ 』


 懐かしむように目を細めたアマンダが、フッと口元を緩める。やはり他人から見れば酷く分かりにくい変化だ。

「確かに……貴方たちといたら退屈はしないでしょうね」
「でっしょ!!」
「分かりました。専属の件は前向きに、ギルドマスターと相談します」
「よっしゃ!」

 どさくさに紛れて抱きつこうとしたキースをひらりと躱し、「報告に戻ります」とお仕事モードに戻ったアマンダと共に帰路につく。

「報告したらもっかい依頼いこーぜ!!」
「私は引き継ぎ業務や何かがありますので」
「アマンダさぁ、その話し方なんとかならないの?」
「……善処します」
「固いな」
「…………気をつける、わ」
「おぉ、なんか新鮮」
「アマンダ歳いくつ? 彼氏は? どんなのがタイプなん?」
「……」
「「(何でイケると思った……?)」」
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