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 無事に登録を終え、晴れて冒険者となったログナ達パーティは、早速初の依頼を達成する為パビリオの外へとやって来た。
 初めてパビリオを訪れた時は北門から入ったが、今回目指す森があるのは逆方向の南門の先だ。
 苦労して手に入れた念願のギルドカードを門番の兵士に見せ、『通ってよし』の声に感慨深い思いを噛み締めながら、意気揚々と門外へ出た。

 北門から通じる街道は王都であるオリテナへ続く道だったせいか、あらかた整備され道幅も広かった。カタール村へ続く細道が合流した先でも行商人や旅人、それこそ冒険者をターゲットにした宿や休憩小屋をいくつか見かけた筈だ。
 今向かっている森へ続く街道は、両隣にだだっ広い平原が広がるだけで、言ってしまえば何もない。平原を二分する街道をそのまま進むと目的地の森へ辿り着くといった具合だった。

「陽だまり草と日陰草と……なんだっけ?」

 腰のポーチへギルドカードをしまいながら、キースがクラインへ尋ねた。歩きながらクラインが依頼用紙の三枚目へ視線を落とす。

「日に焼け草。……初めて聞くな」
「日に焼けちゃいそー、だなんて……ふざけた名前の薬草もあったもんだよなぁ」
「キースに言われちゃおしまいだな」
「なんでだよっ!!」

 いつものように戯れ合う二人を可笑しそうに眺めながら、ログナはぐるりと周りを見渡した。なんだか門を出てからずっと、見られているような視線を感じて気持ちが悪い。さっきから周囲を警戒しているが、見たところ周りに人影は確認出来なかった。

 気のせい……か?

「どうした?」
「腹でも減ったか?」

 不思議そうにこちらを見てくる二人に「なんでもない」と返し、森に入る手前で一度立ち止まった。
 依頼を受けた際にギルドで購入した地図を確認する。同じくギルドで貸して貰った植物図鑑で目的の薬草を調べ、それらの生えそうな場所に当たりをつけて来たのだ。
 今現在の太陽の位置からみて、絞った三箇所のうちの西南を目的地に決めると、三人は街道を外れて森へと入った。

 陽だまり草と日陰草は知っている。村でも何度か採集に行った事があった為だ。陽だまり草は白い花を、日陰草は黒い花をつける薬草で、葉や花だけでなく根にも薬効がある優れ物だ。
 村の近くに群生地があり、決まった樹の根元の日向と日陰に咲いていた。厄介なのは陽が出ているうちでないと採集出来ない事だ。
 陽が落ちると途端に萎んでしまうし、昼間でも雲がかかっていると萎れてしまう。そうなるとたちまち価値が下がってしまうのだ。
 採集のしやすさでいうと確かに初級だが、取り扱いには気を使わなければならない。

「それにしても、小遣い稼ぎで採ってた花がまさか寄生植物だったとは、びっくりだなー」
「決まった樹にしか生えていなかったのは、そういう事だったんだね」
「花にも好き嫌いがあるんだな」

 ギルドで見た植物図鑑には、他の植物に寄生して養分を得ている寄生植物とあった。そのような植物など世の中には五万とあるだろうが、『寄生』と聞いて良い印象を持てない三人には衝撃的な事実だった。特に身近な薬草だっただけに、その衝撃もひとしおだったのだ。
 だからといって採らない訳ではないのだが。

「問題は日に焼け草だな。図鑑には載ってたけど、実際に見たこと無いから何処を探せばいいかも分からん」

 図鑑には陽だまり草と日陰草と同じ寄生植物で、それらが繁殖する場所で見つかる事が多いとあった。似たような種類の植物なのかもしれない。希少性の高いものらしく、まだ詳しい事が知られていないのか、『最も陽当たりの良い場所にのみ花を咲かせる』という、一種の暗号じみた説明書きしか記載がなかった。図鑑のくせに。
 依頼に期限が無く、最悪日に焼け草が見つからなかったとしても、陽だまり草と日陰草は素材として買い取って貰える為、最初の依頼はこれにしようとなったのだ。
 最初の依頼は討伐だ!! と張り切っていたキースも、クラインに懐具合がいかに厳しいかを淡々と諭されれば、それ以上の我儘は言えなかった。
 手堅く確実に。現実は厳しく世知辛い。

「まっ、取り敢えず行ってみよーぜ」

 基本的になんとかなるだろう主義のキースが先頭を歩き、時々地図を確認しながら目的の場所を目指して進んだ。

 森の中を歩いていると、ホーンラットがチラチラと見え隠れしているのが目についた。
 基本的に臆病な性格の魔獣が、人間の近くをうろうろしている事にも驚いたが、更に驚愕だったのはその大きさだ。
 村で狩りをしていた時に見たのはせいぜいりんご二つ分程の体長だったが、今見たヤツは一抱え程もある。デカいし肥えている。人慣れしている事からも、常習的に村や人里で悪さを働く個体なのかもしれない。

「素材が売れれば儲けもんだし、少し狩ってくか?」

 そう言って交戦的な笑みを浮かべるキースに、そういえばとクラインが呟いた。

「ギルドで素材の店聞くの忘れてたな」
「そんなの素材持ってって聞けばいいだろ」
「帰りに時間があれば、ね。今は薬草が先。急がないと今日中に採れなくなるだろ」

 陽が高くなって時間も経っている。陽だまり草はその名の通り陽が出ている間でなければ採集が出来ない。
 依頼自体に期限は無かったとは言え、初依頼はやはりパッと格好良くこなしたい。採集だけれども。
 と言う訳で、残念そうなキースを諭し、三人は森を更に奥へと進んだのだった。


「イシコの実か、カクレスジリスの痕跡を探そう」

 目的地周辺で三手に分かれる。
 村周辺で採集した時は、『イシコ』という樹の根元に群生していた。カクレスジリスはそのイシコの実が好物だ。
『カクレ』と言うだけあって、このリスは擬態を得意としている。普通に探してもまず見つからないが、自分の縄張りには種がいくつも転がっていたり、樹の皮に毛が残っていたり、枝に幾つも噛み傷があったりと、何かしらの痕跡が残っている事が多い。
 村での経験をフル活用して、三人はそれぞれ散らばって探す事にした。合図はいつものように口笛で知らせる事にした。


 ログナは一際大きな樹の側で周りをぐるりと見渡した。
 森に入ってからは、あの変な視線を感じてはいない。やはり気のせいだったかと、安堵しながら目の前の樹を登った。
 太い枝に立ち幹に手を添えてバランスを取ると、再びぐるりと周りを見渡す。青々と茂る木の葉に遮られた視界は決して良好とは言えなかったが、高い場所から見たおかげで少し行った先に断層があり、小高い丘のようになっている場所を見つけた。

「あの辺良さそうだな」

 日向が沢山ありそうだと当たりをつけ、ログナは身軽に樹を降りると、早速その場所へ向かって駆け出した。



 森の中に鳥の声にも似た甲高い音が三回響く。昔から三人の間で使われている合図の音だ。
 その音を頼りに先へ向かえば、大きく盛り上がった小山が半分に切り取られたような、断層が露出する土壁へと辿り着いた。

「キース!! 上だ!」

 キースが顔を上げれば上からログナとクラインが顔を覗かせている。
 二人に合流すると、目の前の景色に目を丸くしたキースが思わずピュイっと口を鳴らした。

「いい場所見つけたなぁ」

 そこはイシコの樹の密集地で、目当ての薬草の群生地となっていた。
 陽当たりの良い樹の根元からは葉を青々と茂らせた真っ白な花が、そこから樹の裏側へ視線を移せば日陰の部分に真っ黒な花が生えている。茎はほぼ無く、地中の樹の根から根を生やした先に花が開き、その周りを葉が覆うような構造だ。それを根ごと引き抜いていく。
 順調に二種類の薬草を集めながらきょろきょろと視線を走らせるも、隘路あいろになっていた日に焼け草が見当たらない。

「一緒に依頼が出てたくらいだから、近くに生えるか仲間の薬草だと思ったんだがな」

 粗方採り終え、依頼にあった通り陽だまり草と日陰草を十本ずつの束にして纏めていく。その纏める作業をしながらクラインが呟くのを、ログナが頷きながら聞いている。

「この辺で手分けしてみよーか?」
「日に焼け草って言うくらいだから、日に焼けそうなところにあると思ったんだけどなぁ」

 樹周辺の雑草の中や土壁の表面など、辺りを隈なく探してみるも、図鑑で見た花は一向に見当たらなかった。

「他に日当りの良い場所って言ったら……」

 不意に木の葉が揺れて差し込んだ日光に手を翳しながら、ログナが上を見上げた。
 日に焼けそうな場所……日差しが遮られる事の無い場所……

「もしかして……」

 そう呟いたログナが、いきなり近くのイシコの樹を登りだす。

「おい」
「ログナ?」

 下から掛かる声に「確かめてみる」と答え、枝が細くて登れないところまで登りきる。
 木の葉が邪魔をして確認するのに苦労したが、少しずつ移動し場所を変えると、葉と葉の間から樹のてっぺん付近に咲く一つの黄色い大きな花を目にした。それは既に開ききり、花びらが萎れて先端が枯れたように茶色く色付いてしまっている。

「あ、あった!! でも萎れかかってる」
「ログナ! 少し萎れて枯れかかってる方が薬効が高いとある!」

 下から聞こえるクラインの声に、ログナは再び花を見上げた。

「え、ホント? ならイケるかも!! でも届かない……」
「オレの槍ならどうだ?」
「うーん、ギリだな……あ、待って!」

 何かを思い出したように腰のポーチに手を入れたログナは、次の瞬間右手に弓を持っている。ログナが何をしようとしているかが分かったキースが慌てて声を張り上げた。

「バカ! そんなとこで両手離したら…——」

 キースの心配を他所に、ログナが幹を抱くようにその場へ腰を降ろした。細い枝はログナの体重を支えるギリギリの太さだと言える。どうするつもりかと二人が見守る中、ログナは幹を両足で抱え込むように挟むと、腹筋と体幹を使って細い枝に寝転んだ。

「おいおい、マジかよ!」
「アイツ、やるな」

 左手に弓を持ちかえ、右手でポーチから矢を引き抜く。寝転んだ体勢から樹のてっぺんで咲いている黄色い花に向かって矢を引き絞った。揺れる木の葉の合間、花を幹に絡みつかせている蔦を狙う。
 二人が固唾を飲んで見守る中、ログナの弓から放たれた矢が、甲高い音と共に空気を切り裂いた。



「日に焼けそうどころか焼けちまってんじゃねぇかよ」

 地面に落ちてくる大きな花を拾い集めながら、キースが花に向かって突っ込んだ。そんなキースに突っ込んでくれるクラインは今樹の上におり、少しの寂しさを覚えながら依頼の数である五個目の花を袋へと入れる。
 大の大人の男が目一杯手のひらを広げたくらいの大きさがある黄色い花は、既に花びらが萎れかかり先端が茶色く枯れたように変色している。花の中心に濃いオレンジ色の雌蕊が、その回りに雄蕊が密集し、紫の毒々しい色をした花粉が落ちた衝撃で花びらの内側にびっしりとこびり付いている。もはやホラーだ。
 気持ち悪りぃし枯れかかってるし色々と変な草だな、などと独りごちながら、矢の風切り音を聞いてそちらを見上げる。
 木登りが一番得意なのは三人の中で一番身軽なキースだが、得物が獲物に届かない以上今回は回収役に回っている。
 弓を使えるログナと得物のリーチが長いクラインが樹に登り、花を落とす役目を担っていた。

 この辺りの樹を一通り確認した結果、全部で陽だまり草が二十七本、日陰草が二十三本、日に焼け草が七本という上々の成果だった。
 依頼分は一組のみの納品となるが、素材として買い取って貰える事を鑑みれば、短時間でこの成果は良かった方だろう。登録初日に初依頼達成ともあって、三人の表情は晴れやかだ。

 採集した薬草を受け取ったログナが、腰のポーチへとそれらを収納する。新人冒険者が持つには不相応なこのポーチは、冒険者の中でも持っている者が少ないであろう空間魔法付きだった。扱っている店自体が多くなく、購入しようと思えば間違いなく金貨が飛んでいく代物だ。
 このポーチにしまっておけば時間が経過しても薬草が劣化する事はなく、また覚えてさえいれば際限なくものが収納出来てしまう為、一度この便利さを知ってしまっては、もう元には戻れない。
 キースもクラインもポーチを持っているが、空間魔法がついているのはログナのポーチだけだ。よって依頼品や大きな荷物はログナが預かる事になっている。

 ポーチの口を閉じ目元を緩めてそれをひと撫でするログナに、クラインが口を開いた。

「あれからもう五年になるんだな」

 大分くたびれたポーチは何度も修繕しながら大事に使っている。三人には大変思い入れのあるもので、大切な宝物だった。

「あの冒険者のおっさん達、元気にしてっかな?」
「そうだなぁ……いつか会えるといいな」

 このポーチの元の持ち主。三人が冒険者を目指すきっかけになった彼らは、やはり大人のくせに自分達以上に瞳を輝かせた少年のようなおっさん達だった。

「よし。帰るか!」

 クラインの掛け声にキースとログナが同意する。

「今夜は祝杯だな!」
「あまり散財は出来ないが、美味いもん食おう」
「よっしゃあ!!」

 そうしてテンションの爆上がりしたキースが「オレだって活躍したかった」と、ちょろちょろしていたホーンラットを二匹仕留め、晩飯が少し豪華になるとホクホク顔で背に担ぐ。
 大分傾いた太陽を背に、パビリオの外壁が見えるところまでやってきた三人が平原へ出ようかというところ。
 まるで三人を待っていたかのようにそこに立っていたのは、昼間ギルドへ向かうログナ達に嘘の近道を教えた四人組だった。

「田舎もんのクセに空間魔法のポーチなんか持ってんの?」
「生意気だな」

 金髪で左耳に三個のピアスをつけている男がガラの悪さを更に悪くして口元を歪めている。ログナに耳打ちしてきた奴だ。
 その彼に同意するように口を開いたのは髪の青い男だ。他にフードを被り前髪で目元を隠している男と、口にピアスをしている男が、ニヤニヤといやらしく笑みを深めている。

「何の用? また嘘でも教えに来たワケ?」
「キース。よせ」

 彼らを睨みつけログナの横から前に出ようとするキースをクラインが止める。良くも悪くも、彼はいつもいつでもこのパーティの特攻隊長だ。そしてそんな彼を上手にいなすのが、年長者のクラインだった。
 新人の反抗的な態度にハッと嗤い、金髪の男が数歩ログナに近付いた。

「さっきは折角先輩からわざわざ挨拶してやろうと思って道教えたのに、どうして帰っちゃったワケ?」

 やはり近道などでは無かった。しかも単なる嫌がらせかと思ったら、自分たちへと導く罠だったのだ。もしあのまま進んでいたらと思うと、クラインの背中に冷たい汗が流れた。

「ログナの勘、やっぱり当たってたな……」

 ポツリと呟くキースに、ぞくりと震えた腕をひと撫でしながらクラインが微かに頷いた。

「それで。何の用ですか?」

 それをおくびにも出さずにログナが目の前の男を見据える。この辺りは流石元貴族の端くれなだけあって上手く隠す。
 顔色も変えないログナの態度に、少しばかり不快感を示した金髪の男はぎろりと見下すように睨みつけた。そして右手をだらりとログナに向かって差し出すと、手のひらを上に向けてクイっと手首を動かして見せる。

「採集した薬草とそのネズミ、あぁ……あとついでにギルドカードも置いてけよ」

「は?」
「なんで……」

 ホーンラットを討伐したのは分かったとしても、三人がギルドに居た時に居なかった筈の彼らが、どうして薬草採集の依頼を受けた事を知っているのか。
 ログナは門を出た時から感じた視線がやはり気のせいでは無かったのだと理解した。彼らは何処からか見ていたのだ。

「(何処から見ていた? 周りに気配なんて感じなかったのに)」

「何故渡さなければならないのですか?」
「俺らが代わりに完了の手続きしておいてやるって言ってんだ。さっさと出せよ」

 青い髪の男が吠え、それを目の前の金髪の男から目を離さないまま聞いた。
 要は成果を引き渡せと。冒険者が冒険もせずに報酬を得ようと言う事らしい。

「今言った行為は全て、ギルドの規定に反していると思いますけど」
「田舎もんは知らねぇかぁ。くくっ、……バレなきゃいんだよ」

 嗜虐的な笑みに口元を歪めながら金髪の男が再びクイっと手首を動かす。

「お断りします」
「いいや。お前はお断り出来ねぇよ」

 男の台詞とキースとクラインが得物に手を掛けたのが同時だった。
 しかしどういう訳か、その状態で二人の体が動かなくなってしまったのだ。

「なっ……」
「動かね……」

 後ろから嫌な気配を感じたログナが二人を振り返る。その足元には、二人を中心とした狭い範囲に魔法陣が発現していた。それは禍々しく発光し、キースとクラインの体を拘束していた。
 前に向き直ったログナは、フードを被った男の手にいつの間にか短い杖が握られているのに気がついた。杖を持つその手首には、魔法陣と同じ色に発光する石がぶら下がっている。同じように嫌な気配がしている。

「まさか、魔術士か!?」
「残念。気付くのが遅かったなぁ。……仲間は助けてくれないぜ? さぁ、全部で三十七本、出して貰おうか」
「……」
「あとお前らには勿体無いそのポーチ。それも渡しな」

 採った薬草の本数まで知られており、目の前には魔術士。人の気配が無いのに感じた気味の悪い視線。ここでようやく合点がいった。

「そうか……魔法で見てたんだな」

 ログナが呟くとフードの男が「へぇ」と声を上げた。視線に気がついていたログナを意外に思ったような仕草だ。

「驚いた。あれに勘づいたんだ」

 さらりと前髪を揺らすも、男の瞳は見えそうで見えない。
 勘づいたから何なのか。気付けなかったから今こんな状態なのだ。防げないのなら勘づいたところで何の意味もない。

「(どうする……二人は動けない。相手は格上な上に四人。……せめて魔術士をどうにか出来れば)」

 表情を変えないまま必死に頭を巡らせる。金髪の男が三度手首を動かした。その時だ。

 ———……

 聞き覚えのあるその音に、ログナはピクリと眉を動かした。幸い目の前の男達には気付かれていないようだ。内心安堵しながら、ログナは今までの無表情を止め、口元をふっと歪めて男を見据えた。

「あんたらさぁ、冒険者の癖にこんなつまんない事してんの?」
「あぁ?」

 金髪の男の顔つきが変わる。今の今まで無表情でこちらを見据えていたガキとガラリと態度が変わり、金髪の男は苛立ちを露わにログナを睨みつけた。

「(ログナ?)」
「(何だ? あいつらしくない)」

 急に態度と口調を変えたログナに違和感を覚えるも、この状況で彼が考えもなくこのような行動に出るとは思えず、二人は口を閉ざしたまま後ろ姿を見守る。

「あぁ……もしかして、最近悪さしてるって言う新人潰しって、あんたらの事?」

 仰々しく芝居がかった物言いに、幼馴染二人は酷く違和感を感じ、四人の略奪者はいきり立つ。
 面白いくらい反応してくるガラの悪い先輩を鼻で笑い、ログナは留めとばかりに上目遣いで言い放った。

「弱者しか相手に出来ないような玉無しは引っ込んでろよ」

 刹那、バキッと言う破壊音と共にログナの体が吹っ飛んだ。

「「ログナ!!」」

 大股で三・四歩離れた位置に頭部から落ちたログナは、呻き声を上げながら地面に手をつきなんとか上半身を持ち上げる。頬にもらったせいで口の中は切れ、血の味がして気持ち悪い唾をぺっと吐き出す。頭も揺れたのか視界が僅かにぐわんぐわんしている。
 そこは腐っても冒険者だ。威力とスピードは一般人のそれとは違っている。が、やはりと言っていいのか、ログナでもこのダメージで済んでいるところを見るとそう言う事なのだろう。

「良い気になるなよクソガキが! 俺たちはCランクだぞ! 格もレベルもお前ら田舎もんとは違うんだよ!!」
「ふざけんな! そんなもん、どうせ偽物だろう」
「……何だと?」

 既に赤く腫れ上がりつつある頬を抑え、地面に尻をついたままログナが声を荒げた。口の中が切れているせいで、喋ると傷と歯が擦れて痛い。それでもログナは激しい憤りをぶつけずにはいられない。

「本物はこんなところでガキなんか相手にしねぇよ」

 本物のCランクを知っているログナ達は、彼らがどう言う人種か知っている。
 何よりも冒険。
 依頼もこなすが、まず冒険。
 ワクワクやスリル、恐怖に強敵。そして金銀財宝のお宝だ。
 抑え切れない好奇心を抑える事なく、己の身一つで迷宮ダンジョンへと潜り、疲れただの最悪だの文句を垂れながらも、入った時よりも瞳を輝かせて出てくるのだ。
 そんな彼等が、自分達が一瞬で憧れ強く惹かれた冒険者という職業が、こんなクズ野郎共に冒涜されて許せる筈がない。
 目の前のこんなヤツらが、彼等と同じCだなんて認められる訳がなかった。

「新人潰してる暇があんならな、迷宮行けよ!! 挑む相手が違うだろうが!! そんな勇気も度胸もねぇなら、冒険者なんかさっさと辞めちまえ!!」
「テメェ…——」

 金髪の男が腰の剣を抜きながらログナに迫った。生意気にも強い光を宿し、恐れなど一切抱いていないかのように男を睨みつけてくるログナに向かって剣を振り上げる。

「イキがんなよ? クソが! 死んで後悔しろよ」

 ログナは何も変わらないままただ男を睨み見上げている。
 目前に死が迫っているにも関わらず、微塵も恐怖する事なく表情も態度も変えない田舎もんのガキに、金髪の男は気味の悪さと這い上がってくる悪寒の様な何かを感じた。そこは確かに冒険者の勘が働いた筈だった。
 しかし自分達よりもずっと格下の新人のガキに侮辱された怒りがそれを上回った。それらを断ち切らんと振り上げた剣を、ログナの脳天に向かって振り下ろす。
 まさにその瞬間———

 パァン

 破裂音と共に、魔術士の腕の魔石が砕け散った。
「は?」という声を発した時には、フードの男は地面に沈んでいる。何が起こったか分からないまま、一瞬で意識を持って行かれた。
 ログナの異変で警戒を解かないままだったキースとクラインは、自分達の拘束が解けたその瞬間に獲物を抜いていた。
 双剣の一つを煌めかせたキースが、素早さを活かして青い髪の男の懐に入ると、武器の柄を鳩尾にめり込ませる。担いでいたホーンラットが地面に落ちた時、青い髪の男もまた地面に膝をついていた。
 背負っていた槍を引き抜き、その力をそのままに長いリーチを利用して、クラインが口ピアスの男へと武器を振り下ろす。武器の自重と振り下ろす力、そこにクラインの筋力が合わさり、口ピアスの男の肩目掛けて振り下ろされたそれは、まごう事なき凶器となって男の鎖骨を砕いた。

「な……に……?」

 金髪の男が振り返った時には仲間の三人が地面に転がっていた。
 地面に沈んだ魔術士の上には、何故か巨大な白猫がお座りをしている。何が起こったのか全く分からないまま二人と一匹に睨まれ、形勢が逆転した事を悟った男は、振り上げた腕を力無くだらんと下げた。

「Cランク冒険者『暁月』のリーダー、ザカート。並びにそのパーティ三名。重大なギルド規定違反と殺人未遂により、ギルドカードを剥奪します」

 凛とした声が響く。一切の感情を載せない声に、ログナは地面に座ったままその声の主を見た。
 白猫の奥からこちらに姿勢正しく歩いてくるその女性は、ログナ達を受付で迎えてくれた職員のアマンダだった。

「え、アマンダ!?」
「どうしてここに……」

 白猫の隣に立つと、アマンダがその背を撫でる。白猫は甘えるようにゴロゴロと喉を鳴らし、頭を彼女へ擦り付けている。

「ありがとうミーコ。ギルドマスターへ伝えてくれる?」

 ただの猫ではないようで、アマンダの言葉を理解したとばかりに立ち上がると街へ向かって駆けて行った。
 それをわなわなと震えながら見ていた金髪の男が、アマンダに向かって吠えた。

「カード、剥奪だと……? ふざっけるなよ!? 受付の分際で! テメェに何の権限があんだよ!」

 持っていた剣の柄をギシギシと握り締め、怒りのままにアマンダへと振り上げた。空を切り裂く甲高い音と共に何度も繰り出された剣戟は、しかし彼女に掠りもしない。それどころか、一瞬の隙をついて繰り出したアマンダの小さな拳が男の腹部にめり込み、動きが止まったところに、更に回転を加えた蹴りの留めによって大の男が吹っ飛んだ。
 ログナが殴り飛ばされるよりも更に飛んだ男の軌道を、ログナ達三人が首を揃えて動きで追う。

「今の私はギルマスから権限を与えられた特務遂行係です。よってあなた方の冒険者資格を剥奪出来る権限があります」
「あー……多分もう気絶してるから聞こえてないわー……」

 キースの引き攣った笑顔に視線だけで応え、アマンダは座ったままのログナの元へ向かった。
 腰を屈めて手を差し出してくる。

「大丈夫ですか?」
「え、あ……はい」

 差し出された手を握ったログナは、ハッとしてアマンダの宝石の様な青い瞳を見つめた。
 握ったその手がとても普通の受付嬢のものとは思えなかったのだ。

「貴女、は……いったい……」

 立ちあがろうと踏ん張った足には力が入らなかった。僅かに緩んだ青眼が徐々に暗くなっていく。

「「ログナ!!」」

 キースとクラインの声が遠くなっていくのを聞きながら、ログナの意識がフッと途切れた。
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 主人公のレンは、冒険者ギルドの中で最高ランクであるSランクパーティのメンバーであった。しかしある日突然、パーティリーダーであるギリュウという男に「いきなりで悪いが、レンにはこのパーティから抜けてもらう」と告げられ、パーティを脱退させられてしまう。怒りを覚えたレンはそのギルドを脱退し、別のギルドでまた1から冒険者稼業を始める。そしてそこで最強の《勇者》というスキルが開花し、ギリュウ達を見返すため、己を鍛えるため、レンの冒険譚が始まるのであった。

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