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「……すげぇ……」
「ここがギルドか……」
「村の集会所が丸々入りそうだ……」

 パビリオの中心部に位置する広場に面し、他を寄せ付けない存在感で佇むそれを見上げる。
『広場』と呼ばれるこの場所ですら、ログナ達の故郷であるカタール村が収まってしまいそうな程の広さを有している。その広場の端からでも直ぐに視認出来たこの建築物は、やはり三人が今まで見てきた物の中で群を抜いてデカかった。
 カタール村を治める領主の館もそれなりの大きさではあったのだが、もはや比べるべくも無い。都会はすげぇを繰り返す、もう既に語彙力の死んだ幼馴染に苦笑を浮かべ、緊張しながらログナ達はギルドの扉を潜った。


 中はホールの様に仕切りの無い一つの広々とした空間になっており、中央に一本太い柱が通っている。その周りを囲むようにベンチが設置され、ゆっくり腰を降ろせる場所になっていた。
 その奥には職員達がいる長いカウンターが見える。人はそれほど多くはないが、それでも村の集会所くらいの人数はいるだろうか。

 入り口から見て左手には、休憩スペースなのかテーブルと椅子がセットでいくつか置かれている。冒険者らしき男達が一角を陣取り、地図のようなものを広げて何やら話し合いをしている。そういった事に使える場所のようだ。
 右手には広く取られたスペースの壁に、何枚もの紙が貼られた大きなボードが設置されている。キースがそちらへ足を向けたのに続き、ログナとクラインもボードの前に立った。

「これ、全部依頼か」
「……すげぇ」

 ボードにはまばらではあったが多くの依頼用紙が貼られている。採集依頼であったり、魔物の討伐依頼であったり、街人からの手助けの依頼であったりと、様相は様々だ。
 それらをまじまじと眺め、村とは全然違うと話す二人にクスリと笑みを零し、ログナはギルド内をゆっくりと見渡した。
 カウンターでは女性職員と熟練の冒険者っぽい男が談笑している。気安く話している様子からも、職員と冒険者の関係も良好なのだろうと推察する。
 職員らしき女性は何人かいたが、皆揃いの制服を着用している。冒険者ギルドの様な荒事の多そうな職場にも関わらず、女性が多いのには正直なところ驚いた。
 流石都会なだけあってみんな見た目も装いも綺麗だ。年齢層はバラバラだろうが、日に焼けて焦げた肌のおばちゃんも、邪魔だと言う理由で無造作に髪を纏めるだけの少女もいない。見られる事に慣れているといった様子の彼女達は、やはり肌も髪も仕草も都会人と言わんばかりの様相だった。

 と、カウンターの奥から職員達の後ろを横切って移動してくる一人の女性に、ログナの目が奪われてしまった。
 姿勢良く歩いてくるその人は、頭の後ろで一つに束ねた髪をさらりと揺らし、颯爽と歩いている。例に漏れず綺麗な顔立ちで、涼しげな目元が印象的だった。髪が珍しく白かったからか、先程路地で見たあの白猫を連想した。海の様な空の様な真っ青な瞳が余計に映えて見え、ログナは目を離す事が出来なかったのだ。

 不意に目が合って心臓が飛び跳ねた。カッと頬が熱くなり、見つめてしまっていたことが恥ずかしくて顔を逸らす。
 そんなログナの様子を後ろから見ていたキースが、ニヤニヤしながらやって来て肩を組むと、意味深な眼差しを向けて来る。嫌な予感にログナが口を開こうとした時、正面からやってきた男が気安く話しかけてきた。

「坊主ども、田舎から出て来たんだろ? 冒険者志望か」
「ええ、まぁ……」
「あんまり新人丸出しだと、良くないのに目ぇつけられんぞ」

 先程カウンターで受付嬢と話していた熟練の冒険者の男だ。近くで見ると背も高ければガタイも良い。歳はログナ達よりも大分上だろうに、それを感じさせない体躯と快活さがある。服の上からでも身体が引き締まっているのが良く分かった。
 そんな手練れの狩人にも似た独特のオーラを放つ壮年の男に、物怖じしないキースが応える。

「良くないのって?」
「ん? 知らんのか? 最近新人を狙ったタチの悪りぃのがいるらしい」
「そうなのか」
「まぁ狙われてんのソロばっからしいが、気を付けるこった」

 そう言うとじゃあなとギルドを出て行ってしまった。
 あれくらいの年齢層によく絡まれるなぁと零すキースに、クラインが静かに頷く。確かにこの街に来る時に世話になった冒険者も、今の人くらいの歳だった様に思う。よっぽどガキだと思われているのか、それともキースの人好きのする性格のせいなのか。はたまた心配になってしまうくらい田舎モンに見えるのか。
 後者で無いと良いなぁと思っていたログナに、キースが再び肩を組み直してくる。ハッとそちらを見れば、やはり顔がニヤついていた。

「何だよ……」
「いやぁ、別にぃ」

 訳知り顔で見てくるキースにイラっとしながら、クラインにも促され、三人はようやく冒険者登録する為カウンターへと向かった。



 カウンター前に用意された椅子にはログナとキースが座っている。クラインは断りを入れた上で、キースの隣に立っている。
 ログナの正面にいる職員は、白髪の美女その人だ。ログナは何も言っていないのに、キースが彼女を指名したのだ。
 ニヤニヤと笑いながらこちらを見てくるのにイラッとしながら、ログナは登録したい旨を女性職員に伝えた。

「本日担当させていただきます、アマンダです。よろしくお願い致します」
「は、はい。お願いします」

 緊張の面持ちで姿勢を正すログナの横から、身を乗り出すようにカウンターへ突っ伏したキースが、アマンダを上目遣いで見上げた。

「お姉さんめちゃめちゃ若く見えるけど、歳いくつ?」
「登録にあたっていくつか説明事項がございます。質問があればその都度してください」
「え? あ、はい!」
「彼氏いる?」
「まずこちらの用紙に必要事項を記入してください。字が書けない場合は代筆致します」
「オレは書けるので……」
「オレは名前と出身の村くらいは……」
「どんな人がタイプ?」

「「キース!! ちょっと黙れ!!」」

 キースの質問攻めを見事なまでにスルーし、仕事を全うしようとする姿にプロ根性を感じる。そんなアマンダに一切臆することのないキースもキースだ。相手にされないのを意にも介さず、ある意味質問攻めにしていた。
 しかし、いい加減鬱陶しくなった二人から遂にストップが掛かる。渋々用紙とペンを受け取ると、クライン同様名前と村を書いた。このペンも用紙も田舎で手に入れようと思うとかなりの値になる。流石都会のギルドはレベルが違う。

 年齢を書こうとしたところでクラインが口を開いた。

「登録に年齢制限ってないのか?」
「ありません。後で説明しますが、一定の基準をクリア出来ればほぼどなたでも冒険者として活動出来ます」
「ガキでも?」
「はい」
「犯罪者でも?」
「はい。ただしこの場合は規定があります」
「彼氏——いでっ!!」

 調子に乗ったところでクラインからの鉄拳を喰らったキースが悶絶した。
 年齢を書き終え、次の項目へ移る。職業や扱う武器を記入する欄だ。

「職業……」
「仕事って言ってもなぁ……」
「当てはまるものが無ければ結構です。ただ、使用する武器は記入しておくと、のちにパーティを組んだり仲間を募る際に便利です」
「じゃぁオレは双剣っと」
「オレは槍だな」

 キースとクラインが書いてもらっている中、ログナの表情が曇っていく。よく使うのは剣だが、得意と言って良いかは微妙なところだ。
 弓の方が扱いには長けていたが、村では弓を扱うのは女性ばかりだった。男で弓を引こうものなら死ぬまで馬鹿にされただろう。
 そんなトラウマもあってか、ここで弓と書くのは気が引けた。この女性ひとの前で女々しいと思われたくないという、男の矜持もあった。

「後で変更する事も可能ですが」
「あ、そうなんですね……」

 それならと『剣』と記入する。
 村の事情なんて知るはずもないこの人が何とも思わないであろう事は分かっていたが、それでも張れる見栄なら張りたい。
 その後は順調に書き進めていき、最後の項目になった。

「魔力の有無?」
「魔力あるヤツが冒険者になろうなんて思わねぇだろ」

 クラインが何でそんな事聞くんだ? と言わんばかりの顔をしている。キースも同様だ。
 自分に魔力がある事を知っている者なら、目指す先は魔術師だろう。数ある職業の中でも、地位・栄誉・報酬とトップレベルに高い。それは特殊さも去ることながら、魔力を魔術に変換して使える人材が希少である事も起因している。わざわざ冒険者などと、登録さえすれば誰でもなれるような職業を選ぶとは思えない。それが二人の知る一般常識だった。
 もちろん二人に魔力はなく、当然のように『無し』と書いてもらう。

「冒険者の中にも魔術士《ウィザード》はいらっしゃいますよ」
「え? そうなの?」
「はい。どの職業を選ぶかは、その人の自由です。冒険者の中には様々な事情を抱えた方もいらっしゃいますので、一概には言えません」

 確かに、人には人の事情がある。かく言う三人も、そんな事情を抱えた人間なのだから。

「話が逸れましたね。失礼致しました。……書けましたか?」

 アマンダがログナに視線を向けた。目が合ってドキッと心臓が跳ねる。

「あくまで参考に伺うだけです。魔力があってもなくても、登録に支障はありません」
「あ、はい」

 ログナも『無し』と記入し、用紙をアマンダに渡す。それを受け取った彼女が、用紙を確認し、ログナを見つめてくる。
 真っ青な瞳を向けられて「え?」と思ったが、結局何も言わずに視線を手元に移された為、何だろうとは思ったが特に口を開くことも無く姿勢を正して待つ。

「ではカードの準備をしてまいりますので、少々お待ちください」

 そう言ってカウンターの奥へと向かって行く彼女の背が見えなくなったところで、キースがログナに耳打ちしてくる。

「良い女じゃん」
「そう言うのじゃ無いってば」

 言い訳のようにムキになるログナに、キースが益々絡んでくる。クラインはクラインで、聞いてはいるが口は出さない。口にも顔にも出さないが、面白がってはいる。

「またまたぁ。あっつい眼差し向けてたじゃんか」
「そうじゃなくて、その……何となく気になったっていうか、違和感があって」

 そう、違和感だ。
 路地で道を教えてくれたあの白猫に感じたような違和感が、アマンダにもあった。ような気がした。
 はっきりと確信が持てる訳ではない。その正体も分からない。あの不思議な声が聞こえなかった二人には全く分からないそのモヤモヤを、どう説明すれば良いのか分からず、ログナは結局アマンダが戻ってくるまで、キースからイラっとする視線をもらっていた。

 何かしらの器具を持って戻ってきたアマンダは、再びログナの正面に座った。
 手のひら大のクリスタルが取り付けられた不思議な器具を、三人は物珍しげにジロジロと眺める。
 初めて見るそれがギルドカードを作る為の魔道具だった。本人の血液を使い、本人にしか使用出来ないカードを発行する。それが己が冒険者である事を証明する身分証となるのだ。

「ギルドより発行されたカードが、今後皆さんの身分証となります。それがあれば、国や街を自由に行き来する事ができ、入管税が全て免除となりますので大切に保管してください」
「はい」
「作るのに金かかんの? オレ達貧乏なんだけど」

 本人にしか使用出来ないカードを魔道具で作るだなんていかにもな話だ、とキースがアマンダに尋ねた。一体どれだけ……と分かりにくく若干怯えていたクラインを知ってか知らずか、アマンダは首を横に振った。

「いえ。登録自体は無料です」
「税金が免除されるような大層なもんなのに?」

 それに驚いたらしいクラインがすかさず質問している。

「はい。お作りする分には無料です。ですが、冒険者となられた方にはいつくか義務がございます。それを果たして頂かなければカードは失効してしまいます」
「義務……」
「なになにー? 何して欲しいって?」

 茶化そうとしたキースを二人で睨みつけ、アマンダに先を促す。

「一つ目にギルドが提示する依頼を受け、ギルドに貢献して頂きます。二つ目に毎年更新料を納めて頂きます。これは現在のランクによって金額は変動します。三つ目に、緊急の際等ギルドが招集をかけた際には、そちらに応じて頂きます」
「……それだけ?」
「はい。依頼を受けるというのは皆さんの収入にも直結しますので、どんどんこなしてください。ただし、依頼にもランクがあり受注出来るのは現在のランクの一つ上までとなります。ランクが上がれば当然依頼の難易度も上がる為、成功報酬も上がっていきます」

 アマンダが手元から一枚の紙を取り出し、三人の前に出して見せる。Fと書かれたそこには討伐依頼とある。

「初期登録時はFランクからのスタートとなります。皆さんが現在受ける事が出来るのは、Fと一つ上のEランクの依頼という事になります。こちらはギルドが斡旋する依頼の一例です」

 討伐対象の魔物の名称や達成する為の条件などが書き記してあった。細かい部分が異なっていたが、村で受けていた仕事の依頼とそう大差ないように思う。これなら直ぐにでも仕事にありつけそうである。

「更新料というのは、現在のランクを維持する為の経費とお考えください。こちらをお支払い頂けない場合、または重大な規律違反があった場合はカード剥奪となり、五年間の発行停止処分、場合によっては永久に発行停止となりますのでご注意ください」
「無くしてしまった場合は……?」
「再発行に一律金貨一枚をお支払い頂きます」
「金貨!?」
「たっけぇ……」
「カードは魔法処理されていて、偽造・不正利用・破壊・燃焼などを防止する機能が備わっており、再発行の場合は最終ランクが引き継げます。尚且つ初期登録時に費用が掛からないことを鑑みても破格の値段です」

 銀貨以上ですら滅多に見ることのない三人にとっては大金だったが、アマンダの話を聞けば納得出来た。
 裏を返せば冒険者となり依頼を請け負えば、払えない額ではないということだ。

「三つ目のギルドからの招集に応じるという項目ですが、滅多にありません。最後に招集が掛かったのも、今から十年程前です」
「そうなのか」
「……」
「何か質問でも?」
「あ、いえ……大丈夫です」

 また見つめていたのか? とばかりのキースの眼差しを受け、ログナは居住まいを正した。話のコシを折られる前にとアマンダに先を促す。
 彼女は魔道具を起動し、手元に空のカードを置くと、待つ間にと再び三人へ視線を戻した。

「では、ランクについてお話ししましょう」

 冒険者にはそれぞれランクがあり、FからSまで定まっている。登録時は例外を除き、通常はFランクからのスタートとなる。
 C・B・Aランクは更に細分化され、C(シングル)・CC(ダブル)・CCC(トリプル)と三段階に分けられており、尚且つA以上はパーティであることが必須となる。
 それらの頂点であるSランクともなれば、一度なってしまえば富、栄誉、名声全てが与えられ、国にも認められる。中には貴族の爵位まで与えられた冒険者もいた位だ。ただし更新料や試験以外に貴族院からの依頼を受けなければならないという決まりがある。
 収入を上げたいならランクアップする必要があるが、更新料と依頼達成率が八十%以上あれば現在のランクを維持する事が可能だ。更新料は勿論ランクによって変わってくる。
 昇格には試験があり、試験内容は現在所属しているギルドのギルドマスターが決める。よって試験内容は様々である。

「あなた方の当面の目標は、Eランクに上がる事です」
「E? いっこ上なだけじゃないの?」
「ここパビリオは、他のギルドよりも試験が厳しいと言われています」
「そうなんですか?」
「カード発行後一年以内にギルドマスターが指定する採集・討伐・迷宮ダンジョンをそれぞれクリアし、更新料として銀大貨一枚を納めて頂きます」

 銀大貨と言われてクラインの表情が動いた。それを五枚集めるのに三人は五年掛かったのだ。一人一枚、しかも一年で。どれだけ大変な事か、もう身を持って知っている。

「なんでそんなに厳しいんだ? そんな大金、新人にはキツ過ぎるだろう」
「生き残る為です」
「「「……」」」
「それにきちんと計画的に進めていけば、決して無理な金額ではありませんよ」
「そうなのか?」
「もし不安でしたら、当ギルドにはEランク以下の冒険者に対し、支援制度もございます。成功報酬の一割で支援員の派遣も行っておりますので、ご利用の際はお申し付けください」

 アマンダが起動しておいた魔道具を三人の前へと置いた。僅かに発光している事からも、どうやら準備が整ったようだ。

「ではカードの発行に移りますが、よろしいですか?」
「あの、最後に一つだけ」
「はい。何でしょうか」
「さっき言ってた規定違反って、どういった事ですか?」
「はい。ギルドの規定に反した場合に罰金対象になります。殺人を行った場合は即座に剥奪、再発行は出来ません。他にも他人のカードの略奪、悪用、転用転売、その他不正があった場合は即座に剥奪、五年間の再発行停止処分、もしくは再発行不可となります」

 アマンダは座っていた足元から一冊の冊子を取り出すと、カウンターの上に置いた。

「こちらはギルド規定集です。いつでも貸出いたしますが、ギルドの外への持ち出しは出来ません。他にも迷宮図鑑や魔物図鑑、植物図鑑なども同様です」

 キースが一応めくってみたが、中は字がびっしり書かれており、直ぐに閉じていた。ログナは少々気になったが、キースがさっさと返してしまった為、今日は諦める事にする。

「では改めまして、カードの発行に移らせて頂いてよろしいですか?」
「はい。お願いします」
「三名でのパーティ登録になさいますか?」

 ログナがキースとクラインへ視線を向ける。二人に異論はなさそうだ。

「はい。それでお願いします」
「パーティ名はございますか?」
「パーティ名……」
「キースと愉快な仲間——」
「「絶対に嫌だ」」

 その後も『キースと下僕』、『キースと手下』、『キースを愛する会』など、キースの悪ふざけで終わった。
 結局決められないまま、決まったら後日という事で、アマンダに登録を進めて貰う。

「ではお一人ずつ、こちらの魔道具に血液を垂らしてください」

 普段から小さな怪我をするくらいなら慣れている彼らも、いざ自らを傷つけるとなると躊躇してしまうもので。
 見かねたアマンダが小さな針のついた道具を貸してくれて、ログナは恐る恐る人差し指の腹に針を押し当てた。
 チクっとした痛みの後に、赤い血の玉が出来ていく。それを魔道具に垂らすと、クリスタルが発光した。クリスタルの下にはアマンダが用意した空のカードが一枚置かれており、クリスタルが光ると同時に文字が刻まれていく。
 白い拳程の大きさのカードには、ギルドの紋章が背景に写し出され『パビリオ』というギルド名と『ログナ』の名前、『F』という文字が浮かび上がっていた。
 続いてクラインがカードを発行してもらい、なかなか決心のつかないキースの手をログナが抑え、クラインが針を押し付ける。ぶつぶつ言いながらも自分のカードを手にしたキースの機嫌が直ったところで、アマンダがその場から立ち上がった。

「改めまして、ご登録ありがとうございます。質問があればいつでも伺いますのでカウンターまでお越しください。皆様のご活躍をお祈り申し上げます」
「あっ、ありがとうございます」

 形式的な挨拶を済ませると、魔道具を持ってカウンターの奥へと行ってしまった。
 ブレない人だなぁとその様子を眺めていると、離れた場所から自分を呼ぶ声が聞こえ、ログナはそちらを振り返る。

「ログナ! さっさと来いよ!」

 キースとクラインが既に依頼の貼ってあるボードの前まで移動している。それに苦笑を零しながら、ログナも二人の元へと歩み寄るのだった。



 早速依頼ボードを物色し始めたキースとクラインが、良さそうな用紙に目星をつけていく。

「ホーンラットの討伐あるぜ」
「こっちは採集依頼だな。三枚セットになってるし、報酬も……良いんじゃないか?」
「どれどれ?」

 キースが目を付けたのは下級の魔物であるホーンラットの討伐だった。額部分に大きな角が生えた大型のネズミのような魔物である。
 雑食で主に虫や木の実を好むが、死んだ動物の死骸なども食べる為、森の掃除屋とも呼ばれている。割と温厚な性格だが、依頼が出ているということは、どこかの村で作物がやられたか、畑に被害が出たかしたのだろう。
 三人も何度か狩りの手伝いで討伐に加わった事がある。角や毛皮が素材として売れた筈だ。
 それを五匹以上討伐すれば達成とある。報酬は五匹ごとで銀貨三枚。ランクは『F』だ。

 クラインが見つけたのは、三種類の薬草の採集依頼だった。
『陽だまり草』『日陰草』『日に焼け草』の三種だ。陽だまり草と日陰草は村の仕事で採集経験があったが、『日に焼け草』は初めて聞く薬草だ。達成条件は、陽だまり草と日陰草は各十本、日に焼け草は五本で一纏めの納品とある。報酬は一セット銀貨五枚、ランクは『E』だった。

「てか、報酬自体高くね? これなら銀大貨一枚なんて楽勝なんじゃん?」
「大きな街にはそれだけ需要があるって事なんだろうね」

 村で仕事を請け負っていた時は、ここまでの報酬は無かった。薬草なんてせいぜい五本で銅貨一枚程度だったし、ホーンラットは素材込みで一匹銅貨五枚程だった。その時々で値段は上下したが、大体こんな相場だった。

「どうする? 報酬だけなら薬草の方が高いが、素材は自由にしていいとなるとホーンラットも良いと思うが」
「どっちも受けちゃえば?」
「そうだなぁ……どっちも魅力的だけど、どっちもは」
「今から行くならホーンラットは止めておけ。そいつの期限は今日中じゃからな。ギルドの終わる時間までに手続き出来なきゃ未達成扱いで罰金だぞ」

 悩むログナ達の後ろから声を掛けて来たのは、上背のある翁だった。
 髪はすっかり白くなっていたが、年齢がわからない程肌にも筋肉にも張りがあり、見るからに強者の風格だ。快活に笑う彼は、ログナ達の間からホーンラットの依頼用紙を引きちぎると、カウンターに向かって声を掛けた。

「アマンダー、これ再手続きしといてくれ」

 翁の呼び掛けにアマンダが無表情でやってくる。翁の手から依頼用紙を受け取ったところで、キースが声を掛けた。

「期限て何?」
「こちらをご覧ください」

 キースの方に向けた依頼用紙をログナとクラインも一緒に覗き込む。
 用紙の下の方に小さく今日の日付が書かれていた。

「このように、依頼には期限があるものがございます。こちらの場合は、本日のギルド終了時刻までに依頼完了の手続きが必要となります」
「間に合わなかったらどうなるんだ?」
「達成出来なかった罰として、成功報酬の五割をお支払い頂きます」
「げ!」
「罰金があるのか……」
「はい。ギルドと依頼主との信用問題に関わりますので、達成出来なかった冒険者にはそれなりのペナルティーがございます。依頼を受ける際は達成出来そうかどうかご一考頂き、期限にもご注意ください」
「分かりました」

 カウンターへ戻っていくアマンダを、何故かキースが追って行った。どこへ行くんだあいつは、と見ていたクラインとログナに、翁が豪快に話しかけてくる。

「明日んなったら同じ依頼がまた張り出される。受けんならまた明日来い新人」

 期限までに受注されなかった依頼は、依頼主との確認後期限を延ばして再び出される事があると言う。この依頼はその対象なのか、この翁は明日またボードに張り出されると言い切った。
 という事は、この人は……

「なぁアマンダ、あのおっさん誰? どういう関係?」

 カウンターに戻り依頼の再手続きに掛かろうとしていたアマンダの正面を陣取って、キースが身を乗り出している。そんな彼の方を見たアマンダが口を開こうとした時、キースの頭をがっしりと掴む手があった。

「おい小僧。アマンダに目をつけるとは良い趣味しとるが止めておけ。……そいつは俺の女だ」
「は?」
「違います」

 ニヤリと悪い笑みを落とす翁を食い気味でスッパ切るアマンダの向こう側で、カウンター内の職員達がまたやってると笑っている。
 どうやらお馴染みのやりとりのようだ。

「俺はギルドマスターのレオールだ。テメェのランクを上げるかもしれない男の顔ぐらい覚えておけ小僧」

 そう言ってキースの頭をガシガシと撫でると、豪快に笑いながら二階へ続く階段へと消えて行った。
 その後ろ姿を、キースはずっと見つめていた。彼に頭を掴まれた瞬間、首どころか体も動かす事が出来なかったのだ。
 強いだろうとは思ったが、まさかここまでとは思わなかった。恐怖とは違う、武者震いかはたまた興奮からか、何なのか分からないゾクゾクする感覚に、キースは静かに体を震わせる。

「どうしたんだ、キース」
「大丈夫か?」
「……やっぱ都会はスゲェ……」

 再び語彙力の死んだ友人を、ログナとクラインは不可解なものでも見る目で見ていた。
 その横では、二人から渡された冒険者初となる依頼の受注処理を淡々とこなすアマンダの姿があった。
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