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第九話 マーク・ハイランツは鬱陶しい

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「あれ~リアノラ、今日は早いねぇ」

 ふいに頭上から声がしてビクリと身体を震わした。この声は確か――。

「なぁに? 殿下と喧嘩でもしたのぉ?」

 見上げた木の上に群青色のクルクルとした髪の毛を風に揺らしながら座っているのは、魔術師団長のご令息のマーク・ハイランツ様だった。

「何でもありま……いえ、何でもないわ」

 ついつい自分の口調に戻ってしまうので、言い直す事も多くて疲れてしまう。他人の振りってこんなにも疲れる作業なのね。

「よっ! ……と」

 風魔法を器用に操りながら、マーク様は木から降りてこられた。そして、わたくしの前に回り込んで顔を覗き込む。

「なっ、何ですのっ……」

 急に顔を近付けられて驚いたわたくしは思わず後ろへ後ずさる。

「えっ、いつもの様におはようのキスをしようとしたんだけど」


 なっ、なっ、なんですって!? キス!? !?

「どうしたのぉ~? なんかいつものリアノラじゃないみたい」

 わたくしは頭をフル稼働させてマーク・ハイランツとのイベントやシナリオを思い出す。あぁ、確かにマークはこんな風に軽いノリで顔のあちこちにキスをして来てたわ。

「そ、そんな事あり……ない、わよ」
「そうかなぁ……うーん、まぁ別にいいけどぉ」

 マークは唇を少し尖らせながら、わたくしの周りをくるくると歩いて回る。そしてわたくしの事を観察するかの様な目で見る。

「……へぇ、そういう事か」
「え?」

 何か獲物でも見つけたかの様に、口角を上げてニヤリと微笑む。わたくしはその表情に何か底知れぬものを感じて息が止まりそうになる。

「ううん、何でもな~い♪ じゃ、僕はそろそろ教室に戻るよ。またねリアノラ」
「え、ええ……」

 マークは片手をピラピラと振りながら校舎の方へと歩いて行った。それを見送ったわたくしは、一気に力が抜けてその場にへたり込んでしまった。

 ――ば、バレなかった。

 殿下にバレたばかりなのだ。いや、否定はしてるけど……。神様が何も言ってこないって事は、自分がそうだと認めなければセーフと取っていい筈。……だよね? とにかく、これ以上、誰かにバレてしまっては元の身体に戻れなくなってしまう。気を付けなければいけないわ。


◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆

  自分の教室へと入ると、既にわたくしの席にはリアノラが座っていた。その周りには、わたくしの友人たちが集まっていた。顔を引きつらせながら何とかわたくしの友人たちと会話をしているリアノラを見ながら、わたくしも自分の席である場所へ向かう。リアノラが先に登校してくれてて良かったわ、でないと癖でいつもの席に向かってしまうところでしたわ。

 わたくしはリアノラ。リアノラなのですから、それらしく振る舞わなければ! ……と思ったものの、リアノラらしくってどんな感じなのかしら。淑女らしからぬ言動が多いリアノラだけど、それをあえてするのもどうかと思うわよね……。

「リアノラ、おはよう!」

 席についたわたくしに声を掛けて来たのは、わたくしの隣りの席に座るスベント・カラップ様。騎士団長を父に持つスベント様も剣術が得意で、魔法をまとわせた剣を振るうと向かう所敵なしと噂されている。赤い短髪で大柄な身体で一見怖そうに見えるのだけど、実はとても気さくな性格なので学園でも人気が高い。

「お、おはよう御座います……スベント様」

 リアノラっぽさを意識しつつ、慣れない笑顔で挨拶を交わす。

「さっきマークが何故かケシュクリー嬢の所に来ていたよ」
「え……」

 頭の中に“なぜ?”という二文字が浮かぶ。カナルディアであるわたくしとは、ほぼほぼ面識は無い筈。まともに会話すらした事も無い。

「なんか挨拶しただけで、すぐに教室を出て行ったけどな。あいつの行動はいつも訳が分からねぇ」
「そう……なのね」
「そんな事よりさ、今度二人で街にでも遊びに行かねぇか? ほら、前に行きたがってた菓子屋! 一緒に行こうぜ」

 スベントからのデートの誘いに驚きつつ、リアノラならきっと喜んで受けるんだろう……と思うと、断るのもどうかと躊躇する。だけど婚約者でもない殿方と二人きりで出掛けるだなんて、貴族令嬢としてはあり得ない。逆ハーレムを継続しなければならないのだろうけど、やはりデートはダメですわ……。

「ごめんなさい、暫く色々忙しくて。またの機会にお願いしますわ」
「ん、そうか。忙しいんなら仕方ないよな~また誘うよ」
「ええ」

 大人しく引いてくれて良かったと胸を撫で下ろす。スベント様はとても真っ直ぐで気持ちの良いお方ですわね。リアノラには勿体ないくらいですわ……。
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