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本編
豚肉のピカタ
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朝からロブ殿下に腰砕けにされたわたしだったけど、気を取り直して料理の準備に取り掛かる。今日の日替わり定食のメニューは豚肉のピカタだ。
ポークステーキ用に厚めに切った豚ロース肉を筋切りして下処理し、塩、コショウ、粉チーズで下味を付けてから小麦粉をまぶし、卵と牛乳を混ぜ合わせて作った溶き卵を衣代わりに豚肉に多目にまとわせてフライパンで焼く。途中でバターを落して完成だ。誰でも簡単に作れて美味しいんだよね。
「今日の日替わりも美味しそうですねー」
厨房を覗きに来たベッキーがゴクリと生唾を飲み込む。
「食べてみる?」
「はいっ!」
もはや毎日の恒例行事になって来ているスタッフの試食会だ。外での呼び込み用にも使うので多目に焼き上げて切り分ける。
「あ、なんだか普通のポークステーキより優しい味がします」
「卵の衣が付いているからね」
「ほんのりチーズの味がして美味いな」
「これなら、自宅でも作れそうですね」
「美味しいです~」
ロマノもケイトもうんうん頷きながら食べている。その横で新人のヘレンもほっぺたを押さえながら口を動かしている。実は今日からお姉さまは店へ来ないのだ。ネリネ侯爵家の事業はこの店だけではないので、お姉さまとグレン様は他の店舗の運営や領地経営もしなければならない。なので今日からはわたしが責任者として店を取り仕切る事になった。お姉さまと入れ替わりに入ったヘレンは給仕兼皿洗い、ケイトは給仕と会計を兼任する事となった。
今日はさすがに開店前からの行列は出来ていなかったけど、ベッキーとヘレンが試食品を手に呼び込みをすると間もなく、お客さんが入り出した。お昼になると、新装オープン日からずっと欠かさずに来てくれてるお客さんも何人か居た。こうやって、徐々に常連さんが増えていってくれると嬉しいなぁ。
◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆
「そういや見たか? 隣町に大きな客船が入港してたのを」
「あぁ、見た見た。コンフォーネ王国からお姫さんが来てるって噂だぜ」
厨房の近くの席で食事をしている若い冒険者たちの話し声が聞こえてきた。隣国の名前が出て思わず鍋をかき回していた手が止まる。コンフォーネ王国!? それってプリメラさんが言っていたリップル王女の話なんじゃ……。
途端に何故だか胸がぐぐっと苦しく感じる。なんだろう……胸がざわざわする。
「アリエッタ様、大丈夫ですかい?」
「え……ええ、ごめんなさい。ちょっと考え事してただけだから大丈夫よ」
わたしの様子に気付いたロマノが声を掛けてくれた。ダメよ、今は仕事中なんだから集中しなくちゃ。大きく深呼吸をして、止まっていた手を再び動かす。
リップル王女が来る事なんて想定内の事じゃない。何をうろたえる必要があるっていうの。それに、わたしはまだロブ殿下からの求婚を受け入れた訳じゃない。ただの幼馴染に過ぎないんだし。ロブ殿下だって、あの可愛らしい王女さまからアプローチされたら隣国との国交問題もあるし、彼女を選ぶに決まっているわ。王族同士の結婚……互いにとって一番ふさわしい相手じゃないの。
――って、何を余計な事考えちゃってるのよ。そもそも前作の悪役令嬢のわたしは、本来ならロブ殿下と関係がないのに。ロブ殿下の選択肢に上がるのはリップル王女とヒロインのプリメラだけなんだから。わたしは今のシナリオにはお呼びじゃないのよ。
手を動かしながらも思考はグルグルと迷路へと迷い込んでいく。そんな事をしていると、あっと言う間に時刻は夕方へと差し掛かった。ベッキーが表の看板を裏返しに行った。
「食材の買い足しはケイトと一緒に行って来ますよ」
「それじゃあ、お願いするわ」
ロマノと残りの食材のチェックをしていると、ベッキーが厨房へとやって来た。
「殿下がお越しですよ、お嬢様。お料理はお任せで良いそうです」
声を抑えながら告げるベッキーの言葉に「分かったわ、ありがとう」と答えて、残しておいた二人分のピカタを焼き始める。レタスときゅうりのサラダを同じ皿に盛りつけ、その横に新鮮なトマトのスライスも添えた。レモン風味の手作りドレッシングをサラダへとかけ、焼き上がったピカタを食べやすい大きさにカットして乗せる。
「いらっしゃいませ、ロブ様」
まだ店内に数名のお客さんが居るので“殿下”とは呼ばずに挨拶をした。
「遅くなって申し訳ない。なかなか抜けれなくてね」
「お忙しい中、ありがとう御座います」
お礼を言いながら、テーブルへ定食のトレーをお出しする。
「本日の日替わり、豚肉のピカタ定食です」
「これはまた美味しそうですね」
「豚肉のピカタは初めてだな」
物珍しそうに料理を眺めるお二人。ピカタは西洋料理なのでこの国でも馴染はあるのだけど、卵を使わず、薄切りの子牛の肉や魚をバターで焼き、レモン汁をかけたものが一般的だ。二人が美味しそうに料理を口へと運ぶのを見届けて、わたしは厨房へと戻った。
「では、買い物に行って来ますね」
ロマノとケイトが夫婦仲良く店を出て行く。店内に居たお客さんも食事が終わり、ベッキーが会計をしていた。ケイトが手を離せない時はベッキーが代わりに会計をする事もあり、何でもこなす優秀な侍女に感心してしまう。その間にヘレンが素早くテーブルの皿を厨房へと引き上げて来るのが見える。そんな皆を見て上手く連携の取れている良いチームだな、と思う。
ポークステーキ用に厚めに切った豚ロース肉を筋切りして下処理し、塩、コショウ、粉チーズで下味を付けてから小麦粉をまぶし、卵と牛乳を混ぜ合わせて作った溶き卵を衣代わりに豚肉に多目にまとわせてフライパンで焼く。途中でバターを落して完成だ。誰でも簡単に作れて美味しいんだよね。
「今日の日替わりも美味しそうですねー」
厨房を覗きに来たベッキーがゴクリと生唾を飲み込む。
「食べてみる?」
「はいっ!」
もはや毎日の恒例行事になって来ているスタッフの試食会だ。外での呼び込み用にも使うので多目に焼き上げて切り分ける。
「あ、なんだか普通のポークステーキより優しい味がします」
「卵の衣が付いているからね」
「ほんのりチーズの味がして美味いな」
「これなら、自宅でも作れそうですね」
「美味しいです~」
ロマノもケイトもうんうん頷きながら食べている。その横で新人のヘレンもほっぺたを押さえながら口を動かしている。実は今日からお姉さまは店へ来ないのだ。ネリネ侯爵家の事業はこの店だけではないので、お姉さまとグレン様は他の店舗の運営や領地経営もしなければならない。なので今日からはわたしが責任者として店を取り仕切る事になった。お姉さまと入れ替わりに入ったヘレンは給仕兼皿洗い、ケイトは給仕と会計を兼任する事となった。
今日はさすがに開店前からの行列は出来ていなかったけど、ベッキーとヘレンが試食品を手に呼び込みをすると間もなく、お客さんが入り出した。お昼になると、新装オープン日からずっと欠かさずに来てくれてるお客さんも何人か居た。こうやって、徐々に常連さんが増えていってくれると嬉しいなぁ。
◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆
「そういや見たか? 隣町に大きな客船が入港してたのを」
「あぁ、見た見た。コンフォーネ王国からお姫さんが来てるって噂だぜ」
厨房の近くの席で食事をしている若い冒険者たちの話し声が聞こえてきた。隣国の名前が出て思わず鍋をかき回していた手が止まる。コンフォーネ王国!? それってプリメラさんが言っていたリップル王女の話なんじゃ……。
途端に何故だか胸がぐぐっと苦しく感じる。なんだろう……胸がざわざわする。
「アリエッタ様、大丈夫ですかい?」
「え……ええ、ごめんなさい。ちょっと考え事してただけだから大丈夫よ」
わたしの様子に気付いたロマノが声を掛けてくれた。ダメよ、今は仕事中なんだから集中しなくちゃ。大きく深呼吸をして、止まっていた手を再び動かす。
リップル王女が来る事なんて想定内の事じゃない。何をうろたえる必要があるっていうの。それに、わたしはまだロブ殿下からの求婚を受け入れた訳じゃない。ただの幼馴染に過ぎないんだし。ロブ殿下だって、あの可愛らしい王女さまからアプローチされたら隣国との国交問題もあるし、彼女を選ぶに決まっているわ。王族同士の結婚……互いにとって一番ふさわしい相手じゃないの。
――って、何を余計な事考えちゃってるのよ。そもそも前作の悪役令嬢のわたしは、本来ならロブ殿下と関係がないのに。ロブ殿下の選択肢に上がるのはリップル王女とヒロインのプリメラだけなんだから。わたしは今のシナリオにはお呼びじゃないのよ。
手を動かしながらも思考はグルグルと迷路へと迷い込んでいく。そんな事をしていると、あっと言う間に時刻は夕方へと差し掛かった。ベッキーが表の看板を裏返しに行った。
「食材の買い足しはケイトと一緒に行って来ますよ」
「それじゃあ、お願いするわ」
ロマノと残りの食材のチェックをしていると、ベッキーが厨房へとやって来た。
「殿下がお越しですよ、お嬢様。お料理はお任せで良いそうです」
声を抑えながら告げるベッキーの言葉に「分かったわ、ありがとう」と答えて、残しておいた二人分のピカタを焼き始める。レタスときゅうりのサラダを同じ皿に盛りつけ、その横に新鮮なトマトのスライスも添えた。レモン風味の手作りドレッシングをサラダへとかけ、焼き上がったピカタを食べやすい大きさにカットして乗せる。
「いらっしゃいませ、ロブ様」
まだ店内に数名のお客さんが居るので“殿下”とは呼ばずに挨拶をした。
「遅くなって申し訳ない。なかなか抜けれなくてね」
「お忙しい中、ありがとう御座います」
お礼を言いながら、テーブルへ定食のトレーをお出しする。
「本日の日替わり、豚肉のピカタ定食です」
「これはまた美味しそうですね」
「豚肉のピカタは初めてだな」
物珍しそうに料理を眺めるお二人。ピカタは西洋料理なのでこの国でも馴染はあるのだけど、卵を使わず、薄切りの子牛の肉や魚をバターで焼き、レモン汁をかけたものが一般的だ。二人が美味しそうに料理を口へと運ぶのを見届けて、わたしは厨房へと戻った。
「では、買い物に行って来ますね」
ロマノとケイトが夫婦仲良く店を出て行く。店内に居たお客さんも食事が終わり、ベッキーが会計をしていた。ケイトが手を離せない時はベッキーが代わりに会計をする事もあり、何でもこなす優秀な侍女に感心してしまう。その間にヘレンが素早くテーブルの皿を厨房へと引き上げて来るのが見える。そんな皆を見て上手く連携の取れている良いチームだな、と思う。
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