上 下
18 / 54
本編

豚肉のピカタ

しおりを挟む
 朝からロブ殿下に腰砕けにされたわたしだったけど、気を取り直して料理の準備に取り掛かる。今日の日替わり定食のメニューは豚肉のピカタだ。

 ポークステーキ用に厚めに切った豚ロース肉を筋切りして下処理し、塩、コショウ、粉チーズで下味を付けてから小麦粉をまぶし、卵と牛乳を混ぜ合わせて作った溶き卵を衣代わりに豚肉に多目にまとわせてフライパンで焼く。途中でバターを落して完成だ。誰でも簡単に作れて美味しいんだよね。

「今日の日替わりも美味しそうですねー」

 厨房を覗きに来たベッキーがゴクリと生唾を飲み込む。

「食べてみる?」
「はいっ!」

 もはや毎日の恒例行事になって来ているスタッフの試食会だ。外での呼び込み用にも使うので多目に焼き上げて切り分ける。

「あ、なんだか普通のポークステーキより優しい味がします」
「卵の衣が付いているからね」
「ほんのりチーズの味がして美味いな」
「これなら、自宅でも作れそうですね」
「美味しいです~」

 ロマノもケイトもうんうん頷きながら食べている。その横で新人のヘレンもほっぺたを押さえながら口を動かしている。実は今日からお姉さまは店へ来ないのだ。ネリネ侯爵家わが家の事業はこの店だけではないので、お姉さまとグレン様は他の店舗の運営や領地経営もしなければならない。なので今日からはわたしが責任者として店を取り仕切る事になった。お姉さまと入れ替わりに入ったヘレンは給仕兼皿洗い、ケイトは給仕と会計を兼任する事となった。

 今日はさすがに開店前からの行列は出来ていなかったけど、ベッキーとヘレンが試食品を手に呼び込みをすると間もなく、お客さんが入り出した。お昼になると、新装オープン日からずっと欠かさずに来てくれてるお客さんも何人か居た。こうやって、徐々に常連さんが増えていってくれると嬉しいなぁ。

◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆

「そういや見たか? 隣町に大きな客船が入港してたのを」
「あぁ、見た見た。コンフォーネ王国からお姫さんが来てるって噂だぜ」

 厨房の近くの席で食事をしている若い冒険者たちの話し声が聞こえてきた。隣国の名前が出て思わず鍋をかき回していた手が止まる。コンフォーネ王国!? それってプリメラさんが言っていたリップル王女の話なんじゃ……。

 途端に何故だか胸がぐぐっと苦しく感じる。なんだろう……胸がざわざわする。

「アリエッタ様、大丈夫ですかい?」
「え……ええ、ごめんなさい。ちょっと考え事してただけだから大丈夫よ」

 わたしの様子に気付いたロマノが声を掛けてくれた。ダメよ、今は仕事中なんだから集中しなくちゃ。大きく深呼吸をして、止まっていた手を再び動かす。

 リップル王女が来る事なんて想定内の事じゃない。何をうろたえる必要があるっていうの。それに、わたしはまだロブ殿下からの求婚を受け入れた訳じゃない。ただの幼馴染に過ぎないんだし。ロブ殿下だって、あの可愛らしい王女さまからアプローチされたら隣国との国交問題もあるし、彼女を選ぶに決まっているわ。王族同士の結婚……互いにとって一番ふさわしい相手じゃないの。

 ――って、何を余計な事考えちゃってるのよ。そもそも前作の悪役令嬢のわたしは、本来ならロブ殿下と関係がないのに。ロブ殿下の選択肢に上がるのはリップル王女とヒロインのプリメラだけなんだから。わたしは今のシナリオにはお呼びじゃないのよ。

 手を動かしながらも思考はグルグルと迷路へと迷い込んでいく。そんな事をしていると、あっと言う間に時刻は夕方へと差し掛かった。ベッキーが表の看板を裏返しに行った。

「食材の買い足しはケイトと一緒に行って来ますよ」
「それじゃあ、お願いするわ」

 ロマノと残りの食材のチェックをしていると、ベッキーが厨房へとやって来た。

「殿下がお越しですよ、お嬢様。お料理はお任せで良いそうです」

 声を抑えながら告げるベッキーの言葉に「分かったわ、ありがとう」と答えて、残しておいた二人分のピカタを焼き始める。レタスときゅうりのサラダを同じ皿に盛りつけ、その横に新鮮なトマトのスライスも添えた。レモン風味の手作りドレッシングをサラダへとかけ、焼き上がったピカタを食べやすい大きさにカットして乗せる。

「いらっしゃいませ、ロブ様」

 まだ店内に数名のお客さんが居るので“殿下”とは呼ばずに挨拶をした。

「遅くなって申し訳ない。なかなか抜けれなくてね」
「お忙しい中、ありがとう御座います」

 お礼を言いながら、テーブルへ定食のトレーをお出しする。

「本日の日替わり、豚肉のピカタ定食です」
「これはまた美味しそうですね」
「豚肉のピカタは初めてだな」

 物珍しそうに料理を眺めるお二人。ピカタは西洋料理なのでこの国でも馴染はあるのだけど、卵を使わず、薄切りの子牛の肉や魚をバターで焼き、レモン汁をかけたものが一般的だ。二人が美味しそうに料理を口へと運ぶのを見届けて、わたしは厨房へと戻った。

「では、買い物に行って来ますね」

 ロマノとケイトが夫婦仲良く店を出て行く。店内に居たお客さんも食事が終わり、ベッキーが会計をしていた。ケイトが手を離せない時はベッキーが代わりに会計をする事もあり、何でもこなす優秀な侍女に感心してしまう。その間にヘレンが素早くテーブルの皿を厨房へと引き上げて来るのが見える。そんな皆を見て上手く連携の取れている良いチームだな、と思う。
しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

離縁してくださいと言ったら、大騒ぎになったのですが?

ネコ
恋愛
子爵令嬢レイラは北の領主グレアムと政略結婚をするも、彼が愛しているのは幼い頃から世話してきた従姉妹らしい。夫婦生活らしい交流すらなく、仕事と家事を押し付けられるばかり。ある日、従姉妹とグレアムの微妙な関係を目撃し、全てを諦める。

変態王子&モブ令嬢 番外編

咲桜りおな
恋愛
「完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい」と 「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」の 番外編集です。  本編で描ききれなかったお話を不定期に更新しています。 「小説家になろう」でも公開しています。

【完結】転生したので悪役令嬢かと思ったらヒロインの妹でした

果実果音
恋愛
まあ、ラノベとかでよくある話、転生ですね。 そういう類のものは結構読んでたから嬉しいなーと思ったけど、 あれあれ??私ってもしかしても物語にあまり関係の無いというか、全くないモブでは??だって、一度もこんな子出てこなかったもの。 じゃあ、気楽にいきますか。 *『小説家になろう』様でも公開を始めましたが、修正してから公開しているため、こちらよりも遅いです。また、こちらでも、『小説家になろう』様の方で完結しましたら修正していこうと考えています。

転生したので前世の大切な人に会いに行きます!

本見りん
恋愛
 魔法大国と呼ばれるレーベン王国。  家族の中でただ一人弱い治療魔法しか使えなかったセリーナ。ある出来事によりセリーナが王都から離れた領地で暮らす事が決まったその夜、国を揺るがす未曾有の大事件が起きた。  ……その時、眠っていた魔法が覚醒し更に自分の前世を思い出し死んですぐに生まれ変わったと気付いたセリーナ。  自分は今の家族に必要とされていない。……それなら、前世の自分の大切な人達に会いに行こう。そうして『少年セリ』として旅に出た。そこで出会った、大切な仲間たち。  ……しかし一年後祖国レーベン王国では、セリーナの生死についての議論がされる事態になっていたのである。   『小説家になろう』様にも投稿しています。 『誰もが秘密を持っている 〜『治療魔法』使いセリの事情 転生したので前世の大切な人に会いに行きます!〜』 でしたが、今回は大幅にお直しした改稿版となります。楽しんでいただければ幸いです。

幽霊じゃありません!足だってありますから‼

かな
恋愛
私はトバルズ国の公爵令嬢アーリス・イソラ。8歳の時に木の根に引っかかって頭をぶつけたことにより、前世に流行った乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまったことに気づいた。だが、婚約破棄しても国外追放か修道院行きという緩い断罪だった為、自立する為のスキルを学びつつ、国外追放後のスローライフを夢見ていた。 断罪イベントを終えた数日後、目覚めたら幽霊と騒がれてしまい困惑することに…。えっ?私、生きてますけど ※ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください(*・ω・)*_ _)ペコリ ※遅筆なので、ゆっくり更新になるかもしれません。

【短編】隣国から戻った婚約者様が、別人のように溺愛してくる件について

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
転生したディアナの髪は老婆のように醜い灰色の髪を持つ。この国では魔力量の高さと、髪の色素が鮮やかなものほど賞賛され、灰や、灰褐色などは差別されやすい。  ディアナは侯爵家の次女で、魔力量が多く才能がありながらも、家族は勿論、学院でも虐げられ、蔑まされて生きていた。  親同士がより魔力の高い子を残すため――と決めた、婚約者がいる。当然、婚約者と会うことは義務的な場合のみで、扱いも雑もいい所だった。  そんな婚約者のセレスティノ様は、隣国へ使節団として戻ってきてから様子がおかしい。 「明日は君の誕生日だったね。まだ予定が埋まっていないのなら、一日私にくれないだろうか」 「いえ、気にしないでください――ん?」  空耳だろうか。  なんとも婚約者らしい発言が聞こえた気がする。 「近くで見るとディアナの髪の色は、白銀のようで綺麗だな」 「(え? セレスティノ様が壊れた!?)……そんな、ことは? いつものように『醜い灰被りの髪』だって言ってくださって構わないのですが……」 「わ、私は一度だってそんなことは──いや、口には出していなかったが、そう思っていた時がある。自分が浅慮だった。本当に申し訳ない」 別人のように接するセレスティノ様に困惑するディアナ。  これは虐げられた令嬢が、セレスティノ様の言動や振る舞いに鼓舞され、前世でのやりたかったことを思い出す。 虐げられた才能令嬢×エリート王宮魔術師のラブコメディ

母と妹が出来て婚約者が義理の家族になった伯爵令嬢は・・

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
全てを失った伯爵令嬢の再生と逆転劇の物語 母を早くに亡くした19歳の美しく、心優しい伯爵令嬢スカーレットには2歳年上の婚約者がいた。2人は間もなく結婚するはずだったが、ある日突然単身赴任中だった父から再婚の知らせが届いた。やがて屋敷にやって来たのは義理の母と2歳年下の義理の妹。肝心の父は旅の途中で不慮の死を遂げていた。そして始まるスカーレットの受難の日々。持っているものを全て奪われ、ついには婚約者と屋敷まで奪われ、住む場所を失ったスカーレットの行く末は・・・? ※ カクヨム、小説家になろうにも投稿しています

婚約破棄を望む伯爵令嬢と逃がしたくない宰相閣下との攻防戦~最短で破棄したいので、悪役令嬢乗っ取ります~

甘寧
恋愛
この世界が前世で読んだ事のある小説『恋の花紡』だと気付いたリリー・エーヴェルト。 その瞬間から婚約破棄を望んでいるが、宰相を務める美麗秀麗な婚約者ルーファス・クライナートはそれを受け入れてくれない。 そんな折、気がついた。 「悪役令嬢になればいいじゃない?」 悪役令嬢になれば断罪は必然だが、幸運な事に原作では処刑されない事になってる。 貴族社会に思い残すことも無いし、断罪後は僻地でのんびり暮らすのもよかろう。 よしっ、悪役令嬢乗っ取ろう。 これで万事解決。 ……て思ってたのに、あれ?何で貴方が断罪されてるの? ※全12話で完結です。

処理中です...