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本編
パン屋さん
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オープン初日は夕方頃になると用意していた材料も尽きてしまったので、早目に閉店する事になった。予想より沢山のお客さんが来てくれたので、呼び込みは大成功だったかも。これから明日の仕込みをしないといけないけど、市場で少し材料を買い足して来た方が良さそうだった。
厨房スタッフであるロマノには今ある材料で出来る限りの仕込み作業を任せておいて、給仕スタッフのケイトと侍女のベッキーを連れてわたしは市場へと買い物に向かった。ロマノとケイトは建て替え前のカフェ時代からのスタッフで、三十代の仲良し夫婦だ。住居である近所のアパートから店へと通ってくれてる。
「それにしても忙しかったですねー」
「お嬢様の呼び込みのお陰ですね、明日もやりましょう」
「そうね、明日はまた別の試食品を出してみようかな」
他愛のない会話をしながら歩いて行くと、あっという間に市場へと着いた。目当ての野菜屋さんの辺りへと歩みを進めていると……何とも言えないパンの良い匂いがしてきた。
「……ねぇ、あのパン屋に少し寄っても良いかしら?」
「ああ、あそこのパンは美味しいんですよ~ふっくら柔らかで」
ケイトからの情報を聞きながら、パン屋の扉を開ける。パンの香りが更にいっぱい広がった。
「わぁ、美味しそうなパンがいっぱいですね。お嬢様」
ベッキーに「そうね」と答えながら、陳列されているパンを見てまわる。……んん? 何だかこのパンって……。妙な違和感と既視感を覚えて不思議な気持ちになる。この国のパンはわたしが生まれる少し前くらい迄は硬いパンが多かったらしい。保存食としてライムギで作られている黒パンが栄養価も高く、貧しい庶民の間では主流だった。白くてふっくらしたパンは貴族以上の家庭でないとなかなか手に入らなかったらしい。
そのパンの歴史が変わったのは十年ほど前。ここ王都でふっくらとした食パンや様々な菓子パン、惣菜パンなどが安価に売り出されて庶民の手にも届く様になったらしい。そのきっかけとなったのが今来ているこのパン屋だと聞いた事がある。
こうして目の前に並んでいるパンも、ロールパン、メロンパン、あんパン、ジャムパン、クリームパン、ベーコンエピ、レーズンパン、ベーグル、焼きそばパン……などなど、非常に沢山の種類が美味しそうに並べられている。……てゆーか、これってさ、ひょっとしてアレなんじゃない? やっぱりそうじゃない? だって、焼きそばパンだよ?
「あ、あの、プリメラさんはいらっしゃいますか?」
嫌な汗を背中にかきながら、お店のスタッフに声を掛けてみる。
「プリメラですか? ちょっと待ってくれ」
そう言うとその大柄な男性は店の奥へと声を張り上げる。
「おーいプリメラ! お前に客来てるぞー」
「えー、お客さん? 誰よ~」
ひょこっと店の奥から顔を覗かせたピンクの髪の少女は、わたしの姿を見つけると驚きの声を上げながら慌てて店内へと出てきた。
「アリエッタ様! 来てくれたんですか~嬉しい♪」
人懐こい笑顔を振りまきながら、ポニーテールの髪を揺らす。わたしはベッキーに硬貨を幾枚か渡し「好きなのを二人で買っていいわ、店の皆の分も一緒にお願い。その後、野菜屋の前で少し待ってて」と告げ、プリメラを店の外へと連れ出した。人の少なそうな場所まで移動すると、不思議そうな顔をしているプリメラと向き合う。
「あのね、プリメラさん。ちょっと聞きたい事があるのだけど……」
「はいっ、何ですか?」
「……あの……あなた、ひょっとして……転生者?」
わたしの言葉に思いっきり目を見開いた後、にっこぉおおおおおおと溢れんばかりの笑顔になるプリメラ。
「はいっ! そうですっ! えええええええ!? アリエッタ様もそうなんですか?」
「そう、よ……はぁっ、そうなのね、あなたも転生者なのね」
初めて自分以外の転生者を見つけて安堵する気持ちと、何とも言えない複雑な気持ちが合わさる。
「なんで分かったんですか?」
「そりゃ、焼きそばパンとか見たら日本人じゃないかと思うわよ」
「あー、なるほどねぇ~。そっかぁ」
あっけらかんと笑うプリメラ。楽しそうでいいわね、わたしは何だか眩暈がしそうよ。
「もう一つ、聞きたい事があるのだけど……ここって、やっぱりゲームとか小説の中?」
「え、そうですよ? というか、わたしも聞いていいですか?」
「ええ」
「クリス殿下から婚約破棄されたって事ですよね? ヒロイン不在なのに何故ですか?」
「ヒロイン不在?」
「はい、ヒロインのわたしが学園に入学しなかったんですからヒロイン不在ですよね?」
「あー……やっぱりあなたがヒロインなのね。だからピンクの髪……」
「よくあるパターンだと下手したらヒロインが、ざまぁされちゃうじゃないですか。そんなのイヤですからね。だからゲームを始めなかったんです」
「なるほど……」
「でも、あなたがアリエッタ様で良かった~仲良くして下さいね」
そうか、だからいくら捜してもヒロインらしき人物が居なかった訳だ。え……ていう事は。
「ひょっとして、わたし……悪役令嬢?」
「そうですよ。アリエッタ様は悪役令嬢で、クリス殿下から婚約破棄と断罪されて最終的には処刑エンドです」
「しょ、処刑エンド…………プリメラさん、ありがとう! あなたのお陰で無事に生きてられたわ。命の恩人だわ」
「やだな~そんな大げさな」
プリメラは何の事はない様な顔をしているが、本気で感謝しかない。処刑エンドがある悪役令嬢に転生してたかと思うとぞっとするわ。
「あ、婚約は破棄じゃなくて解消になったのよ。クリス殿下に好きなご令嬢が出来たから」
「へぇ~解消なんてパターンがあるんですか。てかクリス殿下ってヒロイン居なくても浮気しちゃうんですね」
「浮気……ふふ、いいえ。クリス殿下とわたしはそんな甘い関係は無かったから、ただ他に好きな方が出来たってだけよ」
「そうなんですか……えーと、じゃあ今は婚約者が居なくて、断罪もされてない訳ですよね。学園も卒業した頃だし、アリエッタ様は何をしてるんですか?」
「新規改装オープンした定食屋の経営を手伝ってるの。ウチの侯爵家の経営の店だから」
そう答えると「ほぉ……わたしと同じチート系ですか」なんて呟きながら頷いている。そんなたいしたモノではないんだけどね。ただ好きな料理してるだけだし。
「プリメラさんは、あのパン屋がご実家なの?」
「あそこは主人の実家で。主人は幼馴染なんですけど、いずれは主人と二人で店を継ぐ予定です。さっき居たのは主人の父です」
「えっ、結婚されてるの!?」
「あは、庶民は結婚早いんですよ~。こう見えて一児の母ですっ」
なんとまぁ……逞しいというか、頼もしいというか。プリメラの話には驚いてばかりだ。もっと色々と話したい事はあったけど、今日は時間もあまりないので互いの店休日が同じ曜日だったのもあり、その日にまた改めてゆっくり話す約束をした。
厨房スタッフであるロマノには今ある材料で出来る限りの仕込み作業を任せておいて、給仕スタッフのケイトと侍女のベッキーを連れてわたしは市場へと買い物に向かった。ロマノとケイトは建て替え前のカフェ時代からのスタッフで、三十代の仲良し夫婦だ。住居である近所のアパートから店へと通ってくれてる。
「それにしても忙しかったですねー」
「お嬢様の呼び込みのお陰ですね、明日もやりましょう」
「そうね、明日はまた別の試食品を出してみようかな」
他愛のない会話をしながら歩いて行くと、あっという間に市場へと着いた。目当ての野菜屋さんの辺りへと歩みを進めていると……何とも言えないパンの良い匂いがしてきた。
「……ねぇ、あのパン屋に少し寄っても良いかしら?」
「ああ、あそこのパンは美味しいんですよ~ふっくら柔らかで」
ケイトからの情報を聞きながら、パン屋の扉を開ける。パンの香りが更にいっぱい広がった。
「わぁ、美味しそうなパンがいっぱいですね。お嬢様」
ベッキーに「そうね」と答えながら、陳列されているパンを見てまわる。……んん? 何だかこのパンって……。妙な違和感と既視感を覚えて不思議な気持ちになる。この国のパンはわたしが生まれる少し前くらい迄は硬いパンが多かったらしい。保存食としてライムギで作られている黒パンが栄養価も高く、貧しい庶民の間では主流だった。白くてふっくらしたパンは貴族以上の家庭でないとなかなか手に入らなかったらしい。
そのパンの歴史が変わったのは十年ほど前。ここ王都でふっくらとした食パンや様々な菓子パン、惣菜パンなどが安価に売り出されて庶民の手にも届く様になったらしい。そのきっかけとなったのが今来ているこのパン屋だと聞いた事がある。
こうして目の前に並んでいるパンも、ロールパン、メロンパン、あんパン、ジャムパン、クリームパン、ベーコンエピ、レーズンパン、ベーグル、焼きそばパン……などなど、非常に沢山の種類が美味しそうに並べられている。……てゆーか、これってさ、ひょっとしてアレなんじゃない? やっぱりそうじゃない? だって、焼きそばパンだよ?
「あ、あの、プリメラさんはいらっしゃいますか?」
嫌な汗を背中にかきながら、お店のスタッフに声を掛けてみる。
「プリメラですか? ちょっと待ってくれ」
そう言うとその大柄な男性は店の奥へと声を張り上げる。
「おーいプリメラ! お前に客来てるぞー」
「えー、お客さん? 誰よ~」
ひょこっと店の奥から顔を覗かせたピンクの髪の少女は、わたしの姿を見つけると驚きの声を上げながら慌てて店内へと出てきた。
「アリエッタ様! 来てくれたんですか~嬉しい♪」
人懐こい笑顔を振りまきながら、ポニーテールの髪を揺らす。わたしはベッキーに硬貨を幾枚か渡し「好きなのを二人で買っていいわ、店の皆の分も一緒にお願い。その後、野菜屋の前で少し待ってて」と告げ、プリメラを店の外へと連れ出した。人の少なそうな場所まで移動すると、不思議そうな顔をしているプリメラと向き合う。
「あのね、プリメラさん。ちょっと聞きたい事があるのだけど……」
「はいっ、何ですか?」
「……あの……あなた、ひょっとして……転生者?」
わたしの言葉に思いっきり目を見開いた後、にっこぉおおおおおおと溢れんばかりの笑顔になるプリメラ。
「はいっ! そうですっ! えええええええ!? アリエッタ様もそうなんですか?」
「そう、よ……はぁっ、そうなのね、あなたも転生者なのね」
初めて自分以外の転生者を見つけて安堵する気持ちと、何とも言えない複雑な気持ちが合わさる。
「なんで分かったんですか?」
「そりゃ、焼きそばパンとか見たら日本人じゃないかと思うわよ」
「あー、なるほどねぇ~。そっかぁ」
あっけらかんと笑うプリメラ。楽しそうでいいわね、わたしは何だか眩暈がしそうよ。
「もう一つ、聞きたい事があるのだけど……ここって、やっぱりゲームとか小説の中?」
「え、そうですよ? というか、わたしも聞いていいですか?」
「ええ」
「クリス殿下から婚約破棄されたって事ですよね? ヒロイン不在なのに何故ですか?」
「ヒロイン不在?」
「はい、ヒロインのわたしが学園に入学しなかったんですからヒロイン不在ですよね?」
「あー……やっぱりあなたがヒロインなのね。だからピンクの髪……」
「よくあるパターンだと下手したらヒロインが、ざまぁされちゃうじゃないですか。そんなのイヤですからね。だからゲームを始めなかったんです」
「なるほど……」
「でも、あなたがアリエッタ様で良かった~仲良くして下さいね」
そうか、だからいくら捜してもヒロインらしき人物が居なかった訳だ。え……ていう事は。
「ひょっとして、わたし……悪役令嬢?」
「そうですよ。アリエッタ様は悪役令嬢で、クリス殿下から婚約破棄と断罪されて最終的には処刑エンドです」
「しょ、処刑エンド…………プリメラさん、ありがとう! あなたのお陰で無事に生きてられたわ。命の恩人だわ」
「やだな~そんな大げさな」
プリメラは何の事はない様な顔をしているが、本気で感謝しかない。処刑エンドがある悪役令嬢に転生してたかと思うとぞっとするわ。
「あ、婚約は破棄じゃなくて解消になったのよ。クリス殿下に好きなご令嬢が出来たから」
「へぇ~解消なんてパターンがあるんですか。てかクリス殿下ってヒロイン居なくても浮気しちゃうんですね」
「浮気……ふふ、いいえ。クリス殿下とわたしはそんな甘い関係は無かったから、ただ他に好きな方が出来たってだけよ」
「そうなんですか……えーと、じゃあ今は婚約者が居なくて、断罪もされてない訳ですよね。学園も卒業した頃だし、アリエッタ様は何をしてるんですか?」
「新規改装オープンした定食屋の経営を手伝ってるの。ウチの侯爵家の経営の店だから」
そう答えると「ほぉ……わたしと同じチート系ですか」なんて呟きながら頷いている。そんなたいしたモノではないんだけどね。ただ好きな料理してるだけだし。
「プリメラさんは、あのパン屋がご実家なの?」
「あそこは主人の実家で。主人は幼馴染なんですけど、いずれは主人と二人で店を継ぐ予定です。さっき居たのは主人の父です」
「えっ、結婚されてるの!?」
「あは、庶民は結婚早いんですよ~。こう見えて一児の母ですっ」
なんとまぁ……逞しいというか、頼もしいというか。プリメラの話には驚いてばかりだ。もっと色々と話したい事はあったけど、今日は時間もあまりないので互いの店休日が同じ曜日だったのもあり、その日にまた改めてゆっくり話す約束をした。
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