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本編
定食屋オープン 卵の天むす
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「……うーん、お客さん来ないね」
「はい」
今日は待ちに待った定食屋のオープンの日だ。朝から準備万端でオープンしたものの、まだ誰もお客さんが来ない。
「まぁ、有名店でもなければ初日なんてこんなものよ」
お姉さまが何て事のない様にそうおっしゃる。そういうものなのかなぁ……でも何だか納得いかない。それに美味しい料理も沢山準備してあるのを、食べて貰えないのは寂しい。
「わたし、呼び込みに行ってきます!」
「呼び込み?」
不思議そうな顔をするお姉さま他スタッフの皆。前世ではオープニングといえば道行く人にチラシを配ったり、直接声を掛けたり普通の事だったけど……あれ? この世界では呼び込みってもしかしてしないのかな。
「えーと、道を歩いている人にお店に来ませんかって声を掛けるんです」
「……野菜屋さんとかがしてらっしゃる、アレ?」
「そう、それ!」
わたしの言葉に更にキョトンとされるお姉さま。やっぱり、この世界ではしないのかー! で、でも、めげない! お客さんが来てなんぼのもんなんだから。
「ちょっと厨房使いますね」
わたしは厨房に入り、用意してあったエビに衣を付けて油で揚げていく。このえびの天ぷらをお姉さま達に披露した時は皆ビックリしてたわね。衣を付けて油で揚げるという発想がこの国ではまだ無いらしく、初めて食べるアツアツぷりぷりっとした触感に感動された。
「えび天、を作ってどうされるんですか」
ベッキーがわたしを手伝いながら疑問を口にする。そんなベッキーには卵を割って、かき混ぜて貰っている。
「試食用に持っていくの」
「試食ですか?」
この世界では紙がまだ貴重な品みたいで、印刷の技術もまだ遅れている。だからチラシを刷るのは難しい。それなら、試供品を配る方にシフトすればいい。実際に道行く人に食べて貰って、美味しさを知って貰えば自然とお客さんも集まってくれる筈。
えび天が揚がった後、今度はベッキーにそれを半分の長さで切って貰う。わたしは混ぜて貰っていた卵を使って薄焼き卵を焼いていく。それを丁度良い大きさに切り分けて、今度はボウルにご飯を入れた。手のひらに塩を付けてご飯でえび天を包み込む様に一口サイズのおにぎりに握った後、ゴマを少し振る。そして仕上げに薄焼き卵で包む。
「それは何ですか? お嬢様」
「天むす、よ」
「てんむす?」
首を傾げつつ、興味津々なベッキーに出来上がったばかりの天むすを一つ差し出す。不思議そうにしながらも、それを口に入れるベッキー。もぐもぐ、と少し咀嚼するとみるみる顔が変わっていく。
「お…美味しいです! これ、もの凄く美味しいです」
ベッキーの言葉に周りの皆も天むすに手を伸ばして来た。こうなるかと思って沢山作って良かった。
「本当だ、何だコレ……美味い」
「エビのプリプリ感と卵の味、そしてご飯が全部がそれぞれ合わさって……美味しい」
「優しいお味ですわね~これは幾つでも食べられそうですわ」
本来の天むすは卵じゃなくて海苔を巻いて作るのだけど、わたしはこの薄焼き卵バージョンが好きだったのよね。この国で海苔を手に入れるのは少し難しいから逆に丁度良かったわ。
「取り敢えず、店の前でこれを持って呼び込みしてみます!」
わたしはベッキーを連れて店の前で呼び込みを始めた。最初は大声を張り上げるわたしにベッキーが慌てたけど、暫くするとベッキーも一緒になって声を掛け始めてくれた。貴族の令嬢としてははしたないと言われるかもしれないけど、これは仕事なのだ。貴族だとかそんな事言ってたらお客さんなんて呼び込めない。
「……それ、食べてみてもいいの?」
わたし達の呼び込みに少し興味を持ってくれたのか、通りがかったおじさんが天むすを指差した。
「はい、食べてみて下さい」
「美味しいですよ~」
おじさんは差し出された天むすを一つ摘まみ、物珍しそうに眺めた後そっと口へと放り込んだ。それを一緒にいたもう一人のおじさんが、じーっと観察している。
「……おおっ、美味いなこれ!」
「え、わしにもくれ」
つられてもう一人のおじさんも天むすへと手を伸ばす。
「うおっ、何だこれは。エビか? エビってこんな美味かったっけ」
二人の様子に遠巻きに見ていた何人かの人が近寄ってきて、次々に天むすへと手を伸ばしてきた。皆幸せそうな顔をしながら口をもぐもぐとさせる。
「この天むすの定食は今日の日替わりとなりますので、無くなり次第終了です~」
わたしの声に反応して、最初のおじさん二人組が店の中へと入って行く。外の呼び込みはベッキーに任せて、わたしは厨房へと戻った。スタッフの皆に今日の日替わり定食を天むすに変更したと伝えて、続々と入ってくるお客さん達の注文をもう一人の厨房スタッフと一緒にこなしていく。
まさかこんなに効果が出るとは思わなくて驚いた。急に忙しくなって必死に料理をこなしていく。今日の日替わりはこの天むす定食で、他には鶏肉と玉ねぎと卵を使った親子丼定食、塩サバを焼いた塩サバ定食、牛ミンチ肉を使ったハンバーグ定食、それから旬の野菜を沢山使った八宝菜定食の五種類がオープニングメニューだ。
定食についているスープは味噌汁、コーンスープ、野菜スープのどれか一つを選べる様にしてる。野菜スープは太目にスライスした生姜と一緒にキャベツ、ニンジン、玉ねぎ、パプリカ、ハム、を刻んで煮込んでコンソメと塩コショウで味付けした野菜の旨味たっぷりのスープだ。スライスした生姜は隠し味に入れたものなので煮込んだ後取り除いてある。
和風と中華風の定食には浅漬けにした白菜の漬物、里芋と人参の煮物。洋風の定食にはポテトサラダ、甘く人参を煮たグラッセとボイルしたブロッコリーがセットされている。メニュー的に変更可能な定食は、ご飯をロールパンへと変更も可能。
「天むす、これで終わりです~この後はアジフライ定食になります」
お昼を迎え更に忙しくなった店内にわたしは声を掛ける。急遽日替わりとして、仕込んであったアジフライを使う事にした。呼び込みが終わったベッキーは出来上がった料理をテーブルへと運ぶ仕事をしている。お姉さまは会計担当。皆忙しさにてんてこ舞いだ。嬉しい悲鳴をあげている。
非常に忙しかったお昼が過ぎ、暫くするとようやくお客さんの流れが落ち着いてきた。店の外にまさかの行列が出来て、それにつられて興味を持った人が更に列に並ぶという連鎖が起きてあの忙しさになったのだろう。奇跡みたいなものだ。
カランカラン……と扉が開いて、新しくまたお客さんが入って来たみたいだ。チラッと目をやると、青い薔薇の大きな花束が見えた。こちらからは花束に隠れて顔は見えないが、ホワイトブロンドの髪が見える。……え、まさか、ね。髪色から思い当たる人物を想像するが、まさかこんな店にあの人が来る訳ない。あり得ない、あり得ないと首を振っているとお姉さまに呼ばれた。
恐る恐る厨房から出て、顔を覗かせると……見慣れたパステルブルーの瞳がわたしを捉えた。
「はい」
今日は待ちに待った定食屋のオープンの日だ。朝から準備万端でオープンしたものの、まだ誰もお客さんが来ない。
「まぁ、有名店でもなければ初日なんてこんなものよ」
お姉さまが何て事のない様にそうおっしゃる。そういうものなのかなぁ……でも何だか納得いかない。それに美味しい料理も沢山準備してあるのを、食べて貰えないのは寂しい。
「わたし、呼び込みに行ってきます!」
「呼び込み?」
不思議そうな顔をするお姉さま他スタッフの皆。前世ではオープニングといえば道行く人にチラシを配ったり、直接声を掛けたり普通の事だったけど……あれ? この世界では呼び込みってもしかしてしないのかな。
「えーと、道を歩いている人にお店に来ませんかって声を掛けるんです」
「……野菜屋さんとかがしてらっしゃる、アレ?」
「そう、それ!」
わたしの言葉に更にキョトンとされるお姉さま。やっぱり、この世界ではしないのかー! で、でも、めげない! お客さんが来てなんぼのもんなんだから。
「ちょっと厨房使いますね」
わたしは厨房に入り、用意してあったエビに衣を付けて油で揚げていく。このえびの天ぷらをお姉さま達に披露した時は皆ビックリしてたわね。衣を付けて油で揚げるという発想がこの国ではまだ無いらしく、初めて食べるアツアツぷりぷりっとした触感に感動された。
「えび天、を作ってどうされるんですか」
ベッキーがわたしを手伝いながら疑問を口にする。そんなベッキーには卵を割って、かき混ぜて貰っている。
「試食用に持っていくの」
「試食ですか?」
この世界では紙がまだ貴重な品みたいで、印刷の技術もまだ遅れている。だからチラシを刷るのは難しい。それなら、試供品を配る方にシフトすればいい。実際に道行く人に食べて貰って、美味しさを知って貰えば自然とお客さんも集まってくれる筈。
えび天が揚がった後、今度はベッキーにそれを半分の長さで切って貰う。わたしは混ぜて貰っていた卵を使って薄焼き卵を焼いていく。それを丁度良い大きさに切り分けて、今度はボウルにご飯を入れた。手のひらに塩を付けてご飯でえび天を包み込む様に一口サイズのおにぎりに握った後、ゴマを少し振る。そして仕上げに薄焼き卵で包む。
「それは何ですか? お嬢様」
「天むす、よ」
「てんむす?」
首を傾げつつ、興味津々なベッキーに出来上がったばかりの天むすを一つ差し出す。不思議そうにしながらも、それを口に入れるベッキー。もぐもぐ、と少し咀嚼するとみるみる顔が変わっていく。
「お…美味しいです! これ、もの凄く美味しいです」
ベッキーの言葉に周りの皆も天むすに手を伸ばして来た。こうなるかと思って沢山作って良かった。
「本当だ、何だコレ……美味い」
「エビのプリプリ感と卵の味、そしてご飯が全部がそれぞれ合わさって……美味しい」
「優しいお味ですわね~これは幾つでも食べられそうですわ」
本来の天むすは卵じゃなくて海苔を巻いて作るのだけど、わたしはこの薄焼き卵バージョンが好きだったのよね。この国で海苔を手に入れるのは少し難しいから逆に丁度良かったわ。
「取り敢えず、店の前でこれを持って呼び込みしてみます!」
わたしはベッキーを連れて店の前で呼び込みを始めた。最初は大声を張り上げるわたしにベッキーが慌てたけど、暫くするとベッキーも一緒になって声を掛け始めてくれた。貴族の令嬢としてははしたないと言われるかもしれないけど、これは仕事なのだ。貴族だとかそんな事言ってたらお客さんなんて呼び込めない。
「……それ、食べてみてもいいの?」
わたし達の呼び込みに少し興味を持ってくれたのか、通りがかったおじさんが天むすを指差した。
「はい、食べてみて下さい」
「美味しいですよ~」
おじさんは差し出された天むすを一つ摘まみ、物珍しそうに眺めた後そっと口へと放り込んだ。それを一緒にいたもう一人のおじさんが、じーっと観察している。
「……おおっ、美味いなこれ!」
「え、わしにもくれ」
つられてもう一人のおじさんも天むすへと手を伸ばす。
「うおっ、何だこれは。エビか? エビってこんな美味かったっけ」
二人の様子に遠巻きに見ていた何人かの人が近寄ってきて、次々に天むすへと手を伸ばしてきた。皆幸せそうな顔をしながら口をもぐもぐとさせる。
「この天むすの定食は今日の日替わりとなりますので、無くなり次第終了です~」
わたしの声に反応して、最初のおじさん二人組が店の中へと入って行く。外の呼び込みはベッキーに任せて、わたしは厨房へと戻った。スタッフの皆に今日の日替わり定食を天むすに変更したと伝えて、続々と入ってくるお客さん達の注文をもう一人の厨房スタッフと一緒にこなしていく。
まさかこんなに効果が出るとは思わなくて驚いた。急に忙しくなって必死に料理をこなしていく。今日の日替わりはこの天むす定食で、他には鶏肉と玉ねぎと卵を使った親子丼定食、塩サバを焼いた塩サバ定食、牛ミンチ肉を使ったハンバーグ定食、それから旬の野菜を沢山使った八宝菜定食の五種類がオープニングメニューだ。
定食についているスープは味噌汁、コーンスープ、野菜スープのどれか一つを選べる様にしてる。野菜スープは太目にスライスした生姜と一緒にキャベツ、ニンジン、玉ねぎ、パプリカ、ハム、を刻んで煮込んでコンソメと塩コショウで味付けした野菜の旨味たっぷりのスープだ。スライスした生姜は隠し味に入れたものなので煮込んだ後取り除いてある。
和風と中華風の定食には浅漬けにした白菜の漬物、里芋と人参の煮物。洋風の定食にはポテトサラダ、甘く人参を煮たグラッセとボイルしたブロッコリーがセットされている。メニュー的に変更可能な定食は、ご飯をロールパンへと変更も可能。
「天むす、これで終わりです~この後はアジフライ定食になります」
お昼を迎え更に忙しくなった店内にわたしは声を掛ける。急遽日替わりとして、仕込んであったアジフライを使う事にした。呼び込みが終わったベッキーは出来上がった料理をテーブルへと運ぶ仕事をしている。お姉さまは会計担当。皆忙しさにてんてこ舞いだ。嬉しい悲鳴をあげている。
非常に忙しかったお昼が過ぎ、暫くするとようやくお客さんの流れが落ち着いてきた。店の外にまさかの行列が出来て、それにつられて興味を持った人が更に列に並ぶという連鎖が起きてあの忙しさになったのだろう。奇跡みたいなものだ。
カランカラン……と扉が開いて、新しくまたお客さんが入って来たみたいだ。チラッと目をやると、青い薔薇の大きな花束が見えた。こちらからは花束に隠れて顔は見えないが、ホワイトブロンドの髪が見える。……え、まさか、ね。髪色から思い当たる人物を想像するが、まさかこんな店にあの人が来る訳ない。あり得ない、あり得ないと首を振っているとお姉さまに呼ばれた。
恐る恐る厨房から出て、顔を覗かせると……見慣れたパステルブルーの瞳がわたしを捉えた。
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