完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな

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第二章

空色の薔薇

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「殿下がですか? そんなことある訳ないですよ」

 私室で侍女のマイリ―に先ほどの事を相談すると“何を言ってるんだ”とばかりに笑われてしまった。マイリ―の淹れてくれた熱々の紅茶を口元に運びながら「そうは言うけど~」と呟くあたし。

「去年のあの出来事を思い出すと不安になってしまいますの」

 そう。約一年程前の今頃は本当に辛くて大変だった。お芝居だったとはいえ殿下のお心が自分から別へと移ってしまったと、あたしは本気で信じてしまっていた。幾らお慕いしても届かない想いを抱えて、いっそ嫌いになれたらどんなに楽だろうと考えたものだ。

 今またそんな事になったらあたしはどうするんだろう。もうではなくなったけど、新たな殿下の想い人とかに前みたいに冷たい態度を取ってしまうのだろうか。殿下のあの優しい眼差しを受けるのが自分ではなくなって平気で居られるのだろうか。

「……あたし、こんなに独占欲が強かったのね。恥ずかしいわ」

 ふう……と軽く溜息を零す。恋なんて知らなかった頃は、ただただおかしな事をなさる殿下に振り回されていつも色々驚くばかりで。今ではどんな事をされてもそれが愛おしくて嬉しくて。それも殿下はあたしにかそんな事をしないのだという事が余計に嬉しく感じてしまうのだ。

「女なんてそんなものですよ」

 マイリーが数粒のチョコレートが乗った皿をテーブルへと置きながらそう言った。

「マイリ―もデペッシュさんを独り占めしたいって思ったりするの?」

 マイリ―は少し前からアルスト殿下の従者であるデペッシュと恋仲になりお付き合いをしている。特にベタベタとしているイメージも無い二人なのでどんなお付き合いをしているのかはあたしには想像が付かない。

「そうですねぇ……彼は不器用なのでまず浮気とか考えられませんが、もしそんな事したら許してあげません。やはりわたしだけを見ていて欲しいですからね。ですからお嬢様のお気持ちは普通の事ですよ、ご安心下さい」
「そう……」

 マイリ―と微笑み合う。少し気持ちが軽くなった気がする。マイリ―が居てくれて良かった。明日の朝には殿下と会えるのを楽しみにあたしは早めにベッドの中へと入った。今日もお布団はふかふかにしてくれているのがよく分かる。我が家のメイド達には毎日感謝で一杯だ。あたしが不自由なく幸せに過ごせているのはマイリ―を始め、数々の使用人達が働いてくれているからなのだと実感する。

「いつも皆ありがとう……」

 誰に聞かれる訳でもないけど布団の中であたしは皆へと礼を言いながら、そっと瞳を閉じて夢の世界へと意識を手離した。

◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆

 夢の中であたしはポカポカとした暖かい温もりに包まれていた。何処かで嗅ぎ慣れた薔薇の香りもしている。これは王宮にしか咲いていないあの薔薇の香り。そう、ティアナと名付けられた殿下が特別に作らせた薔薇の香りだ。

 あたしの髪と同じ空色の美しい薔薇。王宮の中庭の一部にこの空色の薔薇だけを使った王族しか入る事の許されない薔薇園がある。殿下はこの空色の薔薇の香りをコロンにして身に着けている。ある意味この香りは殿下の香りだ。

「……で……んか」

 風がふんわりとあたしの髪を撫でていく。まるで殿下の手に撫でられているかの様だ。コロンの香りもなんだかリアルに感じて、あたしはふっと目を覚ました。開いた瞳の向こうにはエメラルドグリーンの瞳――。

「――え…………殿下?」

 いつだったかもこんな事があった。そうだ、あれは一年前のあの時だ。同じ様にあたしはベッドで眠っていて目覚めたら殿下の腕の中に居た。あの時はかなりビックリしたものだ。

「あ、起こしちゃった? ごめん、まだ夜中だから気にせず眠って」
「そ、そんな事おっしゃられても……」

 大好きな殿下の腕の中に包まれていてはドキドキしてしまって眠るどころではない。状況を把握した途端に顔が一気に赤らむのが自分でも分かった。

「ふふ、可愛い」

 そう言って殿下はあたしの額に優しい口付けを落とす。さっき迄の他人行儀な態度が嘘の様だ。本当にどういう事なのだろう。

「あ、朝に来られるのではなかったのですか?」
「うん、そのつもりだったんだけどね。やっぱり待ちきれなくて来ちゃった」

 婚約者の家とはいえこんな夜中に邸へ訪れるのは如何とは思うが、殿下のは今に始まった事ではない。

「詳しい事は朝になってから話すから、まずは寝よう。私も疲れているがティアナも寝不足になってしまうよ。おやすみ」

 殿下はあたしをギュッと抱きしめたかと思ったらあっと言う間に寝息を立てて眠ってしまった。余程疲れておられたのだろうか……その寝息を聞きながら、人肌の心地の良い温かさにあたしもいつの間にか再び夢の中へと落ちていった。
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