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第二章
満月の夜 アルストSide
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満月の日の夜――。バハム邸の牢から出された俺達は、地下にある大きな広間に移動させられた。牢から出る前には腕に半透明の特殊な手枷がはめられた。どうやらこれで魔法を封じられている様だった。数人の護衛らしき者達に連れられて案内された薄暗い広間は、中央の床には大きな錬成陣が描かれておりその周りを囲う様に蠟燭の炎が揺らめいている。部屋の隅に置かれたコンパクトな檻の中に俺達三人は入れられた。なんだかまるでサーカスの猛獣扱いだ。
いかにもこれから何か儀式を行うのであろう雰囲気にゴクリと唾を飲み込んだ。俺はこのシーンをゲームの画面越しに見た事がある。勿論妹がプレイしていた画面を何の気なしに見ていただけだったが、こうしてリアルで体験するとなるとあまりにも物々しい雰囲気で背筋が凍る気がする。あれはゲームだからまだ良かったが、実際に体験なんてするもんじゃないなと思う。
錬成陣の上には真っ白なドレスを着せられた“なにか”が横たわっているのが見える。それが時折痙攣を起すかの様にビクッと動くので、気味が悪い。
「何だアレ……」
タクトとスクトが俺を護るかの様に俺の前後を一応固めてくれているが、俺の前に居るタクトが背中越しにも戸惑っているのが分かる。スクトも少し青ざめた様子で不気味な“なにか”の動向を見ていた。だが俺らとは違いバハム伯爵はその“なにか”を愛おしそうに撫で、微笑んでいる。
「恐らく……バハム伯爵夫人、だ」
「え、確か夫人は亡くなったんじゃ……」
そう、バハム伯爵夫人は十数年程前に流行り病で亡くなった筈だった。それ以来、バハム伯爵は新しい妻を娶る事もなく独身を貫いていると聞いている。社交界から遠ざかったのもその頃だったか。
「アレが!? あんなのただの化け物じゃないか……」
――ガシャン!
タクトの言葉に近くに居た召使いが物凄い形相で怒りを露わにし、檻を蹴り上げた。その音に反応したのか、邸のあちこちから何とも言えないおぞましい叫び声が聞こえてくる。アンデッド達の呻き声なのだろう。
「黙れ! 奥様を侮辱すると許さんぞ」
よほど主人への忠誠心が強いのか召使いの男はこちらを睨みつけて来た。
「ロナルド、よせ。どうせ誰にも理解は出来ぬ」
バハム伯爵の瞳は哀し気に揺れている。ロナルドと呼ばれた召使いはまだ何か言いたげだったが、大人しく主人の命に従って黙った。
「……それは錬成に失敗した結果か?」
俺の問いにバハム伯爵はフッと微笑んだ。
「そうですね、あの時はまだ私の実力も材料も足りなかった。ただ、それだけです」
「今なら失敗しないと?」
「ええ。この日の為に沢山狩りをしてこの石を生み出しましたから」
そう言いながら懐から毒々しい色の石を取り出して見せた。血の様に真っ赤なその石は異質なオーラを放っている。
「……賢者の石、か」
記憶の中でバハム伯爵がこの石を使っていたのを思い出していた。当時は賢者の石って、また定番な展開だなとか軽く思っていたっけ。
「狩りって……この十数年間、この一帯で起こっていた未解決の失踪事件の事じゃ。まさか、その石を創る為……?」
スクトの口から出たこのバハム地方での失踪事件は数年前からピタリと止んでおり、捜査は迷宮入りとなっている事件だ。
「さぁ? 私には何の事だか」
ふふふ、と薄笑いしながら真っ赤な石へとそっと口付けるバハム伯爵。何だよ、これ、乙女ゲームじゃないのかよ! こんなのホラーじゃないか!! と心の中でこっそりと叫ぶ。ゲームの中だとそろそろ大きな物音をさせて主人公達が助けに来る頃だが……これは本気で自力で何とかしなければならないか?
俺がそう思案しかけた時、それこそ地響きを伴う大きな物音が邸を揺るがしたかと思ったら眩い光に包まれて思わず目を閉じた。
いかにもこれから何か儀式を行うのであろう雰囲気にゴクリと唾を飲み込んだ。俺はこのシーンをゲームの画面越しに見た事がある。勿論妹がプレイしていた画面を何の気なしに見ていただけだったが、こうしてリアルで体験するとなるとあまりにも物々しい雰囲気で背筋が凍る気がする。あれはゲームだからまだ良かったが、実際に体験なんてするもんじゃないなと思う。
錬成陣の上には真っ白なドレスを着せられた“なにか”が横たわっているのが見える。それが時折痙攣を起すかの様にビクッと動くので、気味が悪い。
「何だアレ……」
タクトとスクトが俺を護るかの様に俺の前後を一応固めてくれているが、俺の前に居るタクトが背中越しにも戸惑っているのが分かる。スクトも少し青ざめた様子で不気味な“なにか”の動向を見ていた。だが俺らとは違いバハム伯爵はその“なにか”を愛おしそうに撫で、微笑んでいる。
「恐らく……バハム伯爵夫人、だ」
「え、確か夫人は亡くなったんじゃ……」
そう、バハム伯爵夫人は十数年程前に流行り病で亡くなった筈だった。それ以来、バハム伯爵は新しい妻を娶る事もなく独身を貫いていると聞いている。社交界から遠ざかったのもその頃だったか。
「アレが!? あんなのただの化け物じゃないか……」
――ガシャン!
タクトの言葉に近くに居た召使いが物凄い形相で怒りを露わにし、檻を蹴り上げた。その音に反応したのか、邸のあちこちから何とも言えないおぞましい叫び声が聞こえてくる。アンデッド達の呻き声なのだろう。
「黙れ! 奥様を侮辱すると許さんぞ」
よほど主人への忠誠心が強いのか召使いの男はこちらを睨みつけて来た。
「ロナルド、よせ。どうせ誰にも理解は出来ぬ」
バハム伯爵の瞳は哀し気に揺れている。ロナルドと呼ばれた召使いはまだ何か言いたげだったが、大人しく主人の命に従って黙った。
「……それは錬成に失敗した結果か?」
俺の問いにバハム伯爵はフッと微笑んだ。
「そうですね、あの時はまだ私の実力も材料も足りなかった。ただ、それだけです」
「今なら失敗しないと?」
「ええ。この日の為に沢山狩りをしてこの石を生み出しましたから」
そう言いながら懐から毒々しい色の石を取り出して見せた。血の様に真っ赤なその石は異質なオーラを放っている。
「……賢者の石、か」
記憶の中でバハム伯爵がこの石を使っていたのを思い出していた。当時は賢者の石って、また定番な展開だなとか軽く思っていたっけ。
「狩りって……この十数年間、この一帯で起こっていた未解決の失踪事件の事じゃ。まさか、その石を創る為……?」
スクトの口から出たこのバハム地方での失踪事件は数年前からピタリと止んでおり、捜査は迷宮入りとなっている事件だ。
「さぁ? 私には何の事だか」
ふふふ、と薄笑いしながら真っ赤な石へとそっと口付けるバハム伯爵。何だよ、これ、乙女ゲームじゃないのかよ! こんなのホラーじゃないか!! と心の中でこっそりと叫ぶ。ゲームの中だとそろそろ大きな物音をさせて主人公達が助けに来る頃だが……これは本気で自力で何とかしなければならないか?
俺がそう思案しかけた時、それこそ地響きを伴う大きな物音が邸を揺るがしたかと思ったら眩い光に包まれて思わず目を閉じた。
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