上 下
29 / 69
第二章

アルスト殿下の嫉妬

しおりを挟む
「もうっ、殿下ったらダメですよあんな所で」
「うん、だからあれからこうして部屋まで我慢したよ。……ちゅっ」

 ローゼン公爵家の邸までの道中、馬車の中であたしは抗議の声をあげた。すると殿下は口では「ごめん、ごめん」と言いながらもあたしを膝の上に乗せて座り、邸へ着くまであたしの髪をずっと撫でていた。その手の感触が気持ち良くて、あたしも殿下へと身を預けて心臓の鼓動を聞いていた。

 邸へ到着すると驚いて出迎えた執事長や侍女のマイリーへアルスト殿下は「茶は後で良い。呼ぶまで部屋へ入るな」と申しつけて、あたしを抱きかかえたまま私室から続く奥の寝室まで連れて来られた。殿下はあたしをそっとベッドの上におろし、あたしは壁ドンならぬベッドドン(床ドン)? されている。

「壁ドン、されたって?」
「いえ……あたしの勘違いだったみたいです。エイダン殿下はお疲れだっただけで……」
「……それでもこんな風に、アイツの腕の中に居たんだよね?」
「…………はい」

 アルスト殿下はあたしを見下ろしながら、少し切なそうなお顔をされている。こんな表情を見るのは初めてかもしれない。

「本当に何もされてない?」
「さ、されてません」
「髪にも触れてない?」
「はい」

 アルスト殿下はあたしの髪を一房持ち上げ、あたしを見つめながらその髪に口づけを落される。いつもなら匂いを嗅がれるのに、その普通な行動が逆に見慣れないせいか変にドキドキしてしまう。

「ここにも、触れてないよね?」
「んっ……ふ、れてません」

 指先でツツーッと首筋を撫でられる。そのままそこへと唇が這わされ、思わず身体がビクリと震える。首筋に強めのキスを受け、ビックリして殿下のお顔を見る。目が合うと殿下は何故か顔を真っ赤にされて、身体を起こされた。そしてベッドの縁へと腰掛けて顔を隠す様に頭を抱えられた。

「……殿下?」
「ごめん、こんな風に嫉妬してティアナにキスマーク付けるだなんて。私はみっともないな」

 殿下の言葉に自分の首筋へと手をあてる。さっきのはキスマークを付けたのね……。キスマーク……その言葉に心臓の鼓動が更に早くなった気がする。うわっ……どうしよう、殿下から印を付けて貰ったんだわ。

「そんな事ありません、わたくしは……嬉しかったです」
「……」

 振り返ったアルスト殿下はいつもの自信に溢れる表情とは違い、とても不安そうな顔だった。

「殿下が付けて下さった印、胸が苦しくなるくらいに嬉しいです。そんな風に嫉妬して頂いたのは愛して下さっているからでしょう? わたくしは嬉しいです」
「私を……嫌になったりしてないか? カッコ悪いと思ったりしないか」
「なりません。殿下はいつもカッコ良くて素敵です」

 あたしが腕を広げて殿下からのハグを待っている姿を見せると困ったような表情を少し見せた後、ぎゅーっと抱きしめて下さった。

「私は君を誰にも渡す気はないからな。君が嫌だと言っても手放してやる事はない」
「はい、わたくしはアルスト殿下のお傍から離れません」
「これからも、キスマーク付けてしまうかもしれないけど……許してくれるか」
「勿論です」
「……ティアナも、私に付けてくれたりするだろうか?」
「ど、努力致します……」
「じゃあ、私の顔に! 頬とか顎とか!」
「……それは、無理ですっ」

 とんでもない場所を提案されて却下すると、まずは服で隠れる二の腕で渋々妥協して頂けた。「これから練習を重ねて揃いで首筋に付けようね」なんて言われてしまったけど、あたしと違って殿下の場合は髪で隠す事も出来ないので実現するのはいつになるやら……。

 あたしが頑張って二の腕へと付けた印を嬉しそうに撫でながら、アルスト殿下は上機嫌で城へと帰って行かれた。入れ違いに帰宅されたタクトお兄様が「なんか玄関先でキスマーク見せられて自慢されたんだけど!? お前らなにやってるんだよ」とげんなりとした様子であたしの部屋へと入って来られて、あたしは顔から火が噴き出そうになった。殿下はこの後、両陛下やアーサー殿下や城のあちこちで自慢して歩いていたそうで……あたしは暫く恥ずかしくてお城へ行けないと嘆いたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は退散したいのに…まずい方向に進んでいます

Karamimi
恋愛
公爵令嬢デイジーは頭を打ち意識を失った事で、自分が前世で好きだった漫画の世界に転生している事に気が付く。 それもヒーローでもある王太子、クラウディオの婚約者で、ヒロインでもあるルイーダを虐める、我が儘で傲慢な悪役令嬢のデイジーにだ。 このままいくとデイジーは、大好きな父親と共にクラウディオに処刑されてしまう。 さらにこの漫画は、ヒロインでもあるルイーダを手に入れるために、手段を択ばない冷酷で嫉妬深く、執着心の強い厄介な男、クラウディオがヒーローなのだ。 大変な漫画に転生したことを嘆くデイジー。でも幸いなことに、物語は始まっていない。とにかく、クラウディオとの婚約を破棄し、前世で推しだったクラウディオの親友、ジャックとの結婚を夢見て動き出したデイジーだったが、そううまく行く訳もなく… 勘違いと思い込みでどんどん自分を追い詰めていく悪役令嬢デイジーと、そんなデイジーを手に入れるため、あらゆる手を使う厄介な男、クラウディオとの恋のお話しです。

【完結】攻略を諦めたら騎士様に溺愛されました。悪役でも幸せになれますか?

うり北 うりこ
恋愛
メイリーンは、大好きな乙女ゲームに転生をした。しかも、ヒロインだ。これは、推しの王子様との恋愛も夢じゃない! そう意気込んで学園に入学してみれば、王子様は悪役令嬢のローズリンゼットに夢中。しかも、悪役令嬢はおかめのお面をつけている。 これは、巷で流行りの悪役令嬢が主人公、ヒロインが悪役展開なのでは? 命一番なので、攻略を諦めたら騎士様の溺愛が待っていた。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

破滅ルートを全力で回避したら、攻略対象に溺愛されました

平山和人
恋愛
転生したと気付いた時から、乙女ゲームの世界で破滅ルートを回避するために、攻略対象者との接点を全力で避けていた。 王太子の求婚を全力で辞退し、宰相の息子の売り込みを全力で拒否し、騎士団長の威圧を全力で受け流し、攻略対象に顔さえ見せず、隣国に留学した。 ヒロインと王太子が婚約したと聞いた私はすぐさま帰国し、隠居生活を送ろうと心に決めていた。 しかし、そんな私に転生者だったヒロインが接触してくる。逆ハールートを送るためには私が悪役令嬢である必要があるらしい。 ヒロインはあの手この手で私を陥れようとしてくるが、私はそのたびに回避し続ける。私は無事平穏な生活を送れるのだろうか?

転生不憫令嬢は自重しない~愛を知らない令嬢の異世界生活

リョンコ
恋愛
シュタイザー侯爵家の長女『ストロベリー・ディ・シュタイザー』の人生は幼少期から波乱万丈であった。 銀髪&碧眼色の父、金髪&翠眼色の母、両親の色彩を受け継いだ、金髪&碧眼色の実兄。 そんな侯爵家に産まれた待望の長女は、ミルキーピンクの髪の毛にパープルゴールドの眼。 両親どちらにもない色彩だった為、母は不貞を疑われるのを恐れ、産まれたばかりの娘を敷地内の旧侯爵邸へ隔離し、下働きメイドの娘(ハニーブロンドヘア&ヘーゼルアイ)を実娘として育てる事にした。 一方、本当の実娘『ストロベリー』は、産まれたばかりなのに泣きもせず、暴れたりもせず、無表情で一点を見詰めたまま微動だにしなかった……。 そんな赤ん坊の胸中は(クッソババアだな。あれが実母とかやばくね?パパンは何処よ?家庭を顧みないダメ親父か?ヘイゴッド、転生先が悪魔の住処ってこれ如何に?私に恨みでもあるんですか!?)だった。 そして泣きもせず、暴れたりもせず、ずっと無表情だった『ストロベリー』の第一声は、「おぎゃー」でも「うにゃー」でもなく、「くっそはりゃへった……」だった。 その声は、空が茜色に染まってきた頃に薄暗い部屋の中で静かに木霊した……。 ※この小説は剣と魔法の世界&乙女ゲームを模した世界なので、バトル有り恋愛有りのファンタジー小説になります。 ※ギリギリR15を攻めます。 ※残酷描写有りなので苦手な方は注意して下さい。 ※主人公は気が強く喧嘩っ早いし口が悪いです。 ※色々な加護持ちだけど、平凡なチートです。 ※他転生者も登場します。 ※毎日1話ずつ更新する予定です。ゆるゆると進みます。 皆様のお気に入り登録やエールをお待ちしております。 ※なろう小説でも掲載しています☆

【完結】転生したら少女漫画の悪役令嬢でした〜アホ王子との婚約フラグを壊したら義理の兄に溺愛されました〜

まほりろ
恋愛
ムーンライトノベルズで日間総合1位、週間総合2位になった作品です。 【完結】「ディアーナ・フォークト! 貴様との婚約を破棄する!!」見目麗しい第二王子にそう言い渡されたとき、ディアーナは騎士団長の子息に取り押さえられ膝をついていた。王子の側近により読み上げられるディアーナの罪状。第二王子の腕の中で幸せそうに微笑むヒロインのユリア。悪役令嬢のディアーナはユリアに斬りかかり、義理の兄で第二王子の近衛隊のフリードに斬り殺される。 三日月杏奈は漫画好きの普通の女の子、バナナの皮で滑って転んで死んだ。享年二十歳。 目を覚ました杏奈は少女漫画「クリンゲル学園の天使」悪役令嬢ディアーナ・フォークト転生していた。破滅フラグを壊す為に義理の兄と仲良くしようとしたら溺愛されました。 私の事を大切にしてくれるお義兄様と仲良く暮らします。王子殿下私のことは放っておいてください。 ムーンライトノベルズにも投稿しています。 「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

悪役令嬢に転生!?わたくし取り急ぎ王太子殿下との婚約を阻止して、婚約者探しを始めますわ

春ことのは
恋愛
深夜、高熱に魘されて目覚めると公爵令嬢エリザベス・グリサリオに転生していた。 エリザベスって…もしかしてあのベストセラー小説「悠久の麗しき薔薇に捧ぐシリーズ」に出てくる悪役令嬢!? この先、王太子殿下の婚約者に選ばれ、この身を王家に捧げるべく血の滲むような努力をしても、結局は平民出身のヒロインに殿下の心を奪われてしまうなんて… しかも婚約を破棄されて毒殺? わたくし、そんな未来はご免ですわ! 取り急ぎ殿下との婚約を阻止して、わが公爵家に縁のある殿方達から婚約者を探さなくては…。 __________ ※2023.3.21 HOTランキングで11位に入らせて頂きました。 読んでくださった皆様のお陰です! 本当にありがとうございました。 ※お気に入り登録やしおりをありがとうございます。 とても励みになっています! ※この作品は小説家になろう様にも投稿しています。

処理中です...