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第二章

図書室にて

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「えーと……エイダン殿下?」
「うん、なに?」

 数日後の放課後。あたしはエイダン殿下と一緒に学園の図書室へと来ていた。先日約束していた通り、新しい本を紹介する為だ。目当ての本を探しに奥の方の棚へと向かい、少し高い位置にあったので背伸びして取ろうとしたら……背後からエイダン殿下があたしを包み込むような形でその本を取って下さった。

 そこまでは、状況的に仕方なかったのかもしれないのだけど……本を取り終わった後もそのまま、あたしは本棚とエイダン殿下の腕の間に挟まれていた。――これって、壁ドン……? 恋愛小説の中に出て来るシーンさながらの状態にあたしはどうして良いか分からず、近すぎる距離のエイダン殿下に戸惑う。

「ど、どいて……下さいませ」
「なんで?」

 なっ、なんでって……それこそ、なんで!? 

「別にティアナに触れてる訳でもないし、ただ見ているだけだよ」
「だとしても距離が近すぎます。離れて下さい」
「僕は仲良くなりたいだけなんだけどな。それもダメなの?」
「ええ――ダメですね」

 エイダン殿下と押し問答をしていると、冷ややかな声が割り込んできた。

「っと、君は……アーサー殿下」
「早く離れて下さい。それとも兄上を呼んで来た方が良いですか?」

 エイダン殿下が気まずそうな顔でパッとあたしから離れる。

「ティアナ様、こちらへ!」

 本棚の影から顔を出したロメリアンヌの元へあたしは駆け寄った。

「エイダン殿下、あまり身勝手な振る舞いを続けておられると叔母上が悲しまれますよ」
「ははは、嫌だなアーサー殿下。今のは……なんでもないんだよ。ティアナもごめんね、冗談が過ぎたみたいだ」
「……いえ」

 バツが悪くなったのかエイダン殿下は「この本、借りて帰るよ。ありがとう」と慌てるようにしてその場から去って行った。あたしは改めて二人にお礼を言う。

「アーサー殿下、ロメリアンヌ。ありがとう御座いました」
「良かった……わたくし一人じゃどうして良いか分からなかったけど、近くにアーサー殿下が居て下さったの」
「エイダン殿下が迷惑を掛けて申し訳ない。何もされてはいないか? 貴方になにかあれば、兄上に殺されてしまう……」

 物騒な事を言いながら少し怯えるアーサー殿下。

「そんな大袈裟な……大丈夫です。何もされてません」
「はぁっ……良かった…………」

 ロメリアンヌの方を見るとアーサー殿下と同じく安堵の溜息をついてるのが見える。ちょっと大袈裟すぎる気がするのだけど。アルスト殿下はとてもお優しいお方なのにね。

「このまま兄上の居る生徒会室まで送っていこう」
「え、でもアルスト殿下のお邪魔にならないかしら」
「いや、そうしないと兄上から後で何を言われるか、されるか分からないので……」
「そうですわティアナ様。わたくしからもお願い致しますわ。アーサー殿下を助けると思って是非、生徒会室へ」
「……そ、そう?」

 なんだかロメリアンヌとアーサー殿下からの圧がもの凄いような……。二人共なんでそんなに怯えてるのかしら。

◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆

「ほぉ……エイダンは少し休息が欲しいらしいな」

 生徒会室でお仕事をされていたアルスト殿下の元へロメリアンヌとアーサー殿下に送り届けられた。事の顛末をアーサー殿下が伝えると、あたしを腕の中へと包みこまれたアルスト殿下が綺麗なお顔で微笑まれた。お優しいアルスト殿下はとても素敵な笑顔でエイダン殿下の体調を気遣ってらっしゃる。周りの皆が腕をしきりに擦っているのは何故だろう。

「エイダン殿下はお疲れなのですか? だから本棚にもたれかかっていたのですね」
「ん? そうだね、暫く休学するように勧めておくよ」

 エイダン殿下がお疲れで立っている事も難しかったから、あの時両手で身体を支えてらしたのね。それを壁ドンだなんて勘違いしてしまって、あたしったら恥ずかしいわ。恋愛小説の読みすぎかもしれないわ、気を付けなければ。

「ティアナも今日は疲れているだろう、私が今すぐ邸まで送っていくよ」
「わたくしは大丈……」
「え、会長……今日中にこの書類を……」

 生徒会メンバーの方が困ったように口を挟まれたけど、ニコニコと素晴らしい笑顔で殿下はその方の耳元でなにやら囁かれ……真っ青なお顔になられたその方は、手に持った書類をタクトお兄様へと手渡された。

「あっ! そ、そうですね、これはタクト様に仕上げて頂くという事で」
「は? ちょっと待て、アル! 邸へ帰るのならおれが一緒に帰……」
「さあ、行こうかティアナ」
「おいっ、無視するな」

 タクトお兄様が喚くのをスクトお兄様が「はいはい、タクトは仕事に戻って」と窘めている中、あたしはアルスト殿下に抱き上げられてそのまま馬車の方へと連れて行かれる。

「ティアナ様のお鞄はタクト様にお渡ししておきますっ」
「兄上、夕食は!?」
「先に済ませておけ」

 あたし達の背後からロメリアンヌとアーサー殿下が声を掛けて来られたので、歩きながらアルスト殿下が受け答えをする。あたしは歩きながらも器用に頭や顔へとキスの雨を降らせてくるアルスト殿下の唇に耐えるので必死だ。

 放課後とはいえまだそれなりに生徒たちは居るので、すれ違う人たちから黄色い悲鳴やらどよめきやらが聞こえてくるのがまた恥ずかしい。

「殿下っ、歩けますっ」
「うん、でも私がティアナをこうして運びたいんだ」
「で、ですが……これは、その、恥ずかしいです……」
「恥ずかしがるティアナも超絶可愛いよ」

 こうなると殿下を止める事は不可能だと、今までの経験から知っている。あたしは真っ赤になった顔を殿下の胸の方へと押しつけるようにして、周りから視線を逃れた。

「んなっ!? それメチャクチャ可愛いんだけど! 煽らないでティアナ」
「あ、煽ってませ……んっ!?」

 突然立ち止ったかと思ったら、アルスト殿下の唇があたしの唇へと重なった。その瞬間、周りの音が消えた……。

「……ふはっ」

 殿下の唇が離れて思わず息を吸い込むと、周りから甲高い悲鳴が巻き起こる。驚いて視線を送ると、ご令嬢たちが興奮した様子で「み、見ました!?」「とうとう、口づけですわ!」「きゃああああああ、素敵ですわ」と口々に騒いでいるのが見える。

 アルスト殿下はそれすらも気に留める事もなく、再び廊下を歩き始めた。ううっ……皆の前でキスされてしまった。恥ずかしすぎる……。
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