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エミリア、プツンとなる

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 翌日、エミリアが学園に登校すると教室内の雰囲気が何だかおかしかった。サルビアの周りには生徒達が集まり、彼女を励ましている様だった。

 何事かトラブルでも起きたのかと気にしながらもエミリアは自分の机に向かい、いつも通り普通に椅子を引いた。すると椅子の座面の上に見覚えのないノートが置かれていた。

「どなたのかしら……」

 不審に思い拾い上げてみると表紙は泥でも付いたのか酷いシミや傷だらけで中もあちこち破られていてボロボロだ。

「エミリア様……それ……」

 近くに居た一人の女生徒がエミリアの手にしているノートの存在に気付き、険しい表情をしている。

「まぁ! サルビアさんのノートですわ!」
 すぐさま悲鳴にも近いフォスティーナの声が教室に響き渡る。

「え?」

 驚いて自分の手にあるノートをまじまじと見つめる。これがサルビアのノート? エミリアが戸惑っている間にツカツカとフォスティーナが近寄って来た。

「サルビアさんのノートを何故エミリア様がお持ちですの?」
「え……これは椅子の上に何故か置かれていて……」

 近くに居る女生徒が言うには、昨夜サルビアがこのノートを机の中に置き忘れて帰ってしまったらしい。そして今朝登校して来て机の中を確認してみると、切り裂かれたノートの破片が数枚丸めて押し込まれておりノート本体は無くなっていたとの事。

 ショックを受けたサルビアを皆で慰めていた所にエミリアが登校し、何も知らないエミリアは普通にノートを拾い上げてしまったっぽい。

「酷いですわエミリア様。幾らサルビアさんが殿下と仲が良いからといって、こんな嫌がらせをするなんて」
「は!?」

 フォスティーナが勝手な言いがかりをつけて来たので驚く。周りの生徒達もエミリアを見ては声を潜めて会話をかわしている。

(そんな……わたくしはただ拾っただけですのに)

 青ざめながら「それは誤解だ」と主張するも、誰もがフォスティーナを信じてエミリアを犯人扱いしている様だった。ただ一人パトリックだけはエミリアを庇ってくれた。

「エミリアがそんな事をする筈が無いだろう。それに今さっき馬車で登校して来たところだぞ」
「きっと昨日の放課後にでもやったんですわ。こんな方は殿下の婚約者に相応しいとは思えませんわ」

 フォスティーナの激しい糾弾に皆の冷たい視線が突き刺さる。

「違いますわ、違いますけど……ノートがわたくしの手にあるのは事実。サルビアさん、ノートは弁償致しますわ。ごめんなさい」

 いつまでもノートを手にしている訳にもいかず、エミリアはサルビアへとノートを手渡して謝罪した。なんとも言えない表情でそれを受け取るサルビア。

 授業開始のチャイムが鳴ったこともあり、この話は一旦収まりを見せるが雰囲気的にもエミリアは皆から避けられる様になってしまった。

「……辛いですわ」

 なんとかその日の授業を受け、精神的に疲弊した状態で帰りの馬車へと向かう途中。運悪くクラスメイトの令嬢数名が廊下でエミリアの話をしている場面に遭遇してしまった。

「あんなに可愛いのに驚きましたわ」
「本当ですわね、せっかく同じクラスになったからフォスティーナ様には内緒でエミリア様とお近付きになりたかったのに残念ですわ」
「今までフォスティーナ様がエミリア様はとんでもない令嬢だと仰っていたけど、正直半信半疑でしたのよ。エミリア様と仲良くしたくてもフォスティーナ様がお怒りになるから出来なかったけど、正解でしたわね」
「ついに本性を見てしまいましたわね、あぁ怖い」

 あまりのケチョンケチョンぶりに倒れそうになるが、どうにか気付かれない様にUターンをして別の道から馬車まで行く事にした。

 フォスティーナの言っていた通り、エミリアに仲良しの令嬢が出来なかったのはフォスティーナの周到な根回しだったらしい。そして更に今回の事件でエミリアの立場は悪い方向へと向かった。

(このままでは本当に悪役令嬢にされてしまいますわ)

 エミリアがどう対策をしたら良いのか分からず戸惑っている内に次々と事件は起こっていった。今度はダンスの授業に必要なドレスが切り裂かれただの、足を引っ掛けられて転ばされただの、噴水に突き落とされただの……と乙女ゲームならではの典型的なイジメのオンパレード。

 そして何故かいつも疑われて犯人扱いされるのは決まってエミリアだ。裏でフォスティーナが糸を引いてるのは明らかに分かっているが、フォスティーナの人望が高い為誰もエミリアを信じてくれないばかりか「またか……」と呆れた顔で非難されるのだ。

 そんな学園生活にいい加減ウンザリして来たエミリアだったが、ある日階段の踊り場に差し掛かったタイミングでサルビア共々突き落とされたのだ。

 グラリと傾く視界の端でフォスティーナがニヤリと笑みを浮かべるのが見えた。あぁ、またハメられたんだわと思ったがここは階段。しかしエミリアまで巻き込んで突き落としたフォスティーナに運がなかったのだろう。

 すぐ傍を一緒に落ちて行くサルビアの身体を咄嗟に掴み、そのまま猫の様にクルリと身体を回転させてサルビアを抱き抱えた状態で階段下の踊り場へと着地してみせた。

 あまりにも華麗な着地っぷりに周囲から歓声が上がり、フォスティーナは驚きの表情で口をあんぐりと開けている。

「サルビアさん大丈夫?」
「えっ、え、ええ……」

 サルビアは目をパチクリさせながら自身の身体に異常はないか確かめ、エミリアに礼を述べた。

「フォスティーナ様! ちょっと宜しいかしら?」

 まだ口をパクパクさせているフォスティーナを無理矢理引っ張っり、人気のない場所まで連れて行った。

「な、何なんですのアレは。貴方、前世は忍者か何かですの?」
「ただの特訓の成果ですわ! いつまでも甘く見て貰っては困りますのよ、わたくしこれでも色々特訓しておりますの」

 前世で階段から転落死したエミリアは相変わらず階段から落ちる事が怖くて、幼い頃はただ泣いていたけど日々身体能力を鍛えて来たのだった。スライム狩りで魔法の修行をしていた時も徐々に色んなモンスターを狩る中で自然とバトル経験値も上がり、お陰で今ではアクション女優並みに動けるし受け身も取れる。

 悪役令嬢対策で冒険者を目指したのがこんな所で役に立つとは思わなかったが……。過去の自分にグッジョブ! だ。

「はぁ? 何ですのそれ、意味が分かりませんわ」
「とにかくフォスティーナ様! これ以上余計な真似は止めて下さいますか? ましてや階段から突き落とすだなんて下手したら命を落としかねませんのよ!?」
「だって、階段から落とすのはゲームでは当たり前の展開で……」
「実際、わたくしは前世の死因は階段からの転落死ですのよ? どれ程危険な事か貴方には分からないんですの?」
「う……そ、それ、は」
「殺人犯になりたいんですか?」
「でもゲームでは」
「ゲームは関係ありません。貴方だって叩かれたら痛みを感じますよね? この世界がどうなってるのかは分かりませんけど、貴方もわたくし達も皆前世と同じくちゃんと痛みや苦しみを感じますのよ!」
「…………」

 不服そうな顔をしながらも何も言い返せないのかフォスティーナな唇を噛み締めながら黙っている。

「貴方がイアンとサルビアさんのイチャラブを見たいとかいう勝手な願望にわたくし達を巻き込まないで頂きたいですわ」
「だって、せっかく乙女ゲーの世界に転生したんだし……近くで見たいじゃない」

 唇を少し尖らせながらまだ文句を言うフォスティーナにエミリアはとうとう何かがプツンとキレた。

「そんなに乙女ゲームの世界を堪能したいんでしたら! わたくしとイアンのイチャラブっぷりを沢山ご覧になったら宜しいでしょう!? 王太子と悪役令嬢バージョンだってラノベには幾らでも御座いますわよね?」
「王太子×悪役令嬢…………」

 エミリアの方をじっと見つめながら暫くブツブツと何やら呟いていたが、急に顔を輝かせ始めた。

「それも有りかもしれませんわね……」
「そ、そうでしょう?」
「勿論、親友枠として見放題にしてくれますのよね? 王妃になってからも城へ呼んで貰えますよね?」
「え? ……え、ええ。お、お呼び致しますわ」

 なんだか変な展開になって来た事に今更ながら気づいたがもう遅い。フォスティーナは瞳をキラキラとさせながらエミリアの両手を握って来た。

「でしたら今から私達は親友ですわ。あ、明日の休日はお時間あります? イアンとの馴れ初めからじっくりとお二人のお話を是非お聞きしたいですわ」

 有無を言わせぬ圧力にエミリアはただ頷くしか出来ない。邸訪問の約束を取り付けたフォスティーナは軽いステップで教室へと戻って行った。

「わたくし、何か血迷った事言ってしまった気が……イアンとイチャラブ!? しかもそれを見られる?」

 ヘナヘナとその場にしゃがみ込んだエミリアは頭を抱え込みながら自身の発言を後悔した。
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