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11.語りかける予感
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“予感”は自身の正体をはぐらかす。
私の心の奥の奥が「君は何に対しての“予感”なの?」と“予感”に問う。
「そんなこと知りたいか?」“予感”は、虚無を抱えて微笑む。
「そんな言い方……何か嫌なことが起こりそう」虚むなしい微笑みがこちらにも伝染する。
「この想いにこれ以上のいいことが起こると思う?」“予感”によると、現状はいいものらしい。
「……汐崎さんが私のことを好きになってくれる」淡い『いいこと』の例を挙げてみた。
「奪いたいの?」私にとっては、稀にしか存在を感じることができない奥さんと子供。ただ、確実に存在する奥さんと子供。
「……奪いたくない。……奪うとか、想像できない」
ただ、そばにいて、話しをして、笑顔を見ていたいだけだ。
それなら、話しをして、笑顔を見ていられる“今”の現状はいいものなのだろうか。
「佳代」
“予感”に呼ばれて、伏せ目がちになっていた私は顔を上げた。
「“そばにいて、話しをして、笑顔を見ていたいだけ”という控えめな願いでも、叶えられ続けることはできないんだよ」
私は一体誰と話をしているんだろう。
「どこかが剥はがれていき、何かが崩れていくんだ」
“予感”という存在は一体何なの。
「今日お昼どこで食べるか俺が決めていい?」
それは、時おりある汐崎さんとの同行中のこと。
「いいですよ。いつもはじめに私に確認するのに、珍しいですね」
雲のない高く青い空からまっすぐに注がれる光が、車窓の形をさせて私の腕や太ももに降り注ぐ。
「このあたりで行きたいところがあるんだ」
スマートにハンドルを切る。
「へえ~、でも私このあたり知ってますよ。だって……」
「二週間前に一緒に来たよな」
反射的に目で捉えた表情は、優しい悪戯心に満ちていた。
「……そうでした。……だからー、本当に本当にすいませんでしたっ!!!」
二週間前の金曜日にちょうどこのあたりで汐崎さん同行の接待があったんだ。
料亭を出た後、私はすごく……やらかしてしまった。
「いやいや、何も責めてないって。しかも大変だったのは佳代ちゃんのお姉さんの方だよ」
接待後に酔いがまわりすぎた私を、汐崎さんが料亭から近い姉が経営するカフェに運んでくれたのだった。それはもうまさに「運ぶ」という行為であり。
「あああ……もう……」
うなだれかけた私の目に入ったものは、記憶に新しい姉のカフェの小さな駐車場だった。
「……ここですか?行きたかったところって?」
より一層思い出した半べそ状態の私を見て、汐崎さんは面白そうに笑ってうなずく。
「ここですっ」
私はもう姉とは一緒に住んでいない。高校生の時から一緒に住んでいたマンションから、会社へ通えない距離ではない。ただ、姉に甘えずに生きてみたかった。
「どうもー……」
重い扉を開けながら、備え付けのベルの歓迎を受ける。お昼を食べに来たと言っても、もう二時半になっていた。時間帯的に接客に余裕のある店員さんが、私が妹なのに気づき「店長~」と声をかける。厨房からこちらに目をやり、来客が私だけではないことで自然に“よそいき”の顔をつくる姉。ただ、普段ぶっきらぼうの姉のよそいきの顔は、普通の人より愛想がまだ少し足りない。
「先日は佳代がどうもすいませんでした」
「いえいえ、この前のことは全然。今日は近くまで来たんで」
その時。誰かが私に語りかけた。他の人には決して聞こえることのない、心の奥の奥の方から。
二人席に通され、姉がメニューを広げる。一連の動作の間、私は心の奥の奥の方で誰かと会話をしている。目の前で、姉と汐崎さんが交わしている言葉の内容は本日のランチについてなのに。
“予感”という存在が、私の心を悲しませるようなことを告げる。
“どこかがはがれていき、何かが崩れて行くんだ”
「どうする?」
我に返ると、汐崎さんが本日のAランチとBランチを交互に指さしていた。
「えっと……え……Aで」
「じゃあ、俺はBの高菜のパスタでお願いします」
姉の微笑みはいつでもクールだ。店内は普段と何ら変わりない陽光が窓辺できらめき、厨房からは白ワインでフランベされたであろうアルコールの燃えた音が耳に届いた。ここはずっと永遠に平和な空間のはずだったのに。
「ちょっと……」と言い、感覚的にふらつきながらお手洗いに立つ。
「ああ」汐崎さんはこちらに目をやることもなく、携帯を見ていた。
私の心の奥の奥が問う。
“何が起ころうとしているの?”
お手洗いから戻るドアを開けると、汐崎さんの姿はそこにはなかった。彼はカウンターに移動していたんだ。
「市川、こっちの方が、お前もお姉さんと話せるだろ」
汐崎さんは私のことを。
「佳代ちゃん」と呼ばなかった。
私の心の奥の奥が「君は何に対しての“予感”なの?」と“予感”に問う。
「そんなこと知りたいか?」“予感”は、虚無を抱えて微笑む。
「そんな言い方……何か嫌なことが起こりそう」虚むなしい微笑みがこちらにも伝染する。
「この想いにこれ以上のいいことが起こると思う?」“予感”によると、現状はいいものらしい。
「……汐崎さんが私のことを好きになってくれる」淡い『いいこと』の例を挙げてみた。
「奪いたいの?」私にとっては、稀にしか存在を感じることができない奥さんと子供。ただ、確実に存在する奥さんと子供。
「……奪いたくない。……奪うとか、想像できない」
ただ、そばにいて、話しをして、笑顔を見ていたいだけだ。
それなら、話しをして、笑顔を見ていられる“今”の現状はいいものなのだろうか。
「佳代」
“予感”に呼ばれて、伏せ目がちになっていた私は顔を上げた。
「“そばにいて、話しをして、笑顔を見ていたいだけ”という控えめな願いでも、叶えられ続けることはできないんだよ」
私は一体誰と話をしているんだろう。
「どこかが剥はがれていき、何かが崩れていくんだ」
“予感”という存在は一体何なの。
「今日お昼どこで食べるか俺が決めていい?」
それは、時おりある汐崎さんとの同行中のこと。
「いいですよ。いつもはじめに私に確認するのに、珍しいですね」
雲のない高く青い空からまっすぐに注がれる光が、車窓の形をさせて私の腕や太ももに降り注ぐ。
「このあたりで行きたいところがあるんだ」
スマートにハンドルを切る。
「へえ~、でも私このあたり知ってますよ。だって……」
「二週間前に一緒に来たよな」
反射的に目で捉えた表情は、優しい悪戯心に満ちていた。
「……そうでした。……だからー、本当に本当にすいませんでしたっ!!!」
二週間前の金曜日にちょうどこのあたりで汐崎さん同行の接待があったんだ。
料亭を出た後、私はすごく……やらかしてしまった。
「いやいや、何も責めてないって。しかも大変だったのは佳代ちゃんのお姉さんの方だよ」
接待後に酔いがまわりすぎた私を、汐崎さんが料亭から近い姉が経営するカフェに運んでくれたのだった。それはもうまさに「運ぶ」という行為であり。
「あああ……もう……」
うなだれかけた私の目に入ったものは、記憶に新しい姉のカフェの小さな駐車場だった。
「……ここですか?行きたかったところって?」
より一層思い出した半べそ状態の私を見て、汐崎さんは面白そうに笑ってうなずく。
「ここですっ」
私はもう姉とは一緒に住んでいない。高校生の時から一緒に住んでいたマンションから、会社へ通えない距離ではない。ただ、姉に甘えずに生きてみたかった。
「どうもー……」
重い扉を開けながら、備え付けのベルの歓迎を受ける。お昼を食べに来たと言っても、もう二時半になっていた。時間帯的に接客に余裕のある店員さんが、私が妹なのに気づき「店長~」と声をかける。厨房からこちらに目をやり、来客が私だけではないことで自然に“よそいき”の顔をつくる姉。ただ、普段ぶっきらぼうの姉のよそいきの顔は、普通の人より愛想がまだ少し足りない。
「先日は佳代がどうもすいませんでした」
「いえいえ、この前のことは全然。今日は近くまで来たんで」
その時。誰かが私に語りかけた。他の人には決して聞こえることのない、心の奥の奥の方から。
二人席に通され、姉がメニューを広げる。一連の動作の間、私は心の奥の奥の方で誰かと会話をしている。目の前で、姉と汐崎さんが交わしている言葉の内容は本日のランチについてなのに。
“予感”という存在が、私の心を悲しませるようなことを告げる。
“どこかがはがれていき、何かが崩れて行くんだ”
「どうする?」
我に返ると、汐崎さんが本日のAランチとBランチを交互に指さしていた。
「えっと……え……Aで」
「じゃあ、俺はBの高菜のパスタでお願いします」
姉の微笑みはいつでもクールだ。店内は普段と何ら変わりない陽光が窓辺できらめき、厨房からは白ワインでフランベされたであろうアルコールの燃えた音が耳に届いた。ここはずっと永遠に平和な空間のはずだったのに。
「ちょっと……」と言い、感覚的にふらつきながらお手洗いに立つ。
「ああ」汐崎さんはこちらに目をやることもなく、携帯を見ていた。
私の心の奥の奥が問う。
“何が起ころうとしているの?”
お手洗いから戻るドアを開けると、汐崎さんの姿はそこにはなかった。彼はカウンターに移動していたんだ。
「市川、こっちの方が、お前もお姉さんと話せるだろ」
汐崎さんは私のことを。
「佳代ちゃん」と呼ばなかった。
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