12 / 17
12
しおりを挟む
私は間違いなく、アニカのことが好きだ。
あれからも、ずっと。
「レーズン、オレンジピール、くるみ……」
スマートフォンに目線を落としながらメモを読み上げた後、製菓材料が並べられている棚に手を伸ばした。
刻一刻と今も過ぎ去り続ける日々は、まるで私の胸の痛みなどなかったことにするかのように、おおらかに振る舞う。
人々は落ち葉を踏み歩く感触を無意識に楽しみ、モミの木に施されたイルミネーションに心を躍らせ、庭の花が暖かさに目を覚まし始めたことに喜んでいた。
日々はおおらかに振る舞う、何事もなかったかのように。
誰も、私が傷つき、音も立てずに湖の底に堕ちていったことなど、知る由もない。
アニカとルカが付き合っていると聞いたあの日から、半年ほど経っただろうか。やっぱり、私からは詳しく聞かないようにしている。
未だに傷つく自分が不甲斐ないから。
「材料はこんなものかな」
今年はギムナジウムの卒業試験であるアビトュ―アが控えているにもかかわらず、私が今日家に帰ってしようとしていることはシュト―レン作りだった。
今までお菓子作りになんか興味もなかったくせに、クリスマスまでに極めてみようかな、なんて、暖かな日差しの降り注ぐ4月の始まりに遥か彼方のイベントに向けて現実を逃避する私。
そうだ、アニカにプレゼントしよう、上手く焼けるようになったら、アニカに。
シュト―レンの材料が入った袋を腕に自動ドアを出て、アルディというスーパーマーケットのカラフルな看板の前を通り過ぎた。
「あったかいなぁ……」
肌に触れた生温なまぬるい風に突然、意識の奥底にある、幼き日に過ごした暖かい庭の光景が蘇った。
私は一生、ここにいるのかな?
ふと見上げた歩行者信号が、赤い人影を映す。
歩みを止めようとする私の青い目に、道路を挟んで、見慣れていた人影が映る。
見慣れていた、はず。
見慣れて、跡形もなく、消えて。
いつの間にか、親友の恋人になっていた人。
「ルカッ……」
その日、出会って何年も経ってから初めて、自分から彼の名を呼んだ。
「いつでも呼んでよ」と言い続けてくれていた、彼の名を。
あれからも、ずっと。
「レーズン、オレンジピール、くるみ……」
スマートフォンに目線を落としながらメモを読み上げた後、製菓材料が並べられている棚に手を伸ばした。
刻一刻と今も過ぎ去り続ける日々は、まるで私の胸の痛みなどなかったことにするかのように、おおらかに振る舞う。
人々は落ち葉を踏み歩く感触を無意識に楽しみ、モミの木に施されたイルミネーションに心を躍らせ、庭の花が暖かさに目を覚まし始めたことに喜んでいた。
日々はおおらかに振る舞う、何事もなかったかのように。
誰も、私が傷つき、音も立てずに湖の底に堕ちていったことなど、知る由もない。
アニカとルカが付き合っていると聞いたあの日から、半年ほど経っただろうか。やっぱり、私からは詳しく聞かないようにしている。
未だに傷つく自分が不甲斐ないから。
「材料はこんなものかな」
今年はギムナジウムの卒業試験であるアビトュ―アが控えているにもかかわらず、私が今日家に帰ってしようとしていることはシュト―レン作りだった。
今までお菓子作りになんか興味もなかったくせに、クリスマスまでに極めてみようかな、なんて、暖かな日差しの降り注ぐ4月の始まりに遥か彼方のイベントに向けて現実を逃避する私。
そうだ、アニカにプレゼントしよう、上手く焼けるようになったら、アニカに。
シュト―レンの材料が入った袋を腕に自動ドアを出て、アルディというスーパーマーケットのカラフルな看板の前を通り過ぎた。
「あったかいなぁ……」
肌に触れた生温なまぬるい風に突然、意識の奥底にある、幼き日に過ごした暖かい庭の光景が蘇った。
私は一生、ここにいるのかな?
ふと見上げた歩行者信号が、赤い人影を映す。
歩みを止めようとする私の青い目に、道路を挟んで、見慣れていた人影が映る。
見慣れていた、はず。
見慣れて、跡形もなく、消えて。
いつの間にか、親友の恋人になっていた人。
「ルカッ……」
その日、出会って何年も経ってから初めて、自分から彼の名を呼んだ。
「いつでも呼んでよ」と言い続けてくれていた、彼の名を。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
亡くなった王太子妃
沙耶
恋愛
王妃の茶会で毒を盛られてしまった王太子妃。
侍女の証言、王太子妃の親友、溺愛していた妹。
王太子妃を愛していた王太子が、全てを気付いた時にはもう遅かった。
なぜなら彼女は死んでしまったのだから。
彼女があなたを思い出したから
MOMO-tank
恋愛
夫である国王エリオット様の元婚約者、フランチェスカ様が馬車の事故に遭った。
フランチェスカ様の夫である侯爵は亡くなり、彼女は記憶を取り戻した。
無くしていたあなたの記憶を・・・・・・。
エリオット様と結婚して三年目の出来事だった。
※設定はゆるいです。
※タグ追加しました。[離婚][ある意味ざまぁ]
※胸糞展開有ります。
ご注意下さい。
※ 作者の想像上のお話となります。
ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました
宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。
ーーそれではお幸せに。
以前書いていたお話です。
投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと…
十話完結で既に書き終えてます。
夫の不貞現場を目撃してしまいました
秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。
何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。
そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。
なろう様でも掲載しております。
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる