罪深きシュトーレン

小春佳代

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ドイツ人の母親によるあの妙な『失踪宣言』の後、しばらくしてその豪邸は空き家になった。

騒ぐなと言われ、自分のせいで何か起こるのが怖かった俺は、両親にだけ事情を説明していたが、一家が丸ごといなくなってしまった後では為なす術がなかった。

もともと理沙の家が近所付き合いしていたのは俺の家族だけだったので、困惑したのは俺ら家族だけで、周りの住人の日常は何事もなかったかのように過ぎて行った。

そしてあの日に部室棟裏で理沙に聞いた話では、どうしてあの母親が娘が失踪しただなんて嘘をついたかと言うと、例えば『留学』だなんて中途半端な嘘をついたとして、俺がそのことに関して質問攻めをしてくるかもしれなかったことがそうとう面倒だったためらしい。

まぁ、すべては父親の命令だったそうだ。

それにしても警察がつく嘘じゃなくないか?
バカな俺や気のいい両親は信じまってたぜ……?

本当に悪い根性してるよなぁ……

なぁ、理沙。一体、今までどんな気持ちで……

「なーつきくんっ」

ドゴン

今朝も、ほら、信号待ちをしているチャリ登校の俺の背中を、意味もなく思いっきり殴る彼女がいる。

幻なんかじゃない。

俺がこの五年間ずっとずっと雲をつかむような思いで探していた、大好きな僕の……。

「でも、普通に痛い……」
「ん?どした?」
「いや、今日もいい天気だなぁと思って……」

理沙が転校して来てから一週間くらい経ったけど、なんだか傷口に触れてしまうような気がして、山ほどある聞きたいことがまだまだ聞けていない。

「って、なんか昔とキャラ変わってないか?」
「すれたんだもん」
「す、すれた……」

そりゃ、すれもするか……。

「理沙」

もし俺があの当時、もう少し頼りになる存在だったら、彼女を守ることができたのだろうか。

「なあに?」

歩行者信号が青緑に染まった。

「一緒に逃げようか?」

俺を見つめる青い目だけが動きを止め、柔らかな風はまつ毛と髪とスカートを揺らす。

「……どこに?」

ありとあらゆるしがらみのない、二人だけの世界に。

君を、連れ去りたい。
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