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第五話 小鹿ちゃんのアヒルちゃん

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三玲さんがここで唯一の本物なら、私を含めたみなさんは偽物なのだろうか。

「暇鹿ちゃん、こんにちは」

今日も半分振り向くと、ベランダへの扉から矢崎さんの姿。

「『ひまじか』はひどいですね。私自身は別に暇じゃないんですよ」

だからと言って、忙しいわけでもないが。

「来る度に増えてるね。針金細工が、ごろごろと」

本日のお供はタピオカミルクティーらしい。
ストローが太い。

「行き場所がない子たちなんです。切ないでしょ?」

私の周りにごろごろと存在する林檎やアヒルたちをなでる。
まるで私が産んだ、針金の子どもたちのように。
でもそれらはいつだって私自身だ。

「里親を探そうか……」

子どもたちに視線を注ぎつぶやいて、小さな思案を頭の中に浮かばせている表情。
口にくわえられたストローの中央でタピオカが待っている。

「この子たちがいい一生を過ごせそうなところがあるんだよ」
「え?どこです?」

『なんとかごっこ』のような真似事を忘れて、素の状態で尋ねる私。

「俺の友達が、兄弟でカフェやることになったんだけど。そのカフェに似合う気がする」
「『気がする』?」
「気がする」
「売り込めと?」
「いや」

目を大きく見開いている私を見て、おかしそうに笑う。
待ちわびたタピオカが吸い込まれる。

「俺が推薦しとくよ。小鹿ちゃんのアヒルちゃんって言って」

そう言ってアヒルを手に取り、愛でるようになでる。

きっとその友達さんは「鹿?アヒルでしょ?」というようなことを口にするに違いない。

そして、ふと思う。

矢崎さんは三玲さんの作品も愛でているんだ。

今、このアヒルちゃんが受けている愛情とは比にはならないくらい。

人生をかけているくらい。

「この前、初めて三玲さんを見ましたよ」
と、話題に出してみたいが勇気が出ない。

その後にどんな言葉を続ければ、矢崎さんが億劫にならず話してくれるか分からなかったから。

「ありがとうございます。でも無理しなくていいですからね。こうやって、たまに誰かに見てもらえれば満足ですから」

三玲さんのことを考えるのをやめて、感謝の意を伝えた。

「俺以外に誰が見るんだよ」
「う……。たまたま窓から顔を覗かせた人とか……」
「それ、『見る』っていうか『目に入る』レベルだな」
「ま、まぁ……。あーでも、リカさんは『可愛いねー』って言ってくれましたよ」
「……なんかもっとちゃんと見てくれる人いねえのかよ。あ、彼氏に送りつけてやったら?」
「こんなものいらないでしょ」

当たり前のようにそう答えると、矢崎さんはアヒルちゃんをまじまじと見た。

「俺だったらいらなくはない」

ベランダの床に置かれたタピオカミルクティーは、いつの間にか飲み頃の温度を失っているようだった。

『俺が小鹿ちゃんの彼氏だったら欲しいよ』という気持ちが、たくさんの曲がり角を経由させられて、じわじわ伝わる。

でも彼氏ではないあなたに、安易にアヒルちゃんを託すことはできない。

そんなことをしたら、ここで唯一本物のあなたの彼女はどう思うだろう。

偽物であり、女である私の作品。

矢崎さんが完成させようとしている環境の中に、アヒルちゃんはいらない。
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